医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


最新知見をふんだんに取り入れた,理想に近い小児科学テキスト

標準小児科学 第5版
森川昭廣,内山 聖 編

《書 評》伊藤悦朗(弘前大教授・小児科)

卒業後も役に立つ教科書

 『標準小児科学 第5版』を拝読させていただきました。『標準小児科学』は1991年に第1版が出版されてから,3年ごとに確実に版を重ねて改良が加えられています。この事実からも多くの学生に人気があり愛され続けて来たことがうかがわれます。
 私が20年以上前に医学部で小児科学を学んだ頃と比べ,小児科学の進歩はめざましく,これまでに蓄積された情報量は以前と比べて飛躍的に増加しています。この膨大な小児科の知識の中から,学生が効率よく小児科学の基礎知識を学ぶためには,講義の補助となる学生のためのよい教科書が必要です。医師国家試験のガイドラインを採用して作成された『標準小児科学 第5版』は,本文も図表も記載が非常にわかりやすく,しかも,分子生物学の進歩がもたらした最新の知識なども組み込まれており,学生にとって理想に近い教科書ではないかと思われます。教科書の厚みも適度に抑えられています。また,小児気管支喘息の最新の治療・管理ガイドラインなども含まれており,卒業後も充分診療に役立つ内容となっています。
 分担執筆者の先生方が日頃の講義で工夫されている内容が,『標準小児科学 第5版』には濃縮されていて,教官にも大変参考となる,よい教科書であると思われます。
B5・頁720 定価(本体8,800円+税)医学書院


2,200語のキーワードを第一線の研究者たちが解説

分子生物学・免疫学キーワード辞典 第2版
永田和宏,他 編

《書 評》清水信義(慶大教授・分子生物学)

 分子生物学と免疫学に登場する重要なキーワード2,200語を4名の編者が選抜し,200余名の執筆者が解説した近年にない労作である。1994年の第1版より600語も増え内容は飛躍的に充実した。あくまでも免疫学を中心としたキーワード辞典であるが,その発展を支えるために用いられた分子生物学・細胞生物学・遺伝学・生化学・免疫学などの技術や方法論に関するキーワードが体系的に取り上げられている。奇しくもDNA二重ラセン発見50周年とヒトゲノム解読完了を祝う記念すべき本年にこの辞典が改訂されたことは意義深い。ご同慶の至りである。

散見されたいくつかの課題

 早速,いくつかのキーワードを検索してみた。免疫グロブリンに付随するキーワードはさすがにすべて適切な記載があり十分な情報が得られた。しかし,「IgG」に関して言えば免疫学やタンパク質に関する解説は優れているが,ヒトゲノム中に3つの大きな遺伝子クラスターがありいずれも日本チームがゲノム構造を解析したことが記されていない。さらに,自己免疫疾患の原因遺伝子であり転写因子をつくる重要な新規遺伝子[AIRE]がキーワードとして採用されていない。一方,モノクローナル抗体の産生に関連して,「ハイブリドーマ」や「HATセレクション」などのキーワードがあり,それぞれ単独には丁寧に解説されていてよいが,細胞遺伝学におけるTKやHPRTの役割が記されていないので読者は融合細胞が選択されるメカニズムを理解できない。また,これら2つのキーワードが索引で連携していないのは残念である。
 一方,免疫とは直接関係のないキーワード「パーキン」を引いてみたが,家族性パーキンソン病の原因遺伝子として最新の知見まで述べられていて満足できる。さらに,「ゲノム」も検索したが,長文の解説の割にはその語源がGene+Chromosomeである旨の重要なポイントが解説されていないし,「ゲノムプロジェクト」の解説も一部に偏重していてその画期的な成果や21世紀医療へのインパクトが述べられておらず,全体像がつかみにくい解説になっている。「染色体地図」と「遺伝子地図」に多くのスペースを割いているが,重複するし内容も一部適切でない。辞典の宿命とは言え2,3の重要な最新キーワードが欠落していたり一部で解説が偏重して全体を鳥瞰していない場合があることは残念である。

重要キーワードが網羅されていることに間違いはない

 しかし,近年の生命科学の目覚ましい進歩とともに続々登場する多彩なキーワードをフォローしすべてを搭載した辞典などはそもそも存在するはずもないし,厳選された2200語が免疫学・分子生物学の基本キーワードであることには間違いない。本辞典は医学部・理学部・薬学部・農学部などの研究室で活躍する学生や若い研究者,さらには臨床の現場で活躍する学究的な医師や医療関係者に日常的に役立つことは必至である。それこそ編者らが意図した本辞典の使命であろうから,坐右の辞典として活用されることを強く推奨したい。
A5・頁1056 定価(本体9,800円+税)医学書院


網膜色素変性症の受容と理解のために

星空が見たい!
物を見る仕組みと網膜色素変性症がおきるメカニズム

和田裕子,玉井 信 著

《書 評》田淵昭雄(川崎医大教授・眼科)

視覚障害者本人や家族にもわかりやすく解説

 本書は著者らが永年にわたって行なっておられる網膜色素変性症の研究のなかで,患者さんからの切実な問いかけに対する回答の1つとして生み出されたものと推察される。医学論文的ではなく,実際の視覚障害者やその家族に対しても,網膜色素変性症を科学的にわかりやすく,しかも最近の研究の一端までも解説している点で非常に感銘を受けている。
 初めてこの書を手にした時,網膜の構造から,見える仕組み,網膜色素変性症の症状や病状の変化を視野と眼底像でも示し,遺伝の解説,治療と最近の研究など病気の概要について,大きなイラストと簡潔な説明,大きな文字で解説されているので,これはむしろ一般の晴眼者にとってもよいものだという印象をもったほどである。
 もちろん本書の目的である視覚障害者にとっては,視覚を利用できる方にはそのままで読みやすく,視覚の利用できない方には文字の部分に打たれた点字で読めるようにしてあり,図にはすべてに点字と同じような縁取りがされている。網膜色素変性症を理解するうえで非常に役立つと誰もが思うものである。

課題は多いが,病気を理解するよい指針になる

 そこで,本当に視覚障害者がどのような感想を述べられるかが気になり,視覚障害を持つ盲学校教員の方々にこの書を読んでいただいた。すると,結構,いろんな意見が返ってきた。
(1)視力が残っている患者さんには字も大きく有用で,医療機関に備えてインフォームド・コンセントへの姿勢を表すのに有効。
(2)視野狭窄の患者さんのなかには,文字や図が大きすぎてかえって見難い者もいる。
(3)疾患についていくらかでも知識のある方(盲学校教員など)には大変参考になるが,内容的には難しい。日常生活上の注意というような身近な事柄も入れたほうがよい。
(4)図や点字については,中途障害で墨字が見えなくなったような人には読みづらい。その理由は,図や点字の出方が薄い,図が複雑で理解しづらい,点字の行間が狭く読みにくいなどである。中途視覚障害の方が点字を読めるまでには相当の苦労が必要である。
 上記のように,すべての視覚障害者が利用できるようにするにはそれなりに改良の余地が残っているということであるが,そのことで本書の価値がなくなるわけではない。これをうまく利用できる方も多く,家族など晴眼者とともに病気を理解するうえできわめて有用であることに異存はない。
 なお,英語版も出版されており,私が国際ロービジョン学会学術会議Vision 2002(スウェーデン・エーテボリ)の会場でこれを展示したところ,当地の視覚障害向け出版業者から詳しい問い合わせを受けた。英語圏の患者さんからも日本語版と同様の利点,欠点を指摘されるだろう。
 網膜色素変性症には現在のところ治療法がないが,患者さん,およびそれに関与する医療者も含めた多くの人々がその障害を受容し,かつ理解しあって生活していくうえで,本書はよい指針となるはずである。また,医学書院が採算を度外視して高額になるはずの本書を廉価で出版された,その姿勢に敬服している。
和文●A4横・頁36 定価(本体8,000円+税)
欧文●A4横・頁48 定価(本体8,000円+税)医学書院


臨床筋電図を学ぶ若手医師は必携!

神経伝導検査と筋電図を学ぶ人のために
[CD-ROM付(Windows)]

木村 淳,幸原伸夫 著

《書 評》千野直一(慶大教授・リハビリテーション医学)

世界中で愛される筋電図の「聖書」を初心者向けにアレンジ

 木村・幸原両先生の上記ご著書を拝読する機会にめぐまれた。木村先生の英文の教科書“Electrodiagnosis in Diseases of Nerves and Muscles”は筋電図学の「聖書」として,世界中で名声を勝ち得ている。その日本語版が,1990年に『誘発電位と筋電図-理論と応用』という表題で医学書院より出版され,われわれ日本人にとって,木村先生の聖書を日本語で学べるということを有り難く思っていた。
 今回出版された『神経伝導検査と筋電図を学ぶ人のために』は,新たに共著者として幸原先生が加わり,先の日本語版をさらに初心者向きに,改訂,加筆されたものである。
 さて,本書の構成は5部から成り立っている。第1部神経筋の構造と機能,第2部神経伝導検査の原理と実際,第3部針筋電図の原理と実際,第4部知っておきたい基礎知識,第5部AAEM(米国電気診断学学会)用語集の解説,である。
 各部の終わりには,Q&Aの項目や,「コラム」というトピックス枠を設けて,日常の電気診断検査の場で,研修医などから質問されそうな疑問に答える形式で,本文に盛り込めなかった内容を網羅している。
 医学教科書というと,とかく黒1色刷りのものが多かったが,本書は読者に見やすく,また,読みやすく2色刷りとなっている。

付録のCD-ROMで筋電図検査がリアルに学べる

 特記すべきことは筋電図検査の教材としてCD-ROMを付録として付けていることである。これまで,針筋電図検査ではオシロスコープ上に現れる波形や,波形「音」がどれだけ電気診断学で重要であるかを理解していても,いざ,教えたり,学ぶ段になると非常に困難であった。しかしながら,CD-ROMを参照しつつ,本書を読むことによって,あたかも,読者自身が筋電図検査を行なっているような臨場感が得られる。
 CD-ROMも標準規定に設定されてはいるが,フィルタを変えたりすることによって波形がどのように違って表現されるかなど,実践的である。
 近年,臨床神経生理学会,リハビリテーション医学会,神経学会などで,ハンズ・オンによる筋電図検査の講習会が行なわれるようになってきた。そのような機会に参加できなかった人,また,講習会に出席するときの,予習・復習などにも本書の果たす役割は大きい。
 臨床筋電図をこれから学ぶ若手医師のみならず,経験者にとっても,本書から得るところは多々あることを確信し,座右の書として推薦する次第である。
B5・頁328 定価(本体8,000円+税)医学書院


脳研究者および脳神経学教育者に必携

脳神経科学
伊藤正男 監修
金澤一郎,他 編

《書 評》遠山正彌(阪大教授・ゲノム疾患解析学)

 脳の研究は遺伝子から固体,病態にわたり極めて多様性に富む。それを反映して研究者層も,医学・生物学から工学,そして行動・心理,人間科学に至るまで幅広い。われわれ研究者は,この幅広い脳科学のごく狭い領域で日々の研究に忙殺されている。われわれのような研究者にとって,幅広い脳科学領域からいかに有効に先端知識と基礎知識を吸収して,自らの研究領域や教育にフィードバックするかが大切である。
 今回,三輪書店から発刊された『脳神経科学』は見事にその要求を満足させてくれる。

脳科学を横断的に網羅し,多様な要求を満足させ得る

 本書『脳神経科学』は内容が7章に分けられている。その内容は構造から行動・認知まで,遺伝子からシステムまで脳科学を横断的に網羅しており,幅広い脳科学領域全般に及んでいる。ほとんどの読者は自分の求める領域を容易に探し得るであろう。
 また,各章に目を向けると,各章ごとに総論と各論が配置され,総合的知識から先端知識まで系統だって吸収されるように工夫されている。その意味でも,若手研究者から完成された研究者まで,多様な要求を満足させ得る書であると思う。

ありがたい「Box」欄の工夫

 さらに,多くの研究者が経験していることであるが,われわれが教科書で知識を得ようと教科書をひもといている時,ちょっとした疑問にぶち当たることが多々ある。そうなるとわれわれは本棚からまた別の教科書を引き出し,その疑問の解決に当たらなければならない。その作業は何度か繰り返され,その結果,われわれの周囲は参考書の山となることを多くの人は経験していると思う。
 『脳神経科学』では読者が本書を熟読している際に気になるであろう事項を「Box」として取り上げている。すべての読者の要求に応え得ることは不可能であるが,このような試みは読者にとっては大変ありがたい。
 脳研究に従事する研究者にとって,あるいは神経科学教育に携わる人間にとって,本書は老若を問わず座右の書であると言っても過言ではない。ただ,唯一の不満と言えば,臨床的側面や心の病気の問題について,もう少し深く切り込んでほしかったことであろうか。
B5・頁840 定価(本体15,000円+税)三輪書店


医師・患者関係を意識した「操作主義診断学」をめざす

精神科診察診断学
エビデンスからナラティブへ

古川壽亮,神庭重信 編

《書 評》笠原 嘉(名大名誉教授・桜クリニック)

 本書はDSM-IVとICD-10に立脚したPostgraduate用の教科書である。付録2(p275-285)には「DSMとICDの歴史」という章がある。初学者はここから読むのも一法だろう。
 私のように,欧州の精神症状学から出発しその線上を歩いてきた者には,正直のところ新潮流に完全には一体化できないところがあるが,時代の趨勢は認めないわけにはいかない。今日,ほとんどの教育機関がDSMを新人教育の中心に据え,ICDの病名もようやくお役所の書類記載に登用されはじめた。その公衆衛生学的意味は否定できない。本書の前置きにも「先進国国民のQOL損失の1/4が精神疾患」というような表現が見える。
 しかし,面白いことに本書は,診察室の医師・患者関係を意識に入れた操作主義診断学をめざしている。書名はそのことを表している。こういう教科書は今までなかったのでないか。

EBMで診断学の統一を図る

 導入部分はまことに入りやすい。
 第I編は「精神科面接法-よりよい医師・患者関係の確立に必要なコツ」。土居健郎,山下格らの言葉を引用しながら,他方でありうる種々の場面を並べ,初心者向きに懇切丁寧に説いている。来年からはじまる卒後研修も意識されているという。
 しかし,本書が面接についての従来の書物と趣を異にするのは,副題のエビデンスという言葉が暗示するように,面接における診断の確度をあげること,今までのような教室由来の名人芸の私的継承を廃し,できる限り全国統一すること,にある。いわゆるEBMで第II編「精神科診断学」,第III編「精神症候の同定と診断」はそのためのものである。
 周知のように,新しい国際診断学の背景哲学は精神現象を可能な限り計量化(ないしは臨床測定化)することだ。われわれもすでに「評価尺度」(付録3,p286)なるものによって実地にはもうずいぶん計量に馴化されている。しかし,それを骨肉と化するためには第II編『精神科診断学』中の第5章「なぜ分類するのか」,第6章「Evidence-based Diagnosisの基本」,付録1「臨床測定学-信頼性,妥当性,反応性」(p275)を読まなければならない。ここになると座り直して読まなければならない。導入部分のようにはいかない。
 もっとも,精神科の面接にはどうしても直感部分,名人芸部分が入る。これを軽視しないため「先輩から学ぶ」というコラムが8つ,「誤診例から学ぶ」というコラムが11,ところどころに挿入されている。心憎い編集である。前者には「精神科医の勘」といった直感部分についてのコメントが並び,後者には器質疾患,身体疾患の先輩の「見逃し例」が並んでいる。後者はいつになっても精神科医に付きまとう悩みである。
 要するに,心のチェックリストを生かすには診察者に一定の素養が要るのだから,初心者のみならず,経験者にも一読をすすめたい。気鋭の講座担当者古川,神庭両教授の説くところは新鮮だ。最近の米国文献が各章の終りに付いているのもよい。
 私個人は「治療の進展に伴うアウトカムの評価」(第V編)に期待を込めて注目した。今後の診察室のお作法が右手に薬物,左手にチェックリストを持って,病人の心理状態を継続的に追うことだとすると,これまでの日本で手薄だった長期予後の研究が進歩することも期待できる。これまでの欧州風のわれわれの「全体志向」的精神医学ではできなかった,と反省する。

「NBMはEBMそのもの」

 本書のもう1つの新鮮さは「エビデンスからナラティブへ」という副題が暗示するように,Narative-based medicine(NBM)への言及だろうか。
 NBMについては前書きの中で「個人本位の医療を行うためにEBMと並ぶ両輪の1つである。いやEBMそのものである」と喝破されている。これは注目すべき発言だと思うが,残念ながらそれ以上の具体的説明が本文中にない。このあたりは大いに今後に期待したい。
 私見だが,患者さんや家族のストーリー(物語)に多少とも関心が向くようにならないと,面接のほんとうのおもしろさがでてこない。チェックリストだけではやがて診察にアキがくる。
 では,どの程度までストーリーを読むか。
 治療開始から後の変化だけでよいのか,生活史の全体も入るのか。精神分析,人間学,ユング心理学,みんなストーリーに注目してきた。神経学から自由になるほどストーリーが生まれる。本書は精神分析療法から縁を切って良識精神療法(p10)といっているから,もちろん精神分析の単なる復活ではない。
 ストーリーを読むとなると,読み過ぎが精神科医にとって心配だ。現代の心因論,PTSD論にもその嫌いなしとしない。それとも「過剰な了解」をチェックする方法を現代の操作主義は持つ,というのか。
 それとも,NBMがEBMそのものだという表現は「部分」にあたるチェックリストを補完するのに「全体」にあたるストーリーが要る,という含意なのか。
 いずれにしても,操作主義だけでは精神科臨床はやせ細ると思う。EBMとNBMの合体から起こることを期待したい。
B5・頁332 定価(本体6,800円+税)医学書院