医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


留学しなくても学べる! 神経病理学の入門書

神経病理を学ぶ人のために 第4版
平野朝雄,冨安 斉 著

《書 評》吉田 純(名大教授・脳神経病態制御学)

50年の経験を,あらゆる分野の読者にわかりやすく解説

 四半世紀にわたり脳科学,脳医療にたずさわる多くの研究者に愛読されてきた,平野朝雄先生の名著『神経病理を学ぶ人のために』の第4版がこの度,医学書院より出版されました。初版本は私がちょうど米国ニューヨーク大学に留学した1976年に出版されております。幸い私は週1回モンテフィオーレ医療センターで開かれておりました,神経病理学の泰斗であるジンママン先生と平野先生のtraining programに参加することができ,お2人より脳腫瘍病理を直接ご指導いただきました。
 ある時平野先生に脳腫瘍組織の電顕写真を1枚見せられ,この写真にはどんな所見があるかと質問されました。私が2,3の典型的な所見を答えますと,平野先生は写真に写っているすべての所見とその背後に流れる生命現象について説明されました。また正常像を学ぶことにより異常所見を観察し,異常像を理解することにより,新しい正常機能を発見することができることも教えていただきました。また,平野先生はお忙しい中,毎年日本に帰国され,学会で講演されたり,春に開催される平野朝雄病理セミナーで講義をしておられます。参加者は皆,感動して先生のお話を拝聴しております。本書は,こうした平野先生の50年の経験に基づいた神経病理を,脳神経疾患の研究に関与するあらゆる分野の方々の教科書としてわかりやすくまとめられています。

多くの優秀な研究者を輩出している平野教室

 本書の初版は電顕,第2版はCT,第3版は免疫染色,そして今回の第4版は分子遺伝学の神経病理への導入が主流になっております。平野教室には常時日本から数人の留学生が研修しており,これまで100人をこす先生方,神経病理医はもちろん,一般病理医,神経内科医,精神科医,脳神経外科医を含む神経病理に関係する幅広い分野の研究者が平野先生から直接学び,その後日本で大活躍されております。本書はまさにそうした若い研究者が留学をしなくても神経病理学を学べる入門書です。
B5・頁576 定価(本体19,000円+税)医学書院


再検討されている膵嚢胞性疾患の現在の道標

膵嚢胞性疾患の診断
大橋計彦,山雄健次 編

《書 評》有山 襄(順天堂大名誉教授)

IPMTをひとつの疾患概念として報告した大橋氏の遺作

 大橋計彦,山雄健次両先生の編集による本書は,名古屋を中心とした専門家の分担執筆による優れた著書である。大橋先生は2002年6月に逝去されたが,山雄先生の努力と熱意によって本書が完成された。大橋先生も喜んでおられることと思う。
 膵嚢胞性疾患は現在,再検討されており,診断と治療のコンセンサスを得るべく学会や研究会で議論されている。本書の出版は誠にタイムリーであり,内容はコンパクトでよくまとまっていて理解しやすい。
 最初に膵嚢胞の概念の変遷が記載されている。1960年のHoward and Jordanのものから最近改定された膵癌取扱い規約の分類までもれなくあげられており,概念の変遷がよくわかる。現在の話題は粘液性嚢胞腫瘍(MCT)と膵管内乳頭腫瘍(IPMT)が同一疾患か否かであるが,多数の文献によって両者の病理学的,臨床的な差異が示されており,異なる疾患と考えられていることが示されている。1980年に大橋,高木がIPMTをひとつの疾患概念として初めて報告したが,現在までのIPMTの定義,取扱いの変遷が最初の報告者である大橋によって述べられているのは興味深い。

病理から症例まで幅広く言及

 第II章では病理学的な分類が述べられている。明瞭な肉眼的,組織学的な像が示されており,嚢胞の違いがよくわかる。第III章は診断法で主に画像診断所見が提示されている。カラードプラを含む体外式超音波,EUS,IDUS,膵管内視鏡,CT,MRCPを含むMRI,細胞診がもれなく記載されている。欲を言えば造影超音波,最近進歩が著しいdynamic MRIの位置づけについて記載してほしかった。第IV章は治療法で,内科と外科の立場から治療方針が述べられている。漿液性嚢胞腺腫は内科では径の大きなものを除いて経過観察,外科では基本的に切除と意見の相違がみられる。MCTは内科,外科ともに原則的に切除としているが,MCTのmalignant potentialは従来考えられていたよりも低いのではないかとの最近の知見もある。今後,症例を重ねて治療法を再検討する必要があると思われる。IPMTは,過形成は経過観察,腺腫・癌は手術が原則であるが,画像診断所見と病理所見の対比から両者の鑑別が高頻度に行なえるようになった。内科,外科ともに手術適応になる症例の画像所見はほぼ一致しており,治療選択のコンセンサスが得られたように思われる。第V章は症例で,典型例の画像所見がもれなく記載されている。非典型例で診断に難渋した症例が示されれば,臨床の実際でさらに役立つと考えられた。
 最後の章は高木国夫先生の特別寄稿で,粘液産生膵癌の発見動機,ひとつの疾患概念として提唱された背景について詳しく述べられており,興味深く読ませていただいた。
 本書は膵嚢胞性疾患の現在の道標である。膵疾患を専門とする医師のみでなく,内科,外科,放射線科,病理の先生方にも広く読んでいただきたいと思う。
B5・頁184 定価(本体13,000円+税)医学書院


「歩み切りたい」という静かな言葉の中に

自宅でない在宅
高齢者の生活空間論

外山 義 著

《書 評》武田和典
(特養・老健・医療施設ユニットケア研究会代表/きのこ老人保健施設副施設長)

 医療職の皆さんは,特別養護老人ホームや老人保健施設などの高齢者施設で「グループホーム」や「ユニットケア」といわれる今までにない大きな改革が進んでいることをご存知でしょうか。その改革を先頭で担った研究者,いや類まれな実践者がおられたことをご存知でしょうか。そして,その方が志なかばで逝ってしまわれたことを,託した最後の言葉をご存知でしょうか。

日本の老人施設を変えた言葉

 《「高齢期になっても,住みなれた地域で,暮らしなれた住まいのなかで人生を歩み切りたい」――これは多くの人の共通の願いである》(本書18頁)
 「歩み切りたい」という静かな言葉の中に,その人の魂と,これまで生き切った強烈な姿が凝縮されています。
 外山義氏は1989年に7年間にわたるスウェーデン留学から帰国後,寝たきりゼロ作戦,特別養護老人ホームの個室化,痴呆性グループホームの制度化,個室・ユニットケア(小規模生活単位型)特養の制度化など,つねに時代の最前線,それも自らの身体をも省みず矢面に立ちつづけ,2002年11月,52歳でこの世を去りました。
 《調査で追跡していた地域高齢者がさまざまな理由で地域での居住継続を断念させられ,施設へと移される事例を数多く見てきた。施設入所(入院)後にその高齢者を訪ねたとき,ほとんど同一人物とは思えないほど変わり果てた姿に直面し愕然とさせられることが幾度もあった。「いったい何があったのだろう」――わずか数週間のあいだにすっかり生命力が萎んでしまった高齢者を前に,言葉をなくしてただ手を握ることしかできなかった》(同頁)
 妥協を許さない姿勢がここにあります。「住みなれた地域から引き剥がされて,こうした施設に生活の場を移された高齢者の生活はどのようなものなのだろうか」「住みなれた地域での生活から施設での生活へと移行させられたとき,人はどのような体験をさせられるのだろうか」「高齢者はこうした環境移行のなかで,ふたたび生命力を回復していくことはできないのだろうか」という,声なき人の立場を代弁する言葉が,いま日本の老人施設の常識を変えているのです。

転ばないために足を出そう

 本書には,高齢者施設での従来のやり方を変えた外山氏の声があふれています。また改革が一般化されつつある今,何よりもその姿勢を忘れることがないように,さらに時間がたっても努力や苦労を忘れてほしくない,忘れたくない……,たくさんの写真と図表とわかりやすい文章を読み進んでいくと,突然残され,志を託された方々のそんな気持ちも伝わってくるような本でもあるのです。
 《ぜひ前のめりに進んでいきたいなと思います。前のめりになって転ばない方法は,足を出すことです。ユニットケアは,一歩踏み出すなかで見えてくるものだと思います。倒れないように前に進みましょう》(本書扉頁)
 最後に託したこの言葉が,静かに,そして確かな流れとなって,いま高齢者施設を変革しています。
A5・頁144 定価(本体1,800円+税)医学書院