医学界新聞

 

〔レポート〕療養指導の「プロ」をめざして

全国各地で試行錯誤――
日本糖尿病療養指導士認定講習会の話題から


 日本糖尿病療養指導士制度が発足して3年。すでに8000人以上の認定者を出している同制度だが,「資格を取得してもそれに見合った評価がない」「認定資格更新のハードルが高い」といった資格取得者の声も少なくない。5年ごとの認定更新の条件は本頁下の記事の通りだが,このうち「認定のための講習会」とされているものに,多くの参加者が集い,自己研鑽を深めている。
 これらの多くは地域の医師や看護師が自発的に行なっているもので,それぞれ個性的な内容で講習が行なわれている。富山県と福島県で行なわれている2つの講習会を取材した。


■「身体で覚える」療養援助技術

理論を実践に移すために

 吉田百合子氏(富山医薬大附属病院看護部)が行なう講習会「身体で覚える療養援助技術」(糖尿病療養指導研修単位2単位)は,1996年から富山県内で行なわれてきたもので,一方通行でないアクティブな講習内容が評判を呼び,2003年からは東京でも開催されるようになった。
 8月30-31日に約80名の参加者を集めて東京青年会館で開催された講習会では,吉田氏の講義は全体の1-2割程度。残りの時間は徹底してロールプレイング学習などの実技にあてられた。
 「患者の意思決定を尊重する」エンパワメントなどの理論を,どう実践に反映させていくかが吉田氏が持つ問題意識の1つだ。「エンパワメントを理論として理解できても,実際の援助で活用するのは難しい。その実践にはどのような条件が必要で,その条件をクリアするためには療養指導士は何を技術として身につけなければいけないのか,ということを考えて講習内容を試行錯誤しています」と語る。

援助技術は「身体で覚える」

 吉田氏の行なう講習会でもっとも特徴的なのはその参加型の手法だ。例えば「患者が好ましく感じる言い方」を習得するプログラムでは,患者についての否定的な文章を肯定的な文章に直す作業を反復して行なう。例えば「運動をしないと,インスリンの効き目が悪いですよ」という言い方を「運動をすると,インスリンがよく効きますよ」という肯定的なニュアンスに直す。それを声に出して何度も読む。さらに隣の参加者と繰り返し声をかけあう……といった作業を,反復して行なう。1つひとつの技術やちょっとした工夫の「効果」を,知識としてではなく体感として覚えていくことが吉田氏の狙いだ。
 講習会の後半はグループセッションが中心になる。4-6人が一組となり,司会進行役や患者役・看護師役などに分かれてのロールプレイング(役割学習)によって,患者とのコミュニケーションについてのさまざまな技術を学習する。例えば「患者の利益の確認」のプログラムでは,ある療養行動を行なった時,行なわなかった時それぞれの利点をグループで述べ合う。参加者の1人は「運動をやらないことにどんなメリットがあるかなんて,考えたこともなかった。看護師としてかかわっているとどうしても療養行動のメリットにしか目がいかない。患者役をやると,運動をやらない患者さんの気持ちが実感としてよくわかりました」と語った。

技術は臨床にあり

 富山県内での吉田氏の試みがはじまってから7年。試行錯誤の末,現在13項目のプログラムが組まれている。これらの項目はすべて吉田氏が研修参加のナースとともに臨床現場からピックアップし,プログラム化していったものだ。「よくがんばっている臨床には間違いなくハイレベルな“技術”が存在します。だから,13項目どれをとっても,ベテランナースにとっては“いつも私がやっていること”としか思われないでしょう。けれど,臨床の方はそれを言葉にすることが苦手なので,後輩や,他施設の人にその技術が伝わっていかないのです」と吉田氏は語る。
 臨床から技術を拾い,それを言語化し,プログラム化して反復練習し,高めた技術を臨床に返す。最終的な目標はそうした教育的なサイクルを自ら作っていける人材の育成だ。
 「臨床には感覚的な要素が多く,それはなかなか言葉では表現できません。でも,技術を高めていくためにはそれを周囲の人と共有できる形にしなければいけません。ですから,とにかく研修中では,皆さんの技術を言葉にしてほしいと考えています。そのために,とにかく書いて,発言して,模擬実践を行ない,互いに意見を交し合ってもらうことに重点を置いています」
 2004年の吉田氏の講習会開催予定については下記まで問い合わせのこと。

【LCDE富山県糖尿病ナース養成事務局】
〒939-0194 富山市杉谷2630 富山医科薬科大学附属病院地域医療相談室(吉田百合子)
TEL(076)434-7798
E-mail:yoshiday@notes.hosp.toyama-mpu.ac.jp

■「知識」ではなく,「技術」を育てたい

臨床経験をもとに意見を交わす

 一方,福島県では昨年より,糖尿病療養指導士向けに隔月で「いわき糖尿病療養指導研究会」(糖尿病療養指導研修単位0.5単位)が行なわれ,いわき市近郊の療養指導士が毎回50人程度参加している。この研修会ではグループディスカッションが中心。毎回1-2事例を検討する。
 7月に行なわれた研究会では,船田仁美氏(さいとう内科クリニック・看護師)による「変化ステージモデル」についての短時間の講義の後,事例の提示が行なわれ,グループディスカッションに入った。この日の1事例目は食事・運動療法に取り組みはじめたばかりの60歳代の女性。前医に「経口薬では無理。食事も運動も無駄だから」とインスリン療法をすすめられて不安となり,クリニックを訪れたというもの。
 ディスカッションの焦点は,(1)療養行動に取り組みはじめたばかりの患者の気持ちをどう支えるのか,(2)療養行動には必ずしも結果が伴うとは限らず,やむなくインスリン導入ということになった場合,どのようにサポートするか,という2点に集約されていった。
 グループでのディスカッションの後,各グループでの議論を発表。「インスリン導入の問題とは別に,食事・運動についての現在の取り組みを十分に評価し,徐々にステップアップしていくような方向性に持っていく」「前医に断定的な言い方をされたことで,自信を失っている可能性が高い。まずは自信を取り戻してもらうことからはじめる」など,グループごとにさまざまな見解が出された。
 この日の研究会を主催した齋藤幾重氏(さいとう内科クリニック・院長)は,ディスカッション中はあまり前面には出てこない。「療養指導の現場では看護師さんが主役です。また,私としても今回提出した事例について,皆さんからの意見を聞くことで明日からの診療のヒントを得られればと考えています」と話す齋藤氏は,今後の研修内容について「事例検討を中心に今回は行なってきましたが,どのような形がよいのかはまだ模索中。他のセミナーや研究会ではどのようなことを行なっているのかをもっと勉強して,よい研究会にしていければ」と展望を語った。
 2004年の「いわき糖尿病療養指導研究会」は奇数月の第3週に開催予定。問い合わせは下記まで。

【さいとう内科クリニック】
〒974-8223 福島県いわき市佐糠町東1-15-4
TEL(0246)77-1001/FAX(0246)77-1002

 吉田氏のインタビューが弊社発行『看護学雑誌』2004年2月号に掲載されます。あわせてご覧ください。
〔週刊医学界新聞編集室〕





日本糖尿病療養指導士認定更新の条件


 日本糖尿病療養指導士資格の期限は5年間。例えば第1回資格取得者は2001年4月1日-2006年3月31日が認定期間ということになる。認定資格の更新には,期間中に以下の4つの条件を満たす必要がある。
1)認定機構が認める施設で通算3年以上療養指導の業務に従事していること
2)認定機構主催の講習会に1回以上出席し,受講修了証を取得していること
3)自己の医療職研修20単位および糖尿病療養指導研修20単位を取得していること
4)あらたな糖尿病療養指導の自験例を10例以上有していること

「自己の医療職研修」(看護師の場合)
・日本糖尿病教育・看護学会学術集会4単位
・日本看護科学学会学術集会2単位
・日本看護学会(各分科会それぞれに)2単位
ほか研究発表など。

「糖尿病療養指導研修」
・日本糖尿病療養指導士認定機構主催の講習会8単位*
・日本糖尿病学会年次学術集会4単位
・糖尿病学の進歩4単位
ほか学会での研究発表や「日本糖尿病療養指導士認定機構に申請し更新のための研修会と認定されたもの(認定のための講習会)」への参加。なお,5年間に取得する20単位以上のうち,最低8単位は*から取得するものとする。

以上は2003年11月現在の情報をもとに弊紙編集室が作成したもの。より詳細かつ最新の情報については,下記の日本糖尿病療養指導士認定機構に問い合わせのこと。

●日本糖尿病療養指導士認定機構事務局
〒113-0033 東京都文京区本郷4-2-5 MAビル4階
TEL:(03)3815-1481
FAX:(03)3815-1487
URL:http://www.cdej.gr.jp/




糖尿病療養指導士制度に期待すること

斎藤幾重(さいとう内科クリニック院長)




 現在行なわれている療養指導士向け講習会の多くは,糖尿病という疾患に関する知識の教育であり,肝心の療養指導に関するものがほとんどありません。
 疾患に関する情報は,文献やインターネットで十分得ることができます。しかし指導のスキルアップには疾患の情報だけでは十分でありません。糖尿病のことをよく知っていれば,上手に指導できるというものではないのです。
 そこで私たちの研修会では,面接技術,健康行動理論などの学習を行なうとともに,実際の症例を題材にして症例への応用に仕方を学んだり,ロールプレイなどにより指導場面を再現し,技術の向上を図ることを目的としています。将来,この会で学んだ仲間が,当地区の糖尿病ケアの病診連携の核になれればよいと思っています。
 糖尿病療養指導士制度は,一般にも言われているとおりさまざまな問題点を抱えています。せっかく資格を持っていても職場環境のためになかなか現場で生かせない,施設としても,療養指導士がいても診療報酬にメリットがない,といった声はよく耳にします。
 しかし私は,この制度を育てていくことは必ず患者さんのためになると思っています。今はとにかく,自分たちの技を磨き,患者さんのためにやれる範囲で最善を尽くしたいと思います。そうしていくうちにこの制度が社会から評価を受け,やがては診療報酬に反映されるようになるのではないかと期待しています。