医学界新聞

 

新しい医療の創造をめざして

第89回日本消化器病学会総会開催




 第89回日本消化器病学会総会が,藤原研司会長(埼玉医大)のもと,さる4月24日-26日,さいたま市・さいたまスーパーアリーナほか5会場で開催された。本紙では本学会の企画から,話題を集めたパネルディスカッション「胃潰瘍の診療ガイドライン」と特別企画「直面する医療の課題を問う」の2つのセッションを紹介する(パネルディスカッション「肝癌に対する生体部分肝移植:適応と問題点」)。


 4月24日,さいたまスーパーアリーナにてパネルディスカッション「胃潰瘍の診療ガイドライン」が行なわれ,今回新しく策定された胃潰瘍診療ガイドラインについて報告がなされた。ガイドライン策定の委員長である菅野健太郎氏(自治医大)ら,策定に深くかかわったパネリスト11名によって,その内容や活用に関する問題点,今後の課題などが話し合われた。

除菌治療がスタンダードに

 厚労省の助成を受け,消化器病学会内の研究班によって策定された今回のガイドラインは,国内外の膨大な文献や検査成績,疫学的知見などの根拠に基づいたものであり,今後,EBMに基づいた胃潰瘍診療を進めていくうえでの指針となるものとして期待されている。
 ガイドラインはまず,H. pylori 陽性の胃潰瘍に対する除菌療法をグレードA(行なうよう強く勧められる)で推奨している。その大きな理由として,従来の酸分泌抑制薬を用いた維持療法に比べ,再発率が大きく抑制されることがあげられた。また,その方法としては,3剤療法(プロトンポンプ阻害薬+除菌剤2剤)が,2剤療法(プロトンポンプ阻害薬+除菌剤1剤)よりも有効であるとして,グレードAで推奨された。また,費用対効果の側面からも,除菌療法は除菌によらない治療よりも優れており,2剤併用療法よりも3剤併用療法のほうが優れていることが報告された。
 除菌療法を行なった場合,懸念される問題の1つが逆流性食道炎,胃食道逆流症(GERD)の新たな発症や憎悪であるが,本ガイドラインでは,除菌後のGERDの発生率については現在のところ一定の見解が得られていないとした。

除菌によらないケースはプロトンポンプ阻害薬が第一選択

 H. pylori 陰性や,H. pylori 陽性で除菌療法に適応のない胃潰瘍例においては,プロトンポンプ阻害薬がグレードAで第1選択とされた。この発表を行なった高橋信一氏(杏林大学)は,今回検討を行なったエビデンスが,主に内視鏡的治癒率を扱ったものであり,費用対効果などが検討できていないこと,また,欧米のエビデンスが中心であることから,酸分泌能が低く,潰瘍好発部位も異なる日本人に,そのまま応用することには疑問が残ることを指摘した。
 このほか,出血性胃潰瘍やNSAIDS胃潰瘍などについても,診断から治療法まで,胃潰瘍診療のさまざまな要素にわたって現時点でのガイドラインが提示された。
 また,会場から大きな反応のあった問題の1つに,ガイドラインと法の問題があった。パネリストの1人である古川俊治氏(慶大医学部)は,法学的観点から,ガイドラインは訴訟などにおいて「最低限の医療水準」とみなされる可能性が高いことを指摘し,ガイドラインとは異なる診療を行なった際には,その正当性を主張するに十分な医学的証拠を示すことが求められるのではないかと懸念を述べた。
 最後に特別発言を求められた中澤三郎氏(山下病院)は,「ガイドラインと医師の裁量権の関係,あるいは,訴訟の際にガイドラインがどのように取り扱われるのかといった問題はこれからの課題だが,委員の尽力によって,こうした体系的なガイドラインができたことはすばらしいこと。臨床医,あるいは研究者は“大胆かつ柔軟に”このガイドラインを活用していってほしい」と締めくくった。

第三者機関による事故調査を

 25日には,特別企画「直面する医療の課題を問う-あるべき医療の姿を構築するために」(司会=作家・柳田邦男氏,藤原会長)が一般公開された。
 前田順司氏(東京地裁判事)は,医療の今後の課題として,訴訟前の段階での裁判外の紛争手続きの整備をあげ,「どうしても解決できない事件だけが裁判所にくるようになれば,その段階で患者の情報不足も補われる」と提言した。加藤良夫氏(南山大,弁護士)も,現在準備中の医療被害防止救済センター設立の動機として,「長期化する裁判の体験のなかでは被害者の救済と医療事故の再発防止が機能しないと感じた」と語った。藤原氏は,学会評議員へのアンケートの結果,第三者機関の設置を8割の医師が求めているとした。また,警察への異常死届出義務を怠ったことで医師が有罪になった事例を提示し,「異常死の範囲がよくわからないため,医療現場は混乱している」と問題点を指摘した。
 これらを受けて司会の柳田氏から,「医療事故となった時,まず捜査当局が介入し,裁判のなかでしか事実が明らかにされない。第三者機関による事故原因の調査ができないか」と問題提起がなされた。
 黒川清氏(東海大)は,警察が乗り出したことで当事者が拘束され,重大な事態に発展した経験を語り,「医療事故の際にまず警察に届けるのは先進国のなかで日本だけ」と批判。「患者も言いやすいし,医師も協力しやすい」と第三者機関の利点を述べた。鈴木利廣氏(弁護士)も,「これまでは(医療過誤を)隠す文化のなかで,表面にあがってきたものだけを処分してきた」と,社会的制裁のあり方も含めて制度を再検討する時期との見方を示した。
 新木一弘氏(厚労省)からは,事故予防のための第三者機関設置案が示されたが,予算の面で藤原氏や黒川氏からは疑問の声があがった。黒川氏は,医療事故による経済的ロスを分析し,そのわずか1パーセントの予算で事故を半分にする計画を立てたアメリカを例に出し,厚労省の答申で財源論がないがしろになっている点を批判した。

医療の主語を変えてみる

 また,藤原氏が医療コミュニケーションの障壁として,医師の労働過重を問題視したのに対し,辻本好子氏(COML)は,診療報酬の見直しの社会的議論が必要だと提言した。柳田氏もこれに同調し,「ベテラン医師が1人の患者に1時間説明して,説明料として7,000円の実費しかとれない」と,資源効率の悪さを指摘。学会当日に説明義務違反の判決をしてきたばかりという前田氏は,「裁判例のなかで説明義務違反が厳しくなっている。医師の説明に対する報酬の問題は,これから真剣に考えなくてはならない」と述べた。他の解決策としては,迫田朋子氏(NHK)や辻本氏が患者会の積極的な活用をあげた。
 他にも,メディア報道のあり方やがんの告知など議論は多岐にわたり,予定時間を大幅に上回る討論となった。最後に柳田氏は,今回のようにさまざまな立場の人が医療問題を討議する意義を述べ,「今まではドクターが主語になっていた医療の倫理を,主語を変えることで違う眼鏡でみていけば,解決の窓がみえてくる」として,シンポジウムを締めくくった(なお,本シンポジウムは単行本化され,弊社から今秋発行される予定)。


第89回日本消化器病学会の話題から

肝癌への生体肝移植適応基準を議論




 生体肝移植の適応対象は小児のみならず,成人へと拡大しているが,特に肝癌に対しての生体肝移植については,術後の再発が大きな問題となっており,その適応基準は議論を呼んでいる。パネルディスカッション「肝癌に対する生体部分肝移植-適応と問題点」(司会=東大 幕内雅敏氏,長崎大 兼松隆之氏)では,7名の演者がそれぞれの施設における適応基準について報告し,活発な議論を交わした。

各機関の適応基準はどこに

 堂野恵三氏(阪大)は,「肝細胞癌に対する肝移植症例の適応-CLIP scoreを用いた解析」と題して口演。生体肝移植を施した肝細胞癌症例について,肝機能と腫瘍因子の双方から評価し,総合的に点数化するCLIP(Cancer of the liver Italian program)scoreを術前データをもとに算出し,予後を層別化した結果について考察した。この結果氏は,CLIP scoreによる階層化によって移植以外の治療成績との予後比較が容易になるとし,肝移植の適応を考えるうえで有力な指標になることを示した。
 また,指定発言として登壇した貝原聡氏(京大附属病院)は,「肝癌に対する生体肝移植の現状と今後」と題し,京大における生体肝移植の成績とともに今後の展望を述べた。氏は,「現段階で移植前に再発の有意差を認めることができるのは,癌の大きさのみ」とした一方,肝細胞癌患者に対する移植の適応基準として設けられているミラノ基準(リンパ節転移,胆管・脈管浸潤,肝外転移がなく,腫瘍数1個で腫瘍直径5cm以下,または腫瘍数3個以内で腫瘍直径3cm以下)外においても無再発生存症例が多く認められたと報告。今後の課題として,ミラノ基準外症例の扱いや,再発率の高いC型肝炎症例について,その他,QOL・医療費を含めた多角的解析の必要性などをあげた。

移植適応には困難も

 それぞれの報告を受けて行なわれたパネルディスカッションでは,個々の施設における経験を踏まえて議論が展開。「従来の治療が不可能になった段階で移植を適応するといった基準では,移植の時期が遅すぎてしまう」「患者は移植に大きな期待を持っている」といった,移植治療に対しての考え方を改める必要性が示された。
 一方で「childAでミラノ基準内にある肝細胞がんに対する移植治療は有効と考えられるが,現在の日本医療の状況ではすぐに移植を行なうことは難しい」と,ドナーの負担や医療費などといった問題を抱える移植医療の適応は容易ではないことも示唆された。
 議論のまとめとして座長の兼松氏は,「日本の移植医療は世界が注目している。われわれはさらに適応を広げ,よい結果を出していかなければならない」と,今後の移植医療に対する期待と意気込みを述べた。