医学界新聞

 

連載最終回

    新医学教育学入門

教育者中心から  
学習者中心へ
  

医学教育の将来

  
大西弘高 国際医学大学(マレーシア)・医学教育研究室上級講師


2567号よりつづく)

 さて,今回はこの連載の最終回。医学教育が今後どのような展開をみせるだろうかという点について,意見を述べてみたいと思います。

医学教育研究

 医学教育という領域は,どちらかというと権威を持つ者の意見や政治力,モデルとなる他の国で行なわれている新たなカリキュラム等によって影響されながら変化してきた感がありました。しかし,医学教育領域でもさまざまな研究成果が学会に発表され,雑誌に投稿されている現状では,そのエビデンスを十分に活かした教育が行なわれなければならないという考え方が強くなりつつあります。Best Evidence Medical Education
http://www.bemecollaboration.org/)はその一例と言え,最近では今まで得られた研究データを系統的レビューやメタアナリシスにより,統合してより正確な判断基準としようという気運も高まっているようです。
 研究領域として,医学教育というテーマが伸びていきそうかどうかという問いに関しては,私は「しばらくは急速に伸びていくだろう」と断言します。例えば,図で医学教育領域の主要3誌,Academic Medicine, Medical Education,Medical TeacherのImpact factorの変遷を示しましたが,全体的に増加傾向を示しています。

 Academic Medicineは米国医学校協会(Association of American Medical Colleges)の発行する雑誌であり,卒前,卒後,継続教育に関わる論文を出していますが,米国の情報に偏りがちであり,国際的な関心とはやや足並みが揃っていないのかもしれません。Medical Educationは,デンマークに本部を持つ世界医学教育連盟(WFME: World Federation for Medical Education)と英国医学教育学会(ASME: Association for the Study of Medical Education)が合同で出版しており,最近特に研究論文の質が高まっているという評判です。Medical Teacherは,欧州医学教育学会(AMEE: Association for Medical Education in Europe)の出版している雑誌であり,従来総説論文が多かったのですが,最近急速に研究論文が増加し,質が改善されたと感じます。
 研究の方法論については,Prystowsky & Bordage(Med Educ 2001;35:331-6)が「学生や研修医を対象とし,評点や満足度を分析した研究が多い」というデータを示しています。患者に生じるアウトカムはどうか,コストや費用対効果はどうかといった,より社会的な影響を重視した研究が増えることが望ましいと考えられます。

教育組織経営の視点

 医学教育領域で最も先導的な雑誌であるAcademic Medicineには,leadership,mission,vision,organizationなどの組織運営に関わる専門用語が論文のタイトルなどに頻繁に出てくるようになってきています。これは,教育組織経営の視点が重視されるようになっていることの表れであり,私が在学していたイリノイ大学の医療者教育学修士課程でもOrganization and Management of Health Professions Education Programsというコースが必修となっていたのは,このような動きに対するものと言えるでしょう。
 例えば,カリキュラムという非常に組織立ったプログラムを運営するうえで,臨床医学部門と基礎医学部門,それ以外の中央管理部門をどのような構造に関係づけるか,問題が起こった時の命令指揮系統はどう適正化すればよいか,昇進の基準は誰がどのように作成し使用すればよいかなど,様々な問題点を考える際に,組織経営の視点が役立つでしょう。特に,現在の日本の医学教育現場のように組織改革を迫る内容が山積している状況では,その必要性は以前にも増して高いと言えます。
 しかし,長期間かけて複雑に構築され続けてきた教育組織を改編するのは至難の業でもあります。日産自動車がカルロス・ゴーン氏をCEO(Chief Executive Officer)に迎えて早々と経営を立て直したのは,物作りを得意とする日本人の基盤の上に,有能な戦略がうまく噛み合ったからだと思いますが,人的資源がより重視される教育組織の場合,おそらく同じようにはいきません。教員の人員整理を大規模に進めたり,有能な人を全国からかき集めて組織を生まれ変わらせたりということが難しいからです。医学教育組織改革においてはより戦略的な方法を採らざるをえず,今後副学長レベルに医学教育組織経営について深く学んだ人をアドバイザーとして迎えるというような動きも必要になるのではないかと思われます。
 また,医学教育組織は改編が難しいため,医学教育組織を新たに作って各国の医学教育改革の先導的役割を担わせようという動きが生まれることがあります。カナダでのマクマスター大学,オランダでのマーストリヒト大学,オーストラリアでのニューキャッスル大学の医学部はいずれもそういう流れで1970年代に創立されたものでした。このような流れは最近になってアジアでも増えており,韓国では1998年に嘉泉(Gachon)医科大学という学士のみ入学可の4年制Medical Schoolが生まれていますし(総長は本紙2349号で,日本医学教育学会の会長,副会長との会談が掲載された金勇一先生),台湾では昨年輔仁(Fu Jen:フーレンと発音)大学医学院が新設され,マクマスター大学の完全PBLカリキュラムを全面的に採り入れているといった例がみられます。

教育学の大学院プログラム

 医学教育に関して大学院での専門教育を提供する流れも加速しています。イリノイ大学シカゴ校(米国),ダンディー大学(英国),マーストリヒト大学(オランダ)では,医療者教育学修士課程(Master of Health Professions Education)や医学教育学修士(Master in Medical Education)のプログラムで学ぶことが可能です。いずれも,遠隔地からの履修がしやすいようにオンラインのコースが設けられており,日本からの履修者も徐々に増えているようですが,修士課程を修了した日本人の数は少なく,アジア諸国と比較すると最低レベルに留まっている印象です。
 アジアでは,マレーシア科学大学(Universiti Sains Malaysia)が昨(2003)年からMaster of Science in Medical Educationのプログラムを開講しました。マレー語の習得が必要,オンライン教育が準備されていない等,現在のところ国内用のプログラムと言えますが,ここの医学教育部には医学教育に関して修士以上の学位を持った人が7名集まっており,アジア地域では最大規模を誇ります。

日本の将来は?

 アジア各国が互いに協力し,切磋琢磨しながら医学教育について学んでいるのは,医学教育を政策として考えた時に,自分の国の中で実験することが困難だからという理由が大きいように思えます。特に米国,英国という医学教育に関する二大勢力は互いにかなり異なり,これらのいい部分をうまく採り入れたいという気持ちはアジア各国の医学教育改革に共通していると感じます。
 ところが,医学教育学が学問として急激に発達したため,ある程度専門的に学び,心理学や教育学の専門用語に慣れ親しまなければ諸外国に学ぶことすら難しいという現状が生じはじめています。日本では医学教育に関係する部門が多数生まれはじめていますが,今までのところ医学教育学会や各種ワークショップ等を通じて国内でのやり取りはなされているものの,国際的な連携に乏しかったのではないでしょうか。
 医学教育学には未開拓の分野も多く,改革が急ピッチで進むわが国において,今後ますます多くの人々が医学教育にかかわっていくことによって,世界に伍していくことは十分可能でしょう。本連載が医学教育学に対してより多くの人々の関心を集め,学問的な裾野が広がっていくことを心から願っています。
(連載おわり)