医学界新聞

 

《連載全3回》

リハビリテーション・ルネッサンス

第2回 車椅子偏重からの脱却

大川弥生 (国立長寿医療研究センター老人ケア研究部長/医学博士)


2558号よりつづく

 一般の医療における薬剤や手術と同様に,リハビリテーション(以下,リハと略す)のプログラムや具体的技術も,その適応を誤ったり,技術水準が低い場合にはマイナスを引き起こす。生命に直結することは少なくても,「生活」(WHO・ICFにおける「活動」)・「人生」(同:「参加」)には直結するものである。
 リハは行なってさえいれば“何かしら”役に立つだろう,と思われがちのようである。しかしこれは逆に,本来のリハが「生活」「人生」に対して鋭い効果を示すことへの認識が,不十分なことを意味しているように思われる。リハが「生活」「人生」にどう影響するのかをプラス・マイナスの両面からもっと真剣に考えていく必要がある。それがリハの専門性を高める道であり,同時に医療全体の中でのリハ医療の意義を明らかにすることにもなる。
 そこで今回は,リハ医療だけでなく一般医療や介護にも共通するテーマである「車椅子偏重」をとりあげ,それを通してリハのあり方について考えてみたい。
 一般に車椅子は障害のある人にとって有益な手段であり,また車椅子で生活しやすい環境は弱者に優しい環境であると,好意的に受けとられているようである。一面では確かにそうである。しかし薬剤にも害があるのと同様に,今や車椅子にも安易な使用による弊害を指摘しなければいけない状況が生じている。そしてその弊害を打破することが「リハビリテーション・ルネッサンス」の核心を明らかにするのに役立つのである。

専門的働きかけなしの安易な車椅子使用

歩行自立の可能性(芽)をつんでいないか
 車椅子「偏重」とは,実用歩行(実生活での歩行)自立の可能性がありながら,それを実現する専門的働きかけが不十分なままに,画一的に車椅子を提供していることである。このような傾向は,リハ医学だけでなく介護や一般医療界においても著しく,これはわれわれの全国調査からも明らかである。
 このような車椅子「偏重」の最大の問題は,実用歩行(実生活での歩行)自立の可能性のあった人を,車椅子生活のままにとどめてしまうことである。また歩行自立はするにしても,自立までに非常に長い期間を要したり,最終的な歩行能力を十分に伸ばせないままにしてしまうことである。それによって「活動」(生活)・「参加」(人生)レベルは,本来獲得できるはずの状態より低い状態にとどまることになる。
 たしかに早期に離床し(車)椅子座位をとることは,寝たきり化予防の“出発点”ではある。しかしこれは臥位よりはよいものの,少なくとも高齢者では,車椅子生活にとどまる限り「廃用症候群の悪循環」(次回詳しく述べる)は防げず,基本的に「寝たきり」への道をたどることになる。

専門的技術のポイント
 では車椅子偏重にとどめないために,本来なすべき専門的対応とは何であろうか。それは「実用歩行」についての「活動」向上訓練であり,そのポイントは次の3点である。
1)「できる“活動”」(ICF:能力)への働きかけ(PT,OTなど)
2)「している“活動”」(ICF:実行状況)への働きかけ(看護師,介護職など)
3)病院・施設の物的環境の設備(車椅子用設備優先環境からの脱却)

 この3点は相互に関連しあうものであり,それらが連携してこそ最大限の効果を生むことができる。
 「車椅子偏重からの脱却」とは,一律に車椅子をとりあげるとか,転倒の危険をおかしてまで,とにかく歩行させるということでは決してない。単に「歩け,歩け」と言っているのでもない。また人手さえあれば可能な(逆に人手がないからできない)ものでもない。これらはすべて誤解であり,リハ自体,またリハの基本的技術である「活動」向上訓練についての根本的な誤解から生じているものと思われる。

向上させるべきは実生活での「している活動」

歩行と目的行為は一連のもの
 「車椅子を用いない」状態とは,実生活で歩行している状態である。すなわち“移動を歩行”で行ない,歩行の“目的となる行為”を(座位ではなく)立位姿勢で実行している状態である。
 歩行を含め移動は,ふつう何らかの目的をもって行なわれる。何らかの「活動」を,歩行していった先で,もしくは歩行しながら行なうのである。その場合,歩行よりも,目的行為となる「活動」を立位姿勢で自立することのほうが難しいことが多い。
 歩行を自立するためには,移動としての歩行だけでなく,その目的行為の自立が不可欠である。その際,歩行と目的行為を各々別々ではなく,一連のものと位置づけて「活動」向上訓練を行なうことが肝要である。

心身機能の「基本動作」と,「できる活動」・「している活動」を明確に区別
 ひと言で歩行といっても,ICF生活機能構造モデルで整理すれば,「心身機能」レベル,「活動」レベルのうちの「能力」(「できる活動」)と「実行状況」(「している活動」)の3つのレベルがあり,これらを明確に区別して評価・働きかけをすることが必要である。
 「心身機能」レベルの歩行とは平行棒内歩行,PT室の歩行などの「基本動作」である。「活動」レベルの歩行とは,現実の生活の場で,実用的な目的をもって行なわれる歩行である。そしてこの「活動」を,訓練や評価時に発揮される「能力」(「できる活動」)と,実生活での「実行状況」(「している活動」)とに区別する。
 向上させるべきは当然ながら「している活動」レベルの歩行(実用歩行)である。

「活動」の行ない方や指導法は多種多様
 ここで重要なことは,1つの「活動」項目をとっても,その行ない方(姿勢,手順,用いる歩行補助具・装具・用具,利用する設備など)は,非常に多種多様であり,また具体的な指導法も多数存在することである。
 「活動」向上訓練とは,それらの中から何を選択し,どのような順序ですすめていくかを,「している活動」と「できる活動」の両者について,一人ひとりの患者ごとに個別に選択していくことである。
 このような細部に注意した,評価や目標・プログラム設定をすることで,はじめて「活動」向上訓練は効果的になる。

実生活の場での「活動」向上訓練が原点

「する活動」=将来の「している活動」
 活動向上訓練は,「活動」レベルの目標である「する活動」に向けて行なわれる。「参加」の具体像が「活動」であり,目標においても“どのような人生を創るのか”という「参加」レベルの目標(「主目標」)の具体像として,「する活動」が設定される。これは「活動」レベルの多数の行為(ADLなど)についての将来の「している活動」である。
 そしてこの「する活動」にむけて,「している活動」と「できる活動」とを,相互に関連づけて向上させていくのが「活動」向上訓練である。(図参照)

図 活動向上訓練
思考過程の矢印は,まず活動レベルの目標として「する活動」を設定し,その実現に向けていかに「できる活動」と「している活動」とを向上させていくかを計画するという意味。
実行過程の矢印は,この目標に向けて活動向上訓練を行なっていくという意味。

「できる活動」:PT・OTによる生活の場(病棟・在宅)での「活動」向上訓練
 PT・OTは,実生活で実際に実行する場所(例:入院中であれば病棟トイレ,洗面台など)で「活動」向上訓練を行なって,「できる活動」を十分に伸ばす。
 従来は,理学療法も作業療法も設備の整った訓練室で行なうべきもので,病棟での評価・訓練は,脳卒中の急性期などの全身状態が不良であったり,訓練室に行けるほどの耐久性がない場合に「やむをえず」行なうものだ,という考え方(いわば「訓練室至上主義」)が強かったように思われる。これは心身機能レベルへの働きかけ(機能回復訓練)重視の反映ともいえる。
 しかしリハ医学は本来,ADLに代表される「生活」(「活動」レベル)の視点を,そのアイデンティティ確立の基本としたものである。その原点に立ち帰れば,生活の場こそ,本来もっともふさわしい評価・訓練の場といわなければならない。

「している活動」:介護を活動向上訓練として位置づける
 リハとは訓練室でのPT・OT・STの訓練時間帯だけの働きかけと思われがちだが,それ以外の時間帯で多くの「活動」が実行されている。それをどのようなやり方で実行するのかという,「している活動」への働きかけが,リハ効果を大きく左右する。すなわち看護職・介護職の介護は,「している活動」への働きかけそのものであり,リハの高度に専門的な技術として認識されるべきである。

立位での「活動」向上も目的とした装具・歩行補助具の積極的活用
 実用歩行向上のポイントとして,装具・歩行補助具の積極的活用がある。
 装具や歩行補助具の使用は最後の手段ではない。心身機能レベルである訓練室歩行の状態から必要性や種類を判断するのではなく,実生活での活動(「している活動」)を早期に自立させるために積極的に活用すべきである。その際,歩行だけでなく,立位姿勢での「活動」向上の手段としての活用の視点も重要である。

車椅子偏重からの脱却

車椅子自立は歩行自立の前提ではない
 「活動」向上訓練の基本的な考え方からすれば,「する活動」として将来歩行が可能となるのであれば,中間段階として「車椅子自立」の段階を経る必要はなく,スキップするべきである。
 車椅子駆動や車椅子座位での「活動」は,歩行や立位姿勢での活動とは運動学的にまったく別物である。結局不必要となる動作を習得するための時間と努力は無駄であり,歩行自立のために用いるべきである。例えば脳卒中片麻痺患者では,いったん車椅子自立生活を経ることは単に回り道となるだけでなく,最終的自立度も低くとどまりやすいことが,われわれの研究で判明している。

歩行や立位を前提とした環境整備を
 車椅子偏重の傾向は,病院や施設において車椅子で生活しやすいような車椅子用設備が偏重され,一方で歩行や立位姿勢でのADLが訓練・実行できる環境はかえって乏しいという状況につながっている。車椅子設備は立位姿勢での「活動」が不安定な人にとっては,かえってバリヤーとなる場合が多い。車椅子生活を前提とした設計・設備ではなく,歩行による「活動」向上の観点が望まれる。

車椅子生活者について
 疾患・障害の性質上車椅子を不可欠とする人々がいることはいうまでもなく,こうした場合の車椅子の意義を否定する意図はまったくない。ただこのような車椅子生活者についても,「生活」・「人生」の一層の向上をめざした「活動」向上技術の進歩につとめることが今後の課題であろう。