医学界新聞

 

情報開示は医療を変えるか

第29回日本診療録管理学会の話題から


 第29回日本診療録管理学会初日のシンポジウム「情報開示は医療を変えるか-患者さんの知る権利と診療情報」では,病院管理者,患者など,さまざまな立場のシンポジストが,医療情報の開示にまつわる問題について議論を交わした。

開示の方向性が明確化

 長谷川友紀氏(東邦大)は医療情報開示の法制化に関わる立場から発言した。長谷川氏はまず,「情報開示」と「情報公開」について区別する必要を示した。「開示」は個人のリクエストに基づくものであり,そこで要求されるのはプライバシーの原則である。一方,「公開」とは一般の用途のために情報提供を行なうことであり,そこでは情報をどのように整備し,活用するのか,ということが課題となる。情報開示を議論する際に,この2つの言葉をしっかりと区別する必要があると述べた。
 続けて氏は,医療情報開示に関する法整備の歴史を概観。法制化は見送られたものの,個人情報保護法を補完する意味合いで作成された厚労省のガイドラインでは,医師会のガイドラインにあった例外規定が削除されるなど,より開示への強制力を持った内容となったと解説した。
 また,今後の法整備については,医療情報には例えば「本人の死後のプライバシー保護の問題」など,個人情報保護法の範疇には当てはまらない独特の課題があるため,今後も継続して議論を重ねていく必要性を示唆した。

「私のカルテ」ではじめる情報開示

 続いて塩谷泰一氏(坂出市立病院)が,病院管理者の立場から,「私のカルテ」など独自の手法で取り組む情報開示を紹介した。
 坂出市立病院では4年前から「私のカルテ」という,カルテをプリントアウトして患者に持ち帰ってもらう取り組みを行なっている。塩谷氏は,患者が最も強く求めているのは高度な医療などではなく,「医療者が親切にしてくれること」と「わかるように説明してくれること」であり,患者は「成果」よりも「プロセス」を大事にしているのだと述べ,「患者さんのほとんどは,家に帰れば医者の説明の1/3も覚えていません。診療録を持ち帰っていただければ,本人も確認できるし,家族に説明できるのではないかと考えました」と,「私のカルテ」を始めた経緯を説明した。
 人口5万人の坂出市で,坂出市立病院が発行した「私のカルテ」は今日までに約2000枚。実に25人に1人に行き渡っている計算になる。「法制化うんぬんではなく,地域の病院ごとに積極的に取り組んでいけば情報開示は進展するということを確信しています。厚生労働省が利益誘導しなくても,患者のニーズにわれわれが応えるという形で,自発的に流れを作っていけるのではないでしょうか」と述べた。

「患者のニーズ」の世代間格差

 辻本好子氏(COML)は,COMLへの相談事例の変遷の中から,情報開示に患者が求めるものは何かについて紹介した。
 患者が医療に求めるものは「安全」と「安心」であるとした氏は,ちゃんと説明をしてくれて,きちんと「私」と向き合ってくれる医療者に出会うことができるかどうかが最大のポイントであると述べた。
 一方で「情報開示」とは単に「私のわがままが通る医療」ではなく,「私はどうしたいのか」ということを患者自身が意識化・言語化し,それが実現可能であるのかどうかを医療者と患者が一緒に考えていく医療であると述べたうえで,患者がそうした主体性を確立するためにも,より正確な情報と,その情報をもとに共に考えてもらえる医療者像が求められているとした。
 また氏は,世代によって,情報開示への思いは大きく異なることも紹介した。高齢者は,親切に親身になってくれればそれでいいという人が多く,カルテを見たいという考える人は非常に少数派である。しかし,50-60代となると,前の世代が求める親切,丁寧,親身といったことは当たり前に求めたうえに,さらに根拠に基づく情報を「患者の権利」として求めるのだという。さらに次の30-40代の世代は,自力で情報を得ることができるため,情報提供は強く求めず,コミュニケーションもわずらわしいから必要ない,という傾向があるが,一方で自他ともに完璧であってほしいという願望が強く,医療者に「正解」を強く求める傾向があるとするなど,世代によって異なるニーズにいかに応えていくかということも情報開示に伴う難しい課題の1つであると述べた。

「情報開示の現場」に求められるコミュニケーション技術

 中島和江氏(阪大病院)は,看護の立場から臨床における情報開示の課題を提示した。
 中島氏はまず,たくさんの情報が入った診療録やカルテを単に患者に見せるだけでは十分な情報開示とはいえないとしたうえで,医療者が患者に対してきちんと説明をし,双方向的なコミュニケーションを行なうことこそが重要であり,そこに焦点化した議論を今後は深めていく必要があると述べた。
 こうしたコミュニケーションは,患者が自分の症状を訴えるところからはじまり,それに対して医療者が所見や治療方針を伝える中で深まっていくものだが,この際,患者は最低限,自分の病名や治療法,薬の名前や目的までは理解できている必要がある。氏は,このためにも,何回にもわたる説明や,現場での声かけなど,きめ細かなサポートを行なう臨床的なテクニックが必要となると述べた。
 また氏は,一般への情報公開についても,すでに新聞・雑誌などで公開されている医療機関情報など,その読み方を誤ると情報としての意味をなさないものが少なくないことを指摘した。例えばある雑誌で特定機能病院の在院日数が公開されているが,これは「早いか遅いか」という情報ではあっても,「良い,悪い」という情報とイコールではない。今後は,こうした「情報の読み方」までを含めた「情報」を提供していくことが求められると述べた。

診療情報管理士の役割とは

 最後に,秋岡美登恵氏(国立病院九州医療センター)は,診療情報管理士の立場から,情報開示の場面における診療情報管理士の役割について語った。
 診療記録とは,医療者の備忘録ではない,ということを明確にすべきと述べた氏は,診療記録とは職種間,あるいは患者-医療者間の「コミュニケーションツール」であり,かつ,「未来の医療に情報を引き継ぐためのツール」でもあるとした。
 また一方で,医療者にとって診療記録とは,日々の診療の証でもあり,臨床研究の材料でもあり,医学生や研修医のための教材でもある。誠意のある記録を残すことが,患者に安全な医療を施すことにつながるのではないか,と述べた。
 氏は最後に,「診療情報管理士は日常的に患者さんと言葉を交わすことはありません。しかし,診療記録を通して患者さんと接しているという実感は強い。患者,医療者,社会のニーズの調和を目指して,第三者的立場でコーディネーションを行なっていくのが診療情報管理士の役割ではないか」と述べ,発言をまとめた。

情報開示は医療を変える!

 フロアからはさまざまな質問が飛んだが,開業医からの「(他院への)医療訴訟を目的としたカルテ開示」にどう対応するか,という質問に対しては,長谷川氏から「カルテ開示はそもそも良好な関係を構築するためのもので,訴訟目的というのはカルテ開示の考え方にはなじまない。とはいえ,目的によって開示するしないを判断する必要はなく,開示の請求があれば目的にかかわらずに応じる,ということが厚労省のガイドラインでも定められている」と答えた。
 最後に,座長からの「情報開示は医療を変えるか?」という質問に対しては,条件付ながら,シンポジストの全員がyesと答えた。条件としては,情報にはさまざまな質があり,その読み方や価値判断について,医療者・診療情報管理士は,患者を支援していかねばらならないことが,共通してあげられた。