医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


米国の卒後教育がわかる,留学希望者必読の書

太平洋を渡った医師たち 13人の北米留学記
安次嶺 馨 編集

《書 評》松井征男(聖路加国際病院副院長)

 本書は,沖縄県立中部病院での卒後研修後に,北米で臨床のトレーニングを受けた医師たちの記録である。編集をされた安次嶺馨同院院長はもちろん,宮城征四郎前院長の熱意あふれる記録も含まれる。周知のように同院はわが国の医師卒後研修のリーダー的存在であり,各執筆者は臨床研修に対して強い目的意識をもって留学されている。真栄城優夫前々院長の序文,安次嶺先生のあとがきからも,同院の卒後研修にかける並々ならぬ熱意の歴史をうかがうことができる。余談になるが私は聖路加国際病院での研修後に,たまたまシカゴの病院で安次嶺先生の後輩として研修を受ける機会があり,たいへんお世話になった。

実際の経験から語られる米国医療の実際

 中部病院の卒後研修生は700人を超え,欧米で臨床研修を経験した医師は56人にのぼるという。本書には,13人の医師がそれぞれに異なった視点から見た,アメリカやカナダの卒前卒後の医学教育や,医療のさまざまな面が記されている。日本各地の大学を卒業し,北米においてさまざまな臨床の領域で研修を受けたり,現に研修中であったりする。さらに帰国後,中部病院ではもとより,米国の大学で活躍されていたり,米国で開業をされていたりと多様である。
 各人の簡潔なプロフィールの紹介のあとに経験が語られているが,内容は留学への準備やその手続きの仕方にはじまり,日常の臨床,教育,医療制度全般にわたっている。近い将来留学を考えている人に,また米国の卒後教育や医療の実際について直接経験した人たちの語る言葉によって知りたいと思われる方々には,とっておきの書である。

初期臨床研修は新たな段階へ

 これまで,個々人の経験として単発的に語られることはあっても,このようにまとめてということはなかっただけに,中部病院でしか企画できないような貴重な書といえる。読者は本書から,卒直後のたった数年間に受ける臨床医としてのトレーニングが,臨床医の形成に決定的な影響を与えること,また研修のシステムというのは個々人の資質や努力とは別に,その終了時には臨床医としてのレベルを一定以上に引き上げている,そういうものでなければならないということを理解されるであろう。
 最後に,わが国各地の教育病院で卒後教育に貢献されてきた米国人医師,Dr. G. H. Stein,Dr. J. Constantによる日米の卒前卒後の医学教育や,医療の違いについての記述があるが,これは従来から指摘されてきたこととはいえ,とても興味深い。来年2004年度からの卒後研修の必修化を迎えて,わが国の卒後研修もやっと新たな段階に入ろうとしている。若い医師,医学生にとってはまさにタイムリーな書である。
A5・頁212 定価(本体2,800円+税)医学書院


整形外科領域に新たな時代の到来を告げるファンファーレ

整形外科のクリティカルパス
佛淵孝夫,野村一俊,千田治道 編集

《書 評》菊地臣一(福島医大・整形外科)

プロとして避けられないテーマ

 今,医療変革でのもっとも大きな変化に,診断や治療にあたっての患者自身の選択や参加を前提にした診療体系の構築があげられる。一方,医療従事者には,プロとしての責任が求められている。即ち,限られた医療資源を適正に使用しているかどうかについて医療提供側から社会への説明責任が求められている。また,医療の専門家としてわれわれは,患者への医療に対する説明や教育に対する責任と同時に,その成果や貢献を社会に説明し,プロとして自己評価と自己規制の徹底も求められている。
 このような新しい診療体系や国民のわれわれへの要望を考えると,クリティカルパスは避けて通れないテーマとなってきている。クリティカルパスの有用性は,在院日数などの効率面にのみあるのではなく,医療や看護の標準化と質の向上,チーム医療の確立,そしてインフォームドコンセントの充実という面にこそある。クリティカルパスの導入は,患者にとって自分の受ける診療の内容が見えるという点でもその有用性は大きく,そのことによって患者や家族の満足度の向上が期待できる。従来の治療体系では,多くの場合,患者は先がまったく見えない闇夜の中,不安を抱きながら回復への道を歩いていたと言っても過言ではない。しかし,治療のゴールに辿り着く過程が時系列で提示されれば,患者には先が見える。先が見えれば,患者はたいていのことは我慢できる。患者を治療方針の選択や治療法自体に参加させることが,治療成績や患者の満足度を向上させることはすでに明らかにされている。このような視点からもクリティカルパスは,今や円滑な診療遂行には欠かせない手法である。
 佛淵孝夫先生は,クリティカルパスを整形外科領域に積極的に導入してきたパイオニアの1人である。この度,佛淵孝夫先生をはじめとする,この分野における整形外科のパイオニアの方々によって,『整形外科のクリティカルパス』が上梓された。その内容からは,豊富な症例数に基づく具体的,かつ詳細なケア項目と時間軸の設定がなされており,十分な検討がなされていることが伝わってくる。また,複雑な周術期管理を単純化し,そのポイントが具体的に記載されている。さらに,クリティカルパスを採用した場合の問題点の1つであるバリアンスの見直し作業の経過が,患者側に立った記載になっており,このことが本書の質をいっそう高めている。

連携医療も意識

 対外的な関係を考えると,各病院が役割に応じた機能を果たすように求められていることにより,転院を余儀なくされる患者が増えているのが現在である。このような現状を考えると,本書に連携医療用パスが掲載されているのは,病々連携や病診連携を明確に意識してこの手法が運用されていることを示しており,この点でも時代に対応していると言える。
 本書は,整形外科領域におけるクリティカルパスの最初の成書である。この本は,図書室の書棚に置いておくのではなく,病棟に置いて辞書代わりの本として活用すべきであろう。将来,整形外科の歴史を語るうえで,本書が整形外科クリティカルパスのマイルストーンであったと評価されるに違いない。本書は,整形外科に新しい時代の到来を告げているファンファーレでもある。
 次代を担う整形外科医は,まだクリティカルパスを導入していないのなら,まず読んでクリティカルパスに明日から取り組もう。すでに導入しているのなら,この本で自分たちの利用しているパスを再検証してみよう。
A4・頁194 定価(本体3,400円+税)医学書院


臨床家が知りたかった呼吸器画像診断の現状を整理

Diseases of The Lung Radiologic and Pathologic Correlations
Nestor L. Muller,他 著

《書 評》伊藤春海(福井医大教授・放射線科)

 本書は国際的によく知られた放射線科医3人と,病理医1人によって執筆された労作である。放射線科医はそれぞれカナダ,日本,韓国と多彩である。筆頭著者のMuller博士は1980年代からびまん性肺疾患のHRCT診断を一貫して追究してきた放射線科医であり,この方面の北米における中心的指導者である。彼の元で共同研究を行なった日本と韓国からの放射線科医はかなりの数にのぼる。したがって本書は,いわばMuller教室とその同門の方々による息の合った共同作業としての性格が濃厚である。

カラー標本像の充実で理解しやすく

 本書が呼吸器疾患の画像診断を扱う類書と比較して際立って優れる点は,カラー標本像の充実である。眺めるだけでも楽しい。書名に“Radiologic and Pathologic Correlations”と謳っているのもうなずける。標本肉眼像から接写像,そして組織像への移行がスムーズで説明文もわかりやすい。HRCTは知っているが標本肉眼像を知らない,という方に特に薦めたい本である。標本像が充実している理由は,著者全員が呼吸器画像診断に必要な病理像とは何かを熟知しているからである。著者らはびまん性肺疾患の画像診断を得意としているが,本書では臨床的に遭遇する先天奇形,肺腫瘍,肺血管疾患,感染症などにもバランスよく言及している。全体が400ページに満たないにもかかわらず,各疾患の総論的説明も手際よくまとめてある。したがって内科系,外科系を問わず呼吸器画像診断の現状を知りたいと願う臨床家の要求に幅広く応えることができると思う。上手に使えば医学生の教育目的にも利用しうる。病理学を勉強すると放射線診断がよくわかる,との実感を得させることが可能と思うからである。

日本人にも読みやすい,精練された文章

 本書はもちろん英語で書かれている。しかし幸運なことに日本人にも非常にわかりやすい文章であり,かつ文脈は精練されている。これはMuller博士が関係されたどの出版物にも共通している。読まれる文章に対する,博士の一貫した真摯な推敲の表われと思う。私もお世話になった1人である。
A4変・頁387 定価(本体28,270円+税)
Lippincott Willams & Wilkins


暖かい雰囲気で展開される,現代神経科学の「課外授業」

《神経心理学コレクション》
彦坂興秀の課外授業 眼と精神

彦坂興秀,山鳥 重,河村 満 著
山鳥 重,彦坂興秀,河村 満,田邉敬貴 シリーズ編集

《書 評》岩村吉晃(東邦大名誉教授)

経験豊かな「先生」と「生徒たち」が,脳機能について語り合う

 本書は,彦坂興秀氏(NIH主任研究員・神経生理学)が,山鳥重(東北大学教授・神経心理学),河村満(昭和大学教授・神経心理学)の両氏を相手に2日間にわたって行なった対談の記録である。3人とも,本書を含む「神経心理学コレクション」シリーズの編集者である。「課外授業」ということになっているが,大学で行なわれる授業と違い,生徒たちが神経心理学の立場から豊富な臨床経験に基づいて難しい質問をする。先生は生理学の分析的実験観察に基づき,得たりとばかりこれに答える。3人のヒト脳機能に対する造詣の深さにはつくづく敬服した。
 彦坂氏は1978年に東大大学院を修了,その後,東邦大学,岡崎生理学研究所,順天堂大学を経て,昨年から米国NIHに移り,脳研究に没頭している超国際派の生理学者である。

次々と登場するトピックス

 本書は序章を含めて10章からなる。序章はこの「課外授業」に1年余り先だって行なわれた山鳥氏との対談の収録であるが,これが本書の要約になっていると思う。
 第1章は大脳基底核の研究史とその機能的役割の解説である。特にその眼球運動へのかかわりと系統発生的な見方がこの構造の機能を理解するのを助けてくれる。
 第2章では彦坂氏の初期の研究,すなわち,東大,東邦大時代からNIHに留学したころ行なった,眼球運動を制御する脳幹のしくみとそれに対する大脳基底核の役割について述べていて,その内容は大変充実している。
 第3章以降はその後の研究すなわち,順序手続き学習の手法により,大脳基底核,高次運動野,前頭前野,頭頂連合野,小脳と脳全体に展開された運動学習と記憶,報酬,動機付けなど大変重要なテーマに挑んだ研究の軌跡が語られる。
 第5章,第6章は大脳基底核がかかわる運動異常,いわゆる不随意運動の記述である。そのあとの章では言語,睡眠,注意,判断,意思,感情といった現代神経科学のカレントトピックスが次々に登場し,先生だけでなく生徒たちのうんちくが傾けられ,読者を楽しませる。最後の章では後に続く未来の研究者への研究のヒントとアドバイスである。アドバイスはまた,9つのエスプリの効いたコラムのなかにもある。

心暖まる言葉のやりとり

 順序が逆であるが,彦坂氏の書いた本書の「まえがき」には,彼の研究,教育に対する考え方がよく示されている。また,なぜ今日本を去って外国に行くのかが語られている。おもしろいことに「まえがき」の最後の2節は本書の書評ともいうべき内容になっている。これは生徒たち,すなわち本書の2人の共著者に対する賛辞なのである。これに答えて「あとがき」では山鳥,河村両氏の授業への感想と,NIHに向けて雄飛する彦坂氏への励ましの言葉が述べられ,本書の暖かくも楽しい雰囲気にふさわしい締めくくりとなっている。
 本書は大脳基底核を中心に書かれた高次脳機能についての専門書であり,神経科学分野での必読書と考えられる。また難解な内容がわかりやすく解説され,興味深い話題が豊富に盛り込まれているので,医学部その他の教育の場で中枢神経系の講義をする際に,学生に何がおもしろいのかを知らせるために大いに役立つと思われる。
A5・頁288 定価(本体3,000円+税)医学書院


時代に求められる臨床検査ガイドの専門書

フォローアップ検査ガイド
北村 聖,大西 真,三村俊英 編集

《書 評》長澤俊彦(杏林大学長)

フォローアップ検査の記述で従来のpitfallを埋める

 このたび医学書院から北村聖,大西真,三村俊英の3先生の編集による「フォローアップ検査ガイド」が出版された。本書の総論で北村教授が述べておられるように,臨床検査は1.健康診断,2.初期診断,3.確定診断,4.フォローアップの各段階に大別されるが,今までの臨床検査の専門書は1,2,3の記述が中心であり,4のフォローアップのための検査の記述はどちらかというと軽視されていた。本書はpitfallを埋めるべく,今までにないフォローアップのための検査を中心に記述された568ページよりなる臨床検査ガイドの専門書である。
 本書の構成は臓器別に主要疾患(主として内科的疾患)を網羅してそれぞれの疾患について,I概念・確定診断・病状判定,IIフォローアップのための検査,III急性期・慢性期に必要な検査に分けて図と表をふんだんに使用してわかりやすく解説されている。特に本書の特徴であるフォローアップ検査については,(1)治療効果判定のための検査,(2)副作用モニターとしての検査,(3)合併症・臓器障害診断のための検査,(4)安定期・寛解期・回復期の検査,に項目立てしてある。

第一線の臨床医による執筆で検査の選択と解釈を重視

 執筆陣は臨床検査学の専門家よりは,各領域の経験豊かな第一線の内科を中心とする臨床医が選ばれており,検査技術の詳細を知るのではなく,状態に応じてどのような検査が必要であるのか,その選択と解釈を知ることに内容の力点が置かれていることも本書の特徴のひとつといえよう。
 本書は臨床研修医には必須ともいえる専門書である一方,一般医家にとっては個々の症例,個々の疾患をフォローアップするときに検査に落ちのないよう辞書的に使用すると便利である。上級学年の医学生も検査の知識を整理するときに利用できる。
 臨床検査学は言うまでもなく,日進月歩であるし,医療体制も大学病院における包括医療の導入など大幅な改革が実施されつつある時期である。このような時にこそ,適正なフォローアップ検査の実行がもっとも要求される。本書は改訂を重ねつつ,時代のニーズにあったフォローアップ検査を中心とする臨床検査ガイドの専門書として長くその地位を保つことを期待できる医学書のひとつと言うことができよう。
B5・頁568 定価(本体6,500円+税)医学書院


誰が読んでも納得。欲張りな小児科診療のバイブル

《総合診療ブックス》
外来小児科 初診の心得21か条

五十嵐正絋 監修
絹巻 宏,熊谷直樹 編集

《書 評》卯月勝弥(釧路市シロアムクリニック)

小児科以外の診療支援ツールとしても有用

 本書はなかなか欲張った仕上がりになっている。まず縦に読むと,小児科のみならず,内科や救急外来の診察室での「診療支援」として有用である。よく遭遇する小児の熱や嘔吐など12の症状から見落としのない診断と初期対応に至るチェックリストが装備されている。緊急性のある疾患,頻度は低くとも見逃してはいけない疾患も鑑別診断としてチェックされるようになっているので,診察直後にもう一度そのページを参照するとよい。さらに,他科,他医療機関へのコンサルトのタイミング,陥りやすい過ちと対策,ホームケアもあげられている。また,成長と発達,思春期,健康診断,予防接種,迅速検査,超音波検査,服薬指導なども同様のスタイルで記述され,例えば予防接種の可否など実際的な疑問をも解決してくれる内容である。興味をそそって読みやすくしているのは,典型的症例と教訓的症例の提示と解説,FAQ(frequently asked questions)スタイルの「アドバイス」,重要ポイントを解説した「Note」であり,これらの囲み記事は視覚的効果も上げており,拾い読みにも便利で有益である。

「質の向上」のためのアドバイザーとして

 本書は寝そべって横に読むのもよい。親や本人の訴えをよく聞くこと,全身をよく診ること,一般状態の評価,徒手診断,小児は親の付属物ではなくて尊重すべき独立人格たること,家庭療法と環境整備,自分(自院)の限界,医療情報の整理,コメディカルの協力などがわかりやすく,繰り返し述べられて,自然に「診療の質向上」が図られている。執筆者は第一線で毎日小児をたくさん楽しく診ている方々なので,誰が読んでも納得,再認識,目から鱗の楽しい内容となっている。「Appendix」では,執筆者がありふれた感染症をテーマに座談会を行なっている。個々の疾患に複数の思考,実践が語られておもしろい。これが本書の「幅」をさらに広げている。
 監修者の「かぜっぴき小児科医」五十嵐正紘氏の提唱する「人生百年を見据えた医師」が,本書の底流に見えるようだ。
A5・頁240 定価(本体4,000円+税)医学書院