医学界新聞

 

連載
メディカルスクールで
学ぶ

   第5回
   医学生の日常生活

  高垣 堅太郎
ジョージタウン大学スクール・オブ・メディスン MD/PhD課程1年

前回2536号

 アメリカの医学生の日常生活は,日本の大学生のそれに比べて,多様だという印象を受けます。筆者のように研究室に入り浸る人,家族もちの人,奉仕活動に没頭する人,脳外科医になるためにオール「優」をめざす人……。皆それぞれに優先順位を決めて自分の選択した生活を送っている,というのはアメリカの国民性なのかもしれません。

仮想的な医学生の一日

 8:45 寝坊。今日の9:00の講義は話のうまい先生なので急いで着替えて学校に向かう(ジョージタウン大学には学生用駐車場がないこともあり,臨床前の医学生は徒歩圏内に住むことが多い)。
 9:00-10:00 臨床解剖学。神経疾患を中心に4例。この先生の講義はいつも満員だ。再度聴講の上級生もちらほら見かけられる。患者に関する雑談が妙にうける。講義終了時には決まって拍手が起きる。
 10:00-11:00 話し下手の先生の講義なので友人らと図書館で勉強会。
 11:00-12:00 医療保険制度のsmall group学習。10人の学生とpreceptor(指導教師)を囲んで,読書課題について討議する。僕らのpreceptorは現場経験豊富な家庭医学科の座長なので,保険の書類手続きの煩雑さについて詳しく話してくださる。日本に住んでいた立場から,「国民の7分の1が健康保険のない現状は先進国として恥ずかしい」と力説しすぎ,先生以外のひんしゅくを買う。
 12:00-13:00 下宿に帰ってブランチをとる
 13:00 今日は実習はないが,キャリアアドバイザーの先生と面接を入れたので,また登校。日常生活上の日本との違い,授業への不満,キャリアプランなどについて小一時間ほど歓談する。ガス抜きも済み,気分がだいぶ晴れたので勉強すべく,勇んで下宿に帰る。
 17:00 外科の老先生が実習室で解剖のreview sessionをするといううわさをメールで知り,駆けつける。実習室にはすでに30人ほど集まっていて何も見えないのであきらめ,図書館の端末で今日サボった授業のスライドをざっと確認する。話し下手な先生はスライドもわかりにくい。廊下で家族もちの友人に会う。授業時間外は絶対に学校にいない人なのに,夫婦喧嘩でもしたのだろうか。しばらく立ち話をしてから帰る。
 18:00 近所のスーパーに買い物に行く。ビフテキの安売り10個パックを買い,1つひとつ包んで冷凍庫に放り込む。ラジオのニュースを聞きながら,簡単に食事を済ませる。
 19:00 久しぶりに「ER」を見る(同級生にファンは多い)。好きな俳優がみな辞めてしまい,筋も面白くないので切る。台詞の医学的な意味が理解できるようになるにつれ,興ざめしていく気がする。
 19:30 復習。
 23:30 図書館の閉館直前に行くと禁帯出本が一晩借りられるので,散歩がてら登校。自習室を覗くと,外科志望のgunner(ガリ勉)がまだ数人いる。治安の良いジョージタウン界隈とはいえ,用心にこしたことはないので,近所に住む友人を捕まえて一緒に歩いて帰る。同時に最新の試験情報や噂話を交換する。
 1:30 借りた本の用件も済み,寝ようと思って手帳を確認すると,明日締め切りの医療倫理の作文を忘れていたことが判明。明日もまた寝坊は必至。

課外活動

 課外活動で一番盛んなのは,おそらく奉仕活動だろうと思います。子ども相手の活動(写真)はもちろん人気ですが,ワシントンDCの土地柄,町の南東一角は貧民区であり,そこでの活動も盛んです。また,継続した活動のほかにも,1回ごとに人を募って,募金・寄付活動・装飾・美化などを行なう企画も多く,月によっては何回も,案内のメールが流れてきます。
 医学の正式な勉強会(interest group)も盛んです。これらは専攻ごとに各種設けられ,活動としては人気の先生に特定のテーマについて講義を頼んだり,外部から講演者を招いたり,該当科のレジデントたちと懇親会を開いたり,shadowing(気に入った臨床の先生の後をつけ回して,見学すること)を斡旋したり,レジデンシー情報を交換したり,といった具合です。
 日本の医学部ではスポーツ系のクラブ活動が盛んなようですが,メディカルスクールではまずありません。個人的にプールやトレーニングルームでストレスを発散する人はとても多いですし,ときどき有志をかき集めてサッカーやバスケットボールなどもやっているようですが,カリキュラムが忙しく(),継続してまとまった時間は取れません。また端的な話として,レジデンシーに出願する際にスポーツ系の部活動はまったくプラスにならないというのも事実です。
 それほど打算的に考えなくても,純粋に「医師になるために勉強しているのだ」という意識が高いことは確かで,その意味で,将来のキャリアに沿った課外活動をする人が多い,というふうにもいえます。ですから,余裕のある人は,上記の奉仕活動や勉強会,また,学校運営への参加,全国の学生組織での活動,研究活動などに時間を割くのでしょう。
 冒頭,「アメリカの医学生は生活が多様だ」と書きはしましたが,ひとついえることは,ほぼ全員が猛烈に勉強することです。そして過密なメディカルスクールのカリキュラムの合間を縫った課外活動で,真摯にそれぞれのキャリアパスを開拓しています。アメリカの医学教育自体はよく見ると問題だらけですが,学生の意識が徹底して高く維持されている点は,全面的に肯定できるのではないかと思います。



(註) 前半2年間(pre-clincal years)で学科の授業,基礎実習を終えるほか,一般的にUSMLEのStep1に合格しなければ3年次に進級すらできません。また後半2年間(clincal years)はさらに忙しいそうです。ジョージタウンでは研修医に近い実習スケジュールになるほか,4年次には休みを取ってレジデントになるための面接試験に出向いたり,多くの場合,希望する研修病院・大学でのexternship(外部研修,事実上の試用期間)も行ないます。