連載(13) | 新医学教育学入門 | 教育者中心から 学習者中心へ |
教育方略とは | ||
大西弘高 国際医学大学(マレーシア)・医学教育研究室上級講師 |
プライマリ・ケア実習への取り組み
引き続き,FD(faculty development)ワークショップの模様をお伝えします。公衆衛生学教室の伊那壁先生と,地域医療振興部の紅緋毛(あかひげ)先生は,いずれもプライマリ・ケアや地域医療をもっと根づかせたいと考え,卒前教育の時点からそのような考え方に触れるためのカリキュラムを考えたいと思いました。そこで,まずは2人でプライマリ・ケアや地域医療に関する基本的な概念や用語をブレイン・ストーミングしました。・患者に近い立場
・いつでも気軽に相談可能
・予防や健康増進,健康教育に力を注ぐ
・継続的に診る
・身体だけでなく心理社会的問題も対応
・地域性を理解し医療に活かす
そして,上記概念がいずれも現在の卒前教育では不足していそうだと感じました。地域医療とプライマリ・ケアでは,社会全体の利益と患者個人の利益のどちらを重視すべきかに関するスタンスがやや異なりますが,一括りにしてカリキュラム開発に取り組むことにしました。
まず,一般目標は,「患者中心の医療,保健,福祉を実践するために必要な考え方を身につける」としました。そして,個別目標を考えるためタキソノミー(第12回参照)に分類しようと考えました。例えば,認知領域で「プライマリ・ケアの定義を列挙できる」というようなものは非常に明確です(定義については註参照)。しかし,紅緋毛先生は,学生がこれらを覚えているからといってプライマリ・ケアのことを十分理解できているかどうかはわからないと感じました。それよりも,地域の診療所にでも出向いて,実際に患者さんと話をしてもらうと印象が随分変わるでしょうし,その患者さんが家に帰る時に一緒に家にお邪魔したりすれば病を抱えての生活や家族,地域社会などが浮き彫りになって一層理解が深まるでしょう。
一方,このような意見を言った紅緋毛先生に対し,伊那壁先生は,「それは個別目標というよりも教育方略ですよね。普通は個別目標を明確化して,それによって教育方略を選択するんだと思うんですが……,それに,これって評価をどうすればいいんでしょうか?」と少し悩んでいる様子です。紅緋毛先生は「学生に体験させることがよさそうだという感覚はあるんですが,私も確かにどのようにカリキュラム開発に反映させたらいいのかがわからなくて困ってるんですよね……」
教育方略とは
方略というのはstrategyの訳ですが,教育方略という用語は教育方法と教育内容を併せ持つ概念といったほうがわかりやすいかもしれません。教育方法とは,例えば読書,講義,ディスカッション,実演見学,人工模型での練習など,誰がどのように何を用いて教えるかを表しています。しかし,医療面接は人工模型では学習できないという例のように,教育内容から教育方法が決まってくることも珍しくありません。内容と方法が深く絡み合っていることから,教育方略という概念が必要になるわけです。さて,前回,個別目標をタキソノミーに分けることで目標の方向性が定まり,教育方略や評価の仕方が明確化すると述べました。例えば患者の病ということについてであっても,病の持つ意味や役割などに関して一般的な知識を得る,病を抱えた患者にどのように接すればいいかに関する態度やスキルを身につける,などさまざまな個別目標が考えられます。
しかし,一般目標で述べられた「患者中心の医療,保健,福祉を実践するために必要な考え方」を本当に深く理解するには,一生を地域医療に捧げるほどの覚悟がいるかもしれません。重要なのは,短い経験の中から「病院内の医療だけでなく,地域現場の医療も重要なんだ」などと実感することといえるでしょう。このようなケースでは,いったん個別目標の設定から学習方略へと視点を移すと,とにかく地域で患者と実際に対話してみるような体験,患者の家や地域社会に入り込む経験こそが重要そうだということが明確化されるでしょう。
表には,一般的な教育方法とその特色を挙げてみました。
表 一般的な教育方法とその特色 | ||||||||||||||||||||||||||||
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教育方略に関する近年の傾向
教育方略に影響を与えている要因の1つは,知識偏重から,スキルや態度を重視した教育に概念がシフトしていることでしょう。学習者のパフォーマンスが変化するためには,知識だけなくスキルや態度が大きな影響を及ぼします。医学生にとって,プライマリ・ケアの定義を覚えているかどうかよりも,実際に患者さんとのコミュニケーションをとろうとして難しさややり甲斐を感じた時に,どのような学習が必要かに気づく可能性が高くなる,という例を挙げることができるでしょう。この点については,スキルや態度をも評価しようという考え方が拡がっていることや模擬患者などの教育リソースへのアクセスがしやすくなったことも影響しているといえます。もう1つは,学習者が自分で学習しやすい環境を選び,自己主導型学習(self-directed learning)を実践できる「おとな」であるとみなす傾向が強まっている点です(第5回連載「成人への教育」も参照してください)。最近,わが国で急速に普及しているPBL(problem-based learning:テュートリアル)の基盤になる考え方とは,次々と講義するような教育,口を開けて待っている雛鳥に次々と餌をスプーンで与える(spoon-feeding)ような教育ではなく,自己の学習に責任を持ち,自ら自分の学習ニーズや目標を把握し,自ら選んだ方法で学び,自らでき映えを評価するという自己主導型学習なのです。指導者側がこの考えを受け容れ,学習者の裁量を増やすことは,学習者中心的な環境づくりといえます。
次回は,タキソノミーと方略,評価の関連についてさらに述べていきたいと思います。
(この項つづく)
註:米国国立科学アカデミーによるプライマリ・ケアの定義((1)1996年,(2)1978年)
(1)プライマリ・ケアとは,患者の抱える大部分の問題への対応,患者との継続的なパートナーシップの構築,患者を取り巻く家族や地域をも考慮した診療,に責任を持つ臨床家によって提供される包括的で身近な医療/保健/福祉サービスである。
(2)プライマリ・ケアの主要要素5つ-ACCCA:近接性(Accessibility),包括性(Comprehensiveness),統合性(Coordination),継続性(Continuity),責任性(Accountability)