医学界新聞

 

〔投稿〕

米国家庭医療の現状と日本の問題点

大平善之
(仁泉会医学研究所 北福島医療センター保原中央クリニック家庭医療科)


 近年,日本の専門医偏重医療の反省から,プライマリ・ケア医養成の必要性が強調されています。欧米諸国では,専門医療偏重への反省,患者本位の医療の提供という観点から,いわゆる「総合医」の養成がかなり以前から行なわれており,すでに専門医としての地位を確立しています。
 日本においても,いわゆるプライマリ・ケア医の養成は必須であり,特に,年齢を問わず,心理社会的側面を含めた,また,患者さんの家庭,地域社会を含めた幅広い医療を提供することのできる「家庭医」は,患者中心の医療を提供する観点から,これからの日本の医療になくてはならない存在になると考えられています。
 今回,私は,家庭医療の本場,米国ミシガン州にあるミシガン大学家庭医療学科(The University of Michigan Medical School,Department of Family Medicine)East Ann Arbor診療所において,佐野潔助教授(米国家庭医療学専門医),マイク・フェターズ助教授のご指導の下,米国における家庭医療の実際について見学をする機会に恵まれましたので,米国家庭医療の現状,そして,日本における問題点と可能性について私見を述べさせていただきます。
 米国における家庭医は,以下の点で,今までの日本の一般医とは根本的に性質が異なっています。

 

幅広く,深い守備範囲

 家庭医は対象とする年齢を問いません。新生児あるいは周産期から積極的に関わりを持ち,そして高齢の方まで男女を問わず診療します。分娩,新生児からの定期健診(日本でいう1か月,3か月健診など)も行ないます。また,対象とする臓器も制限せず,ありとあらゆる主訴に対応します。そして,日常,頻度の高い疾患(common disease)のほとんどを病歴と身体診察のみで診断がつけられ,かつ,急性心筋梗塞や脳梗塞など専門医の治療が必要な疾患を除いては,そのほとんどをみずから治療をする自己完結型医療を実践する能力を持っていますし,そのために,common diseaseに関しての詳細な知識を持ち合わせているのです。
 当然のことですが,専門的診断,治療が必要な場合には適宜,専門医に紹介します。そのために,常日頃から専門医との連携を密にし,また,なぜ専門医の診察が必要なのか,患者さんに十分な説明をするためにも,各々の疾患に関する最新の知識をある程度は持っていなければならないのです。家庭医が活躍するのは病気のときだけではありません。地域の住民が,健康なときもより健康になるにはどうしたらよいかを考え,健康診断,地域の健康教室などを通して地域住民の健康増進,予防医学にも力を注ぎます。まさに「ゆりかご(最近は子宮内!?)から墓場まで」なのです。

心理・社会的側面を含めた全人的アプローチ

 現在の日本に象徴されるように,今までの専門医療偏重のシステムでは,生物学的アプローチ主体で,詳細な病歴聴取,身体診察もなされないままに検査がオーダーされ,器質的疾患が見つからないと,心の問題かもしれないから精神科へ,といったことが当たり前のように行なわれています。しかし,「病は気から」ということわざがあるように,心や家族的,社会的背景が原因で身体的症状が出現することも決して少なくないのです。一般外来を受診する約30%の患者さんが,心や家族的,社会的背景に何らかの問題を抱えているといわれています。米国の家庭医療では,心理・社会的側面を含めた全人的アプローチを行ないます。したがって,こうした専門医療偏重のシステムのような矛盾はまず生じません。
 米国の家庭医の診療は,原則として予約制です。急患でも患者さんはあらかじめクリニックに電話で確認し,指示された時間に来院します。救急の場合には,ER(救命救急センター)へ行くので問題はありません。患者さんの話をよく聞き,丁寧な身体診察をするには,それなりに時間を要します。米国の家庭医の診察時間は,初診なら15分-30分(場合によってはそれ以上),再診でも15分はかけます。当然ながら1日に診療することのできる人数は,多くても20人くらいですが,診療のクオリティを考えれば,これが限界だと思います。日本では,1日により多くの患者さんを診なければ経営が厳しくなるという実情があります。患者さん中心の医療を提供するのであれば,1人ひとりの患者さんの診療に時間をかけ,十分な説明をし,患者さんに満足していただく医療を提供すべきですが,これは,日本の医療保険システムが変わらない限り難しいと思われます。

健康診断,在宅医療にも積極的に取り組む

 米国の家庭医は,予防医学という観点から健康診断にも積極的に取り組んでいます。そして,食事などの生活指導,避妊方法など健康に関するありとあらゆることをアドバイスしていきます。米国の健診が日本のそれと大きく違うところは,以下の点です。
1)検査は必要最小限
 米国家庭医での健診では,検査は必要最小限(採血,検尿,心電図くらい)であり,あとは年齢,リスクファクター,問診,診察の結果を考慮して追加の検査が必要であるか決定されます。
 日本の健診では,種類にもよりますが,胃透視(あるいは内視鏡),腹部超音波などの検査も最初からセットになっていることが多いのが現状です。そして,異常が発見されると医療機関を受診するというのが一般的な流れです。同じ医療機関での2次検診であれば問題ないと思われますが,別な医療機関を受診した場合,結果として,患者さんはもう一度同じ検査を受けなければならないことがあります。患者さんにも(経済的にも身体的にも)負担であるし,医療経済学的にみてもこれは非常に非効率的だと思われます。
2)結果をもとに適切なアドバイス
 米国の健診では,健診結果をもとに医師が生活指導を行ないます。食事の内容・回数・時間,コーヒー,アルコール,睡眠時間,避妊方法に至るまで,時間をかけて事細かに説明します。これを行なうことで生活習慣を改善させ,いわゆる生活習慣病を予防するのです。
 日本でも人間ドックの最後に,結果について医師から簡単な説明がありますが,米国の家庭医のようにはいかないのが現状ではないでしょうか。医療保険システムの違いという大きな壁がありますが,今後,日本でも家庭医が健診,人間ドックにも積極的にかかわっていくことが,予防医学的見地からも望ましいと思われます。また,そうすることで健診,人間ドックで異常が発見された患者さんをそのままフォローしていくことが可能となり,健診で異常があっても受診しないということは減るのではないでしょうか。

周産期医療や小児の診療,健診,予防接種も家庭医の仕事

 米国の家庭医は,生まれたとき,いや,生まれる前(胎児が子宮内にいるとき)からかかわることができます。妊婦健診,分娩,産褥期,生まれた赤ちゃんのことももちろん家庭医が診ます。さらに,その後も,日本でいうところの乳幼児健康診断,予防接種をはじめ,病気になればかかりつけの家庭医が診療していきます。
 日本では,産科,婦人科の診療は,もっぱら産婦人科医が行なっています。そして,家庭医療を志す医師が,産婦人科の研修を受けることができる施設は,私の知る限り日本国内にはいまだにないのが現状です。日本の現状を考えますと,家庭医が分娩をする機会はほとんどないと思われますが,プライマリ・ケアの中心を担う立場として,その技術は身につけておくべきであると考えます。また,婦人科の診療に関しても,適切な研修を受け,内診や経膣超音波ができるようになることで,外来を受診された女性の患者さんを適切に診療できるようになり,診療の幅が広がると思われます。今後,日本でも家庭医としての産婦人科の研修ができるようになることが望まれます。

患者さん中心の質の高い医療のために

 現在の日本において,医療制度や保険制度のまったく異なる米国の家庭医療をそのまま持ち込むのは,非常に厳しい状況です。しかし,日本の制度を踏まえたうえで,うまく取り入れることができれば,医療自体が飛躍的に向上するでしょう。臓器専門医はより専門性の高い専門医として診療し,common diseaseの診療は家庭医が行なうことが今後,現在の日本の医療の状況を改善するひとつの方法であると考えられます。
 患者さん中心の質の高い医療が日本でも実践されるためには,家庭医を養成することが必要不可欠であり,そのためには,日本で家庭医療が早期に,正しく認知されることが必要なのです。