連載 メディカルスクールで 学ぶ | 第6回 | |
高垣 堅太郎 ジョージタウン大学スクール・オブ・メディスン MD/PhD課程2年 |
(前回2540号)
前回も少し触れましたが,米国の医学生は,平均的に非常に意識が高いと思います。理由はいろいろと考えられます。
第一に,皆4年制の大学を卒業していて,通常21歳以上だということがあります。もちろん,社会人入学者も少なくありません。入学審査の仕組みも関係しています。以前もご報告したように,入学審査の段階で既に自分のキャリアを強く意識した入念な準備をしなければなりませんし,面接ではプランを口頭で説明しなければなりません。
医学生の社会的な立場も,日本とはだいぶ異なります。医学生をはじめとした大学院生は,いわゆる「学生」というよりはむしろ,独立した社会人という扱いです。例えば書類などで職業を書いたり,自己紹介をする場合も「student」とは名乗らず,必ず「medical student」または,「graduate student」と名乗ります。見習いとはいえ,立場として医師という職業にはっきりとcommitしているのです。
このような社会認識は同時に,経済的にも独立しているべきだという考えにつながりますが,実際は多くの医学生が高額のローンに苦しむのです。
学費とローン・奨学金
アメリカ社会では医学生は経済的に独立していて当然と考えられています。もちろん,社会の期待とは裏腹に,親元から資金援助を受けている医学生は少なくありません。しかし,それはむしろ恥ずかしいことと考えられており,表立って認める人はまずいません。統計を見ても,親元からの資金だけに頼ることは決して一般的ではありません。例えばジョージタウンだと,学費を全額現金で納めている学生(≒親が学費を全額負担している学生)は17%にすぎず,残りは皆,学校を通して支給される政府ローンや学校ローン,他のさまざまな給費奨学金を受けています(表)。
学費を日本と比べると,出身州の州立は日本の国立よりもほんの少し高い水準です(アメリカでは,公立のメディカルスクールは軍医学校を除いてすべて州立で,州によって待遇はだいぶ異なる)。比較の際には入学金・設備費などの制度がないこと,受験料も100ドル以下であること,年限が4年であることなども考慮しなければなりません。一方,私立の学費を日本と比べると,だいぶ安あがりです(この学費の水準は主に,連邦政府の補助金,個人の篤志家・卒業生の寄付によって実現されている)。しかし,20歳代の本人が払うという前提で見ると,決して小さい額ではありません。
表 メディカルスクールの学費,給付奨学金,ローン | |
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医学生のローン地獄
全国的に見ても,医学生の半分近くはいくばくかの給費奨学金を受けていますが,同時に,卒業時に医学生の8割がローンを抱え,その卒業時平均負債額はなんと10万3900ドル(約1200万円)にも及ぶのです。極端な例で概算すると,4年間,学費・生活費の全額を政府・民間ローンに頼ったとすると,研修後の返済期間に入ってからは毎月3000ドル(約35万円)を10年以上にわたり支払い続けなければなりません。借金大国のアメリカとはいえ,これは高額です。ローンをなるべく避けたい場合は,社会人としてある程度貯金してから入学する人も多いですし,夜間・休日の仕事をしている同級生も少なくありません。将校として軍医養成奨学金を受ける人もかなり多く,同級生では170人中19人おります。研究医を志望していれば,MD/PhD課程に出願することも可能ですが,経済的な事情からもその入学競争は熾烈です。
ローン地獄の悪影響
アメリカを席巻している拝金主義は,医学生をも巻き込んでいます。大学でともに学んだ友人がロースクールを卒業して,不景気をものともせずに何万ドルもの契約金と十万ドル以上の契約年俸で就職しているといった現実は,無視しがたいものがあります。一方の医学生は大半がローン地獄に苦しみ,卒業後も当分は安月給で過労の研修を積まなければならないのです。そのため医学生の一部は,皮膚科,専門外科など報酬の高い専門科に殺到し,そのマッチ競争は熾烈を極めます。他の科に進む者にとっても,富裕層相手の開業医グループへの就職が魅力的な選択肢となるわけです。こうした事情はまた,相対的に収入の低い精神科離れやメディカルスクール出願者の分化(成績中間層のメディカルスクール離れ),へき地・貧困地域医療の衰退(出身家庭の所得水準が高いほど,へき地医療に従事する割合は少ないことが示されている)などの一因ともいわれます。しかも,医学教育費のそれぞれ1/3程度を占めてきた医療収入と科学研究費が削減されるにつれ,私立・州立ともに学費は着実に高騰し,マネジドケアへの流れと連邦・州政府の財政危機は,この問題に拍車をかけています。
このように問題が明らかになっていても,ヨーロッパのような社会的な医師養成システム導入の話は,まったく聞かれません。アメリカの医師業はもはや「profession(天職)」ではなく「trade(生業)」とみなされ,医療は社会的な意味合いを失って,ただの「business」と考えられているのでしょうか。
(この項つづく)