医学界新聞

 

連載(11)

    新医学教育学入門

教育者中心から  
学習者中心へ
  

教育目標とは

  
大西弘高 国際医学大学(マレーシア)・医学教育研究室上級講師


2542号よりつづく

医学教育ジャーゴンの宝庫

 草野陽吾先生は,栃木医科大の大学院を経て病理学助手となり,来月から早速テュートリアル教育セッションのテューターを任されることになりました。草野先生は主任教授から今月中に学内FD(Faculty Development)ワークショップに出るようにと言われ,教育ということについてほとんど何の知識もないままに,那須山麓のセミナーハウスで1泊2日で行なわれるワークショップに出席しました。
 そこで与えられた課題は,「医学部1年生は5月3週目からテュートリアルセッションに入るが,入学時に1か月間のオリエンテーションを予定したい。(1)GIO,SBOの設定とタキソノミー(認知,情意,精神運動領域)の分類,(2)教育方略の設定と必要な教育リソースの同定,(3)予定した教育に対応する評価方略,デザイン,必要なリソースの同定,について各自7-8名のグループでまとめて発表せよ」というものでした。
 草野先生は,教える内容については,学内学習施設利用,グループワークの技法,学生同士のコミュニケーションマナー,大学生としての心構え,インターネット利用法,批判的思考法など思いついたものの,課題で用いられている専門用語がわかりません。GIO,SBOについては,それぞれGeneral Instructional Objectives,Specific Behavioral Objectivesの略だとは教えてもらいましたが,何をどうまとめていいのかはやはりわからないまま,他のグループメンバーの作業を見るばかりでした。

教育目標の用語

 まず,医学教育にかかわる人に一般目標,個別目標という用語に慣れ親しむことをお勧めします。日本では慣習的にGIO,SBOという用語が用いられてきましたが,それにあたるものと考えていただければ結構です(SBOと個別目標の違いについては註参照)。
 一般目標,個別目標は併せて「教育目標」と呼ばれ,教育の方向性を決定する非常に重要な働きをします。一般目標は全体的な方向性を示し,それぞれの教育施設,組織の理念などとも通じるものです。個別目標は教育介入によって期待される変化を述べたもので,これが決まれば何を評価すればいいかが明確化します。
 例えば「図書館の利用促進」についてならば,一般目標は「学習や情報アクセスの場として学生が適切かつ積極的に図書館を利用する」,個別目標は「オリエンテーション終了時,1年次学生のうち,(1)図書館の役割,機能,司書の専門技能について全員が列挙できる,(2)図書館での学習や情報アクセスを9割以上が重要であるとランク付ける,(3)ウェブ検索,文献検索,医学雑誌へのアクセスについて8割が実演できる」などとすることができるでしょう。

インターネット利用法の教育目標

 草野先生は,インターネット利用法の項目について,一般目標,個別目標を立ててみることにしました。まず,一般目標は,各自が学習に必要な情報にアクセスし,メールで情報交換できるようになる,としました。また,個別目標は,(1)ブラウザ,メーラーソフトウェアの種類を知り,プログラムの開始終了ができる,(2)検索エンジンの種類を知り,検索方法がわかる,(3)メーラーソフトウェアのアドレスの指定方法について知る,(4)メールにファイル添付する方法を知る,(5)メーリングリストの利点や利用法について知る,(6)いわゆるネチケット(インターネット上の情報交換に関するエチケット)について知る,としました。
 そこで,ワークショップのタスクフォースの西田先生が草野先生に近づいて来られました。そして,「例えば,“ネチケットについて知る”というのは漠然としていますね。ネチケットって知ってるだけでいいんでしょうか。教育後に学生のネチケットがよくなったかどうかを評価するにはどうすればいいんでしょうね」と問いかけました。草野先生は,「言われるとおり,これは難しいぞ」と悩みはじめました。

指導や学習と評価の一体化

 西田先生が問うた内容は,指導と評価の一体化,あるいは学習と評価の一体化と呼ばれる教育上の重要な概念そのものと言えます。評価という概念の捉え方も,単に合否判定するとか,学生を序列化するというような意味合いであればやや問題であり,「学習者が自ら習得できた部分,できていない部分を同定して,さらなる学習を促すための教育的活動」と捉えている必要があります。
 さて,ネチケットについて少し分析してみましょう。メーリングリストでは,コンピュータウイルスの伝染を防ぐため,記載に際して記載フォント,添付ファイルなどの設定ができなければなりません。これは,ある程度知識があればできるようになります。さらに重要なのは,掲示板,メーリングリストといった,不特定多数の人が記載内容を目にするような場では,個別の対象者に対する誹謗中傷,偏ったイデオロギーに基づいているなど不快感を与えうる内容,デマを流す,チェーンメールを送るなど,社会的に影響を与える問題が生じうる点です。これらは,記載者が自らの記載内容を吟味し,さらに間違った態度を是正できなければ解決できません。
 これらを評価する計画を立ててみます。メーラーソフトウェアの設定については,簡単な筆記試験をするか,実際にコンピュータ上で確認するような実技試験をすればわかるでしょう。後者については,インターネットによる情報交換の経験がいくらかなければ生きた学びにならないでしょう。学年でメーリングリストを作成し,その中でネチケットに関する問題を拾い上げる,以前の学年で起こったネチケット問題に関して具体例を挙げ,学生同士で討論させる,などの教育方法を考え,前後で認識や態度の変化を調べるなどの評価方法を用いるのがよいかもしれません。
 よい評価方法が準備されていれば,学生たちはその評価方法に目を向けます。単に良い評価を得ることに懸命になる学生もいますが,その評価自体が自分のすべき学習に合致しているかどうかを吟味しようとする学生も少なくありません。いずれにしても,評価は学習への動機づけを大きく変化させうる要因となります。よって,教育目標を考える際には評価方法について考慮しておくことが重要であると言えます。
 次週は,教育方略や評価に大きく影響する教育目標分類(タキソノミー)について述べたいと思います。

:GIOを一般目標と読み替えてもまったく問題ありませんが,SBOは従来「行動目標」と訳されてきており,「個別目標」とは少しニュアンスが異なります。それは,教育学の心理学的基盤が行動心理学から認知心理学にシフトしたことに関連します。例えば動機づけという側面は教育にとって重要ですが,行動心理学の分野では測定不可能なものと捉えられていました。しかし,認知心理学ではそういった分野も測定可能なものと扱うような捉え方をします。行動目標という用語は,行動心理学の流れを汲む用語であり,現在では個別目標と訳すほうが適切ではないかと考えています。