医学界新聞

 

インタビュー

公衆衛生対策に求められる
「コミュニケーション・ストラテジー」

 ――John Kobayashi氏(国立感染症研究所FETPアドバイザー)に聞く

聞き手:五味晴美氏(南イリノイ大感染症科アシスタントプロフェッサー
・日本医師会総合政策研究機構在米研究員)


 バイオテロやSARSをはじめとする感染症の発生など,健康に対する新たな脅威への効果的な公衆衛生対策が議論されている。その課題のひとつと考えられている,「情報戦略」の問題について,国立感染症研究所感染症情報センターの実地臨床疫学プログラム(Field Epidemiology Training Program=FETP)では,米国疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention=CDC)や,米国ワシントン州健康局において公衆衛生対策を行なってきた経験を持つJohn Kobayashi氏による,教育の機会が与えられているという。「情報の戦略的な提供(コミュニケーション・ストラテジー)」に主眼を置いた公衆衛生対策の重要性を強調するKobayashi氏に,日米の感染症対策の現状に詳しい五味晴美氏がインタビューした。


■コミュニケーション・ストラテジーの実際

メディアとどう向き合うか

五味 先生が感染研でお話されているコミュニケーション・ストラテジーですが,その概念とはどういうものなのでしょうか。
Kobayashi コミュニケーション・ストラテジーは,医療情報のみならず,米国では一般的に用いられている概念です。もちろん特に医療従事者などがメディアと向き合うための基本的な方法としても重要ですが,バイオ・テロリズムやSARSのように特別な場合のみということではなく,何らかの形でメディアを通して情報を流す場合には必要な,標準的な方法です。他の領域の業務を行なう人々にも,メディアとどのようにコミュニケーションを持つかという教育は,日常的に行なわれています。
 効果的に情報を流すためには,計画が必要です。多くの場合,医療従事者はメディアから出された質問に直接答える形になっていますが,答える前に,どうやってコミュニケーションを取るのかという計画があることが望ましいのです。
 米国では,CDCにあるEIS(Epidemic Intelligence Service)という実践疫学のコースなどで,メディアとのかかわり方についての教育がなされています。日本では,国立感染症研究所感染症情報センターのFETPというプログラムの中で私が教えています。
 これからお話しすることは私自身のコミュニケーション・ストラテジーであって,私自身がFETPや米国で公衆衛生に携わる人たちにレクチャーしている内容です。

1人のスポークス・パーソンを置く

 私自身がかかわった例ですが,1993年に,アメリカでもE. coli O-157のアウトブレイクがありました。特に,この1993年のものは,E. coli O-157の食中毒としては現在でも米国では最大のものだと言われています。
 このアウトブレイクはハンバーガーチェーン店の“Jack in the Box”で起こったもので,5-600人ぐらいの人がE. coli O-157に感染したことが確認されています。40万個のハンバーガーのパテにコンタミネーションが起こって,その汚染されたものがカリフォルニアからシアトルに運ばれ,ワシントン州の66のチェーン店に配られました。このハンバーガーが適切な加熱をされずに提供されたために,多くの人が感染のターゲットになりました。この時に,私がメインでマスコミと話をする係になって,情報をチェックする立場になったのです。
 ストラテジーの中では,通常スポークス・パーソン(=報道担当の係)を1人決めて,常にその人がメディアとかかわることになります。当時,私自身は健康局の一番高い地位にあったわけではなかったのですが,その事柄について一番詳しい人間だったので,その係になりました。これを日本でやるとなると,少し難しい事情があるかもしれませんが,米国では地位より,その事例に最も詳しく,説明するために適切な人が選ばれます。
 特に,このようなアウトブレイクが起こったような場合には,皆が新しい情報を知りたがりますので,電話をかけまくるわけです。そういったことを防ぐためにも,例えば毎日12時に情報をアップデートしてプレスカンファレンスを行ない,新しい情報を流すということを決めて,それより前には情報を流さないと決めると非常にやりやすいわけです。その時に,新しい症例が何例あったというような情報を流します。
五味 決められたプレス・カンファレンスの他にも,取材を申し込むメディアに対して,先生はどのように対応されましたか。
Kobayashi これはよく起こることだと思います。私の場合は,取材を受けました。もちろん,時間がなければできないことですが,私は,そういう時間がなければいけないと思うし,実際に時間が取れたので,インタビューにも応えました。結果として,それはよかったと思っています。
 私にその時間が取れなかった場合,メディアの人たちは,私以外の人たちを探すようになります。そうなると,私が伝えたいと思わない内容が流れていったり,情報として質の低いものが流れていく可能性もあるわけです。ですから,時間のある限り,私が代表になって常にメディアとかかわったことは,情報の質をコントロールするという意味で非常に重要であったと思います。
 取材申し込みの電話があった場合,相手が到着するまでの間に,そのメディアを通してどんなメッセージを伝えたいかを考えなければいけません。慣れていないと,メディアの側がどんな質問をしてくるのかというメディア中心の考え方になりますが,それでは戦略的な情報提供を行なうことが難しくなります。
五味 そのような場合プレス・カンファレンスの前には情報を出さない原則は必ずしも守らなくてもよいのでしょうか。
Kobayashi そうですね。例えばアウトブレイクの場合だと,報告症例数は常に動いていますので,その時点でアップデートされている情報を,インタビューの時に流すこともあります。
 これは,その当時のワシントン州にはなかった役職なのですが,そのあとに情報提供が重要であるということがわかって,パブリック・アフェア・オフィサー(Public Affair Officer)という広報担当官が設置されました。その人がメインのスポークス・パーソンになって,メディアなどからの問い合わせは全部,この人が受けるようになりました。当然,情報もその人に集中するようにしますが,この人がドクターであるとは限らないので,専門的でテクニカルな内容については,私がその部分を話したり,その情報をその人に提供して流したりということをしました。
五味 専門的な部分についてコメントしなければならないようなことが出てきた場合には,パブリック・アフェア・オフィサーの他に,専門性のあるスポークス・パーソンを置くことになるのでしょうか。
Kobayashi パブリック・アフェア・オフィサーが専門家から情報を得て話す場合もあるし,もともと専門性のある人が直接話す場合もあります。しかし,何度も担当していくと,必ずしも専門的なバックグラウンドのない人も,テクニカルな情報を自分で理解して話すようになります。
 繰り返しになりますが,原則として最も重要なことは,スポークス・パーソンを1人に決めるということで,情報は必ずその人を通して流すように統一することです。そして,内容的に専門的な場合には,知識のある人が一緒にスポークス・パーソンになることもあります。しかし,1つの問題にかかわるテクニカル・パーソンは1人ではなく,ラボ担当の人,臨床的なことを担当する人などいろいろいますので,パブリック・アフェア・オフィサーがその情報をまとめて話すわけです。チームとしてメディアからの問い合わせに応えるということになります。

伝えるべきことは簡単な言葉で

 メディアと接触する時には,情報の出所を1つにするということの他に,こちらがどのようなメッセージを伝えたいかを考えるが重要です。私の場合は,通常,3つの短い文章を作ることにしています。シンプルで短い言葉はわかりやすく,効果的であるため,メッセージは簡潔でなければならないのです。特に,メディアに対して短い文章を出すと,その短い文がそのまま使われる可能性があるので,非常に効果的です。
 今私が話している内容は非常に長いですが,例えば新聞でしたら編集の段階で長い部分はカットされる可能性があります。だからこそ,短い文章を使うことは,自分のメッセージがそのまま伝わる可能性が高いのです。

■日常的な情報提供の方法

緊急以外の情報を出すタイミング

Kobayashi ここまでお話ししてきたのは,特別な問題があったり,アウトブレイクなどの緊急事態の時のストラテジーです。この他に,スケジュールされた定期的なプレス・リリースというものがあります。例えば,食品の安全性に関してですが,日本では,これは春や夏に行なうのがいいのではないでしょうか。アメリカでは,Thanks Giving(感謝祭)の11月第4週や,クリスマスの頃にホームパーティの用意をするので,そういうタイミングに食品の安全性に関するメッセージを発するのがいい時期だと思います。
 また,“slow news days”という時期がありまして,米国ではクリスマスから元旦の頃に,多くの政治家も休みになるため,世の中の大きな動きがなく,当然大きなニュースもなくなります。その時期に,アウトブレイクが起こった時のような緊急性はなくとも,健康のために重要な情報を流すことは効果的だと思います。人々が皆家にいて,他に大きなニュースがないので,こういうメッセージにも目を向けるからですね。
 例えば,発熱した子どもに抗菌薬を簡単に投与するものではないというようなメッセージは,一般の人にはそれほどエキサイティングなニュースではありませんが,メッセージとしては非常に重要です。大事な情報でも,明日が大統領選挙だという時に流したとしたら,おそらく一般の人に注目されないでしょう。タイミングを考えるのも,重要なメッセージを流す時には1つの戦略になると思います。
 また,“slow news days”には大きなニュースがないので,メディアもニュースを探していると考えられます。そんな時にこうした情報を流せば,採用されやすいでしょう。そのような意味でも,タイミングは重要ですね。

人はどんな情報に影響されるか?

 リスク・コミュニケーションに話を移します。人は自分の命にかかわるような意思決定をする時,普通の場合定量的なものは使わない,つまり,確率をベースに意思決定はしないといわれています。例えば,煙草を吸うと,普通の人より10倍ぐらい心筋梗塞になる確率が上がるという情報があるとします。しかし,煙草を吸っている人は,煙草を吸っている時に「自分は心筋梗塞になる確率が10倍上がっている」とは思っていないのです。
 またもう1点おもしろいのは,人というのは自分がコントロールできないようなものに遭遇した時には,とてもリスクが大きいと感じるのですが,自分がコントロールできること,たとえば煙草をやめるとか,お酒を飲まないなど,自分自身でコントロールできることであれば,そのようなリスクには相対的に心配が小さいのです。
 実際,米国にはウエストナイルウイルスがありますが,ウエストナイルウイルスの問題よりも,喫煙や飲酒の問題のほうが実際には健康に与える影響が大きいのです。しかし,人々が恐いと思うのは,自分がコントロールできないウエストナイルウイルスのほうなのです。

「肯定的」でかつ「個人的」なメッセージ

 この他にも,人々は否定的なメッセージよりも肯定的なメッセージのほうに,より反応するといわれています。「もしこれをすれば,もっと健康になりますよ」というメッセージと,「これをすれば死にますよ」というメッセージを比べた場合,人は,「これをすれば健康になります」というメッセージのほうにより反応するということです。
 また,人のリスクへの反応,リスク・コミュニケーションの反応がよりいいのは,そのメッセージを個人的なものにすることです。つまり,ただ,「これがいいので,あなたもやりなさい」というのではなく,「私はこれがいいと思うので,私の子どもにはこうしています」という感じで,メッセージを自分個人のもののようにして伝えると効果的ということです。
 例えば,糖尿病の検査をしましょうというメッセージを伝える時に,「テストしなかったら脚もなくなるかもしれないし,目も見えなくなって,死んじゃいますよ」という言い方は,悪い例といえます。これに対して,実際に使われた表現方法は,映画の画像で老夫婦が子どもの野球をするのを見ていて,彼らの孫がホームランを打つシーンが出て,その時に「こういう幸せな時間に,私たちも一緒にいたいものです。そのためには糖尿病のテストをしましょう」というメッセージが流れるものですが,そのメッセージは非常に個人的かつポジティブなもので,そのほうが特にリスク・コミュニケーションの場合は伝わりやすいのです。

■情報を伝えるメディアと提供する医療者の課題

メディア側の専門知識

五味 ところで,医療の情報を扱うにあたってはメディアの側にも専門性を求められるとも言われています。
Kobayashi カナダのブリティッシュコロンビアというところで9月初めに,SARSではないコロナウイルスの感染者が出たというニュースがありました。その記事を書いた人は,1965年頃にEISでトレーニングを受けた医師で,この方がジャーナリストとして書いたのです。そのようなことが米国ではあります。彼はメディカルライターと呼ばれ,医療関係の記事を書く記者の中でも非常に優秀な人の1人と言われています。「ニュースの質」ということを考えますと,コンサルタントとして医師が登場すれば,より信頼性が増すということがあってメディアに雇われたのではないかと言われています。
 米国のメディアでも,昨日までは殺人事件を取材していて,次には政治のことをやっていて,突然電話がかかってきて,健康局にいってE. coli O-157の取材をする,ということは起こります。その方たちは,取材する前にはまったく知識がないわけです。こうなりますと,そのレポーター自身を教育しないといけないような状況が起こりますが,その人自身のバックグラウンドが医師であったりすると,事前に知識があるために,例えばインタビューをした時も,そのインタビュー自体の理解もよりよいものになることが多い印象です。
 メディアの会社も,例えば医師や,弁護士の資格を持っている人々を雇って,医学関係や法律関係の取材をさせています。資格のある人がいない場合にも,サイエンス,法律,医学などの分野に専門性を持った人がいて,その分野の取材をしたり,インタビューをしたりすれば,まったくバックグラウンドがない人に比べれば,的を射た,質の高いインタビューができるのではないでしょうか。このようなことから,特に大きなメディアの会社などでは,そういう専門性を持った人を雇うようになっています。
五味 意図的にネガティブな情報を流すといったような,メディアの倫理性に関してはどのようにお考えですか。
Kobayashi 米国のメディアは,政府から独立していることをとても大切に思っており,言論の自由があるので,情報は自分たちで判断しながら取捨選択していくことになりますが,一般的には理屈の通った情報が流れています。ただ,会社間での競争によって,情報が少し歪められるということも起こり得ると言われています。
 多くのメディア会社は,ニュースを独り占めしたがる場合もあるようで,特にアウトブレイクが起こったような時には,実際に患者さんにインタビューさせてほしいということが起こるそうです。というのは,患者さんから聞いた情報は,他の人にとっても非常に身近なことなので,自分のこととして捉えられるからです。基本的に,健康局の立場としては,患者が特定されるような情報は出しません。健康局としては名前を公表しないけれども,メディアが実際に患者さんのところにやってきて,患者さんが応えたいというのであれば,それは患者さんの判断ですので,止めることはできません。
 このほか問題になるのは,患者さんが特定されてしまう例です。例えばシアトルで,「患者さんは日本人の女性」というと,そういう情報だけで,名前を出さなくても人数が限られ,特定されてしまう恐れがありますので,気をつけなければいけません。珍しい病気を持っている人で,小さい病院で入院している時に,その病院の名前が出たりすると,その人が特定されるということがあります。このように患者が特定されるようなことが起こるのは,ちょっとまずいですね。この点には気をつけて情報を提供する必要があります。

実地疫学の専門家が足りない!

五味 先のSARSの流行に際しては,先生は直接かかわってはこられなかったとのことですが,世界中でとられた情報戦略について,どのような印象をお持ちですか。
Kobayashi SARSが流行していた時期には,インフルエンザで亡くなる方のほうが圧倒的に多かったのですが,人々の注意はすべてSARSに向いてしまいました。その恐怖はメディアによって起こされた部分があったといえます。SARSの例は,頻度の少ない病気が人々を恐がらせる典型的な例でしたが,やはりその理由は,未知なものであったということではないかと思いました。
 SARSへの対抗手段,武器としては,情報をきちんと提供することと教育があげられましたが,今回のアウトブレイクに関しては,そのコミュニケーションが迅速に行なわれたという印象を持っています。そして,情報がオープンだったというか,SARSが起こったことについて,いろいろな国が情報公開をしたり,共有したりということができました。もちろん,中国で見られたような情報の隠蔽もありましたが,このようなアウトブレイクでは情報を隠すことは不可能なのです。
五味 日本の公衆衛生対策の課題についてはどのようにお感じですか。
Kobayashi 一般的な印象についてお話ししますと,こちらで働いた経験を通して日本には実地疫学の専門家を多く育成する,大きなニーズがあると思いました。実地疫学は,SARSに代表されるような新しい問題が起こった時に,専門家がその場所に行って,その問題を解決したり,解明したりする役割を担う意味で,非常に重要だからです。そこから生まれる情報はとても重要です。人数的にも非常に少ないので,もっと人材育成が必要だというのが印象です。
 ただ,日本は平均寿命が世界で最も長いですし,医療制度など多くの問題はうまくいっているのではないかと思います。
五味 実地疫学の専門家は,アメリカでのご経験からいってどれくらいの人数が必要なものでしょう?
Kobayashi CDCのホームページによれば,すでに2000人以上がEISでトレーニングされており,さらに毎年60-80人をリクルートしています。単純に人口比でみれば,日本にもその半分はいてもいいのではないかと思います。
五味 本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。



John Kobayashi氏
 1970年ライス大(テキサス州)生物学専攻を首席卒業。1975年スタンフォード大医学部卒。1975-78年アリゾナ大家庭医レジデント,1979年ハーバード大公衆衛生大学院にて修士号(MPH)取得。同年より1982年まで米国CDC内の実践疫学コース(EIS Officer)。1982-2001年ワシントン州健康局にて疫学専門家として活躍。2001年より国立感染症研究所FETPアドバイザー。また,1982年よりワシントン大公衆衛生大学院においてClinical Facultyとして教鞭もとっている



五味晴美氏
 1993年岡山大卒。沖縄米海軍病院インターン。岡山赤十字病院内科研修医を経て,1995-1998年べス・イスラエル・メディカルセンター内科レジデント,1998-2000年テキサス大ヒューストン校感染症科フェロー。その間に,ロンドン大衛生熱帯医学校において熱帯医学を修得。日本医師会総合政策研究機構主任研究員を経て,2002-2003年ジョンズ・ホプキンス大公衆衛生大学院(MPH取得)。2003年10月より現職。米国内科・感染症科専門医。