医学界新聞

 

《連載全5回》

アメリカ代替医療見聞録

患者と医師とCAMの接点

鶴岡優子・鶴岡浩樹
(ケース・ウェスタン・リザーブ大学家庭医療学/自治医科大学地域医療学)


第3回 医師の思いと態度

第2544号より続く

医師に会うまでの道のり

 幸か不幸か,アメリカで患者の家族として,診察室を訪れる機会が多かった。日本と比べると,診察室で医師と共有できる時間は,確かに長いかもしれない。しかしその診察室にたどり着き,「医師に会うまでの道のり」は案外と険しい。
 医師のオフィスに電話をすると,症状以前に保険会社や支払いについてしつこく尋ねられた。時にはコンピュータの故障のため予約はとれないと言われ,翌日電話かけ直し,やっと診察日が決まった
 しかし一度,「主治医との契約」までたどり着くと,かなり便利で融通が利く印象を持った。病院や診療所によってサービス,運営方針に大きな差があり,保険会社が許せば患者側で「好み」を選ぶこともできる。
 友人のSybil Marshは,ケース・ウェスタン・リザーブ大学の家庭医療学の医師で,私たちの家庭医だ。彼女は大学のサテライト病院の外来を担当し,娘の発熱などで大変世話になった。

遠慮なく質問

 そのMarsh医師の外来を,患者の家族としてでなく,医療従事者として見学する機会があった。大学から実習に来た医学生と一緒だった。
 診察は午後の3時間半で6人の患者。平均すると1人30分以上診ていることになる。患者は中年から高齢者が多く,対応する健康問題は高血圧,子宮癌術後のフォロー,溶連菌感染症,皮下膿瘍の小外科と多岐にわたっていた。
 印象的だったのは,転職のためのヘルス・チェックに来た30歳代の男性だ。
 細かい全身の診察の後,「自覚症状はありません」と言いながら,保育園に通う2歳の子供の風邪について,妻との関係について,心疾患の家族歴がある場合の遺伝子診断について,矢継ぎ早に質問した。医師は怒らず,あせらず,ていねいに対応していた。他の患者も医師への質問を遠慮する様子はなく,その内容もさまざまだった。
 多くの患者がCAMの話題を主治医と共有しないとする調査結果があるが,私はCAMに関する質問や要望は意外と多いのではないかと感じた。実際アメリカの6割以上のプライマリ・ケア医が過去1年以内にCAM治療者に自分の患者を紹介した経験を持ち,紹介理由は患者からのリクエストが最も多かった。1

診察室でのCAM

 Marsh医師に「患者からCAMについて,よく質問されるのか」と尋ねた。答えは,「そんなに多くない」だった。彼女はその理由として患者層が高齢で,経済的に余裕がない人が多いためと分析していた。
 しかし,筋骨格系の健康問題を抱える患者には,オステオパシーやカイロプラクティックを紹介し,通常の医療の補助としてハーブを薦めることもあると言う。
 オステオパシーについて,日本ではあまり知られていないかもしれない。その基本理念はここでは省略するが,全米にDoctor of Osteopathy(D.O.)を養成する大学があり,一般のMedical Doctor(M.D.)同様に投薬や外科手術もでき,同じ研修プログラムが組まれている場合も多い。
 Marsh医師は,家庭医療学の研修プログラム終了後,カリフォルニアで約1年鍼の教育プログラムを終え,ライセンスを取得した。患者からの要望があれば,外来でも施術するが,準備,時間,コストを考えると実際はあまりできないという。
 最近では,線維性筋痛症(fibromyalgia)や糖尿病性ニューロパチーの患者に鍼を使ったらしい。

ダイバシティー

 森川雅浩医師は同じ家庭医療学の所属で,大学病院の病棟医長であり,国際保健プログラムのディレクターも兼任している。彼は日本の医学部を卒業し,救急医療の現場で活躍していたが,13年前に渡米した。私たちは「アメリカで感じた違和感」について,両方の文化と医療に精通する彼によく相談にのってもらった。そしてアフガニスタン支援の合間を縫って,「臨床現場でのCAMの接点」についてのインタビューに応じてもらった。
 彼は患者に積極的にCAMを薦めることはしないが,CAM に関する問い合わせは増えていると指摘する。健康食品,ハーブ,サプリメントに関するものが多いらしい。
 その対応を尋ねると,「僕はほとんどの場合,正直によくわかりませんと答える。勉強させてくださいと言っておいて,次の診察までに詳しい同僚に聞いたり,時々本も読んだりするけれども,わからないことも多い」ということだった。
 彼は最近のこの傾向について,「患者の意思が反映されなければ,またダイバシティー(diversity)が受け入れることができなければ,プライマリ・ケアはできないでしょう。患者さん自身に多様な医療が可能であると知ってもらうことが大切。国際保健のフィールドで,伝統医学を無視できないようにね」と答えた。

プライベートでのCAM

 個人的興味から,この2人の医師に「プライベートで何かCAMを利用しているか」と聞いてみた。
 2人の共通項は「エキネシア」だった。「エキネシア」は,アメリカでの患者のインタビューでもよく聞く名前だ。アメリカ先住民の伝統的ハーブで,主にドイツで開発された。一般的な宣伝文句は,「風邪予防」「免疫力の増強」である。
 The Desktop Guide to CAMで調べてみると,風邪とエキネシアに関するコクラン・レビューの結果が引用されていた。これは16の比較臨床試験を評価したものだが,現時点でエキネシアの有効性を示すエビデンスは十分でないと結論づけていた。
 彼らにその情報源を聞いてみると,「同僚医師からのススメ」ということであった。この同僚とはTanya Edwardである。

CAMの医学教育

 Edward医師は,同じ家庭医療学でCAMの学生教育を担当している。何回か彼女の授業にも参加したが,実際のCAM治療者を授業に招き,学生に体験させるタイプのものが多かった。アメリカでは医学教育にCAMの導入する動きが目立ち,医学部全米125校のうち,6割以上が必修カリキュラムに取り入れている。担当講座は家庭医療学が最も多く,プライマリ・ケアの領域でもCAMの医学教育に関心が持たれている。2
 実は,前回紹介した「病院でのCAMフェア」も彼女の主催であった。目的は何か尋ねてみると,「CAMにスポット・ライトを当てるためのひとつの方法ね。いつも授業に来てもらっているから,こちらからも宣伝の機会をあげてもいいと思って」と実にアメリカらしい返答をもらった。

医師のとるべき態度

 The Society of Teachers of Family Medicine(STFM)は,家庭医療学の教育者が集まる学会である。2002年4月サンフランシスコの大会で,CAMに関するワークショップが行なわれ,「医師のとるべき態度」について意見交換された。
 「傾聴する」,「敬う」,「共感する」,「個別性を重視する」,「学際的に対応する」などの意見があがり,適切な知識と評価する能力を養いCAMを受け入れる姿勢が強調された。3
 先のMarsh医師も,「医師が風変わりだと思う治療についても,心を閉ざすことなく,CAMの有効性と安全性について勉強していかなければいけない」と言っていたが,この意見はアメリカの臨床医の間でも主流になりつつあると感じた。

専門医とCAM

 一方,専門医はCAMをどう見ているのだろうか? ケース・ウェスタン・リザーブ大学の高岡淑郎教授を訪ねた。渡米して32年,多忙を極める脳外科専門医である。
 CAMとの接点を尋ねると,最近外来で絶対的に手術適応である頚椎ヘルニアの患者に「鍼を試したい」と相談されることがあった。一時的な疼痛緩和以外効くとは思えないが「状況に応じて,試してみたら」と答えたという。
 「でも患者さんがいろいろと試してみたいのは当然のことでしょ? 私の知っている情報は,リスクを含め提示するが,決定は患者さんだからね」と付け足した。
 興味深かったのは,カイロプラクティックから脳外科に,「さまざまな非手術的治療を試みたが,症状の改善どころか悪化したので,MRIを行なった。頚椎椎間板ヘルニアによる根症状で,手術適応ではないか?」とMRIを持って紹介されてくるケースがあることである。カイロプラクティックは想像以上にアメリカ社会に広く浸透している。

医師もあたりまえの人間

 高岡教授におそるおそるプライベートでのCAMの利用について聞いてみると,「私はスッポンひとすじ」という言葉が返ってきた。15年以上毎日,日本から取り寄せたそのカプセルを飲むという。
 サルの頭部移植4などで有名な超科学的ドクターの意外な一面だった。「ほら,信じるものは救われるだよ」という笑顔の中に,「当然いろいろ試してみたい」という1人の人間を見つけた気がした。
 ふと気づけば,自分だって妊娠後期によくある「朝方のこむら返り」に悩み,雑誌を見ながらアロマテラピーを試しているではないか。妹からもらった「安産のためのハーブ・ティー」を熱心に飲んでいるではないか。エビデンスも確認せずに。



文献
1)Borkan J, Neher JO, Anson O, et al. Refferals for alternative therapies. J. Fam Pract, 39:545・50, 1994.
2)Wetzel MS, Eisenberg DM, Kaptchuk TJ. Courses involving complementary and alternative medicine at US medical school. JAMA, 280:784-7, 1998.
3)鶴岡浩樹,鶴岡優子.米国の医学部における相補代替医療の教育2:家庭医療学の教育者のためのワークショップ.医学教育,2003(掲載予定).
4)毎日新聞科学環境部編.神への挑戦:科学でヒトを創造する.毎日新聞社,2002.