医学界新聞

 

〔投稿〕

米国の基礎医学教育を体験して

───チューレン大学での2週間

金沢貴美(昭和大学医学部・5年)


 私たち昭和大学医学部生6人は,2002年8月18日-31日の間,アメリカ南部ルイジアナ州のニューオリンズにある,チューレン大学を訪問し,米国の基礎医学教育を実地で体験し,講義と実習に参加することができました。6名のうち,2名(大石,金沢)は,2001年に引き続き,2度目の訪問になります。

はじめに

 3年前,昭和大学では第1解剖学教室の塩田清二教授の発案により,「特色ある医学教育プログラム」のプロジェクトが発足しました。このプログラムでは,“海外交流により,海外他大学の医学,医療体制を体験的に学び,国際的な視野を広げる”ことを目的の1つとしています。このプログラムを通して,私たちは,チューレン大学医学部の学生と同様に講義と実習に参加し,付属の学生寮に滞在させていただきました。大学付属のCharity Hospitalの見学,Owl Clubとの昭和・チューレン両大学の紹介と日米基礎医学教育に関する意見交換を行ないました。

チューレン大学1年生の授業
興味深かった「Clinical Diagnosis」

 前回,私たちは医学部1年生の授業を見学させていただいたので,今回は主に2年生の授業に参加させていただきました。2年生の授業ではこの期間,「病理学」,「薬理学」,「免疫学」,そして「Clinical Diagnosis」を集中的に学んでいました。このように短期間に少ない科目を厳選し,集中して学ぶカリキュラムが昭和大学とは異なっています。どちらも一長一短があると思いますが,チューレン大学の場合はこのような制度を採用することによって,年に何度もテストがあり,生徒は常に勉強に励む必要性があります。
 ところで,私たちの受けた授業の中で最も興味深かったものは,「Clinical Diagnosis」という授業です。この授業は,訓練された模擬患者1人に対し,生徒が2人ずつついて診察室に入り,決められた分野を患者の体に直に触って診察し,学ぶといったものです。私たちが見学した時は,関節の診断方法全般でした。模擬患者は,関節の持ち方や力の入れ方,動かし方など,教科書では説明のできないことを生徒に直接指導してくれます。このように実際に患者の体に,触れ,動かし,接していくことで医師になってからの実践的な診察に役立てていくことができます。
 これらは昭和大学でこれから行なうオスキー(OSCE)のようなものだと思いました。実際私はまだ,オスキーを体験していないのですが,2週間に1回行なわれるこの実習にはとても魅力を感じました。生徒たちもこの授業をとても心待ちにしているようで,「一番楽しい授業だよ」と口をそろえて言っていました。私たちは,普段教員がいるビデオルームでその様子を見学させていただきましたが,ぜひ私も体験したいと思いました。ぜひとも私どもの昭和大学でも,このような実習を低学年から行なってほしいと思いました。

よく学ぶアメリカの医学生

 日本の医学生と米国の医学生を比較して,第一に感じることは,米国の医学生には医学に対する熱心さがとても強く感じられることです。米国の医学生の場合には,1度大学を卒業してから医学部に入るという背景からか,もしくは国民性かもしれませんが,講義は活気にあふれ,皆積極的に意見や疑問を教員に投げかけていました。日本は講義を静かに聴くのが礼儀であり,あまり授業を中断しないほうが教員に迷惑をかけず美徳のように思われがちですが,この点については,私たちも米国のスタイルを見習ったほうがよいのではないかと思いました。
 また,現地の医学生は「毎日勉強で大変だよ」と言いつつも勉学を楽しんでいるようでもありました。米国の医学生はよく勉学に励む,ということでは日本の比ではないことを今年も痛感いたしました。

快適な寮,恵まれた学習環境

 ところで,私たちはこの2週間のチューレン大学での滞在中,幸いにも学生用の寮(Dome)を利用することができました。寮には,別の建物にある講義室や実習室まで直接連絡する通路があり,そのためいったん外へ出ずに,病院と学校を24時間行き来できます。教室までおよそ5分しかかかりません。Tulane Avenueという大きな通りの上を越す陸橋を渡って行くのですが,日本ではこのような陸橋を作るのは法律的にみても不可能だそうです。医学部はダウンタウンにあり,夜間の治安は非常に悪いためにこのようになっているのだと説明を受けました。
 Domeの中の部屋は,個人用と2人用の部屋があるとのことですが,これは結婚している学生にも配慮したためともいえます。すべての部屋にはインターネットラインの端末があり,各自のコンピュータの接続が可能になっています。このため,学生は大学のホームページから教材等をダウンロードするなどして予習と復習などの勉強がしやすい環境になっており,日本に比べて大変恵まれた環境にあると思いました。
 また,教室ではワイヤレスでインターネットの交信ができるようになっているのは,とても驚きでした。多くの学生は教室にノートパソコンを持ち込み,その場で講義のホームページを見たり,E-Mailなどもその場で送信できます。教員によっては,予習の仕方や宿題などをホームページに掲載しているため,学生はそれらを利用して教室内や自分の部屋で勉強するそうです。
 また,図書館と併設されてコンピュータラボという場所もあり,生徒は自分のIDカードを通すことにより,パソコンを利用して自習できます。私たちは画像診断の問題をこのコンピュータラボで体験させていただきました。さまざまなX線写真を見て,どの部位に病変があるかを回答して自己学習することのできるシステムです。個々のX線写真につけられた解答と説明はとても丁寧なもので,このプログラムを作成しているのも,学生たち自身でした。プログラムを作っているところを見学させてもらい,彼らの話を聞いたところ,「プログラムを作りつつ,自分たちの勉強にもなる」と自ら問題作成を楽しんでいることがとても印象的で,私もこうありたいと思いました。
 チューレン大学には,Owlクラブという教員と生徒をつなぐ組織以外にも,このようにさまざまな団体が大学のためにかかわり,学生たちがよりよく学べる環境をつくり出しています。昭和大学にも,このようにいろいろな勉強システムをつくれればよいのにと思い,私たちが日本に帰国した後何かできれば,と考えた次第です。

米国の医学生との交流

 私は,米国の医学生が熱心に勉強していると繰り返し強調しましたが,もちろん彼らとて勉強ばかりしているわけではありません。私の滞在中に,たまたま学生会のような団体が開催している“Rolling-Sushi Party”があり,私たちはそれに招待されました。日本人だから「どうやって作るのか?」など,よく聞かれましたが,結局各々好き勝手に作り,ダイナミックな巻き寿司がたくさんできあがっていました。わさびが大量に余ったために,即興で行なわれたわさび大会では,挑戦者がわさびをそのままスプーンで一気飲みするというかなり過酷なゲームが企画されました。挑戦者の大半は涙を流し,結局,優勝者は胃薬を飲むはめになるなど,悲惨なものでした。やはりわさびは苦手な人のほうが多いみたいです。日本フリークな学生もいて,日本のお酒や音楽まで用意されていました。
 アメリカの医学生は学費を自分で負担する生徒のほうが多いためか,日本で2年間ほど英語を教えていたよ,という生徒にも何人か出会いました。とても流暢な日本語を話す人もいるので,その人に話を聞いたところ,実は日本の文部省で働いていたそうです。一度社会に出て働き,お金を貯めてから医学部に来る生徒は珍しいことではなく,医師になることへの熱意を強く感じました。普段の授業ではあまり話す時間を持てませんが,このようなパーティーでアメリカの医学生と話して,考えを聞くことができてとても嬉しかったです。さて,実はこのパーティーは,医学生の学年を問わず誰でも自由に出席できるもので,皆の親睦を目的としているものだそうです。年に1度毎年開催されるらしく,少しうらやましくも感じました。
 このようなパーティーが行なわれていたのはすべて一軒家ですが,これは学生同士でシェアしている家を利用しています。近所にもたくさんそのような住宅があり,皆ご近所同士だそうです。シェアしたほうが広く住めるし,ルームメイトとの生活がとても楽しいと聞きました。一階にビリヤード台があるなど,日本の学生の生活との違いを強く感じました。このように今回の留学プログラムでは2週間という時間があったために,米国の医学生とたくさん交流できたことが,私の中でとても素敵な思い出になったことは言うまでもありません。アフタースクールやウィークエンドも楽しく有意義な時間を送れました。

おわりに

 チューレン大学では講義や実習に参加させていただき,貴重な体験を通して,今後臨床医をめざすものとして自分の考えを見直していくよい機会になったと思います。米国の医学生の向学心の強さを見習って,今後の自分の学生生活にもぜひ反映させたいと思いました。日本では医師が過剰になるとの指摘も出はじめていますが,一般市民の方々にもさらに医師の必要性を認めてもらえるようにするためにも,広い視野を持った医師になれるよう努力していきたいと思いました。
 また,今回の体験を通して,私は語学の大切さを感じずにはいられませんでした。なぜなら,英語ができなければ今回かかわったさまざまな人たちとのつながりや経験を得ることができなかったと思うからです。私の考え方や今後の医師としての展望に大きな影響を与えてくれたこの経験を,ぜひ他の医学生にも伝えたいと思い,この文章を投稿いたしました。
 最後になりましたが,今回の海外留学プログラムに参加させていただき,昭和大学学長,医学部長,第1解剖学教室の塩田教授,舟橋講師,チューレン大学医学部のDr.Vighに大変感謝いたします。