医学界新聞

 

〔座談会〕

現代の不妊治療をめぐって


浜崎京子氏
中央クリニック婦長
カウンセラー
 
荒木重雄氏
国際医療技術研究所
IMT College理事長
日本生殖医療研究会会長
 
福田貴美子氏
蔵本ウイメンズクリニック師長
体外受精コーディネーター


■「日本不妊カウンセリング学会」について

看護職,医師,エンブリオロジスト,臨床心理士などで構成される

──今日は不妊カウンセラーの浜崎さんと体外受精コーディネーターの福田さんから不妊カップルの生の声をお聞かせいただきたいと思います。また,お2人もかかわっておられる日本生殖医療研究協会が主催する養成講座が数年来開催されていますが,その会長である荒木重雄先生にもお話に加わっていただきたいと思います。
 最初に,昨年末「第1回日本不妊カウンセリング学会」が発会式を兼ねて開かれましたが,会長を務められた福田さんから学会の現状についてお話しいただけますか。
福田 「日本不妊カウンセリング学会」は患者さんが納得し,安心して不妊治療を受けられるようサポートするために立ち上がったもので,第1回には369名の参加者があり,特別講演と28題の一般演題が発表されました。その後,学会員が増えて今年の5月現在で550人を超えました。学会の構成は看護職が主体ですが,他に医師,エンブリオロジスト(embryologist=胚培養士),「臨床心理士や不妊カップルのサポートを志すその他の職種」などを含む4群が連携して担っています。職種を乗り越えて不妊カップルをサポートするという考え方は「手をつなごう,心に響くケアをめざして」という学会のポスターのキャッチフレーズにも現れています。
 また,これまでは体外受精コーディネーターや不妊カウンセラーは日本生殖医療研究協会が認定していましたが,その人たちの地位の向上が患者さんのよりよいサポートにつながりますので,今後は学会が行なうことになりました。
──進歩の著しい不妊治療が患者さんの望む形で行なわれるためには,不妊カウンセリング学会などが支援する質の高い不妊カウンセラーや体外受精コーディネーターのサポートが必要ということですね。
福田 そうですね,不妊カウンセラーや体外受精コーディネーターの質の向上と医療や社会の中で確かな地位が得られるよう,学会が中心となって努力しなければならないと思います。最近の複雑な不妊治療をどのように選択すればよいのか,患者さんが自ら決定することは大変難しいことです。
 わが国で体外受精や顕微授精という高度な医療を実施する登録施設は500施設を超えました。すべてが実際に活発な活動をしているわけではありませんが,その普及の速さには驚かされます。そのような医療機関に通院している患者さんから,いろいろな悩みが不妊相談を行なっている機関などに寄せられています。
 医療の裾野は広がったのですが,最も大事なことは患者さんが生殖医療を理解し,患者さんの希望に添って適切な医療が行なわれているかどうかということです。

生活の質の向上をめざす

福田 不妊治療は他の医療と異なり,治療を受けなければ生命に危険がおよぶわけではなく,どちらかと言うと人間の生活の質の部分に関する医療ということになると思います。本来,不妊以外は健康に問題のないカップルにとって,不妊治療が心身の健康を損なうことがあってはなりません。
 そのような背景があって,5年前から不妊カウンセラー・体外受精コーディネーターの養成が始まり,その発展した形が「日本不妊カウンセリング学会」になったと考えていただいてよいと思います。この学会でスキルを高め,不妊に悩む方のサポートをさせていただきたいと思っています。
──第2回学術集会は今年の5月に行なわれましたが,会長を務められた浜崎さんからその模様をお話しいただけますか。
浜崎 5月9日午前9時から役員会が開かれ,10時から一般講演や特別講演が午後5時まで続きました。前回は養成講座の始まる前の午前中と午後の1時間ほどを学会に当てましたが,第2回目は1日学術講演会に当て,シンポジウムも開かれました。参加者は242名でした。本学会の佐藤孝道理事長が「医療情報のやさしい伝え方」と題して特別講演を行ないました。一般講演は23題で,熱心な質疑が続きました。
 私どもの学会の会員は不妊カウンセラー,また体外受精コーディネーターの認定者や現在養成講座を受講中の方もいます。さらに看護大学の教職員の方々も多数参加していただきました。今後,不妊看護に関心を持つ若い方々が増えてくることを期待しています。
 今回の学会発表に,不妊カウンセラーあるいは体外受精コーディネーターとして,実際の生殖医療の中で患者さんをサポートし,また日々の活動の中で患者さんから教えられたという内容の事例の発表がありました。不妊カウンセラーや体外受精コーディネーターの活動が,着実に根づいてきているという印象を強く持ちました。

リベラルな体質が自慢

浜崎 学会長と言いますと,その道の権威の方が務められるというようになっていると思います。そのような役を一不妊カウンセラーの私が努めるというのは奇異に思われている方も多いと思います。
 実は,私どもの学会は理事長の佐藤孝道先生のお考えで,人事は年齢が若い方を優先し,女性と男性では女性を優先するということになっております。実際,会則には同数の場合は年齢の若い方が選ばれると明記されております。こんなことからも,日本不妊カウンセリング学会はリベラルな学会であることをおわかりいただけるのではないかと思います。会長も体外受精コーディネーター,不妊カウンセラー,医師,臨床心理士などの職種の方が回り持ちで務めることになっています。学閥も職種も年齢も性別も問わない,真に不妊に悩む方のためのユニークなこの学会に,多数の方々がご参加していただきたいと願っています。
 次回の学術集会の会長は岡山市の三宅医院の三宅馨先生にお願いし,学会を無事終えることができました。先生は心身医学に造詣が深く,いくつか書籍も出版されておられますからご存じの方も多いでしょう。

5つのキーワード

荒木 私は第1回学術集会で特別講演に指名していただき,「生殖医療の過去・現在・未来:期待と不安,喜びと悲しみが織りなす不妊治療」と題してお話をさせていただきました。その講演の準備の中で不妊に悩む方々のサポートの重要さをあらためて認識いたしました。
 会長の福田さんが第1回目の学会の目的として,5つのキーワードがあげられていましたね。不妊カウンセリング学会の目的とするところが端的に述べられていて一般の方にもわかりやすくよいキーワードだったと思います。
福田 学会の活動を理解していただき,多くの人にご参加いただきたいと思って考えてみました。
 (1)不妊カップルの心身の悩みを受け止める,(2)わかりやすい形で適切な情報を選択する,(3)カップルの自立的決定を促す,(4)カップルの希望に沿った対応を支援する,(5)不妊にかかわる心身のケアを,の5つです。患者さんが主役となって不妊治療における自立した決定をサポートすることをめざしています。

不妊の方々が望んでいるサポートを

荒木 学会の名称についてですが,「カウンセリング」には心理的なサポートというニュアンスがあると思いますが。
福田 「カウンセリング」と言うと,精神的な治療効果の高い治療を連想される方が多いと思いますが,不妊カウンセリングの場合は同時に適切な情報提供をすることが必要で,もっと広く捉える必要があると思います。実際に不妊に悩んでおられる方々が望んでいるサポートを提供することが重要です。
荒木 不妊治療に関する情報を提供し,自己決定していただき,心の悩みを受け止めて適切な医療を行なうという幅広いものになりますね。
 不妊の方はどのようなサポートを望んでいるかという調査では,男性も女性も大部分の方が不妊治療の情報を提供して欲しいと述べています。心理的悩みに対するサポートを希望する方は男性では20人に1人,女性では10人に1人か2人という結果が報告されています。この割合は,不妊治療が長引くと増えてきますね。このような多様なニーズに対応するためには,さまざまな職種の方の協力が必要ですね。

■カウンセラーとコーディネーターの役割

不妊カウンセラーの役割

──「不妊カウンセラー」と「体外受精コーディネーター」は,それぞれはどのようなお仕事を担っておられるのですか。
浜崎 不妊カウンセラーの役割は広く不妊治療に悩む方々をサポートするということです。先ほど福田さんが述べられた,5つのキーワードを実践することだと思います。不妊の悩みを持って病院を訪れた方に,「よく頑張ってこられましたね」とお話しするだけで,「そのように言っていただけたのは初めてです」と心が通じることもあります。わかりやすい情報の提供は,不妊のご夫婦がご自分で適切な治療法を選択するために欠かせない不妊カウンセラーの重要な仕事です。不妊治療の過程で起こる悩みなどの上手な聞き手になることも,欠かせない仕事と思います。担当の医師と患者さんの意志の疎通をはかり,理解を得ながら治療が進むのを支援するのも医療施設の不妊カウンセラーの大事な仕事です。
 不妊が原因で社会生活やご夫婦の間に問題が生じ,いわゆる「不妊危機」となったような状態では,臨床心理士,心療内科や精神科の専門医の協力を求めることもありますが,そのような状態になる前にご夫婦が支え合って問題を解決していただけるようサポートすることが重要と思います。

体外受精コーディネーターの役割

荒木 不妊治療の歴史をみますと,体外受精が最初に成功したのは1978年ですが,それ以前にも一般的な不妊治療を受け,悩みを持っている方もいました。当時もカウンセリングは必要でしたが,体外受精ができるようになって新たな悩みを抱える方が増えてきましたね。そのような方々をケアするために体外受精コーディネーターが誕生したと考えてよいのですか。
福田 そうですね。体外受精などの医療の進歩,それに伴う患者さんのとまどいや悩みが体外受精コーディネーターを生みだした要因と思います。それに,体外受精は医師だけでなく,患者さんの身体の外で配偶子である精子や卵子を扱うエンブリオロジストが大事な仕事を担っていますので,その両者と患者さんをつなぎ,チーム医療を行なうためのコーディネートも重要な仕事に含まれます。
 5つのキーワードに沿って体外受精を受けるカップルの支援をするわけですが,内容は多様です。これから体外受精を受ける方から,現在受けている方,中でも排卵誘発剤の注射を受けておられる方,採卵を受けられる方,胚移植を受けられる方,そして不安と期待を抱いて妊娠反応を待っている方などに,体外受精コーディネーターの適切なサポートが求められています。最も難しい場面は,反復して体外受精が不成功に終わり,治療の終焉を迎えるご夫婦のサポートです。本当に辛い場面ですが,お2人から「妊娠はかなえられませんでしたがお世話になりました。有り難うございました」と言われた時は,辛い思いと少し救われた思いで複雑な気持ちになります。

セカンドオピニオンを求める

──不妊相談は医療機関,県,日本家族計画協会などで面談,電話やファックスでも不妊カウンセラーの方が対応されていますが,どのような相談が多いのですか。
浜崎 電話相談を始める時には,「病院へ行ったほうがよいでしょうか」という相談が多いと思ったのですが,実際にはすでに通院や治療を始めていて,現在の治療が間違っていないかを確認したいという相談が多くあります。いわゆる「セカンドオピニオン」を求めているのでしょうね。
 「現在の治療が妥当かどうか」という質問には答えられませんが,それぞれの治療の段階を知っていただくことはできます。今まで受けてきた治療が何の目的で何を期待して行なわれてきたのか,今後の治療の一般的な見通しなどもお話しいたします。まず,ご自分の状態を知っていただき,ご夫婦で今後の対応を考えていただくための情報の提供です。意外なことに,ご自分が受けてきた治療や検査の意義を理解されていない方が多いのには驚きました。

医療の場で十分な説明が得られない

浜崎 また,本来ご自分の通院している病院で尋ねてもらえばわかることなのですが,「これは何の薬か」ということを問い合わせる方も多いです。患者さんと医療者の間に距離があるように感じます。
荒木 医療者と患者さんとの間のコミュニケーションがうまくいかないわけですね。医師も看護師も忙しいのが日本の医療の現実ですから,患者さんも目の前の様子から遠慮してしまうのでしょう。でも,そんなことではいけませんね。そんな状態を改善しようと,私どもは不妊カウンセラーや体外受精コーディネーターの養成を始めたのですが,まだまだ現状を変えるまでに至っていないということですね。
浜崎 そうですね。「看護師の方はお医者さん以上に忙しそうでとても聞けない」というような状況だそうです。本当は,看護職は医師よりも患者サイドに立って患者さんを支えなければならない立場なのですが,私にとってちょっと悲しいお話です。

医療機関の選択のアドバイスも

荒木 病院へ行くのを躊躇していて,これから治療を受けようと考えている方からの相談もあるのでしょうね。
浜崎 ええ,「どういう医療機関へ行けばよいか」という相談が多いです。現代は情報化社会ですので雑誌やインターネットを見れば多くの情報がありますが,その中で自分はどこを選べばよいのか迷うのかもしれません。多数の情報の中から適切な情報を選択することが,どれほど難しいかよくわかります。逆に誤った情報を信じ,あまり根拠のない民間療法にのめり込んでしまう方もいますね。このような方にも共感を持って支援することは難しいですが,時間を割いてお話を聞かせていただくようにしています。適切な対応をご自分で考えていただくよう資料などもご紹介しています。
──いままで不妊とは思っていなかった方が,体外受精が必要だといわれると不安を感じたり,動揺する方もいるのではないでしょうか。体外受精をめぐってどのような相談がありますか。
福田 やはり胎児に及ぶ危険性を心配される方が多いです。一般の不妊治療に比べると,妊娠率を高めるために「排卵誘発剤」の投与量が増えますので,母体にかかるリスクについても心配される方がいます。
 また,妊娠率は約2割と言われていますが,施設の格差が大きいので施設の成功率を聞かれる方もいます。
 それから,体外受精の見通しについてもよく聞かれます。体外受精では着床にいたるプロセスで未解明な部分が多くあり,確実に見通しを立てるわけにはいきませんし,必ずしもすぐに希望がかなえられるわけではありませんから,その点についてはご夫婦で話し合ってその方にあった対応を決めていただかなければならない難しさがあります。
 長い間続けても妊娠されなくて終焉をどう迎えたらよいのかという質問も出てきます。また時代の流れとして,第3者からの卵子や精子の提供といった問題が出ることもあります。そのような難しい問題に対し,ある程度納得していただけるお話をするには,新しい情報を知っておかなくてはなりませんから,私どもにも努力が強いられます。

理想的な「チーム体制」

荒木 お2人の施設では,チームの連携がうまく取れているようですが,不妊治療を含めどの医療においてもこれからはチーム医療が益々重要になってくると思います。
 従来のような医師が中心の医療では,患者さんの満足度を満たす質の高い医療は難しいということに医療者の中でも感じている人は多くなっていると思います。不妊カウンセラーや体外受精コーディネーターの活躍が,チーム医療への体制改革のきっかけになればよいと願っています。
 一般の治療では医師が診察して,看護師の方が注射などの処置をし,薬局を通り会計し帰るという単純な流れでしたが,不妊治療では理解を深めながら医療を進めるためには,従来の流れでは対応できなくなりました。「インフォームド・コンセント」を得てご夫婦の自立的決定にそって医療を進める必要がありますから,医療体制そのものを変える必要があります。そういう点を踏まえて,他の施設へ何かアドバイスがありますか。
浜崎 先ほど申しましたが,患者さんは医師に直接話しにくいことがあるようですので,初診の前から患者さんと接触し,情報を得ておく必要があります。そうすることで,実際の診察までの間に医師に「この方はこう考えています。この辺に不安や疑問があるようです」と伝えることで医師との間で話がスムースにいきます。

一貫したサポートが信頼を高める

浜崎 最初に会ったカウンセラーやコーディネーターが一貫してサポートを担うシステムは,患者さんに安心感とクリニックに対する信頼感を高めると思います。あのクリニックにはいつでもサポートしてくれる専門職がいるという気持ちになっていただくことができれば,医療上のさまざまな問題の発生を未然に防ぐことにもなります。
福田 総合病院の不妊外来もそうでしょうが,かなりの数の患者さんが来ますので,医師が話を聞くことには時間的な限界があると思います。
 また,体外受精を行なっている施設では,専門的な部分については専門家に直接話をしてもらうことも大切だと思います。患者さんによっては,医師だけでなく,エンブリオロジストの説明を直接聞いてもらうほうがよい場合もあることを念頭に入れて連携をとることが必要だと思います。その役割はコーディネーターが中心になって行なわれますが,そのような体制が広く普及することを期待しております。
荒木 人的資源の他に,施設の設備も必要になりますね。
浜崎 カウンセリングルームのように話が聞ける場所が必要です。不妊治療は「性と生殖」というプライバシーに関わる事柄に介入する医療ですから,それを十分配慮した環境でサポートする必要が求められます。今までの効率を求める医療から,プライバシーに配慮した質の高い医療へと転換が必要と思います。

■「体外受精」の具体的な流れ

最初の適切な対応が重要

──体外受精は,初診時からどのような流れで進められるのでしょうか。
福田 一般に体外受精を受けられる方は,すでに一般不妊治療をある程度終えられてから,体外受精専門施設に来られますので,初診時にこれまでの経過をうかがい,どのような対応が必要か考えます。
 また,ご本人が体外受精の必要性を十分理解されているか,心理的な過度の不安を持っていないか,ご夫婦の意志の疎通が十分はかられているかなどに関しても,会話の中から確認いたします。会話はなるべく自発的にお話しいただけるよう配慮して進められます。最初の対応が,私どもへの信頼,医療そのものへの信頼,クリニックへの信頼を得るための出発点と考えています。この段階がうまくいけば,その後の治療の過程で見られる多少の混乱の際にも,よい協力関係が得られるように思います。

診察結果と検査結果を基にした選択肢の提示

福田 次いで医師の診察,ルーチン検査を経て,診察所見,検査所見,年齢,不妊歴,治療歴,あらかじめお聞きしたご夫婦の希望に沿って,いくつかの治療方針が立てられます。その次の受診時にいくつかの治療方針について,その目的,リスク,見通しなどをご説明します。そして,もう1度ご夫婦でお考えいただき,ご自分にあった治療法を考えていただきます。3度目の受診の際にご希望に沿って正式に実施の具体的な治療計画が立てられます。
 体外受精が必要な場合には,いつから開始するかを計画します。反復して治療が必要になった場合は,多くの排卵誘発剤を使い採卵などの侵襲もありますから,普通の治療と異なり心身の休養をはかりながら,ご希望があれば2-3か月の間隔を置いて実施されます。ですから多くても1年間に3-4回しかできない治療です。できるだけ患者さんに負担のかからないように,また医学的な側面からの適切な判断と患者さんのご希望とご様子から計画を立て,ご夫婦で最終的に決めていただいております。
 体外受精の場合,採卵するまでにLH(黄体化ホルモン)が出てしまうと卵子の質が悪くなったり,採卵前に排卵したりしますので,GnRHアゴニストという点鼻薬などを併用して注射を打つような特殊な卵巣刺激を行ないます。なぜそのような対応が必要か患者さんに説明して,正しく使っていただくようお話しします。一つひとつのステップで理解を得ておくことは,不要な不安を生みださない効果もありますし,協力も得られ易くなります。
 排卵誘発剤の注射を1週間-10日ほど打ち,卵子が採取される好ましい状態が近づいたら,採卵日を決定することになります。採卵自体は5-10分ぐらいで済みますが,膣から細い針を刺して卵を採った後にしばらく安静にしていただき,異常がなければその日のうちに帰宅されます。次の日に受精が確認され,分割が始まった時点でまた子宮の中に戻す。つまり「胚移植」までが一連の治療になります。そして,その治療によって妊娠されているかどうかは,2週間後頃に判定することになります。
 体外受精コーディネーターは治療が計画通り正確に進んでいるかということを確認し,その中で起こってくる患者さんの不安に対する対応や適切な情報提供の役割を果たします。

ストレスはどのように生まれるか

荒木 その流れの中で,患者さんのストレスが一番高いのはどの時期ですか。
福田 以前にまとめたデータですと,胚移植から妊娠判定の結果を待つ時期ですね。
荒木 採卵の時ではないわけですね。ところで,体外受精では女性側に負担が多いと言われますが,男性と女性とではストレスのとらえ方も違うでしょう。
浜崎 ある患者さんが病院で排卵誘発剤の注射を打って家に帰った時,「大変だったね」という声をかけてもらいたかったと言われました。旦那さんは「動かなくていいよ」といつもはやらない家事をしてくれたのだそうですが,慣れない家事をやってくれなくていいから,ひと言「注射を打って大変だね」と言って欲しかったそうです。そのへんのズレはあるような気がします。カップル間でどういうサポートをすればよいかの認識が違うわけですね。夫は何をしたらいいかわからないのですね。
荒木 外国では不妊治療を受ける時には,100%近くがカップルでこられると言いますが,日本の実情はどうですか。
浜崎 私の施設は初診時から予約が必要ですので,ご夫婦で来ていただいています。女性が「最初は私ひとり」と言われることが多いですが,これから奥さんが治療を受ける病院の様子,またどういう医師やスタッフがいるのか,どういう治療を受けるのかを理解していただくためにはご夫婦で来ていただきたいとお話しします。
荒木 ご夫婦が労わりあって治療を受けることが必要でしょうが,日本の男性はそれが不得意ですね。
浜崎 例えば精液検査を受ける場合,家で採って運んでもらい,結果は奥さんが聞くという形が多いです。結果が悪かった時に奥さんが夫に伝える時のストレスはかなりのもののようです。「夫にどう伝えればよいでしょう」と泣かれる方もいます。
荒木 どのようなアドバイスをしますか。
浜崎 医療者側から直接ご主人に伝えるほうがよいと思います。後日ご主人と一緒にいらしてくださいとアドバイスします。
荒木 治療の過程でも,できるだけご夫婦一緒がよいでしょうね。
浜崎 特に一般の治療から体外受精や高度な治療に入る時には,2人で話を聞かれる必要がありますね。不妊治療にはご夫婦の意志の疎通が不可欠です。

反復治療が必要な場合の対応

荒木 よい結果が出なければ辛い思いをされることになります。体外受精の妊娠率は20-30%ですから,治療を反復しなければならないということもあります。そういう時のご夫婦のストレスは違いますか。
福田 やはり高度な医療に入るということで,初回は期待感が強くなりますが,回数を重ねるにつれて不安が強くなり,精神的なストレスは強くなってくると思います。
 先ほど浜崎さんも言われましたが,この治療では夫の検査結果を奥様が聞いたり,問題のない女性が医療の対象になることもあります。そういう中で,どのように妻をサポートしていけばよいのかは非常にデリケートな問題で,お互いに深く入り込めないところもあります。事前にご夫婦で意志の疎通をはかり理解を深めておくことの大切さをカウンセラーやコーディネーターが伝える必要があると思います。ご夫婦の間を近づけるのが私どもの大きな役割ということを強く感じています。

■現代の不妊治療をめぐる諸問題

治療の終焉を迎える方へのサポート

荒木 以前,「何度も治療を反復され,最後は年齢のこともあって,治療の終焉を迎えられる方もある」という福田さんの論文を拝見したことがありますが,そのような場合にはいろいろ難しい対応があるでしょうね。どのような例がありますか。
福田 生殖医療では,「年齢」は大きな限界の1つであると思います。私がサポートしたカップルで,16年間不妊治療をされ,体外受精も十数回された方がいました。
 妻としては「夫に子どもを抱かせたい」という自然な欲求と,夫は妻の望みをかなえてあげたいとの思いやりで長い治療を続けてこられたのです。その間一番大切だと思ったのは,1回の治療によってどのくらいの可能性があるのかという情報を受け,ご夫婦がともに納得して治療を受けてきたということが,その終結の受け入れもご夫婦がともに納得できるものになるということです。そのご夫婦は2人にとってかけがえのない体験だと言っておられました。体外受精を通じてご夫婦の絆が深まり,新しいお2人だけの人生を始められたということに,体外受精コーディネーターとして救われた気持ちがいたしました。

わが子を望むさまざまな背景

福田 もう1つの例は47歳の方で,どうしても第2子が欲しいということで受診されました。うかがってみますと,お子さんは16歳になられるのですが,クラブ活動のウォームアップ中に心停止になられ,その後植物状態になっておられたのです。そのお子さんが療育センターに入院されていた時に,他のご家族が面会に来られて,ご兄弟が話しかけることで脳に刺激を与えたそうです。自分の子どもには兄弟がいないので,何とか兄弟を作ってあげたいという希望を持たれたのです。患者さんにはそれぞれ背景があるということがわかりました。残念ながら,その方は初回に見えただけでした。本当なら,もっと精神的なサポートが必要だったのではないかと思っています。不妊治療に携わるようになってから,本当にいろいろなことを学びました。

一般の不妊治療がもたらす悩み

荒木 体外受精ではなく,一般の不妊治療を受けられて,ご夫婦の間のコミュニケーションが取れなくなったり,疎遠になるような例をご紹介いただけますか。
浜崎 セックスレスの方がかなり増えているのではないでしょうか。話をうかがうと,必ず性の問題に行きつくと思うほどです。治療を始めてから夫婦関係がなくなってきた,まれにはまったくないというケースです。そのために人工授精をとはっきりおっしゃる方もいらっしゃいます。
 ただ,子どもさえできればいいのかという話になると,「それでは夫婦としてさびしい」というところへ話がいきます。人工授精を受けている一方で,いわゆるスキンシップの意味での夫婦関係をきちんと考えていこうと改めて考えられる方もいらっしゃいます。

性の問題への対応

荒木 性を介さない生殖医療がご夫婦の間を疎遠にしているのでしょうか。
浜崎 そういうこともあるかもしれません。それに対しては,どのように考えていらっしゃるのかを聞くことによって,2人の関係の立て直しをサポートすることも可能だと思います。性の問題は誰に相談してよいのか難しいですから,「こういうふうに思っていたのですね」というように,話の中からそれぞれの方のお考えをくみ取り,気持ちを確認することも必要です。女性の側からは言いづらいところがあると思うので,「本当にそれでよいのですか」と語りかけると,「やはりこれでは嫌です」というような答えが出てきます。
荒木 カウンセリングというのは結論を与えるのではなく,カウンセラーとの話の中で自らの解決能力を獲得することですね。性の問題に関する対話はまさにカウンセリングそのものですね。
浜崎 そうですね。お話をうかがうことで,「私って,こういうふうに考えていたのね。こういう気持ちがあったのね」という言葉が返ってきますので,「それに対してどうしていきましょう」というように一緒に考えていくのですね。

海外の体制や役割:その違い

荒木 不妊カウンセリングは,日本ではあまりなじみがなく,医療者の中でも不妊カウンセラーや体外受精コーディネーターに対する認識はまちまちではないかと思います。福田さんは外国の状況をよくご存じですが,日本と外国生殖医療の体制や各自の役割にどのような違いがありますか。
福田 外国ではチーム医療の中でかなり専門分化されています。ひと口にカウンセラーといっても,卵子などの「ドネーション」,「スケジュール管理」,流産を繰り返す人にだけ対応する「ミス・キャリッジ」というように専門が分かれます。スペシャリスト化するのはよいことですが,アメリカなどではそれぞれの専門職が権利を主張する傾向があると思います。そこで,医療と患者さんをつなぎ調整する役割を果たすものが必要となってきます。
 日本人は自分を一番よく知っている人に情報を提供してもらったり,相談に乗ってもらうことで問題解決に向かうという社会的背景があると思います。できれば不妊治療のカウンセリングも,日本人にあった形で行なわれることが必要だと思います。不妊治療のカウンセリングでは,治療面だけでなく,精神的な面も配慮してその人がよりよい自己決定をするために必要な情報を提供したり,相談に乗ったり,悩みを聞いたりして,問題を解決しながら社会生活・家庭生活が営まれるように,トータルにサポートしていく形のカウンセリングが必要ではないかと思います。
 そのような活動が広がることが,不妊治療を受けられている人たちを救うことになりますから,今は広い意味のカウンセリングを担う人を少しでも増やしていきたいと思います。その中から,いろいろな得意分野に分化していくかもしれません。
荒木 それこそまさに,不妊カウンセリング学会の目的でもありますね。「手をつなごう,心に響くケアをめざして」というのがテーマです。不妊治療では,最小の単位はご夫婦ですが,周囲の方たちの協力も必要ですし,治療の現場でも医師と患者という関係でなく,多くの人たちのサポートを得なければよい医療はできませんね。
 最近,ヨーロッパの不妊カウンセリングのガイドラインが出ましたが,日本の現状とはかなり違います。1つは「メンタルヘルス・プロフェッショナル」と言い,いわゆる心理専門家がサポートするもので,もう1つは医師やナースが中心になる「patient centered care」,つまり患者さんを尊重したケアです。
 それから特にヨーロッパでは,第3者の配偶子,胚を提供してもらって治療することが一部で行なわれています。それほど多くはないようですが,日本で議論される時には,「欧米では当然のことである。だから日本でも推し進めなくてはいけない」という風潮があります。一般の方はとまどうと思いますが,体外受精コーディネーターとしてどのようにお考えですか。
福田 私が問題だと思うのは,第3者から提供を受けることを新たな治療法の一環としてとらえる傾向があることです。第3者の提供を受ける前に,その患者さんの受けてきた精神的な傷をはじめとして多くの問題があります。それを解決せずに,「次の治療法として第3者の提供を」という流れがあり,それは危険だと思います。

社会の理解が前提になる

福田 もっと考えるべき問題は,「不妊は病気か」と言われるように,結婚したら子どもが生まれて当然だというような社会の一般的な風潮です。だからこそ,先ほど浜崎さんが言われたように,性の問題を抱えながら不妊治療を受けなければならない局面に追い込まれるのだと思います。やはり,患者さんが抱えている背景によって,不自然な不妊治療を受けなければいけないこともあります。社会が患者さんの置かれている状況を理解することが重要だと思います。
荒木 ご夫婦2人だけでも幸せに生きていければよいのですが,子どもを持たなければという重圧がかかって,目的をはきちがえる事にもなっているのですね。不妊カウンセラーとしてどのようにお感じですか。
浜崎 子どもをほしいという気持ちは自然の感情と思いますので,「そこまで治療してお産をすることが,あなたにとってどういう意味がありますか」と聞くことはありません。ただ,先ほど終焉の話がありましたが,どこでストップをかけるかを考えなければいけない方たちと接する機会も多く,終焉を迎える前に「私たちにとってこの治療は何だろう」と考えられる機会はたくさんあるように思います。
 「本当に子どもを得なければいけないのだろうか」という言葉は,カウンセラーの側からではなく,必ずといっていいほど当事者から出てきます。
荒木 具体的に子どもがほしい理由を言われる方が多いですか。
浜崎 子どもを育てることによって自分たちも成長をしたいと考えたと言われる方が多いと思います。また子どもができなかった場合,このまま2人で生きていけるのだろうかとおっしゃる方もいました。
荒木 子どもがいないと,安定的関係を築けないということでしょうか。
浜崎 そう考える方もいらっしゃいます。ただ,治療を続けている中で,自分たちが本当に子どもをほしかったのか,それとも周りや社会の圧力でそう考えていただけではないかと考える方もいらっしゃいます。
福田 「生む性」としての女性の価値観に翻弄されて,この治療に入ってきている人もいますね。
浜崎 例えば40歳代同士で結婚され,子どもはできないだろうと思っていたが,周りから勧められて来られた方もいます。

医療者側が抱える問題

荒木 現代はマスコミなどを通して情報があふれて,受けるほうもそれを消化し切れずに翻弄されてしまうと思います。それを防ぐためにも,お2人のような方たちに適切な情報を提供していただかなければいけませんね。
 ところで,医療者側にもそういう面はありませんか。生殖医療を担う医師は何か新しいものを追い求める傾向があります。患者さんは子どもを,医療者は新しい治療法を追い求め,正しい学術的な評価もないままに勧めることになる可能性があります。
福田 医師は研究者としての立場もあるので,現在の治療法が駄目なら患者さんのために次の治療法を開発していく役割も担っていると思います。そういう中で私たちコーディネーターやカウンセラーは,ある程度の倫理観をもって対応していく必要が出てくると思います。
荒木 医師が不確実なものに過剰な期待を抱かせている側面もありますね。反省しなければならない点だと思います。

社会のニーズに応える

荒木 お話をうかがって思うのは,お2人のお仕事はまさに「生きることへの支援」だということですね。治療面はもとより,心のケアを含めた対応がご夫婦の絆を強め,しあわせに生きていってもらうということにつながりますね。
 これまでの日本の医療の中で,こういう積極的な対応は欠けていたように思います。日本看護協会でもこれに対する動きがあるようにお聞きしていますが。
福田 特定分野として「認定不妊看護師教育課程」というコースが昨年の10月から開設されています。これは現場で不妊患者さんに直接携わる看護職が,患者さんをどのように捉え,またどのようにアセスメントするか。その能力の向上と,患者さんのよりよい自己決定をサポートしていく能力を養うことを目的としています。
 看護職には患者さんの“well-being”をサポートする役割がありますが,それは不妊の分野にもあてはまると思います。ただ,これは看護職だけではできませんし,医師だけでもできません。不妊をとりまくすべての職種がチームを組んで患者さんを支えていくことで初めて実現すると思います。
荒木 その意味では,お2人の仕事は社会のニーズに応じて発展してきたとも言えますね。そして,お2人が患者さんを支える面もあると同時に,社会から支えられている面もあるわけですね。
福田 患者さんが求めるものも,以前とはかなり違っています。治療を受けるだけで満足する時代ではなく,心身ともにトータルでサポートしていく医療を患者さん自身が求めているのだと思います。医療の体制が少しずつ変わってきていると思います。患者さんが医療を変えていく,医療者がそれにおくれてはならないと思います。

決定するのは患者さん自身

荒木 問題解決にあたっては,どのような経過をたどるのですか。
浜崎 お2人の考えを出していただくことが大事です。その中から,どういう方向に進めばよいかを模索します。子どもを持つことの意味もその中に入ります。カウンセリングの対応の中で,その方たちが考えていることが伝わってきます。言葉だけではなく,表情からもですね。
荒木 自分たちの悩みや問題点が鮮明になってくるわけですね。
浜崎 ええ,しかも1人ではなく,共感するものが側にいて,そこから方向が徐々に見えてくるのだと思います。
荒木 1人で考えていてもなかなか出口が見つからない。ところが,カウンセラーやコーディネーターという専門職に悩みを伝えて,話し合っていく過程において自分の立場を自覚するようになるわけですね。そして,自分がこれからどのように乗り切っていくべきかという見通しが見えてくるわけですね。
浜崎 患者さんはよく「医師がはっきり言ってくれたらどんなに楽か」と言われます。しかし数%でも妊娠の可能性がある場合,その率を正確に医師から話してもらった上で判断しなければなりません。ポイントはそこだと思います。
 つまり,決定するのは患者さん自身だということです。患者さんは「治療をやめなさい」とか,「こういうふうにしなさい」ということを私たちに求められるかもしれませんが,そういうことではありません。「私はこのようにしたい」と患者さんに判断していただく。それが1人では決められないので,一緒に考えていくのが私たちの仕事だと思います。
荒木 従来のように,パターナリズムの考え方に逆戻りして,医師に決めてほしいといわれる方もいるのです。カウンセリングを受けている方も混乱があるかもしれませんね。聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生が,癌の告知の時に「あなたは癌ですよ」とではなく,「私は一生懸命あなたのことを考えながらサポートしていきますよ」という言い方で,初めて人間的なつながりが可能になると言われています。
 カウンセラーやコーディネーターも,「もう不妊治療は難しいと思いますが…」と言うためには,その場面に至る前の多くの努力や人間的なつながりが必要ですね。

関連学会との連携とガイドラインの作成

荒木 カウンセリングは元来心理学から出た言葉です。メンタルヘルス・プロフェッショナルと言われる方々にどのようなことを期待されますか。
福田 8割の方はコーディネーターやカウンセラーが行なうカウンセリングケアで問題を解決されると思いますが,残りの2割ぐらいの方は精神的な問題が深刻化されたり,トラウマの強い方,危機的状況にある方です。それらの方へのサポートはやはり専門的な臨床心理士や精神科領域の専門家に行なっていただきたいと思います。
荒木 日本では,臨床心理士が参加する不妊症を取り扱うような学会や団体はありますか。
福田 専門の学会はないと思いますが,臨床心理士の大きな学会の中で,不妊も注目分野ですのでセクションはあると思います。私たちが臨床心理士とも連携をとって患者さんを支えていくことが必要になってくると思いますので,臨床心理士の方たちにも不妊に対する理解を深めていただきたいと思います。
荒木 医師や看護師の側の心理に関する知識も限界があり,心理の側の医療に対する知識の限界もありますから,相互に補完し合わなければいけないでしょう。バリアフリーの考え方に立った仕事を期待したいと思います。また,せっかくお2人のような専門職が育ってきたわけですから,これから日本独自のガイドラインを作らなければいけませんね。
福田 裾野を広げ,1人でも多くの患者さんをサポートする体制を作ることは大切ですが,質を向上していくことが重要だと思います。そのための1つがガイドラインということになるでしょうね。
荒木 今日はいろいろなお話を聞かせていただきました。まさにお2人が日本の不妊カウンセラー,体外受精コーディネーターを引っ張っておられるわけで,ますます活躍していただきたいと思います。
(おわり)

●「日本不妊カウンセリング学会」設立の経緯

荒木重雄(談)      

 最後に,この日本不妊カウンセリング学会の前身と学会ができた経過について私からお話ししたいと思います。
 私は1995年頃から,私どもが行なっている体外受精を中心とする生殖医療の現場を他の施設の医師に公開するようにしましたら,たくさんの人たちが日本中から訪れるようになりました。医師と一緒にエンブリオロジストの方も来るようになりました。そうしていろいろな機関で新しい生殖医療に取り組む医師が増えてきました。しかし,保険はきかない,見通しも立たない,成功率も低い,十分な説明もしてもらえないということや,週刊誌をはじめとする雑誌に「ここへ行けば100%妊娠する」というような不確実な記事まで出て,社会から大きな批判が起きました。それが1990年代です。
 そこで,1997年に東京で「不妊カウンセリングセミナー」を開きました。50人くらいの参加者を見込んでいたのですが,160名ぐらいの方が参加され会場が一杯になりました。その流れを受けて,それまで「生殖医療研究協会」として私どものグループの仕事として行なっていた活動を,1998年から「日本生殖医療研究協会」という名前の全国組織に改組しました。全国のボランティアの意識の強い先生方20名にサポートしていただきまして,養成講座を開きました。当初は年に3回開き,その後は年に2回開いています。
 最初は医師のサポートを得て,医学情報を提供するという側面が強かったのですが,その後は精神科やカウンセリングの専門家にいらしていただいて,カウンセリングスキルとしてアクティブ・リスニング,交流分析などについても学びました。それから,ロールプレイを通じて,現場でどのようなことをすればよいのかも学びました。そして外国の状況も学び,外国と日本とを対比させて,私たちの目指している方向は正しいということも明確になってきました。
 そうする中で,「patient centered care」,患者さんを尊重した医療,カウンセリングスキルを活用した医療をということで,医師も不妊カウンセリングの一翼を担う,場合によってはエンブリオロジストも不妊カウンセリングに参加するという体制が見えてきました。看護師の方はもちろん,すべてがカウンセリングマインドを活用した医療を行なおうという流れができてきました。また,先ほどおっしゃった2割ぐらいの方のために心理の専門家のサポートが必要なことから,日本生殖医療研究協会には臨床心理士の方も参加していただいています。ただ,不妊の分野で活動している臨床心理士の方はまだ少ないですね。もっと増えて欲しいと願っています。
 これまで日本生殖医療研究協会の講座を受講された方々は約1600名,3回受講した後に試験を受けられて認定された方は373名に上ります。内訳は看護師112人,助産師109名,医師19名,検査技師(エンブリオロジスト)97名,臨床心理士・その他の方が36名です。まさに「手をつなごう」ということで,皆が手をつながなければサポートできないということを反映している数字だと思います。それが今度は学会という形で組織されて,会員が550名をこえたという状態です。「日本不妊カウンセリング学会」がまったく自立した組織として活動するようになった今後は,日本生殖医療研究協会はサポーターとして応援させていただきたいと思います。