医学界新聞

 

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第22回

神の委員会(3)
人工腎臓センター管理政策委員会

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2544号よりつづく

 1961年夏,シアトル市スウェーディッシュ・ホスピタルで,「人工腎臓センター管理政策委員会」の初会合が開かれた。委員会は7人の委員で構成されていたが,委員の人選にあたったのは,キング郡医師会だった。委員たちは,同病院にできる新しい委員会にボランティアとして協力してほしいと要請されて集まったのだが,具体的に自分たちにどんな役柄が期待されているのか,事前の説明は一切なかった。

前例のない任務

 初会合の冒頭,腎臓病専門の医師2人が,同病院が慢性腎不全患者に対する血液透析療法の実用化に成功したことを説明した。世界でも初めての業績であり,毎年いく万と死亡している慢性腎不全患者の命を救い得る,画期的な治療法であるとのことだった。次いで,血液透析についてのさらなる研究を進めるために,同病院が「人工腎臓センター」を開設する計画であることが明らかにされた。しかし,同センターで治療を受けられる患者はわずか5人と限られ,透析を希望するすべての患者を受け入れることは不可能であり,どの患者がこの5人の枠に入るべきか,その選別をするのがこの委員会の任務だ,というのだった。
 患者にとって,透析を受けることは生き続ける可能性を意味する一方で,透析を受けられないことは確実な死が保証されることを意味した。委員たちは,「どの患者が透析を受けるべきで,どの患者が受けるべきでないか」を選別することは,「どの患者が生きるべきで,どの患者が死ぬべきか」という選別を行なうことと変わらないことを理解した。2人の医師は,自分たちは専門医の立場からアドバイザーとして委員会の審議に加わるが,決定権を持つのは7人の委員だけだということを強調した。
 「ガイドラインも何もありません。委員の皆さんが自分で考えて決めるしかないのです。正直言って,私たちは,自分ではしたくない困難な仕事を,皆さんに押しつけているのです」と,医師の1人は正直なところを打ち明けたが,困難な決定を下す責任から医師を「解放」することも,この委員会が設立された目的の1つだった。
 前例のない任務を負わされることになった委員7人は,1人の外科医を除き,皆「素人」だった。弁護士,主婦,牧師,州政府吏員,労働組合幹部,銀行家,がその顔ぶれだったが,外科医も腎臓病については「素人」と変わらなかった。

患者の選別に考慮すべき条件

 さらに2人の医師は,病院のほうで,患者の事前選別を行なうことを説明した。例えば,年齢について,45歳以上および小児は受け入れないということがすでに決めらていた。委員たちは患者の選別を行なうにあたって,考慮すべき条件のリストを作成した。年齢・人種,既婚・未婚の別,扶養家族の数,収入,資産,学歴,過去の業績と将来の可能性,などが考慮すべき条件とされた。さらに委員たちは,受け入れ患者はワシントン州の住民に限定することを決めた。血液透析の研究はワシントン州の公的援助を得た施設で行なわれてきたのだから,州民がまずその恩恵に与るべきだという理由だった。ワシントン州の州民であるかないかという条件が恣意的なものであることは,委員たちは十分に認識していた。しかし,困難な選別を進めるためには,どこかからはじめなければならなかったのだった。

委員たちの討議記録

 初会合が開かれてから半年後,人工腎臓センターの患者受け入れ枠に2人分の空きが生じた。委員たちにとって,患者の選別をしなければならない時が,ついにやってきたのだった。病院側は,あらかじめ5人の患者を候補として選んでいた。委員たちには患者のプロフィールが資料として渡されていたが,氏名は伏せられ,患者は番号で呼ばれた。以下,その時の会合の様子を再現したライフ誌の記事(1962年11月9日号)から,委員たちの討議の一部を引用する。
牧師 1番の患者(主婦)は子どもが2人いますが,4番の患者(航空機工場工員)は子どもが6人います。家族の状況も考慮しなければ。
州政府吏員 4番の患者は職場復帰が可能でしょうか? 2番(薬剤師)と5番(会計士)は,まだ仕事を続けているようですが。
労働組合幹部 4番の患者が勤める企業は,職員の職場復帰には最大の努力をすることで知られています。
主婦 社会に対して貢献する可能性を考えれば,5人のうち,薬剤師と会計士の学歴が,一番いいようですが。
外科医 3番の患者(自営業)はどうですか? 教会活動に熱心とのことですが,人格的に優れているのではないでしょうか。
主婦 治療に耐えることもたやすいでしょうね。
弁護士 逆に,(透析が受けられなくても)従容と死を受け入れることがたやすいかもしれない。
牧師 教会活動に熱心だといっても,単に熱心な教区に属していただけのことかもしれません。
銀行家 薬剤師と会計士は,十分な資産があるし,除外してもいいのでは。
弁護士 これだけの資産があれば,家族が死後に困ることはないでしょう。
州政府吏員 こつこつと蓄財に励んできた人を罰することになりませんか。
牧師 2人とも,子どもが3人いますし。労働組合幹部 子どものことをいうなら,親の再婚の可能性も考えなければ。3人の子持ちのほうが,6人の子持ちより,再婚のチャンスは大きいのでは。
外科医 そんなことはわからないでしょう。
 ……討議の結果,透析を受け,生き続けることが許されたのは,3番(自営業)と4番(航空機工場工員)の患者だった。