医学界新聞

 

〔寄稿〕

勤務スケジュール作成方法を再考する

――米国メイヨー・クリニックの取り組みに学ぶ

友納理緒(東京医科歯科大学大学院 保健衛生学研究科) 




 病院における労働環境改善を考える際,看護師の交代制勤務の改善を検討することは重要な課題の1つであるといえる。今回は,特に看護師の勤務スケジュール作成の方法に焦点を当て,米国ミネソタ州メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)における取り組みを例にあげて,今後の日本の取り組むべき課題を検討したい。

看護師の満足度を高めるセルフ・スケジューリング

 現在メイヨー・クリニックでは,患者に最良のケアを提供するために,次の3種類の勤務スケジュール作成モデルを看護師に提供している。
 まず1つ目は,「セルフ・スケジューリング」といわれる,スタッフ自らがあらかじめ与えられた適切な病棟職員配置に関する基準に従って,日勤/夜勤など働く時間帯や勤務日を選択していくモデルである。2つ目は,「コラボレーティブ・スケジューリング」といわれ,スケジューリングに関する専門家が,勤務スケジュールに関連するさまざまな資源を開発・発展させ,それを用いて病棟スタッフの代理者が,実際の勤務スケジュールを検討・調整するモデルである。最後に3つ目は,「セントラル・スケジューリング」というモデルで,コラボレーティブ・スケジューリングとは違い,勤務スケジュールの検討・調整を,看護師長(nurse manager)あるいは看護師に指名された者が行なうモデルである。
 この中で最も興味深いものとして,1つ目のセルフ・スケジューリングがあげられる。セルフ・スケジューリングは,その名の通り,「看護師が自分たちの勤務を自分たちで決定する」勤務スケジュールの作成方法である。日本では,スタッフナースが事前に休暇希望を提出し,その後,管理者(看護師長など)が勤務スケジュールを作成することが多い。しかし,このセルフ・スケジューリングでは,勤務時間帯あるいは連続勤務の回数など非常に詳細な部分の決定をスタッフナースが行なうことができる。実際のところ,「自分自身で勤務を決定する」ということは,メイヨー・クリニックに勤務する看護師の満足度を確実に向上させており,それが患者ケアの質の向上にもつながっている。
 ではここで,このセルフ・スケジューリングについてもう少し詳しく説明していくことにする。まず,セルフ・スケジューリングを導入する際は,看護師に対する事前の教育が重要になる。この教育では,勤務スケジュールに関するガイドラインの提示,スケジュール作成時の注意事項や交代制勤務に関する情報の提供などが行なわれ,看護師が最適な勤務を自己判断できるように,事前に十分な援助がなされている。
 セルフ・スケジューリングを行なう看護師は,各自都合のよい時間帯に,病棟ごとに設置されているパソコンから,勤務スケジュール作成用ソフトにアクセスすることができる。このソフトでは,まず最初に名前とパスワードを入力し,ログオンしてから勤務入力画面に進む。勤務入力画面では,自分の希望する勤務を入力する一方で,他の看護師の希望状況や各日の勤務希望者の過不足をひと目で確認することができるようになっている(各日の看護師総数を表示する枠内の文字が,人員不足・適正・過多によって3色に色分けされているのである)。このソフト自体にも,何種類かの前提条件があらかじめ入力されており,勤務者が無理な勤務を選択しないように保証されている。このモデルにより,看護師は自分に合った勤務を自ら選択することができ,満足感を得ることができる。

多様な勤務形態とその評価・助言

 メイヨー・クリニックの勤務スケジュール作成に関する取り組みには,他にもさまざまな工夫がある。例えば,勤務時間の形態は,10通りほど(例:10時間シフト,8時間シフト,4時間シフト,12時間シフト,平日8時間/週末12時間シフトなど)あり,1週間のうちにそのいくつかを組み合わせて勤務することが可能になっている。具体的に述べると,ある看護師は,平日は8時間交代で勤務し,週末(土曜日曜)は12時間交代で勤務を行なっている。つまり自分の生活に合わせて,2種類の形態を組み合わせて勤務しているのである。また,勤務開始時間が約200から300通りあることも,驚くべきことである。このように多種多様な勤務の形態を作ることで,数多くいる看護師が,各々の生活に合った無理のない勤務を行なうことができるようにしているのである。
 さらに,メイヨー・クリニックでは,常にこれらの多種多様な交代制勤務に対する「アセスメント・計画・実行・評価」を繰り返し行なっている。主に,この役割を担っているのはスケジューリングオフィス(勤務を統括している部署)であるようだが,このスケジューリングオフィスと看護師との距離感が近く,看護師の声がその後の交代制勤務に反映されやすくなっている。スケジューリングオフィスには,専属の看護師もおり,各病棟のシフトスケジュールに対するアドバイスなども行なわれている。
 こうしたさまざまなサポート体制の充実からか,メイヨー・クニリックでは交代制勤務を苦痛だと考える看護師が少なく,離職率も低率(年間5%以下)であった(現在の日本の看護職の平均離職率は,11.6%である:2002年病院における看護職員需給状況調査,日本看護協会調べ)。

ガイドライン確立が日本の課題

 現在の日本の病院では,勤務スケジュール作成は,主に,看護師長レベルの管理職の仕事である。
 その作成方法は,まず最初に看護師が休暇希望を提出し,その後看護師の能力,勤務年数,休暇希望などを考慮して勤務スケジュールが作成されるというものである。これは,病棟の特性や在籍する看護師のレベルへの臨機応変な対応を確保するには有効であると言えよう。ところが,勤務スケジュール作成方法に関する広く共通したガイドラインが存在していない現状の日本において,この個々の病棟に委ねられ作成される勤務スケジュールが,看護師にとって最適なものかどうかを正確に判断することは難しく,実際,その検証もあまり行なわれてきていない。
 そこでやはり日本の早急な課題として,わが国独自の勤務スケジュール作成のガイドラインを確立することが重要であると考えられる。ガイドライン未確立では,前述したセルフ・スケジューリングを導入することも困難であるし,看護師の健康,患者の安全等を十分に保証することも難しいのではないだろうか。看護師の質は,患者ケアの質を左右する。看護師にとって負担の少ない最適な勤務スケジュールは,看護師自身にはもちろんのこと,患者にもよい影響をもたらすことになるため,その検討を急ぐべきである。
 これまで日本でも,勤務スケジュールに関する数多くの研究が実施されてきた。しかしそれらの研究結果には,その内容を一本化することができるほど統一した方向性がないように感じられる。そのため,今後は先行研究における標本数やバイアスなどから,その研究結果の信頼性・妥当性を正確に判断し,勤務スケジュール作成時に活用可能なエビデンスのしっかりとした項目を抽出していくことが重要となる。またさらに,エビデンスの弱い部分は今後研究を進め,日本独自のガイドランの作成を試みていくとよいだろう。
 さまざまな時代背景を経て,看護師の専門職としての意識の高まりや周囲からの認識が成熟しつつある現代,看護師は自身および看護体制全体のマネジメントに参画してもよいのではないだろうか。また今後,この看護師の積極的な参画が実現すれば,日本における看護師の交代勤務および労働環境の改善は新たなステージを迎えることができるのではないだろうか。