医学界新聞

 

連載(21)

    新医学教育学入門

教育者中心から  
学習者中心へ
  

卒後研修システムの再構築

  
大西弘高 国際医学大学(マレーシア)・医学教育研究室上級講師


(前回2558号

 某県立病院の内科医である安田先生は,全国公募による新しい臨床研修制度の始動に合わせて,病院の卒後研修責任者に指名されました。この病院は300床で,人口30万人の県庁所在地に位置しています。県内には国立大学の医学部があり,今まではこの大学病院の医局から2-3年目の医師が1-2年のペースで入れ替わりながら派遣されていましたが,大学病院が100kmほど距離の離れた都市に位置しているため,2004年春からの臨床研修必修化を見越して2003年春から研修プログラムを一新したのでした。
 2002年度までは,各科に研修が任されていました。しかし,2003年からはスーパーローテート研修のプログラムを組み,6名の定員で公募したところ,応募した研修医は2名のみでした。ただ,移行期ということで今年は大学の内科医局から2年目,3年目医師がそれぞれ1人ずつ2年契約で来ており,前年から来ている2名と合わせて研修医扱いの医師が計6名いることになります。いずれにしても,県内の国立大を卒業し,今後も県内で働いていきたいという人たちですから,地域の文化や医療ニーズについては,一定の理解があるようです。
 安田先生は,研修システムをよりよいものにし,新しい研修医たちの満足できるものにしたいと考えています。そこで,研修システムについてカリキュラム,研修医-指導医関係,研修組織構造の3つの側面(図1)から,考え直してみることにしました。

研修カリキュラム

 研修プログラムは,内科12か月(3つのチームのいずれかで1年目6か月,2年目6か月。2年間を通して週1回は救急外来を当直して,内科2か月分の研修は救急外来研修に読み替える),外科3か月(麻酔科1か月を含む),小児科,産婦人科,精神科はそれぞれ週2回,週1回,週2回の外来研修で計5か月(それぞれ研修2か月,1か月,2か月に読み替える),選択科3か月となっています。内科,外科のベッド数はそれぞれ120床,50床で,専任スタッフは10名,5名です。内科は循環器,呼吸器,消化器の検査や専門的治療に関してはやや分化していますが,3つのチームが交互に患者を引き受け,病棟は専門分化していません。
 毎朝,7時45分から45分間のカンファレンスがあり,夜間や休日救急外来からの申し送り,新しい入院患者に関する簡単な症例プレゼンテーション,大きな変化があった入院患者に関する報告が行なわれます。各科では週1回指導医とスタッフ2-3名,研修医1-2名による回診が行なわれ,入院患者全員の方針について検討されます。週2回昼食時には担当の指導医によるセミナーがあり,セミナー係の研修医が2週間前までにテーマや担当を決定します。
 安田先生は,時に研修医が20名もの患者を担当し,診療の質が低下しているという看護師長の意見を受け,研修医が受け持つ患者数をローテート開始後2週間は5名まで,その後は状況に応じ1年目は上限を10名,2年目は15名と定めました。新しい入院患者の担当は,1年目は1日1名のみ,2年目は1日2名まで可であり,残りは指導医で埋め合わせします。また,1年目はできればcommon diseaseを優先的に診るように配慮するようにしました。
 評価は新しいシステムを導入しました。まず,指導医,看護師長と主任が,(1)月1回患者への対応,(2)他の医療スタッフとの協力的関係,(3)診療録や各種書類の記載,について10点満点の概括的評定尺度(global rating scale)による評価を行ないます。
 また,患者は,退院前に担当した研修医について10項目からなる米国内科認定委員会の患者満足度票で評価します。研修医は各患者に関し,(1)診断と診察や検査,(2)治療やマネジメント,(3)他の医療スタッフとの協力的関係,(4)患者との関係,(5)退院時入院要約,についてポートフォリオをまとめ,退院3日以内に研修委員会に提出します。(1),(2)の内容は自らが今後学習する事項を明確化するためのもので,(5)の内容と重複する必要はありません。一旦提出した後,指導医からフィードバックを受け,書き直して再度退院後2週間以内に提出します。これらのポートフォリオは,診療の質,指導の質の管理に役立てるとともに,院内スタッフのコミュニケーションに問題が起こった時などに参照されます。

研修医-指導医関係

 指導医は,今までにも大学から派遣された研修医の指導にかかわった経験がありますが,今まで公式なFD(faculty development)の経験はなく,ポートフォリオによる学習や評価もまったく初めて触れることになります。
 そこで安田先生は新しいFDプログラムも考えました。まず指導医は,研修開始時オリエンテーションの1週間前に,「いい教育風土とは」,「研修医へのフィードバックの仕方」,「困った研修医への対応法」の3つのテーマについてセミナーを受けます。さらに研修開始オリエンテーションの際には,研修医と指導医の両者が参加する3時間の「医学教育ワークショップ」が予定されています。主な内容として,指導医が病棟や外来で研修医に指導するロールプレイが準備されており,これを題材にディスカッションすることで研修のあり方について考えることができますし,研修医と指導医は互いをよく知ることも可能です。

研修組織構造

 安田先生は,新しい研修管理システムも考えてみました。まず,指導医を月1回研修改善会議に招集し,研修医がまとめたポートフォリオや看護師や患者による評価をもとに,問題となった症例や研修医の対応についての意見交換を行ないます。さらに,研修医が関係する病棟や外来の看護師長か主任,研修責任者,内科と外科の病棟指導責任者,小児科,産婦人科,精神科の外来指導責任者,そして研修医の代表者や希望者が研修に関する改善点について話し合う研修管理委員会を月1回行ないます。これらの目的はそれぞれ教育内容の改善と教育管理の向上です。従来,研修がうまくいかない原因として,科同士,あるいは病棟や外来での看護師と医師の間での軋轢が頻繁に問題になっていました。安田先生は,これらの管理システムによって軋轢を緩和しようと考えたのです。
 公式にはこれらが機能していけば研修システムがうまく動くはずですが,会議や委員会はタテマエ論に終始して実効を伴わないこともあります。よって,安田先生は各病棟の看護師長と廊下での立ち話などを通じて情報交換することにも努めはじめました。また,研修医のストレスマネジメントのために大学病院でカウンセラーを雇いはじめたと聞いたため,月に2度来てもらい,研修医との懇談の場を設けるようにしました。
 さらに2004年からは,研修医専用宿舎の設立,医療事故保険の強制加入,労災保険と雇用保険の加入,アルバイトの禁止と県職員としての最低賃金の確保,女性の産前産後休暇も明示することにしています。当初,指導医たちの中には,「何もかもお膳立てし過ぎなんじゃないか」との意見も聞かれましたが,研修医や看護師が新しいシステムに満足している様子を見て,徐々に受け入れられはじめている印象です。

組織と個人との関係

 安田先生が今回最も考慮したのは,研修責任者である自分が今まで十分に対応できていなかった組織的取り組みについてもっと勉強しなければならないということでした。研修責任者や指導者が研修医の指導に全力を注ぐより,自分自身も学び続ける姿勢を見せなければいけないと知ったのです。
 プロフェッショナリズムの教育には,「職業人として生涯学び続ける態度を教育する」という重要な項目があります。研修責任者が組織管理について学ぶ姿勢を見せることで,指導医や研修医にも「学び続ける」という態度を示し,ロールモデルとして作用できればと願ったのでした。
 研修医は,各自が何らかの夢を持って研修をはじめようとしています。本来,夢の実現に向けて各自が欲求を持っていますが,マズロー(図2)によると,より下層の欲求が満たされないと上位の欲求を満たすことは難しいのです。十分な睡眠,当直でのバックアップ体制,研修の辛さを共有できる仲間などが欠けていれば,研修内容を自分でよりよいものにしていこうという意志もしぼんでしまいがちと言えるでしょう。
 組織全体が学習し,新しい時代にどんどん対応していくためには,各自の学習が必要です。仕事を専門分化し効率化させる組織構築方法は古い時代のものとなりつつあります。学習に関する価値観を,研修医は患者からもっとも学び,指導医や研修責任者は研修医からもっとも学ぶことが多いと考えはじめたほうがいいのかもしれません。
(記事中の人物,施設などは架空のものです)

参考図書
1)大西弘高『実例からみる卒後臨床研修:プログラム開発の方法論から実践まで』篠原出版新社.2003.
2)カレン・E・ワトキンス,ビクトリア・J・マーシック著.神田良,岩崎尚人訳『学習する組織をつくる』.日本能率協会マネジメントセンター.1995.