医学界新聞

 

《連載全3回》

リハビリテーション・ルネッサンス

第3回 廃用症候群の悪循環
「お大事に」すべきなのは「生活」・「人生」

大川弥生 (国立長寿医療研究センター老人ケア研究部長/医学博士)


2559号よりつづく

 「リハビリテーション・ルネッサンス」には2つの方向があって,その1つはリハビリテーション(以下,リハと略す)独自の理念や効果的な技術の開発であり,本連載の前2回はそれを中心に述べた。
 最終回の今回は,もう1つの方向について述べたい。それはリハを通して見えてきた一般的な法則が,より広い医学・医療全体に,新しいものの見方を広め,またリハの経験がそのための有効な技術を提供することである。

治療医学・予防医学でも生活機能(ICF)の重視を

 この場合,新しいものの見方を代表する1つは,第1回に詳しく述べたICFモデルに立って生命・生活・人生のすべての観点から患者を総合的にみることである。この観点は,治療医学・予防医学のすべてにわたって今後ますます重要となろう。
 患者は自分の生活や人生のことを非常に心配していながらも,「お医者さんに相談していいのかしら」と思っている。患者中心の医療としては医師のほうから積極的に生活・人生の問題点や疑問・不安・希望などを引き出すようにつとめなければならない。その場合,直感的に聞いていくのではなく,ICFの体系に沿って聞き出すことが効果的なのである。
 しかし新しい見方はこれだけではない。それが今回の中心テーマである「廃用症候群の悪循環」である。

悪循環する廃用症候群

廃用症候群とは
 廃用症候群とは,廃用(使わないこと),すなわち不活発な生活や安静で起きる,全身のあらゆる器官・機能に生じる“心身機能”の低下である。これは高齢者で起こりやすく,いったん生じると回復が困難で,若い人の場合よりも質の高いリハが必要である。
 医学の世界で「廃用症候群」という言葉自体は認知されてきているが,正しい理解と適切な対策は,残念なことにきわめて不十分である。本質的な問題は,少数の個々の症候(例:筋力低下,拘縮)の知識にとどまり,より広い「症候群」全体としての把握が不十分なことである。
 臨床における把握(診断・評価)においても,また対策としても,これらの症候をバラバラにとらえるのでなく,廃用「症候群」として全体に対処するという視野の広いとらえ方が必要である。
 「年のせい」と思われていることが,この廃用症候群によることが少なくなく,この存在を十分に認識する必要がある。

悪循環の2つの環-生活機能全体に悪影響
 第二次大戦中のアメリカにおける「早期離床」の運動は,2-3年のうちに「医療の面貌を一新した」と評された。ところがわが国では「病気ならば安静」という「安静第一主義」の影響が強く残り,種々の悪影響を及ぼしている。さらに新たな問題として注目しなければならないのが「廃用症候群の悪循環」である。
 廃用症候群それ自体は,ICFモデルでいえば“健康状態”と“心身機能・構造”レベルの両者にまたがる概念である。しかし「廃用症候群の悪循環」となればそれにとどまらず,“活動”(生活)レベルと“参加”(人生)レベルも重要な意味を持って関係し,まさに“生活機能”全体に大きな影響を与えるものとなる。
 廃用症候群の悪循環は図のAに示したように左右の2つの悪循環からなり,両方の悪循環がお互いに加速しあう。また悪循環の発生はこのどこからでも,つまり“心身機能”・“活動”・“参加”のどのレベルからも生じ得る。

“活動”と“心身機能”の悪循環
 まず図A左の「活動と心身機能の悪循環」を例にとると,悪循環は多くの場合,“活動”の実行状況の低下(生活の不活発化)による心身機能の「廃用」からはじまる。この生活の不活発化の原因として,重視すべきものは病気の時の安静である。これは風邪や腰痛のような軽い病気,目や耳の手術など,それ自体は心身機能への影響は少ないものでも,「安静のとりすぎ」によって悪循環のきっかけとなりうる。これによって“心身機能”の低下が生じる。もちろん病気そのものからくる“心身機能”の低下もある。そしてこれらによってADLなどの“活動”の制限が生じる。
 そして,ますます生活は不活発になり,さらに廃用症候群がすすむという悪循環が進行し,最終的には寝たきりにさえなる。

“活動”と“参加”の悪循環
 次に右の「活動と参加の悪循環」である。例えば左の環で起った“活動制限”,すなわち行為の不自由によって,社会的な“参加”が制約される。その“参加制約”によって,ますます生活は不活発になっていく。その結果第2の悪循環が生じ,“参加制約”は悪化して生きがい(人生の目標)の喪失につながっていく。
 逆に“参加”の制約からはじまって生活の不活発化がおこり,悪循環がはじまるということもある。
 ここまで書けばおわかりのように,「廃用症候群の悪循環」はリハに限らず,一般医療の中でも常に考えていくべきものである。また,介護や福祉,あるいは特別の病気のない高齢者の健康,健康増進ということを考える場合にも大事なことである。

「廃用症候群の悪循環」を「良循環」へ
 「廃用症候群の悪循環(図A)」は運命ではない。原因とメカニズムがわかればブロックし,逆転させ,「良循環(図B)」にもっていくことができる。まずいかに早期に発見し,適切な指導によってそれを「良循環」に転換させるかが大事で,これが悪循環進行防止の要である。
 その最大のポイントは「生活全般の活発化」であり,そのための鍵の1つがリハの専門的技術として直接的に“活動”レベルを向上させる活動向上訓練である。
 もう1点は,一般医療の関与の重要さである。そのためには,本来予防が基本であり,疾患を治療・管理する際に,同時にこの見地からの正しい指導を行なうことが不可欠である。なぜなら「病気なら安静」という誤解が一般に強く,ふだんは動くことが大事だと思っていても,いったん病気になると「安静第一」になってしまうからである。
 また疾患の十分な把握と管理を行ないながらでなければ,安全で十分な悪循環克服はできないからでもある。
 一般医療の医師に望みたいのは次の3点である。
1)廃用症候群をつくらないこと
2)「廃用症候群の悪循環」の早期発見
3)悪循環から良循環への転換(一般医療機関で行なうべきだが,時には専門的リハへの紹介も必要)

悪循環予防・克服の進め方

疾患から安静へのルートを断ち切る
-「病気なら安静」の誤解を取り除く

 疾患があるためにとる「安静」から「生活の不活発化」が起るルート(図Aの(1))と,「活動制限」が「生活の不活発化」を起こすルート(図Aの(2))を断ち切ることが大事で,具体的には次の3つがある。
1)一般医療での「活動度」指導
 一般の医療機関では「安静度」の指導は徹底されている。しかし実はどの程度動く“べき”かを具体的に指導する「活動度」の指導が必要なのである。
 疾患管理上安静が必要な場合は,(1)必要な理由と,(2)どういう状況になるまで安静が必要なのか(それが終われば不要となるのか)を説明し,(3)同時にその間でも「この程度は動いてよい,むしろ動きなさい」,という具体的な指示が必要である。
 安静度と活動度とは単なる言葉の言い換えのように思われるかもしれないが,“安静”を主とするか,“活動”を主とするかで考え方の方向がまったく逆であり,使用する人の意識に大きく作用すると考えられる。
 「活動度」では“活動”そのものだけでなく,“参加”レベルの向上について指導・助言も大事である。ここでも生活・人生をみることが重要なのである。
2)「お大事に」ではなく「お元気に」
 医師でも看護師でも,診察が終わった時などに何気なく「お大事に」ということが多い。一般の人々がお見舞いに行った時も,「お大事に」といって別れてくる。これらの根底には,「病気になったら安静が必要」という,今となっては誤っているというほかはない社会的通念がある。
 実はこれが知らず知らずのうちに必要以上の安静をとらせる結果を生んでいるのである。本当に大事にすべきは体ではなく「生活・人生」である。
 「お大事に」ではなく,例えば「お元気で」というひと言に変えることで,安静に関する基本的な概念は大きく変わるのではないであろうか。
3)“安静の害”についての一般啓発
 安静には害もあることと「廃用症候群の悪循環」を一般社会が認識するような啓発活動が重要である。

活動向上訓練で活動制限へのルートを断つ
 第2のポイントは,たとえ“心身機能”の低下が起こってもそれが“活動制限”を起さないようにし,また“活動制限”が起こっても,“不活発な生活”にならないようにすることである。
 ここで最も効果的なのは,前回詳しく述べた直接“活動”レベルそのものに向けた「活動向上訓練」である。レベルの異なる“心身機能・構造”に対する働きかけを介して,間接的に“活動”レベルへの影響を狙おうというのは効果的ではない。
 これは図Aの(3)のルートを断ち切るということである。

“参加”の向上で悪循環を断ち切る
 “参加”レベルに直接働きかけて図Aの(4)のルートを断ち切ることも重要である。

「良循環」をつくる:健康増進

 「悪循環からの脱却」を決定的にし,後戻りをしないためには「良循環」をつくること(図B)が大事である。
 これはまた廃用症候群予防による「健康増進」(WHOの定義に沿った社会的健康を含む)でもあり,将来に向けての予備力を高めることにもなる。具体的には,廃用症候群の予防と“生活機能”全体を向上させることである。
 ここでは働きかけの重点は,参加向上の機会・選択肢の増大(図Bの(1))とそれを支える活動の一層の向上(図Bの(2))である。

一般医療に活かせるリハビリテーションの技術

 詳しくは他の機会にゆずるが,以上のほかにも,一般医療の中でもっと活かしてもらいたいリハの技術は少なくない。リハ医学には専門的な技術・プログラムも当然あるが,一般医療の中で医師・看護師などの手で活かすことのできるリハ技術の範囲も決して狭くはないのである。
 リハとは「全人間的復権」であるが,実は医療のすべてがそうなることが求められている。患者が悩んでいるのは病気を持つことだけでなく,それによって人間らしく生きることが妨げられていることでもある。それを常に意識して,生活・人生を積極的によりよくしようという姿勢を持ちたいものである。

(連載おわり)