医学界新聞

 

Vol.18 No.5 for Students & Residents

医学生・研修医版 2003. Jun

病院実習・研修医応募の夏がきた!



 新しい臨床研修制度では,研修医と研修施設の組み合わせを決定するマッチングが実施される。その詳細の発表は遅れており,医学生や研修施設をやきもきさせているが,現時点で本年度からの実施予定に変更はなさそうだ。
 研修希望病院をどう決めるか? 医学生にとっては頭の痛い問題だが,やはり実際にいくつかの施設に足を運び,自分の目でその施設の持つ雰囲気を感じたり,そこで働く研修医に接することが,その結論を出すための有力な材料になることは間違いない。
 本号では,毎年多数の医学生が実習を行ない,研修医採用試験に応募する,福岡県の麻生飯塚病院(以下,飯塚病院)を取材し,医学生が病院実習を行なう際に注目すべきポイントを探ってみた。
(「週刊医学界新聞」編集室)


経験なくして成長なし


患者さんの処置に追われる飯塚病院の救急外来
年間4万2000人の救急患者が来院。研修医は幅広く多数の症例を経験する。
 
 「1次から3次までどんどん患者が押し寄せてくる」
 3年間の研修生活を終えたばかりの久我修二氏は,飯塚病院の救急外来の様子をこう話す。飯塚病院の救急救命センターには,年間4万2000件,1次から3次まであらゆる重症度の患者が受診する。研修医は通常業務に加え,1-2年を通じて週1-2回の夜間当直を救急外来で行ない,年間実に400-500人の救急患者を診る。軽傷から重症まで診断のついていない患者の初期診療にあたる中で,基本的な診療能力が身についていく……。未診断の症例を十分に経験できるかどうかは,施設を選ぶ際の重要なポイントだ。
 しかし,久我氏は「経験は絶対に必要だが,それだけではダメ。たくさん診ても,その診療過程が適切かどうか評価する教育システムが必要だ」と強調する。「訓練の中で気づかせてくれる人がいなければならない」。

研修医へのフィードバックに注目


総合診療科のモーニングカンファレンス
誰もが発言できる自由な雰囲気が大切にされている。
 
 「病院実習に行くのであれば,設備や施設ではなく,2年間の到達目標に達するためのフィードバックがしっかり行なわれているかどうかを見てほしい」
 総合診療科の小田浩之氏はこう指摘する。それぞれの医療者や研修医がバラバラではよい医療はできない。医療の質を高めるためにも医療者相互のコミュニケーションは重要だ。まして,研修医が効率よく学習するためには,「聞きたいことをしっかり表現できること」や「失敗から学ぶこと」が不可欠だ。そのため,飯塚病院では,「みな自分の経験をできるだけ他人に話すことを心がけている」(小田氏)という。
 「SHARE」……飯塚病院の研修医たちと話していると幾度となくこの言葉を耳にする。「失敗例も成功例もすべて分かち合い,お互いに,ネガティブではない,いいフィードバックをし合おう……」みな,自然とそんな発想を持っている。
 実は,この「SHARE」という合言葉は,ある1人の研修医から始まったそうだ(10面に白井敬祐氏による寄稿を掲載)。しかし,それはいつのまにか,飯塚病院の文化として定着した。「SHARE」という発想から生まれた研修医による企画が飯塚病院には,山ほどある。研修医が立ち上げた無数のカンファレンス・学習会,学習のためのスライド,ビデオなどの教材群……。
 研修医2年目の山本舜悟氏は,「単に上の先生に教えてもらうというだけでなく,研修医が主体的に学習会を企画・運営している。これが非常に刺激になる」と話す。最近では,2-3年目の研修医たちが自分たちの学んできたことをスライドにまとめ,互いにレクチャーし合う企画が10回ほど続き,盛況だったという。
 「教えることができる人ほど伸びる」
 と小田氏は強調する。

「ゆとり」と「指導体制」

 飯塚病院の研修医たちが主体的に研修・学習に取り組めるのは,それなりの「ゆとり」と教育を重視した「指導体制」を病院がとっている結果でもある。飯塚病院の救急は8時間ごとの3交替制となっており,研修医が入る当直も準夜帯(16時30分-0時30分)と深夜帯(0時30分-8時30分)に分かれる。1年次の研修医は準夜帯のみ,2年次からは深夜帯も始まるが準夜と深夜を通した当直はなく,研修医が徹夜勤務を強いられないように配慮されている。「ある程度の余裕もあるから,あれこれやろうという意欲も持てる」と救急部長の鮎川勝彦氏(インタビューを別掲)は指摘する。
 一方,3年間の研修を終えたばかりの井本一也氏は,飯塚病院での研修の魅力として,「研修医を教えることを主な仕事としている指導医」(教育専任者)の存在をあげる。そのような指導医がいることにより,飯塚病院では研修医たちは「尊重されている」と感じることができる。ここでは,自分たちの研修内容について,常によいフィードバックがかけられると同時に,研修医でも意見や主張が求められ,ディスカッションに参加する。もちろん,研修医にとって言いやすいことばかりではない。しかし,そんな時は,研修責任者の井村洋氏(総合診療科部長,インタビューを掲載)がさりげなく間に入り,研修医の主張を代弁してくれるという。

屋根瓦式の教育体制

 研修医が尊重されているということは,逆に言えば,より厳しい役割が期待されているということでもある。飯塚病院の救急外来や総合診療科では,1年目の研修医に必ず2年目以上の先輩医師が指導にあたる。つまり2年目以上は研修医であっても「教えつつ学ぶ」ことを要求されるわけだ。もちろん,この1年目と先輩医師との組み合わせの上には指導医がつく(救急外来では半年間だけ)が,常に一緒に行動しているわけではなく,先輩として後輩を教えるということは,かなりのプレッシャーとなる。これが言わば「屋根瓦式」と呼ばれる指導体制であるが,経験年数の近いもの同士が,密な教育,密なコミュニケーションを行なうことができ,大きな教育効果を発揮すると言われている。特に最近は3年目以上の後期研修医が充実してきており,さらにこの指導体制に厚みを増している。
 さて,飯塚病院の例から,よい研修を生み出すポイントを探ってきた。「初期研修にふさわしい症例のヴァリエーションと数があるかどうか」,「熱心な指導医がいるか」などは,基本条件といえるが,やはり一番大切なのは,そこで,「研修医は尊重されているか?」そして,「研修医は生き生きとしているか?」というところにあるのではないだろうか?

学生に求められる心構え

 最後に,飯塚病院で出会った先輩研修医から,病院実習へ向かう学生諸君にとても大切なメッセージをあずかったので,ここに紹介したい。
 「まずは,挨拶をしよう。研修・実習を行なう際に一番大切なのは実は,『人としての礼儀』だ。しっかりした挨拶ができ,聞きたいことが表現できなければ,人はなかなか気持ちよくは教えてくれない。学ぶ側としての礼儀,謙虚さは想像以上に大切なもの。人が『教えたい』と思わせる対象になれるように,まずは挨拶から始めよう」
(久我修二氏)

●なぜ学生はやってくるのか?

井村 洋氏(飯塚病院総合診療科部長)に聞く

――飯塚病院には,毎年多数の実習に学生が訪れ,研修医採用試験の倍率は4-5倍と聞きます。学生たちは何を求めて応募するのでしょう?
井村 救急外来での夜間当直は当院での研修の柱の1つですが,それを適切な指導のもとに行なえる施設が他には少ないということが1つ。そして,初期研修を施設の重要方針として掲げ,研修医が主体的に研修することができるような,リベラルな雰囲気を保っていることがもう1つの理由だと思います。
 「研修の質」が問われる時代になってきましたが,経験できる「数」がない限り,「質」は求められません。医師としての成長には,まず経験が必要なのです。ただし,それによって,患者さんが危険にさらされることはあってはなりません。研修医が数をこなすことで危険が生じないようなシステム・体制づくりが,私の大きな仕事であり,重視しているところです。

歓迎される研修医の企画・提案

井村 一方,組織としてそのプロダクトに一定以上の質の確保をしようとすると,できない人にはそれができるようにしなければなりません。しかし,すばらしい教授法を備えた名指導医など,日本中を探してもそうそういるものではありません。私たちも,研修医に一から十まで,手取り足取り教えたいのは山々ですが,残念ながらそれはできません。ですから,研修医たちが自分たちでどんどん学び・教えあうようになってほしい。自分の中にあるよい芽を仲間と一緒に大きくしていってほしいのです。
 私たちの病院では,「ふざけたことをすると喜ばれる」し,「出る杭は打たずに引き抜きます」(笑)。どのようなものであろうと,研修医が自分たちで学び・教えるための企画・提案は常に尊重されます。私たちは,すべてを与えることはできないけれど,可能なサポートはします。そして,失敗しても「グッド・チャレンジ」として評価します。そのせいか,よく私たちのところの研修医は「生き生きしている」と言われます。学生たちは,当院の実習中に研修医が「生き生き」しているのを感じるから,ここでの研修を希望するのではないでしょうか。

●飯塚病院の救急研修

鮎川 勝彦氏(飯塚病院救急部部長)に聞く

重傷度・緊急度の判断を鍛える

――飯塚病院における救急研修の特徴とは?
鮎川 まず,あらゆる疾患を経験できること,そして,エビデンスに基づいた「世界標準」の診療を身につけることができることだと思います。
 当院では,1-2年目の研修医は毎週1-2日,夜間当直で主に歩いて救急外来に来られた患者さんの対応をします。2年目には,最低2か月の救急部ローテーションがあり,ここでは重症患者の対応に慣れてもらいます。さらに,3年目になると,夜間の救急車対応を行うことになります。研修医はこの中で,1-3次までの幅広い救急患者と接し,基本的な診療能力を身につけていきます。
 特に1年目の半年間は,指導医がつきっきりで当直の指導にあたります。その後指導医は外れますが,当院では深夜帯でも院内に16人当直しており,全員がバックアップすることになっています。特に重傷度・緊急度の判断は徹底的に学ぶことになり,2年あれば確実に基礎はできます。

研修医を含む若手が引っ張る

鮎川 当院のよいところは,よいものはどんどん導入していくし,システムも変えることを常に考えているということです。すべての研修医は,世界的な心肺蘇生法のスタンダードであるACLS(2次救命処置)を行なうことができ,一般市民にBLS(1次救命処置)を教えられることが求められます。また,救急部では,外傷治療においてPTEC,JATEC(1-2次標準外傷処置法)を取り入れています。
 そして,それを引っ張っているのは,研修医を含む若手の医師たちです。会社立の病院ということもあり,質を向上させたり,効率をよくするためのことであれば,若手の意見でもどんどん採用されます。1人ひとりの医師も,あるいは病院自体も1年経つごとに,よくなっている。そういう雰囲気があります。

●「SHARE」の効用-研修医時代を振り返って

白井敬祐(ピッツバーグ大学附属SHADYSIDE病院内科レジデント,元飯塚病院研修医)


白井敬祐氏
1997年京大卒業。横須賀米海軍病院研修医,麻生飯塚病院研修医,国立札幌病院勤務を経て,2002年よりピッツバーグ大学附属SHADYSIDE病院にて内科研修中。飯塚病院研修医時代には「SHARE」の考え方を研修医の間に浸透させ,現在の飯塚病院における研修のあり方に大きな影響を与えた。
 「医療の目的が,できるだけ多くの人を救うことにあるとすれば,知識を独り占めしたり,自分だけ知っていることに優越感を感じたりしてはいけない。同じ研修医仲間で自分だけが知っていて,まわりが知らないようなことがあれば,自分を恥じなければならない。失敗も成功も,『SHARE』しなければこの医療の目的を達成することはできない」これは,僕が横須賀米軍病院の研修を終了する時に,プログラムディレクターが贈ってくれた言葉です。研修の成果を倍増させるために,いかに情報を共有するか,この「SHARE」を合言葉にかかげました。

企画倒れも歓迎する自由な雰囲気

 知識,感情の「SHARE」を成功させるための鍵となったのが,第一に「企画倒れ大歓迎」の精神です。
 「1回限りで終わるような企画でも,いくつか続けば,数はかせげる」と「SHARE」の場を増やすために指導部長の井村先生がこの自由な雰囲気作りを引っ張ってくださいました。その中で個人名を冠したグランドカンファをはじめたり,その日学んだことを必ず最低3人には伝えることを実践したり,替え歌ビデオ(http://homepage.mac.com/yamhat/iMovieTheater6.html)を教育用に作ってしまう研修医が現れました。自分の企画を成功させるために,人事課長と交渉し,おにぎり,パンを出していただいたり,内容はともあれ聞いてみたいと思わせるタイトルをつけたり,それぞれが工夫を試みました。

よりよいフィードバックを得るために必要なこと

 第二に「教えられ上手になる」作戦です。
 教える側のうまいへたを問題にする前に,教えてよかったなぁと思ってもらえる研修医になるのです。そうすることで,指導医はもちろん,社長((株)麻生セメント社長には,年に数回直訴できる),院長,看護師さん,患者さん,研修医仲間からよりよいフィードバックがもらえるのです。アメリカから持ち帰った「教え上手になるためのワークショップ」の資料を参考に「いかに教えられ上手になるか」を研究しました。そのために,カンファを開いたり,準夜当直の終わったあとに銭湯やラーメン屋で,時には看護師さんも交えて話し合いを持ちました。残念ながら紙面の都合上,この場で研究成果を「SHARE」することができません。興味のある方は飯塚病院でぜひ「SHARE」の効用をお確かめください。モチベーションが高まること請け合いです。