医学界新聞

 

激動の時代・看護職の役割はどう変わる

第29回日本看護研究学会開催される




 第29回日本看護研究学会が,さる7月24-25日,早川和生会長(阪大教授)のもと,大阪府,大阪国際会議場において開催された。「看護イノベーション:激動する社会を創造的に生きる」をメインテーマにした今回は,医療制度の改革に伴う看護職の機能拡大や,医療過誤に関係する看護職のリスク管理の問題など,時代の変化に合致したテーマに基づいたセッションが数多く行なわれた。

■看護職の機能拡大は何をもたらすか?

 パネルディスカッション「看護職の機能拡大は飛躍の起爆剤か,パンドラの箱か」では,近年の認定・専門看護師制度を中心とする看護職の機能拡大や,昨年厚労省から指針の出た看護師の静脈注射に関する問題など,看護職の担う機能が大きく変化している現状について,現場の管理者,専門看護師,看護教育,在宅看護,看護協会など,それぞれの立場から議論が交わされた。

伴うリスクへの対処が課題

 佐山静恵氏(獨協医大病院)は,看護職の機能拡大の背景としてインフォームド・コンセントの浸透など患者サイドのニーズの変化をあげ,呼吸療法認定士,糖尿病療養指導士,介護支援専門員などをはじめとするナースのキャリアアップ志向は,そうした社会的なニーズを受けたものであると述べた。
 しかしながら,静脈注射の問題など,責任と権限があいまいなまま,ナースの機能が拡大することには多くのリスクが伴う。看護師の機能拡大にあたっては,その危険性を十分に認識し,それを避けていく工夫が必要であり,安易に機能拡大を喜ぶわけにはいかないという認識を示した。

機能拡大で看護と医師が競合?

 続いて,濱口恵子氏(静岡県立がんセンター)は,看護職の機能拡大とは,判断範囲が拡大してくることであると述べたうえで,その際に生じる問題について,看護管理上のものと個々の看護師のものとの,2つの観点から論じた。
 看護管理という観点から看護機能を考えるなら,個々の看護師の能力,あるいは専門・認定看護師をどのように活用するかが問題となる。また,個々の看護師については,医師と協働できるナースが求められるアメリカの専門看護師制度の例をひき,医師と競合するのではなく,医師と対等に意見を交わすことのできるナースの育成が,看護機能の拡大の中で求められるだろうと述べた。

「原点に帰ること」の重要性

 大島弓子氏(愛知県立看護大)は,看護機能には変化していくものと普遍的なものがあると述べた。看護基礎教育では,患者とその家族に対してどんなときにも温かいケアを提供する,「ハート(心)と手(を差し伸べること)」に象徴されるような普遍的なものを伝えなければならないとしたうえで氏は,看護教員へのアンケート調査を紹介しつつ,看護基礎教育の問題点を指摘した。
 「到達度が明確ではない」といった,基本的な部分の見直しを求める教育者の声がある一方で,全体的な学習能力の低下傾向や,教員の教育力の不足,学生の積極性が低下していて実習での学びが十分でないことなど,日本の教育一般の問題にも直結する問題点が明らかとなった。
 一方,村松静子氏(在宅看護研究センター)も,看護機能の中核的な部分は制度が変わっても変わらないものだと述べたうえで,後輩のがん専門看護師からのメールを紹介しつつ,看護機能が拡大する中での看護のあり方について述べた。氏は,メールの中で患者家族が後輩看護師に伝えた「医学に限界はあっても,看護に限界はない」という言葉を引用し,看護機能が拡大するという事態は,単に求められる技術が拡大するということではなく,看護そのものに求められるもの,患者からの期待が拡大してきているということである,という考えを述べた。

機能拡大は飛躍の起爆剤に「なる」

 最後に國井治子氏は,前日本看護協会理事としての立場から,看護の機能拡大について見解を述べた。近年の看護の機能拡大は,看護師の判断がなければ病院は機能しない,という認識が広まってきた結果であるとしたうえで,看護師の法的な業務の1つである「療養上の世話」については,治療と密接な関係があるため,機能拡大に際しては質の担保が重要であるとした。
 ディスカッションの最後に,それぞれの発言者が「看護の機能拡大は飛躍の起爆剤になるか?」という座長の問いに対して一言ずつ見解を述べたが,中でも國井氏の「(飛躍の起爆剤に)なるかどうか,というより,していかなくてはいけない,ということだと思う。実態が先にあって,制度が後からついてくるというのが,わが国の実情なのだから」という発言は会場の共感を呼んだ。

■医療過誤防止の切り札は「コミュニケーション」

 鼎談「医療過誤とリスク・マネジメント:看護職の責務」では,現場のリスクマネジャーとして八田かずよ氏(阪大附属病院)と元臨床看護師の弁護士・堂前美佐子氏(三重県弁護士会副会長),ヒヤリ・ハット1万事例を分析した川村治子氏(杏林大)が出席した。

医療事故は「危険要因の表現形」

 まず八田氏が,リスクマネジャーとしての取り組みや,そのノウハウをスタッフに浸透させていくトレーニング法などについて具体的に述べた。八田氏の現場での取り組みを受けて発言した川村氏は,個々の事例は,ある特定の「危険要因」がさまざまな形として見せる「表現形」である場合が多く,リスク管理者には,いかにして事例を普遍化していけるかどうかが問われている,と述べた。また,ミスには「知ってさえいれば防げるもの」と「知っていても防げないもの」があることを指摘。最低限の知識を身につける必要性を訴えた。

訴訟は金銭目的ではない

 また,堂前氏は三重県下で起こった医療関連の訴訟を一手に引きうけてきた経験を元に,医療訴訟の現状を述べた。医療訴訟における患者側の勝訴率は低い。にもかかわらず患者が訴えるまでの決断をするのは,そこにいたるまでの医療者の対応や,態度に対するうっ積した気持ちがあるからだと指摘。ほとんどの訴訟は,金銭よりも「医療者の対応不当性を証明したい」という気持ちに基づいたものである以上,「説明」や「信頼」といった,基本的で誠実な対応こそが求められると述べた。

コミュニケーションの重要性

 一方で堂前氏は,訴訟のターゲットはほとんどが医師であるが,その医師のミスについて,看護師が事前に気づいていたというケースが多いことを指摘。医師と看護師との間のコミュニケーションが,医療過誤の防止には重要ではないかと述べると,川村氏,八田氏も強く同意。八田氏は阪大病院では5年前から1患者1カルテ制を導入していることを紹介し,医師が,看護記録を常時見るような環境を構築することが,医療事故防止には重要であると述べ,リスクマネジメントにおける病院内でのコミュニケーションの重要性が確認された。