医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


DSM診断を学ぶための臨場感あふれる症例集

「DSM-IV-TRケースブック」
Robert L. Spitzer,Miriam Gibbon,Andrew E. Skodol,Janet B. W. Williams,
Michael B. First 著/高橋三郎,染矢俊幸 訳

《書 評》久保木富房(東大大学院教授・ストレス防御/心身医学)

求められる精神疾患に関する診断基準

 東大心療内科では10年ほど前より米国精神医学会の診断基準であるDSM-III-R,およびDSM-IVを使用している。当教室のメンバーはQuick Reference to the Diagnostic Criteria from DSM-IVを携帯し,わからない点があれば,これを開いて,詳細に対応している。ようやく最近は多くのメンバーがこの習慣に慣れてきたという印象を受けている。DSMは,臨床的な論文を書くときは便利であるが,一方ではいくつかの批判もある。もっとも多い批判は,原因や病態のメカニズムに関してはまったく触れていない点かもしれない。また,わかりにくい,使いにくいという批判もある。それでも我々はDSM-IVを使い続けている。それは精神疾患に関する共有可能な診断基準を必要としていること,さらに多軸評定という方法論のすばらしさにある。

読者の興味を引き続ける工夫が随所に

 さて,今回本書が上梓されたことで,前述のような批判に対して相当な対策が打たれたと思う。また,それ以上に本書は読み物としてのおもしろさや楽しみを与えてくれる1冊ともいえる。その理由は,editorであるL. Spitzerをはじめとする多数の著明な専門家の経験と診療活動の中から実際の症例が集められていることが一番大きなものと考える。それゆえに,当然各症例はそれが誰であるか特定できないように,年齢,職業,時には地名などを変更してある。また,診断に不可欠な情報を補うために,症例提供者に問い合わせる必要のあったこともしばしばあったという。この臨場感が本書の最大の特徴である。
 さらに,本書の秀れているところは,各症例の考察が興味深い点である。それぞれの考察で診断上の細部にわたって具体的な検討がなされているので,本書において症例を学び,診断上必要な情報を確認し,そのうえでDSM-IVに沿った診断分類および鑑別診断が可能となっている。この考察の中に「その後の経過」という記述も追加されている。この「その後の経過」を知ることによって,当初の診断の確かさを保証したり,ケースによっては診断上の疑問を提起したり,診断を変更したりすることもある。
 また,付録として,症例名による索引,特別な興味を呼ぶ症例,DSM-IV-TRの分類に添った索引,さらに診断名による索引の4つが追加されていることも,本書のすばらしい点である。これらの4つの索引を利用することで,読者のそれぞれが自分の読みたい症例を選ぶことが可能となっている。
 精神疾患の診断基準の国際化は難しい点がいくつもある。DSM-IVがそのすべてをクリアしたとは思っていないが,DSM-IVへの道は,L. SpitzerやA. Francesらによって達成された20世紀最大の精神科領域の業績とまでいわれている。今後さらに進化していくことを期待して筆をおく。
A5・頁596 定価(本体8,500円+税)医学書院


臨床現場の座右の書,待望の改訂

今日の診断指針 第5版
亀山正邦,高久史麿 総編集

《書 評》杉野信博(東女医大名誉教授・内科学)

時代に合った診断的情報を効率よく整理

 編者が冒頭に述べておられるように,近年医療の技術面の進歩と共に,倫理面などさまざまな課題が派生している。情報の多様化により,時には臨床の現場の医師たちが戸惑うこともある。これらの点を考慮して,多数の診断的情報を各項目ごとに要点を簡潔にまとめているのが本改訂版の特徴と言えよう。
 例を挙げると,不明熱(FUO)に際して「どうしても診断がつかないとき試みること」の欄で,全身状態がよく保たれている時は,抗菌薬,抗結核薬などはすぐに使わず,毎日慎重に診察を行ない,培養あるいは生検できる臓器組織を特定し,また病態を変化させるのでステロイドをむやみに使わぬよう警告している。また,全身性エリトマトーデス(SLE)の臨床像は多彩であるため非定型例,境界例などで診断がつき難いことも珍しくない。そのような場合には,SLE診断分類基準(ARA,1998)に準拠して検査を進めるが,それでも確定診断に至らない時は,対症療法を行ないながら注意深く経過を観察して検査を重ねることを奨めている。多数の症例の中には,このように診断困難な場合に遭遇することが必ずあるので,担当の臨床医にとって良い示唆となろう。
 巻末には付録として基準値,測定法などの検査基準範囲一覧表が疾患別に組まれていて,実地診療上に役立つものである。

臨床家にとって解説の充実もうれしい

 さらに今回の改訂では,診断の意義,そのプロセスなどの解説を冒頭に総論として取り上げ,また近年各分野で急速に普及しつつある遺伝子診断の動向を示している。例えば,悪性腫瘍の遺伝子診断のための測定法としてPCR(polymerase chain reaction)法,RT-PCR法,さらに定量化のためのreal-time PCR法などをわかりやすく概説している。
 なお本書は「診断」の書ではあるが,多数の項で治療法に関する「ワン・ポイント」メモを示してくれているのも,臨床家にとってありがたいことである。
 以上,本改訂版が医学生,研修医はもとより,各分野の多忙な臨床医にとっても座右の書として果たす役割が大きいものと考え,本書を推薦したい。
デスク判 B5・頁2136 定価(本体24,000円+税)
ポケット判  B6・頁2136 定価(本体18,000円+税)
医学書院


多用途に使える精神科薬物のハンドブック

カプラン精神科薬物ハンドブック 第3版
エビデンスに基づく向精神薬療法

Benjamin J. Sadock,Virginia A. Sadock 原著/神庭重信,山田和男,八木剛平 監訳

《書 評》樋口輝彦(国立精神・神経センター国府台病院長)

思いついたところから薬物の検索が可能

 カプランの精神科薬物ハンドブック第2版は,1997年に翻訳され出版された(原著は1996年)。今回の第3版は,原著が2001年に出版され,翻訳は2003年2月に装いを新たに出版された。精神科の薬物に関する書籍は数多いが,このハンドブックは,カテゴリー別に,(1)薬物の名称と分子構造,(2)剤型と投与量,(3)薬物動態と薬物力動を含む薬理学的作用,(4)適応と臨床応用,(5)小児,高齢者への使用,(6)有害作用およびアレルギー反応,(7)薬物相互作用が解説されているのが特徴である。
 序文の中で本書の使用法が述べられているが,カテゴリー別の章立て以外に表Aとして個別の薬剤名とそれがどの章で扱われているかが一覧になっているので,これをもとに検索が可能である。また,主要な精神疾患を取り上げて,それに用いる薬剤とその薬剤を扱っている章(ページ)が明記された表Bが添付されており,病名からの検索もできる。この2つの工夫によって,このハンドブックは,薬のカテゴリーから入ることも,個々の薬剤から入ることも,はたまた疾患の治療から入ることも可能になっている。
 第2版と比べて大きく改訂された点は,(1)精神薬理学原理の章が全面的に書き換えられ,特に代謝のところでP-450関連の記載が充実したこと,小児および青年期と高齢患者に対する向精神薬の使い方,有害作用に関する記載が詳細になり,多くの表が追加されたこと,(2)新たなカテゴリーとしてα2アドレナリン受容体作動薬,コリンエステラーゼ阻害薬,ミルタザピン,オルリスタット,レボキセチン,非定型抗精神病薬,シブトラミン,シルデナフィル,薬物増強療法,向精神作用を持つハーブなどが加えられたことである。

充実した訳注により日本の現場にも十分対応

 本書は,米国で出版された精神科薬物ハンドブックであり,必ずしもすべての薬がわが国で市販されているわけではないし,剤型の違い,投与量の違い,投与法の違いなどもあるので,プラクティカルに用いるには若干不向きな点がないわけではない。しかし,訳者はきめ細かな訳注を随所に書き加えており,わが国の実情に合わせた記載があるのがありがたい。
 本書は,読者それぞれの関心によって使い分けが可能である。辞書代わりに,あるいは疾患の治療法を知るガイドブックとして,あるいは個々の薬物の特性を知るためのハンドブックとして活用可能である。
A5・頁424 定価(本体6,200円+税)MEDSi


大幅な改訂で最新の技術にまで言及

臨床検査技術学17
遺伝子検査学 第2版

菅野剛史,松田信義 編集/須藤加代子,前川真人 著

《書 評》宮地勇人(東海大助教授・臨床検査医学)

 「臨床検査技術学」シリーズの「遺伝子検査学」は,1999年に初版が出版され,学生や臨床検査技師向けの本邦初の本格的な教科書として好評であったが,この度,初版発行後3年あまりと比較的に短い期間にもかかわらず,大幅な改訂,追加がなされ「遺伝子検査学,第2版」として出版される運びとなった。

日常検査にも次々と導入されている遺伝子検査技術

 本書の大きな特徴は,遺伝子検査に関わる基本的な事項に加え,医学・医療における遺伝子検査のニーズを的確に捉え,さらに医学・医療と遺伝子検査の将来を見据えた内容にまとめられている点である。本書での改訂内容は,遺伝子検査を取り巻く環境の変貌に基づいている。すなわち,診断に意義ある遺伝子情報の増大と遺伝子解析技術の進歩により,遺伝子検査はその対象を拡大し,日常検査に次々と導入されている。
 ヒトゲノムシークエンスの概要が明らかになった今日,その遺伝子配列の機能と疾患との関わりが解明されるにしたがい,診断に意義ある遺伝子情報は今後急速に増加すると予想される。このように診療における重要性を増す遺伝子検査の基礎が学べるよう,新鮮な感覚で改訂,追加がなされ,内容の一層の充実が図られた。本書では,日進月歩の遺伝子検査について理解を深めるため,基礎的知識は初版を踏襲し,特に応用面の充実が図られ,遺伝子解析法での新たな技術革新,バイオテクノロジー/遺伝子工学(生命工学)の応用,さらにポストゲノム医療に言及されている。

多様な解析技術を理解しやすく整理

 本書の特徴の2つ目は,系統的に遺伝子検査学の基本を学べるよう綿密に構成,企画がなされている点である。これを可能としたのは,遺伝子検査や遺伝子解析に長く従事し造詣の深い執筆陣によるところが大きい。遺伝子解析技術は実施の場が研究室から検査室に移行しつつある新しい技術であり,その応用対象が拡大しつつある展開の著しい検査領域である。遺伝子検査学は,対象遺伝子や検査法が多岐にわたり,学生や初学者にとって難しい学問に受け取られやすい。このため,本書のような平易で適切な教科書の登場が待たれていた。その期待に応えようとする執筆者の熱意は,今回の大幅な改訂,追加の形で強く伝わってくる。目次は理論的に構成され,多様な解析技術それぞれの位置づけがよく整理されている。各章を学んだ後,目次に目を通して基礎的事項の位置づけを見直すことにより理解が一層深まる。

基礎的内容の解説も充実

 本書の構成は,遺伝子検査の基礎的な技術,原理を理解するため,遺伝子とは何か,に始まり,検査対象となる遺伝子情報のユニットと,それを検出,解析する技術の基礎がわかりやすく解説されている。遺伝子構造と変異の種類,酵素,遺伝子組み換え技術,ベクター,遺伝子導入,塩基配列決定,核酸増幅法など遺伝子検査学や遺伝子工学の最低限の知識が整理してある。最低限の知識と言っても,一見複雑に見える多様な検査技術はイメージが作りにくい。実際にイメージを作りやすいよう,イラストを多く使い,基礎原理を図解しているなど工夫されている。
 遺伝子検査の応用においては,遺伝子の変化を検出する意義と適応を理解するため,まず,遺伝性疾患,癌,感染症など各種疾患の分子病態が解説されている。さらに多様な遺伝子解析法が対象疾患や検出すべき遺伝子異常など応用との関係でよく整理され,遺伝子解析法の理解を助けている。

理論と実践で遺伝子検査に精通

 遺伝子検査を学ぶ近道は,基本的な理論と実践である。その意味で,実習トレーニングの役割は大きい。実習の項では,基本的手技や学習の要点が見事に整理されている。日進月歩の遺伝子検査であっても,基本的な理論は普遍であり,本書の内容は,将来にわたり長く活用できる。遺伝子検査の基礎的な技術,原理を理解することは,検査の実践において発生した問題点への対処や技術の新しい応用にも重要である。知っておいて損はないサイドメモや末尾の付録は,実践的で,実に行き届いた計らいである。したがって,本書は,入門書としてだけでなく,実用書としても活用でき,検査室にぜひ常備したい書でもある。
 今日,医療全般において,診断,治療に遺伝子工学の技術が導入されている。遺伝子検査や遺伝子工学の基礎知識は,どの分野に従事する場合でも,臨床検査技師に不可欠となった。臨床検査技師を目指す多くの学生,初学者が,本書を通して,遺伝子検査の基礎を身につけることを期待する。遺伝子検査が臨床に多用され,今後さらに普及すると予想されている今日,遺伝子検査の理論と実践に精通した臨床検査技師の育成が求められている。本書には,学生には多少難しい比較的高度な知識も含まれているが,医学・医療の全体をみる高所に立てば将来的に重要な事柄であり,本書を通して,高い志をもつ臨床検査技師が育まれることを望む。
B5・頁184 定価(本体3,200円+税)医学書院


地域でのPTのあり方が見える,画期的なテキスト

標準理学療法学専門分野
地域理学療法学

奈良 勲 監修/牧田光代 編集

《書 評》中屋久長(高知リハビリテーション学院長)

地域リハビリテーションの基盤整備は進んでいる

 理学療法士(PT)にとって待望の書が刊行された。
 現在わが国の障害者総数は約576万人(身体318万人,知的41万人,精神217万人)であり,そのうち65歳以上の高齢障害者が54.1%と過半数を占める。高齢者の地域リハビリテーション(地域リハ)の展開は20余年を経過している。「地域リハとは,障害を持つ人々が住み慣れたところで,そこに住む人々とともに,一生安全に活き活きとした生活が送れるように,医療や保健,福祉および生活に関わるあらゆる人々が行なうすべての活動をいう」とある。介護保険事業や地域リハ支援体制整備推進事業など,高齢者対象のみならず,その基盤整備は着実に推進されている。

地域におけるPTの役割や位置づけが明確に

 ややもすると地域リハに埋没されてしまいがちな,地域における理学療法(士)の活動を,本書は1つひとつ解説しており,医療機関での理学療法とは異なる技術や関わり方が理解できる。また,PTのアイデンティティが示された書でもある。編者ならびに著者の方々は,実践や研究を通して積み重ねた成果をこの1冊にまとめられた。編者の序文にあるように,近年では「障害を負ったら保護をする」という概念から「在宅に戻る,在宅生活の継続,地域での生活」といった考え方が一般化され,PTにも「地域の中で生活するための援助」が求められている。
 地域リハが盛んにいわれはじめた頃,特に老人保健法施行直後には,地域での機能訓練事業に参画したPTはその役割や位置づけ,援助方法が不明確であった。そのため病院における「理学療法」をそのまま行ない,地域活動の先陣である保健師の方々に「PTには当たりはずれがある」などの顰蹙を買ったり,また個別療法に傾注するあまり事故に至ったりなどさまざまな経緯があった。それらの失敗や気づかなかった対象者やチームへの迷惑が理解できるように,また地域理学療法や地域リハ活動の概念や理学療法学を学習する学生には恰好の書と考える。
 第1章は地域理学療法の概念,第2章地域リハを支えるシステム,第3章地域理学療法の展開,第4章生活環境の整備,第5章地域理学療法の実践に分かれ新しい情報がぎっしりと掲載されている。健康づくりを含めた保健分野が少ないが,第2版で追加されると期待している。
B5・頁280 定価(本体4,700円+税)医学書院