医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


創傷治療の間違った常識を打ち破る!

これからの創傷治療
夏井 睦 著

《書 評》光嶋 勲(岡山大教授・形成再建外科)

患者を思う優しさから生まれた綿密な理論

 読み終わったとたん痛快な思いのする本が久々に出版された。ページを開いたとたんに最後まで読破してしまうぐらいおもしろい本である。本書は創傷の消毒法,上皮化などに関して,皆がおかしいと思っていたことを堂々と批判し,新しい形成外科的な傷の処置法を提案し,納得のいく理論的な説明がなされている。
 傷に貼りついたガーゼをはがされ,疼痛に泣く処置を毎日受け続けるという,古くからの外科処置法は改善されなければいけない。本書は古典的な外科処置法の欠点を指摘し,最新の創傷治癒機序の解明にもとづいた創傷の管理法を実践し,その優位性を証明している。
 確かに多くの形成外科医は,その経験から多くの間違った常識が創傷の治癒を遅らせていることは少なからず知っていたと思う。しかしそれはあくまでも個人レベルで,限られた患者さんにこの新しい処置法が試みられる程度であり,大々的な動きとはならず,皆何とかしなければと思うにとどまっていた。このような好機に本書は世に出たわけである。
 夏井先生とは,かつて日本形成外科学会認定医試験問題作成委員会で仕事をご一緒したことがある。先生は当時まだ若かったが,膨大な問題点を綿密に調べあげ,他の委員を驚かせた。短期間に驚異的な仕事のできる天才的な人物という強い印象があった。
 本書の魅力のひとつは,背景にある著者の綿密な理論の展開であろう。さらに,医療における従来の常識を打破しようとする反骨精神もすばらしい。著者の患者さんを思う優しい心から出た見解には,誰も反論できないであろう。
 この本の特長は,症例ごとに見開きとなっており,必要最小限の解説で実に読みやすく,きれいなカラー図による症例提示,気の利いたワンポイントアドバイス,各種創傷被覆材のリストなど,新しい試みが随所にみられ,実にうまくまとめられていることにある。これまで日本はおろか海外でもこのような本はなかった。

コメディカルスタッフの間からはじまる新しい創傷管理

 すでに著者の講演を聞いた若い医師,看護師などが,勉強会でさらに知識を深め,外来で実践しはじめている病院も多いと聞く。最近は褥瘡の管理をはじめとして,創傷の管理にかける看護師などのコメディカルスタッフのパワーは素晴らしい。患者さんの立場に立ったこの本は,彼らの間でベストセラーとなり,新しい創傷管理がはじまるであろう。多くの医療関係者はこの本を座右の銘とし,著者の提唱する創傷管理を実践すべきであろう。そして,多くの患者さんが包交の苦痛から開放されるであろう。患者さんやコメディカルスタッフが直接読んで,医者に処置法を逆に教えるということもありそうだ。
B5・頁112 定価(本体2,800円+税)医学書院


神経病理学に関心を持つ人に最高の教科書

神経病理を学ぶ人のために 第4版
平野朝雄 著,冨安 斉 著

《書 評》中里洋一(群馬大教授・病態病理学)

強烈なインパクトを受けた「平野神経病理」

 平野神経病理(と私が密かに呼んでいる本)が改訂された。うれしい限りである。1976年初夏,第1版を購入した私は夏休みをすべてつぎ込んで本書を隅から隅まで熟読した。ほぼすべてのページに赤鉛筆で要点にアンダーラインを引き,書き込みを加えた。このような経験は武谷止考先生の「神経病理組織学入門」以来のことである。
 神経病理の初学者にとって平野神経病理は誠にありがたい本である。剖検して脳を調べ,切り出しをし,染色をして顕微鏡で病変を観察して考える,という神経病理の日常の作業が微に入り細にわたり解説されている。この本を開くことによりニューヨークにおられる平野先生が私の眼前で直接手ほどきをしてくださっているかのような錯覚さえ覚えるほど本書の記述は具体的で役に立った。若い日々に本書から受けたインパクトはまさに強烈であった。現在,ブレインカッティングと称して多くの同僚,大学院生の前で脳に割を入れる立場になっても,中脳レベルで大脳と脳幹・小脳を切り離す作業では,手が震えてしまう。それは「だいたい,この中脳の切り方を見れば,脳を切った経験を見るときのある程度の尺度になる」という一文を思い出すからである。Bielschowsky染色平野変法も本書から学んだ。そのページを開いてみると紙面のあちこちに硝酸銀液の黒いしみがいちめんに付いている。後に多系統萎縮症のオリゴデンドログリアの封入体を特異的に染め出すことを試みたのも,この平野変法が基礎になっている。

最新の内容とわかりやすい記述で,質・量ともに充実

 第2版,第3版と改訂が進み,いよいよ第4版が出版された。本書は初心者を対象とした教科書であるとの基本方針は変わらないが,学問の進歩はもれなく取り込まれている。まえがきにも述べられているが,初版が電顕,第2版がCT,第3版が免疫組織化学,そして第4版は分子遺伝学がもたらした神経病理学の進歩を最大限に盛り込む工夫がなされている。ほとんどすべてのページにわたって改訂が行なわれており,新しい文献が引用されている。特に,神経細胞とグリアの封入体,プリオン病,変性疾患,トリップレットリピート病,脳腫瘍の新WHO分類と腫瘍マーカーなどは内容が一新されている。最新の知見とその解釈が,きわめて高度で精緻な内容であるにもかかわらず,平野先生によってわかりやすい形に咀嚼されて記述されている。引用文献も最新のものを含めて注意深く選ばれており質・量とも充実している。本書は神経病理学の教科書として紛れもなく最高の書物である。
 心理学からみると学習行為とは,心の中にうかぶ知覚心象を通して記憶心象を構築し,それを言葉として記号化する作業だそうである。神経病理を学ぶうえで,優れた写真や模式図ほど学習効果を高めるものはない。本書の電顕写真とシェーマ,姉妹書「カラーアトラス神経病理」第2版のマクロ,ミクロのカラー画像を繰り返し見ることが,神経疾患の優れた記憶心象を構築するうえできわめて有益であると思う。本書を神経病理に関心のあるすべての方々に薦める。
B5・頁576 定価(本体19,000円+税)医学書院


病態生理の全体がみえる翻訳書がついに登場!!

カラー図解 症状の基礎からわかる病態生理
Color Atlas of Pathophysiology

松尾 理 監訳

《書 評》清水 強  (登誠会諏訪マタニティークリニック附属清水宇宙生理学研究所長/
福島医大名誉教授)

病態生理の先進地から

 東欧とアメリカを先進地とする病態生理学という学問分野は,日本においては残念ながらその確立は遅く,専門学会たる日本病態生理学会が設立されてからもようやく10年余を経たところである。それだけに国内では適切な教科書や参考書をこれまでのところ目にすることができなかったが,本年初頭この分野の大変よい翻訳書が刊行されたのでここに紹介して推薦したい。
 そもそも身体に生じるさまざまな異常や病態の機序を解明するには,それらの状態のあるがままの姿を把握するとともに,健康状態でのさまざまな生体現象の個体全体における意味を常に洞察しようとする生理学的思考と方法論が基礎になければならない。本書はまさにそうした点を十分に心得た医学者らの手になる訳本であり,原著の意を深く汲み取って日本の医学生をはじめ広く本邦医療関係者に提供しようとしたものである。ちなみに訳者のうち,監訳者でもある松尾理氏は日本病態生理学会の前理事長であり,坂田利家氏は現理事長である。また,他の方々も会員として活躍しており,それぞれ専門の立場から原著の翻訳に取り組んでいる。原著は病態生理学を長年にわたり追求してきたドイツの2人の生理学者が広い読者層を念頭に置いて共同で著し,2000年に刊行された大変ユニークな病態生理学の好著である。表題のごとく図版を中心に据えて説明と対をなすように編まれており,現象の発現過程と機序を視覚的にとらえながら理解できるようになっている。病態生理学の全体を俯瞰するのにも,また,随時,典型的な病態の個別例を辞書のごとく検索して当座の知識理解を得るのにも使えるであろう。まさしく,病態生理学を学ぶに格好の書といえる。

学ぶ側のみならず教員にも大いに参考になる

 周知のごとく,近年日本の医学教育においてはカリキュラムの変革や意識,制度の変革が盛んになってきたが,本書はそうした学習,教育課程の中に置かれた学習者たちにとって役立つばかりではなく,いわゆるコアカリキュラムやPBLチュートリアルを企画考案しようとする立場の教員たちにとっても具体的に工夫する材料として大いに参考となるであろう。体裁も携帯に便利な小型判であり,医学生や研修医,指導医,カリキュラム担当者はもちろんのこと,広く医療分野で活躍する人々にとって大いに役立つ書である。
A5変・頁394 定価(本体6,200円+税)MEDSi