医学界新聞

 

社会が求める救急医学とは

第31回日本救急医学会開催される


 さる11月19-21日の3日間にわたり,第31回日本救急医学会が山本保博会長(日医大)のもと,東京都千代田区の東京国際フォーラムにおいて開催された。
 新医師臨床研修制度による救急医療研修の義務化や,さらに国内外におけるNBC災害の可能性など,救急医学を取り巻く社会情勢は大きく変化している。「救急医学の本質を見つめて-社会的責任と役割」がテーマの今回では,そうした変化に対応する新しい救急医学を提言する講演,シンポジウムが行なわれた。


難民支援から始まった災害医学

 会長講演は「複雑化する災害に対する医療対応を経験して」と題し,山本氏が災害医療の視点から,これからの救急医学の新たな方向性について提言を行なった。
 氏は1980年からのカンボジア難民に対する医療支援に携わった経験から,「顔の見える支援」の必要性を感じ,より迅速で質の高い医療を提供できるように国際緊急援助隊を設立。「日本の災害医療はカンボジアでの難民支援が原点であり,その後の阪神淡路大震災によって社会的にその意義が認識され,発展した」と述べた。
 さらに氏は,近年の地下鉄サリン事件や米国同時多発テロ,国境を超えるSARSのような感染症,大量破壊兵器の拡散といったNBC災害の可能性を指摘。国内の災害対応体制の整備においても,これらの新たな課題に対して除染や防護の対応など,救急医学は積極的に関与していく必要がある,と強調した。
 そして「災害医療は救急医療の病院前医療の一分野であり,また救急医の緊急対応能力が最大に発揮できる分野でもある」と述べ,災害医学の発展における救急医学の可能性を示唆した。

小児救急の現場では

 19日に行なわれたパネルディスカッション「小児救急医療システムと問題点」(座長=聖マリアンナ医大横浜市西部病院 山中郁男氏,阪医大 冨士原彰氏)では,小児の救急医療における現状の具体的な問題点と,それに対する取り組みが議論された。
 大北昭氏(大阪府医師会)は大阪府と大阪府医師会が協力して行なったアンケート調査の結果から,小児科が主な診療科でない医師の中にも「条件によっては小児救急に出務してもよい」と回答した医師がいることを報告。「小児救急に協力可能な医師の情報を救急病院に提供することで,地域における小児救急医療の支援体制を構築していきたい」と述べた。
 山田至康氏(六甲アイランド病院)は,全国の2次救急病院の15.7%において小児科を廃止・縮小していることを指摘し,その原因として小児医療の不採算性,さらに若手小児科医のモチベーションの低下や,スーパーローテーション方式による研修医の減少などによるマンパワー不足をあげた。
 そして,開業小児科医に基幹病院へ出務してもらうなど,地域と連携した小児救急医療を提案,こうした取り組みは病診連携としても有用であるだけでなく,病院小児科医の負担を軽減することにつながる,と述べた。
 清水直樹氏(国立成育医療センター)は「全国の救命救急センターの小児3次救急受け入れ総数が年間約5000件とされる一方で,小児救急・集中治療部門を有する小児専門施設がきわめて限られている」と現状を説明,小児救命救急センターの制度化,および小児救急部門を窓口とした地域医療システムのインフラ構築の必要性を強調した。
 また,金子直之氏(防衛医大)は,重篤な基礎疾患を持つ患児においては,診察している小児科医が患児の家族に疾患の説明だけでなく,心肺停止時の蘇生法・搬送病院などを含めた包括的な教育を行なうことが重要であると強調。「こうした対策を行なえば,“避けえた死”を減らすことができ,ADL不良の患児に対する搬送も変わるだろう」と述べた。

勤務・診療体制の改善

 続いて登壇した船曳哲典氏(藤沢市民病院)は,小児救急医療の現場の問題として「小児科医の過労」をあげ,勤務体制の改善が強く望まれていることを指摘した。藤沢市民病院では2002年度から小児科医を4名増員して夜勤シフト制を導入,小児救急の24時間診療を行なっている。
 氏によれば,夜勤シフト制では当直医は夜間のみ勤務すればよいため,診療に対する集中力,注意力の維持や,患者に対する接遇の向上などのメリットがあるという。
 鍜冶有登氏(大阪市立総合医療センター)の所属する救命救急センターでは,軽症の救急症例は小児科当直医がまず対処し,入院決定時から救命救急センター当直医がかかわる。重症例は初診時より救命救急センターの医師が協力し,重症管理が必要な期間は救急医が小児科担当医と連絡を取りつつ治療にあたる。
 氏は「大都市の総合病院に付属する救命救急センターの場合,積極的に小児科医・小児病棟と協力することで,救急医と小児科医が互いの知識・情報を共有できる」と述べた。
 また,山下行雄氏(川崎市立川崎病院)は地域基幹病院併設型の小児急病センターについて「小児救急の充実を図るうえで,既存の設備を利用でき,緊急検査も可能であることから現実的な選択肢の1つである」と指摘。立ち上げの設備投資が少なくて済む一方で,基幹病院の機能と救急診療を両立するためには,医師・スタッフなどの人的資源の十分な確保が必要であることを課題とした。

臨床研修必修化に向けて

 2004年度から実施される新臨床研修制度をにらんで企画されたシンポジウム「臨床研修必修化における救急医療の役割・あり方・標準化」(座長=国立病院東京災害医療センター 辺見弘氏,聖マリアンナ医大 明石勝也氏)では,研修に適した救急施設のあり方や教育方法,すでに研修にスーパーローテーション方式を取り入れている施設における研修の実際などが報告・議論された。
 この中で,すでに救急研修を実施している施設の取り組みとして小西良一氏(麻生飯塚病院)が発言。氏は,飯塚病院では(1)数多くの症例を診る,(2)指導バックアップ体制の充実,(3)過剰労働にならない,の3つの特徴を持った屋根瓦式の研修体制が整備されていると紹介。1年次には指導医と2年次の研修医の指導のもと夜間の救急外来に入り,2年次には1年次の研修医への指導の傍ら時間外救急外来を担当,さらに2か月以上の救急研修を行なうという,高い水準の研修を実現している例を示した。
 座長の明石氏は,プライマリ・ケアに重点をおいて同学会が作成した「卒後医師臨床研修における必修救急カリキュラム」を各研修施設に配布し,質の高い救急研修の実施に努める方針を明らかにしている。
 会場を含めた議論の中では救急指導医の養成の問題も指摘され,これに関連して明石氏は,同学会専門医認定のための項目を,研修を意識したものに変更していることを紹介し,従来の認定に必要とされた症例が重症者に偏っていたところを改善し,救急外来において一般的な症例をより重視することになると説明している。