医学界新聞

 

ナラティブの看護教育への導入が話題に

日本看護学教育学会・第13回学術集会が開催


 日本看護学教育学会・第13回学術集会がさる8月2-3日の両日,田村正枝会長(長野県看護大学教授)のもと,長野市のビッグハットアリーナ,他にて開催された。
 「対話で創る看護──ともに成長しつづけるために」をメインテーマに掲げた今回は,海外から研究者も招かれ,看護教育へのナラティブの導入が検討された。参加者は地方開催では前例のない約1,700人が参加し,一般演題の質の向上とともに,教育関係者の関心の高まりを感じさせる学術集会となった。


対話を通した学びが実践能力育成のヒントに

 田村氏による会長講演では,先の「看護学教育の在り方に関する検討会報告」(文科省)で看護実践能力の低下が指摘されたことを話題として提示。カリキュラム改正のたびに実習時間数が減少したことが実践能力低下の一因と分析したうえで,入院患者の重症化や在院期間の短縮なども実習指導を難しくしていると語った。そして,実践能力を育む方法を模索する中で,学生と教師が対話を通して学びあうNancy Diekelmannの論文に出会ったと,今学会のテーマである「対話で創る看護」の趣旨を説明した。
 続いて,そのDiekelmann氏の流れを継承するPamela Ironside氏(ウィスコンシン大)が「ナラティブ・ペタゴジー:新しい看護教育の可能性」と題して招聘講演。ケースカンファレンスや事例検討を通して,学生が実習の中で体験したことを語り,教員とともに振りかえることの理論的な基盤と具体例を説明した。

ケアを語ることの効用

 「教育に活かすナラティブ・アプローチ」と題して行なわれたシンポジウム I(座長=慶大・太田喜久子氏,聖路加看護大・麻原きよみ氏)では,ナラティブ・アプローチを日本の看護教育にどのように活用できるかが議論された。
 教育学の立場から藤原顕氏(兵庫県立看護大)は,ナラティブを「他者に向けた自己の経験の語り」と定義。学生が学習経験を語る際に,聴き手である教師が注意すべき点として,経験を概括的に述べるのではなく,経験の内容を“描写”するように促すのがポイントであると強調した。また聴く心構えを持つためにも,教育目標にとらわれすぎないことが大事であると説明した。
 看護教育の立場から縄秀志氏(長野県看護大)は,ナラティブ・アプローチ活用の一例として,「ケアリングの概念に基づいた看護プロセスの体験」をねらいとした実習について報告。看護過程を用いた実習との比較を通して,自分のケアを語ることの意義を分析した。
 井部俊子氏(聖路加看護大)は,聖路加国際病院で臨床実践能力評価ツールとして用いられている「キャリア開発ラダー」について報告。これは,自分でうまくできたと思える臨床状況を“物語風”に記述し,看護部長や同僚がその評価を行なうもの。肯定的なフィードバックという原則を徹底することで,「自信がついた」「スタッフのよい面に目が向くようになった」などの意見があがり,看護管理者としても「チームのスピリットが確立されて興味深かった」と感想を述べた。

性急な導入に慎重な意見も

 その後のディスカッションでは,ナラティブ・アプローチをどう看護教育に取り込むか,活発な論議が続いた。
 フロアからは川島みどり氏(日赤看護大)が発言。「ナラティブは数十年前から行なわれていたが,語りっぱなしになった側面もある。方法論をもっと勉強していかないといけない」と,ナラティブ・アプローチの性急な導入には危惧を示した。井部氏は,学生が臨床に入ってからのことを考えると,教育法としてのケアリングの限界をわきまえる必要があると指摘。「ナラティブ・アプローチと何を組み合わせたらいいのか,真剣に考えなければならない」とした。これらの意見に対してIronside氏は,「どのアプローチが優れているのかという検討は生産的ではない。状況ごとにどのアプローチがよいか,今後検討していくのがよい」と提案した。
 麻原氏は,ナラティブは学生の主体的な学習そのものであり,「わからなかったら学生に聞いて,教員も一緒に学べばいいということ」と,教育手法としてのナラティブ・アプローチとはまた違う観方を提示した。最後に太田氏は,今回の「対話で創る看護」というテーマに関して,「教員自身が何かを変えなければならないという感覚を持っているのではないか」と語り,田村会長の学会抄録にある「教師は学習者であり,学習者は教師である」という一文を引いて,シンポジウムを閉じた。

■看護技術教育における臨床との接点を模索

 シンポジウム II「看護技術教育──実践と基礎教育の接点を探る」(座長=信州大・森田孝子氏,阪大・阿曽洋子氏)では,重点課題である看護技術教育に関して,臨床と教育それぞれの立場から検討していく試みがなされた。
 村上睦子氏(日赤医療センター)は新人看護師が置かれている現状と卒後教育の工夫を説明。プリセプターシップ養成プログラムやキャリア開発ラダーなどの取り組みを紹介した。また,学校の臨地実習に取り入れたメンタリング制度についても説明。分娩室の熟練看護師に学生を1対1で担当させることで,人間関係の課題は残ったものの,非常に高い効果が得られたと報告した。
 山田雅子氏(セコメディック病院)は,継続看護実践のための院内教育について説明。在宅医療が変化する中で,病棟のナースの退院指導に対する考え方が変わっていないと問題点を指摘し,所属病院の総合相談室を例に継続看護の在り方を提言した。退院支援を病棟の日常業務と別に考え,職員も交代勤務にしないことが重要であると強調した。

時代の変化に見合う実習・講義を

 和賀徳子氏(厚労省看護研修研究センター)は,看護業務が複雑化し知識の比重が増す中で,教育内容の精選が重要であると指摘。手順をそのまま伝えたり,臨床の看護技術をすべて教えるのでなく,技術の構造や意味を教えるという意識が大切だと述べた。
 井上智子氏(東医歯大)は技術教育だけでなく,煩雑な入試業務の省力化も含めて広い視野で総括。臨地実習形態については,在院日数の短縮などを考慮し,1人受け持ち制の限界をわきまえ,複数のバリエーションが必要との考えを示した。また,看護過程を行動準拠枠にすることにも,初学者に標準看護ケアと個別看護ケアの同時学習を求めることになると疑問を呈した。
 その後のディスカッションでは,「病棟で使う器材が学内にはない」という教員の悩みについて山田氏が言及。機器メーカーの営業担当に講義をお願いしたところ,具体的な患者の話が聞けておもしろかったとの学生の声が出たという話を紹介し,「大切なのは教え方の工夫」と語った。最後は阿曽氏が,「臨床と教育,それぞれの立場を認め,足りないところを補い合うことが大事」と述べ,シンポジウムをまとめた。