医学界新聞

 

ヒトES細胞利用への第一歩

第50回日本実験動物学会シンポジウムより




 第50回日本実験動物学会が,さる5月29-31日の2日間,米田嘉重郎会長(東医大)のもと,さいたま市の大宮ソニックシティで開催された。今大会では,節目となる50回を記念してシンポジウム「再生医療・細胞治療技術の開発と実験動物」(座長=国立感染症研究所・寺尾恵治氏,東大・吉川泰弘氏)が行なわれ,各分野における第一線の研究者が再生医療の現状と展望について講演した。



 シンポジウムのはじめに,「幹細胞・再生医療研究と実験動物」と題し,先日,国内初のヒトES細胞樹立に成功した中辻憲夫氏(京大再生医科学研究所)が登壇した。
 今回の成功について氏は,「国内で樹立され品質が確認されたヒトES細胞の供給体制を確立することが,わが国における再生医療研究を発展させるうえで極めて重要」と述べ,提供された10個のヒト胚のうち1個だけが発生したこと,ES細胞樹立に成功したのは,カニクイザルでの基礎研究によるものが大きいことを報告した。
 また,ヒトES細胞の樹立・使用に関しては「ヒトES細胞は公共の財産」という認識のもと,ES細胞の元となるヒト胚は提供者が不妊治療などで生じた過剰胚を無償提供し,京大再生医科学研究所に代表される公的研究機関が公費により樹立,無償で使用機関に提供することが政府指針で決定しているとし,実際,今年10月には分配が開始される予定であると述べた。

ヒトES細胞研究の今後

 さらにヒトES細胞の重要性について,細胞治療や人工臓器に用いるだけでなく,基礎研究や創薬研究の分野においてもその有用性があると指摘。そのうえで今後の課題としてES細胞を用いた細胞治療を患者に行なう際に生じる拒絶反応の問題を挙げた。氏は,「大量のヒト胚を得ることは事実上不可能であり,多数のMHC型を網羅した大量のES細胞株の樹立は難しい」と述べ,体細胞核移植によるヒトクローン胚や細胞融合の技術を用いた患者の体細胞とES細胞とのハイブリッド細胞の作製について言及,「個別の患者に対応できるよう,患者のゲノムを持った幹細胞を作製する研究を行なっていく」と結んだ。

血管・神経再生への挑戦

 続いて,実験動物を用いた幹細胞移植療法の研究をテーマに,花園豊氏(自治医大分子病態治療研究センター),中村雅也氏(慶大)が講演を行なった。
 花園氏は,まず骨髄幹細胞を用いた血管新生療法について言及,現在糖尿病の合併症に代表される下肢虚血性疾患に対して骨髄幹細胞の移植を行ない,良好な成績をあげていることを発表した。そして,その治療法を心筋梗塞治療に応用するための,サルによる前臨床試験を紹介,人為的に心筋梗塞の状態にしたサルに骨髄幹細胞を移植した結果,心機能の改善や血管新生がみられたことを報告した。
 さらに氏は,従来の幹細胞における分化研究の多くはin vitroであると述べ,「分化段階にある動物胎仔の体内環境を利用すれば,幹細胞の増殖や分化に関して新たな知見が得られる可能性がある」と指摘,実際にサルのES細胞をヒツジ胎児の体内に移植し,in vitroではできなかった造血幹細胞への分化に成功したことを発表した。
 中村氏は「これまで不可能と考えられてきた中枢神経の再生は,幹細胞研究の目覚しい進歩により,夢物語ではなくなりつつある」と述べ,脊髄を損傷したラット,サルに対して行なった神経幹細胞の移植試験について言及した。
 氏は,ラット,サルともに脊髄損傷後9日目に移植された神経幹細胞は脊髄内で生存・分化し,シナプス形成が確認されたと述べ,これにより有意な運動機能の改善が得られたと報告した。そしてこのことはヒト脊髄損傷に対する神経幹細胞移植の臨床応用の有効性を示唆するものであるとし,今後は軸索の再生を課題として研究を進めていると述べた。

ES細胞から心筋へ

 田川陽一氏(信州大)は個体発生の過程で肝臓は心臓からのシグナルを受けて形成されると説明,ES細胞から肝細胞を効率よく分化させるための,ES細胞からの安定した心筋細胞誘導系の確立の必要性を述べた。氏は複数のマウス系統由来のES細胞の中から心筋細胞に分化しやすい細胞株を選択,得られたES細胞から分化させた心筋細胞はヌードマウスへ移植した後も拍動を続けたことを報告した。
 また,組織幹細胞を用いた再生医療研究として菅野雅人氏(筑波大)が登壇,肝臓および膵臓から採取した組織幹細胞は高い増殖能力と分化能力を備えており,こうした細胞を利用した再生医療の可能性を示唆した。さらに,消化器系では他の組織細胞への分化がしばしば観察されることから,この現象を利用して目的の細胞に分化させる研究についても言及した。氏はまとめとして,臓器不全症に対する今後の新しい医療体系に臓器移植,人工臓器を挙げ,「再生医療の研究は,この2つの分野と融合した先端医療開発である」と述べた。