医学界新聞

 

〔新春座談会〕
医師臨床研修必修化

日本の医療はどう変わる?

岩崎 榮氏 <司会>
矢崎義雄氏
櫻井秀也氏
元日本医科大学主任教授
・医療管理学
日本医療機能評価機構理事
国立国際医療センター総長
臨床研修協議会会長
日本医師会常任理事
     
西岡 清氏   中島正治氏
東京医科歯科大学医学部
附属病院長
全国医学部長病院長会議
常任理事・前会長
  厚生労働省大臣官房審議
(医療保険・医政担当)


 1968年のインターン制度廃止以来,36年という長きにわたって続いてきた「努力義務」としての医師臨床研修制度が終わり,いわゆる「必修化」された新医師臨床研修制度がスタートしようとしている。この歴史的な年を迎えるにあたり,本紙では,新臨床研修制度にかかわる各領域のリーダー5人による座談会を企画し,「新医師臨床研修制度は日本の医療をどう変えるのか?」,「今後の医師育成はどうあるべきか?」などを中心に,これからの医療のあり方についてお話しいただいた。


■36年ぶりの医師臨床研修制度の大改革

矢崎(司会) いよいよこの4月から,新しい医師臨床研修制度が実施されます。従来の臨床研修は,主として大学病院において入局予定の診療科を中心に行なわれてきました。しかし,新制度では,専門領域にとらわれず基本的な総合診療能力を修得することが目標に掲げられ,内科,外科,救急などを中心に研修する制度へと大きく変革されることになりました。

何のための必修化か?

矢崎 研修制度の抜本的な改革は,実に36年ぶりになりますが,その背景には,医学・医療技術の進歩のもと,医師の専門分化とともに日常臨床の専門化が進んだ一方,高齢社会を迎えて慢性疾患,しかも複数の疾患を持つような患者さんが多くなったことから全人的な診療が重要になったという,医療環境の変化があります。すなわち,このような社会と時代のニーズに応えられる医師育成の必要性が,今回の制度改革に大きな影響を与えたといえるのではないでしょうか。
 本日は,「新医師臨床研修制度は日本の医療をどう変えるのか?」,「今後の医師育成はどうあるべきか?」というあたりを中心に新しい臨床研修についてお話しいただければと思います。まず,中島審議官から,新制度のポイントについてお話しいただきたいと思います。
中島 新しい研修制度の基本理念は,(1)この研修制度を通じて医師としての人格を涵養すること,(2)プライマリ・ケアの基本的な診療能力を修得すること,そして,(3)研修医がアルバイトをせずに研修に専念できる環境を整備すること,この3つに集約されると思っています。この3点は,1968年以来,現在の臨床研修制度が36年間行なわれてくる中で,努力をしてもなかなか実現できなかった事項ではなかったかと思います。
 現代の医療においては,医師-患者関係が希薄になり,また,専門分化が進み,患者の抱えているさまざまな問題に十分対応できない若手医師が増えてきているのではないかという懸念があります。そこで,医師としての臨床経験をスタートさせる時期に,これらをきちんと身に付けてもらいたいということです。
 これまでは研修というと,医学医療の進歩の中で高度専門的な技術をいわゆるストレート研修によっていかに早く身につけるかという点に主眼が置かれかねない傾向があったわけですが,その前に一般的な幅広い診療能力をプライマリ・ケアの現場を通して広い視野のもとで学んでいただきたいと思います。

変革を迫られた大学病院

矢崎 新制度では各研修施設が研修プログラムを公表し,研修医を公募しますが,そのプログラムの基本的な枠組みは,新制度の理念を実現するためにスーパーローテート方式になっています。これは,従来の大学医局をベースとする研修方法とは大きく異なり,これにより大学側は大きな変革を迫られていると思いますが,西岡先生,いかがでしょうか?
西岡 実は,インターン制度廃止直後から数年間は,スーパーローテートが行なわれていた時代もありました。ところがそれは,研修医の希望とそれを受け入れる医局の希望とで徐々に変わっていき,ストレート方式として定着するようになってしまいました。当時はそのほうが,各医局・講座にとってメリットがあったのだと思います。しかし,それが近年,大きな批判にさらされることになったわけです。2000年には医師法が改正され,臨床研修必修化が決定しましたが,それを受けて,2001年には,国立大学医学部附属病院長会議で卒後臨床研修の「共通カリキュラム」を策定し,スーパーローテーションをやろうという提案を行なっています。しかし,それに対しては侃侃諤諤の議論があり,簡単にはまとまることはできませんでした。新しい研修制度を提案していく過程で,研修医がどれだけの技能を修得できるかという目標をはっきりさせて,それに向かって各診療科が協力する必要があるということを,繰り返し議論する中でまとまってきたというところだと思います。臨床研修制度について検討を重ねた厚労省の審議会やワーキンググループの情報も,常に全国の大学に流していました。そうするなかで大学の意識も変わってきたのだろうと思っております。

医療に対する大学人の考え方も変化

矢崎 岩崎先生は,古くからこの臨床研修にかかわりをもってこられましたが,大学病院がこのプログラムを受け入れるようになった背景には,やはり時代の流れ,社会のニーズの変化があるのでしょうか。
岩崎 そう思いますし,そうでなければならないと思っています。やはり時代の流れに沿って医学教育も変わるでしょうし,あらゆる医療提供システムが変わらなければなりません。
 ただ,歴史的には,医学・医療技術が進歩する中で,わが国には専門医制度が中途半端な形で導入されてきたという経緯があります。このことから,プライマリ・ケア研修の導入は昭和40(1965)年以前からいわれていながら,大学にはやはり先端医療をやらなければ世界から後れるのではないかという焦りがあったのだろうと思います。「大学病院での臨床研修が,プライマリ・ケアだけでいいのか?」という疑問は,おそらく世界の進歩についていけなくなるという恐れから出てきたものです。そのため,当時の厚生省,今日の厚労省からプライマリ・ケア研修への要請があったとしても,なかなかそちらへ転換ができなかったのだと思います。
 しかしながら,今日のように疾病構造が変化し,慢性疾患や複数の疾患を持った患者さんが増えてくると,大学病院といえども,そういう患者さんを診ざるを得ないわけです。そのような現実の中で,大学人の医療に対する考え方はずいぶん変わってきたと思います。そしてその変化の中で,自分の専門しか診ることができず,コモンディジーズへの対応ができない医師をつくってきてしまったという反省が内部からも出てきたのだろうと思います。さらに,近年医療事故が大きな問題となり,安全管理対策も重要視されてきたこともあいまって,新しい臨床研修制度を受け入れざるをえない状況になってきたわけです。

■初期研修の場としての地域医療

矢崎 これまでは,研修医の75%が大学病院で研修を積んでいたわけですが,先ほど,中島審議官が言われた理念を実現するには,やはり大学病院以外の研修病院での研修を積むことも重要で,プログラムもそういうものになっていると思います。今回,経験しなければならない医療現場として,地域保健・地域医療が加わりました。私は,プライマリ・ケア――この内容をどうとるかは議論のあるところですが,つまり新しい研修制度の理念に沿った総合的な臨床能力と判断能力――を身につけるためには,そして研修医が本当にそういう能力が身についたと感じるためには,大きな病院での研修よりも,地域医療の,患者と密接した状態で行なう研修がきわめて有効だと思っています。
 大学の先生方には,地域保健・地域医療をプログラムに入れた時にはずいぶん反対されましたが,櫻井先生,プライマリ・ケアの視点からお考えをお聞かせください。

医局中心の研修への疑問

櫻井 日本医師会としては,厚労省の審議会やワーキンググループにも代表を出席させていただき,意見を述べてきました。医師会内部でも,平成に入るくらいの時期から,臨床研修についてのさまざまな委員会をつくって議論してきていました。
 当然のことではありますが,医師になるためには,まず,医学部入学試験があり,医学部へ入学し,医学部教育を受けて卒業すると,国家試験を受ける仕組みになっています。以前は,国家試験を受ける前にインターンの時期があったわけですが,本年からはじまる新しい制度では,国家試験を通って医師になった後に,臨床研修を義務としてやり,さらに専門教育なりへと分かれていく形になります。もちろん,医師というのは一生涯勉強しつづけなければならない存在です。
 私たちは,医師が生まれてから一生涯勉強していく,そういう全体の流れの中の1つの段階として卒後臨床研修を捉えています。つまり,「よい医師」をつくるために,卒後臨床研修にはどういう役割があるのかという視点が大切だと考えています。医師会には,私を含めてインターン経験者が少なくありません。その人たちと話をしていると,インターン制度は問題点があり,廃止になったわけでそこへの反省はあるけれども,インターンの経験は医師としての成長過程で非常によかったという人が結構いるわけです。ところが,最近の大学を中心とした研修には,そのような医師としての学びの経験がまったくなくて,初めから専門領域に偏った,医局中心の研修になってしまっています。これに,社会も疑問を投げかけたし,医師会も疑問を持ったわけです。

「プライマリ・ケアの重視」をどう捉えるか?

櫻井 そこで,プライマリ・ケアというものをどう捉えるかですが,私たちは,医師養成の過程において地域での研修は絶対に必要だと考えています。たとえ何かの専門医になるとしても,1度は経験すべき場だと思っています。地域保健・地域医療をプログラムの中に入れることを,「仕方がないから,1-2か月入れておこう」とお考えの方がいるかもしれませんが,それはおかしな話です。本来,2年間全部とはいいませんが,臨床研修そのものが地域医療を中心にしたものであるべきで,例えば,内科が6か月とあるのは,内科は大学でやればいいというのでは決してなく,地域での内科の研修をしてもらいたいと考えているのです。
 すぐには変わらないでしょうが,昨年11月に行なわれた研修医マッチングの結果では,従来と比べて10数%の研修医が大学病院から臨床研修病院へ流れました。この流れがさらに進むことを期待しています。
 もともと,大学病院は臨床研修を引き受けていたところへ,後から特定機能病院を引き受けたという経緯があります。初期研修と特定機能というものを並び立てるのは,本来難しいことです。特定機能病院としてやる高度先進医療を研修医に教えるわけではないのですから。私は,特定機能病院という制度ができた時に,もう少し議論をすべきではなかったかと,いまは思っています。高度先進の部分は,研修医が学ぶ医療ではないわけですが,大学はそれをしなくてはならない。
 だとすれば,むしろ初期研修では地域をベースとして,地域の医師からの紹介を受けて大学へ送られる患者さんとはどのような人たちなのか,を研修医に学んでもらうことのほうが大切ではないかというのが,「地域医療を中心に」という意味であり,「プライマリ・ケアの重視」ということだと考えています。

■マッチングが日本の医療に与えるインパクト

矢崎 いままで大学でやってきた臨床研修を180度変えるのは,なかなか難しい点がありますが,1年,2年と経っていくうちに魅力ある研修プログラムをつくっていかなければならないでしょう。これからの学生たちも,国民がどのような医療を求めているかということを理解し,それに応えることができるような知識,態度,技能を身につけることができるプログラムを,主体的に選択し,応募するという流れができてくるのではないかと思います。
 それを支援するために導入されたのが,櫻井先生がおっしゃった「研修医のマッチング」です。これは,研修医と研修病院双方の希望をもとに,その組み合わせをコンピュータを用いて決定する仕組みですが,これを導入するにあたっては反対論もかなりありました。
中島 マッチングは,必ずしも厚労省が今回の必修化を踏まえて,当初から導入しようと発想していたものではありません。むしろ,大学の先生方から,米国の研修医制度にはこのような仕組みがあり,効率的なので導入すべきだというご意見をいただき勉強させていただいたところ,これは日本でもできるのではないかということになったという経緯があります。
 検討を重ねる中で紆余曲折はありましたが,関係の皆様のご協力を得られることになり,日本医師会,医療研修推進財団,全国医学部長病院長会議,臨床研修協議会の4者による,いわゆる「マッチング協議会」が発足したわけです。国のほうは,それを側方から支援させていただくという形で実施されたわけです。
 スタートにあたって,どの程度の参加がいただけるのかということが心配でしたが,大学病院を含めて,多くの施設の参加が得られました。学生も,自治医大や防衛医大といった特別な大学を除いて,ほぼ全員といってよい数の参加を得ることができました。

研修医マッチングの成功

矢崎 初年度研修医マッチングの結果によれば,マッチ率は95.6%です。8283名の参加者のうち,アンマッチ者はわずか353名であり,これは成功といえると思います。そして,実施前には,大都市に研修医が集中する傾向がさらに促進されるのではないかという危惧がありましたが,それが杞憂に終わったことも大きな成果です。大学側も相当な努力をされたと思います。
西岡 全国医学部長病院長会議としては,マッチングを実施することが決まった時点で,各大学や学生に向けた説明会を行ないました。一部が参加し,他方は不参加というような形では,公正な仕組みにならないという考えから,「やるならやる」,「やらないならやらない」というかたちしか取れないということで,皆さん方にご理解いただきました。
 そして,ことあるごとに,各研修センターの先生方から6年生にマッチングについての説明をしていただいて,情報のもれがないようにお願いしました。私どもがいちばん気にしていましたのは,研修先の決まらない浪人者が出たらどうしようかということでしたので,活動には力を入れました。
櫻井 マッチングの結果によれば,1位どうしで決まった人が全体の77.5%です。相思相愛みたいな人が6000人くらいいます(笑)。希望順位表の3位までだと95.2%で,なんと7880人もの人が決まっています。この結果を見ると実にうまくいった。しかも,結果発表の時点で,病院の研修医枠の空席は2000以上ありますから,アンマッチになってしまった人も,まだまだ堂々と選べる状況です。これから自分に合うところを探していけばいいわけです。それを考えると,私はむしろ空席のある病院,マッチ者ゼロの病院のほうが問題だと思います。
岩崎 マッチングを導入する時点で学生たちの反応が非常によかった。全国的に情報を収集しておりまして,むしろ,教授たちがそれに後れをとった感もありました(笑)。「週刊医学界新聞」などの情報紙が早くから情報を流し,また,インターネットでは全国の学生の情報網ができていて,彼らの情報は非常に正確で速かったと感じております。ですから学生への説明は容易でしたし,そのような学生の反応からも,私は,マッチングは成功するだろうという感触を持っておりました。
 また,研修医の定員数について「10床に1人」から「8床に1人」へと基準の緩和措置がとられてからも,多くの大学は定員枠を増やしませんでした。そのようなことからみて,大学はマッチングには神経質ではあったけれども,やるとなったらかなり協力的だったのではないかと思います。

マッチングが医療全体に与える効果

岩崎 これから,マッチングが定着してきますと,研修プログラム全体が変わってくるのではないかと感じています。「コミュニティ・ベースド」,「プライマリ・ケア・ベースド」のプログラムを組まなければ学生が応募しなくなっていくだろうと思うのです。ですから,各大学病院が地域保健・医療のプログラムを保健所に丸投げしているというような話を聞くと,慙愧に耐えないですね。私は外来診療を中小病院や診療所の先生方にお願いしてしっかりとやるべきだと思っています。櫻井先生がおっしゃったように,地域をベースにして患者さんを大病院にお願いするという立場で研修をする,そういう転換が行なわれなければ,本当の意味でのプライマリ・ケア研修にはならないのではないかとさえ思っております。
矢崎 おっしゃるとおりで,プログラムの大きな枠組みは決めましたが,細かい配慮の行き届いたプログラムの内容には,まだ至っていない,これから努力しないといけない部分がたくさんあるということですね。
櫻井 私たちのインターン時代にはインターネットも何もありませんから,すべて先輩からの口コミでした。「あそこでインターンやるといいよ」と聞いて行ったわけです。それが今度は,これだけの情報が交換される中で選ばれるわけですから,臨床研修そのものをよくするための手段として,マッチングシステムが生きてくるように思えます。根本には社会が求めるものがあるわけですが,さしあたっては,研修希望者が求めるいいプログラムができれば,そこへ皆が行くわけです。来てもらえない病院は努力してよいプログラムを開発しなければならない。そのような形で,全体がよくなっていけばすばらしいですね。
岩崎 それを,私は「マッチング効果」と言っています。さらに医学教育そのものや,医療全体を変えていく可能性を持っていると思います。
矢崎 昔の医学生は,私も含めてですが,入学試験を通れば,後は国家試験さえ通ればよいという「一点突破主義」できました。ですから,自分で勉強するという意識があまりなかった。しかし,今後はその「マッチング効果」で,自分で積極的に情報を集めて,自分のこれからの方向をどう定めるかを考えることになるわけで,よいインパクトを与えてくれそうですね。
岩崎 学生たちは,能動的になったし,大学側も自校の卒業生であっても医局にそのまま残ってくれるわけではない,という危機感を持つようになった。
中島 私がマッチングに際して心配していたのは,研修病院の採用試験をいくつも受けなければならないということが,学生の負担になるのではないかということです。しかし,学生に話を聞くと,ここ数年はかなりの学生が外の病院を受けていたそうで,すでに外の病院に応募することに抵抗はなくなっているということを感じます。私の同級生で外の病院を受けたのは,ほんの数人だったと思いますから,状況は大きく違うようです。もう底流ができていたんだなという気がします。ですから,今回も,多くの学生がスッと対応できたのではないかという気がします。
西岡 それは大学や地域によって異なると思います。都市部以外の大学の学生は,かなり以前から外病院に応募する傾向がありましたが,問題は都市部にいた学生たちです。「寄らば大樹の陰」でのんびりしていて,どこかの教室に入れば最終的な就職まで決まるだろうという形で流れができていましたから,マッチングの導入と,大学の定員削減で少々混乱を起こしたのではないかと思います。いますべてをパッと変えてしまうというのは難しいだろうと思いますので,大学も,上手にソフトランディングできるように,しばらくは初期研修の場を担っていかなければならないと考えています。
 しかし,医学教育全体が大きく波打って変わってきています。例えば学生の講義にしても,最近導入されたコア・カリキュラムでは,何々学という講義がなくなる中で,かつて医局,医局といっていたものも解(ほど)けていかないと動けなくなっている状況があると思います。

■研修の質をどう確保するか?

研修の評価

矢崎 さて,次に研修の評価というものについて話を進めたいと思います。新臨床研修制度では,「行動目標」と「経験目標」という到達目標を掲げました。行動目標については,最初に理念としておっしゃられた,医師としての基本的な姿勢・態度というものがありますし,患者-医師関係や安全管理といった点も挙げられています。また経験目標とは,経験すべき疾患などを掲げたものです。
 これらを含む研修の評価はなかなか難しい面もあるとは思いますが,研修をよいものとするためには絶対に必要なものです。国立大学では,共通の評価方法を準備されているようですね。
西岡 はい。国立大学医学部附属病院長会議の常置委員会のもとで検討・開発を進めています。研修の到達度,指導医の研修医への評価,研修医による指導医の評価,施設にどれだけのものが整っていて,どれだけサポートシステムができているかなどの評価をする「EPOC(Evaluation system of Postgraduate Clinical training)」と呼ばれるシステムがそれです。Webを用いたシステムで,電話回線でどこからでもログインできるものです。
矢崎 大学以外の研修病院にもオープンにしていただけるものですね。
西岡 すべての研修施設に活用していただきたいと思っています。研修医は各施設をローテーションで動きますので,どこからでも使えるように設計されています。来年4月にオープンする予定ですので,まもなく全体のご案内ができると思います。それをうまく活用すれば,研修医の到達度が容易に判断できることになりますし,施設の評価の一部も可能になります。
岩崎 EPOCは,どちらかというと研修医自体,指導医自体の評価が中心であり,プログラム全体,研修システム全体を評価するシステムも必要になると思います。
 日本医療機能評価機構では,プログラム評価を中心とするシステムの開発を進めていて,ほぼできあがったところです。従来,医学教育学会等が開発してきたカリキュラムの評価と同じような手法を用いて,プログラムそのものをしっかりと評価して,それにEPOCを積み上げていくことで,全体が評価できるのではないかと思っています。
 1年次修了時に行なう中間評価と,2年次修了時すなわち研修修了時に行なう評価の2回に分けて行なう予定ですが,その開発の途中で引っかかっているのが「臨床研修の到達目標」として示されている「行動目標」と「経験目標」です。これがどうも,医学教育学会で私どもが使ってきた言葉と齟齬があってやりにくいのです。将来の制度の見直しの際には,ぜひ改善してもらいたいと思っています。
 また,「分野」と「診療科」というものが整合していないのも問題です。インターネットで見た限りにおいては,大学のプログラムは講座中心のプログラムになっているところがあり,スーパーローテートといいながら,「それで本当に基本的診療能力が身につくのかな」と心配されるようなプログラムが多く出ています。各科別に,それを寄せ集めてやったということだと思うのですが,あまり,各科,各科ということになると,昔のままということになる……。
櫻井 これまでのよくない制度と変わらなくなってしまう。
岩崎 だから私は,スーパーローテーションというのが,専門医志向で単に各科をローテーションすることに過ぎないのであれば,制度の趣旨からはずれ,大変危険だと思っています。もっと,「分野」というものが強調されないといけません。臨床研修病院の指定申請の届出用紙そのものが「分野」となっていながら,各診療科の意味にとられているのです。研修の理念が達成できるようなプログラムにぜひ変えてほしいと思っています。

問われる大学病院の機能

矢崎 例えば,内科でも,循環器,消化器などに分かれていますね。先ほどからご指摘があるように,本当は幅広いベースの上でやっていけばいいのですが,いま,大学は「分化と統合」の,「分化」ばかりどんどん進んでいて,「統合」のところがなおざりです。やはり,病院そのものの構造を変えない限り,大学病院でのいい臨床研修は難しいのではないかと思います。ですから,それが無理な大学は,臨床研修を降りてもらわなければなりません。
 国立国際医療センターは,既存の病棟は,腎臓,循環器というように専門診療科ごとに分けられているのですが,新しい病棟をつくる時には,小児科,産科,ターミナルケアは別にして,その他は,軽症,中等症などの大きな枠組みでやったほうがいいと思っています。大学病院も,ものすごく先端的なところは分化した形でやって,その他の部分は総合的な病棟編成をしないと,臨床研修を効率的にやるのは無理です。
岩崎 その点から言えば,大学病院は今回の「理念」を生かす研修とはほど遠いだろうと思います。大学側が自らそれを自覚し,「うちの大学では(初期臨床研修は)できない」と放棄するところが出てきてもよいはずです。なぜ出てこないのでしょうね(笑)。
 実は,学生側がマッチングに非常にスムーズに対応した理由の1つは,みなに公平に「3年後の選択」を保証したことにあるのではないか,と思っています。全国一斉のマッチングであり,2年間は全国一律の制度により初期研修を受け,3年後にはどこかの大学に胸を張っていけると……。2年間,外を見てきて,それから「どこの大学に行こうかな」と考える。ですから,大学はうかうかしていると,自分の大学の卒業生にさえ戻ってもらえなくなる。各大学は,それを危惧していますが,私は,そうなっていくのではないかと思っています。
矢崎 本当に専門分化した大学病院になるか,あるいは,よい臨床医を育てるためにということで,一部の先端医療以外は総合的にやるか,どちらかを選択しないと無理ですね。中途半端では競争に負けてしまいます。
岩崎 私は,無理をしてまで大学が臨床研修をやることはないと思っています。80以上の大学があるのですから,初期研修はやらない大学が出てきてもいいと思います。
西岡 それには,やはり時間が必要だろうと思います。いま,方向としては,岩崎先生がおっしゃるような方向に行かざるを得なくなっていると思います。一般の国民は,「すべてがわかるような医者がほしい。どんなことにも必ず対応してくれる医者であってほしい」といいながら,一方で,自分の病気が決まったら「最高の治療をしてほしい。最高の専門家に診てほしい」という2つの要望を持っています。つまり,大学には,かなり先端的な医療が要求されているといえると思います。
 私は,研修医をどうするかということよりも,むしろ卒前教育をどこまでやるかということに大学は力を入れるべきで,卒前のうちにかなりの部分を修得してもらい,卒後教育ではさまざまなところで経験を積むことが大切だろうと思います。その後,専門家をめざす人は大学へ戻る,そういう形に変わらざるを得ないだろうと思っています。私がこれを言ったら叱られるかもしれませんが……(笑)。

■国として行なうべき条件整備

岩崎 例えば,国立がんセンターや国立循環器病センターといった,何かに特化した専門病院では,研修医は取れないはずです。そういうところでの臨床研修は適切ではないと位置づけてくると,櫻井先生がおっしゃったように,特定機能病院と臨床研修施設の間で,大学病院の存在価値さえ問われることになる。
矢崎 大学病院はベッド数が多すぎるのではないですか。
岩崎 私は,自分の大学でも「ベッド数をいま少し減らしましょう」と言っていますが,これには反対を受けています(笑)。
櫻井 経営を考えれば,ある程度の採算性は必要ですね。ベッド数を少なくして専門のことだけやれるかといったら難しいです。専門というのは,だいたいにおいて経費のかかる部分で,不採算が起きます。だから,ある程度のベッド数を抱えてなければいけないし,外来も集めなければならないということになる。
 根本はそこにあるでしょうね。大学がそういうことをしなくてもいいように,大学としての本来の機能を果たせばやっていけるように,条件を整えなければなりませんね。
矢崎 そこは国が考えなければいけないところです。

よい医師を育てるという国としての責任

櫻井 大学の先生も,地域の医師も,やや書生論のように「これからの若い人がよい医師として育つように一生懸命やる。そのためには,手弁当でもやるよ」という意気込みでやっていますが,それに国が甘んじてもらっては困るのです。よい医師を育てることの責任は,やはり国にあるわけです。単に,研修医の処遇や指導医の手当てだけの話ではなくて,さまざまな基盤整備が必要です。よい医師を育てることが医療の質を上げ,結局は国民の利益となるのです。そのためには,われわれも大学の先生も,皆でやらなければいけない。もちろん,手弁当でやるべき部分もあるわけですが,そこに甘んじてほしくないということは,ぜひ言っておきたいことです。
西岡 おっしゃるとおりです。大学は専門教育に専念し,臨床研修は一般病院でやるということになったとしても,大学病院,一般病院それぞれに対する支援は何もないのが現状です。自分たちの収益だけで給料を出せというのではダメで,国がそういう病院を育てていこうとしなければ,決してよい医療は実現できません。
櫻井 私たちが言うと,「また勝手なことを言ってる」と言われるかもしれないから,医師会ではいま,「金がほしいとは言うな」と言っています(笑)。医師会主催の指導医講習会に参加する人にも,「教えるノウハウを身につけることは自分の勉強なのだから,むしろ自分でお金を出して受講しなさい」と言っています。しかし,この状態がずっと続いてよいわけではありません。
中島 国として支援していかなければならないという認識は持っていますし,財源確保の努力を続けています。国民の税金や保険料でやるわけですから,国民の理解がないといけません。国民にも十分に事情を知っていただき,納得して協力いただけるような形をとりたいと思っています。

■社会とともに明日の医師を育てる

社会へのアピール

矢崎 やはり,よい研修医を育てるには,処遇・指導体制などの研修環境を整えることが必要です。確かに,日本の国は一生懸命やるとそれで済んでしまって,きちんと要求しないというところがあります。その悪しき慣習を破って,しっかりした対策を立てていただきたい。
 そのためには,医師の育成について,広く世の中に知っていただくための努力も必要ですね。
岩崎 ええ。もっと国民の目に触れるようにしなければいけないですね。私もある指導医講習会にかかわっており,これは100床以下の中小病院や地域の診療所,公立病院の院長や指導医たちを集めて行なわれているものです。すでに受講者は500名を突破していますが,確かに精神論では済まされないことになってきています。
 ただ,地域の病院で一生懸命努力している医師たちに指導を受けた研修医が,またその地域に残って指導医になっていくというよい循環が,地域住民の人たちにわかっていただけるようになれば,地域の住民の方たちから応援する声が出てくるのではないかと思っています。いま育てているのは,21世紀半ばのわが国の医療を担う医師だということを,私ども指導者の立場としては,国民にPRしていく必要があります。

研修医一人ひとりの満足度も重要

櫻井 私は,まず今年から研修医になる人たちが2年間研修をして,「この研修をやってよかった!」と思ってくれることが,いろいろな意味でのはじまりになると思っています。そして,その先に「今度の研修医制度で,いいお医者さんが育って医療がよくなったね」という形で,社会に評価されることが最終的な目標だと思います。
 勝手なことを言うようですが,私は,インターンの1年間がものすごく充実していて,感動の1年だったんです。いまから考えても,あの1年間はしっかりと医者としての自分の役に立っていると思っています。この研修制度も,まず1人ひとりの医師にとって,そうなってくれることが必要です。そんな経験をした医師が世の中に出て行った時に,「研修制度が改革されて,いいお医者さんが出てきたね」と評価される……。そしてその人たちが大学へ戻り,「大学の先生も変わったね」と言われるようになる。そうなれば新しい臨床研修制度は大成功だと思うのです。
西岡 「その研修がよかったかどうか」そのような評価はインターネットなどを通してすぐに広まる世の中です。おのずと評価のフィードバックもなされ,よい研修をめざす方向へ向かっていくのではないかと感じています。
岩崎 日本医療機能評価機構では,受審された病院の評価結果を公表しています。研修の評価も,同じように公表されると思っていますので,国民の目に触れるだろうと思います。時代は変わりつつあります。
矢崎 本日は,多方面から新時代の臨床研修についてお話しいただきました。お話の中から,研修制度を今後発展させるための課題をまとめれば,プログラムの内容や指導医の質の確保,処遇を含めた臨床研修の環境をどう整備するか,さらには,よい研修にしていくための評価をどう行なっていくかということになるでしょうか。
 「tomorrow's doctor」となる医学生・研修医のみなさん,そして彼らを育てる先輩医師のみなさん,そして医療の受け手である国民のみなさん,そのすべてが手を携え,この新しい制度によって,明日のわが国によい医師を育て,よい医療を実現する方向に向かえばこれ以上の喜びはありません。本日はありがとうございました。
(おわり)



西岡 清氏
1964年阪大卒,69年同大皮膚科助手。70年ロンドン大皮膚病研究所研究員,関西医大,阪大を経て,86年北里大助教授。90年東医歯大教授(環境皮膚免疫学),98年同大医学科長,2001年より同大附属病院長。02年より全国医学部長病院長会議の副会長,会長を歴任し,現在常任理事。同会議卒後臨床研修制度ワーキンググループ座長。厚労省ワーキンググループの委員として新医師臨床研修制度の設計にかかわった。



櫻井秀也氏
1962年慶大卒。医学博士。70年日本橋茅場町に診療所を開設。80年日本橋医師会理事。88年同会長。91年東京都医師会理事。97年同副会長。98年より日本医師会常任理事。中央社会保険医療協議会委員,社会保障審議会臨時委員,厚生科学審議会臨時委員など,厚労省各審議会委員を務める。日本医師会の生涯教育担当の常任理事という立場から,医師臨床研修のあり方についても積極的な発言を行なっている。



岩崎 榮氏
1957年長崎大卒,58年同大第2内科。60年エヴァンチェリスト医大留学。69年長崎大助教授を経て,82年に国立病院長崎医療センター副院長。83年長崎県立成人病センター多良見病院長,84年国立医療・病院管理研究所医療管理部長。90年日本医大医療管理学教室主任教授。98年日本医科大学常任理事,99年より同大常務理事。日本医療機能評価機構,医療研修推進財団などの理事も兼務し,研修の質の確保に取り組む。



矢崎義雄氏
1963年東大卒,64年同大第3内科。71年ベス・イスラエル病院(ハーバード大)などに留学。東大助教授を経て,91年に同大第3内科教授,医学部長などを歴任した。99年国立国際医療センター病院長,2000年より同総長。04年4月より独立行政法人国立病院機構理事長に就任予定。医師臨床研修必修化にあたっては,厚労省審議会の検討部会,ワーキンググループの座長を務め,制度設計に中心的な役割を果たした。臨床研修協議会会長。



中島正治氏
76年東大卒。東大附属病院,藤枝市立志太総合病院外科,東大大学院を経て,86年厚生省健康政策局総務課。92年山口県環境保健部長。93年厚生省大臣官房政策課企画官。95年環境庁環境保健部特殊疾病対策室長。96年同環境安全課長。98年厚生省医薬安全局血液対策課長。2001年厚労省医政局医事課長,厚労省担当課長として新医師臨床研修制度の施行準備にあたった。04年同大臣官房審議官(医療保険・医政担当)。