医学界新聞

 

【特別寄稿】マッチング,新臨床研修制度

「これだけは言いたい」-怒れる現役医学生たち

 情報不足,過密日程――研修希望者と臨床研修施設の組み合わせを決めるマッチングの実施を前にして医学生たちは不安を募らせている。厚労省,大学・研修病院,そして医学生は何をすべきか? 当事者の立場から2人の医学部6年生に寄稿してもらった。


 <私見>
マッチングの問題点と今後の対応
-ブラックジャックになりたいけれど



本庄太朗

(筑波大学医学専門学群6年)

 厚労省ワーキンググループ(以下,WG)で示されたマッチングの日程は次の通りである。

6月中旬-8月末:マッチング参加病院への応募,面接試験等
8月末まで:希望順位表提出(原則的に,採用試験を受けた病院のみ記載)
9月1日:中間公表(第1希望のみ)
9月1日-15日:中間公表を踏まえ,希望順位表を変更できる
9月15日-9月末:マッチング(コンピュータのアルゴリズムによる)
9月末:結果の通知
10月以降:マッチングにあぶれた学生,マッチングに参加しなかった学生が空席のある研修病院に個人的に交渉(マッチングにあぶれた学生のために再度マッチングをすることはない)

 この日程案は,従来10-1月頃にあった研修病院による選考に先んじて実施することにより,医学生が「研修病院の選考に漏れたからマッチングに登録する」流れを避け,アンマッチ後の自由採用の期間を確保するため,スケジュールをできるだけ前倒しにしようとしたためだと,厚労省医政局医事課にお電話して説明を受けた。
 これまで先輩方は「夏休みに実習,秋冬に採用試験」を受けていたが,今年からは「夏休みだけで実習と採用試験」を受けなければならない。夏休みが8-9月の学生は,8月しか就職活動に使えなくなる。また,厚労省の見通しは,「7割以上の学生がマッチングに参加し,5-15%の学生がマッチングにあぶれる」というものだが,この数字はとても大きく感じる。

準備不足のまま,なぜ今年実施?

 情報不足,議論不十分のマッチングを今年から導入することの目的はいったい何なのか。第2回WG資料に「現在は研修病院の手続きの日程などがまばらなため非効率になっている(中略)。すべての研修希望者と研修病院が合理的,かつ効率的に組み合わせを決定できるシステムが求められる」とあるが,説得力に欠ける。
 確かにこれまでの採用は非効率であったかもしれないが,何らかの大きな問題が起きていたとは,私は寡聞にして知らない。マッチング導入によって起こりうる問題(下記)のほうが大きくはないだろうか。研修病院間での協調を促し,採用者発表の時期を一定期間内におさめるなどの方法で,解決をはかることも可能ではないのか。

今後,何をすべきか

 さて,マッチングの現状についての私見と要望をそれぞれの立場から考えてみる。 医学生:有識者を交えての検討と決定を経ているプロジェクトを覆すことは難しく,また私たち学生は学業と病院実習で忙しい。集団ボイコットは不可能。戦争をとめられなかったデモにも私はあまり意義を感じない。現実的には,早くからの研修先検討と実習申込みしかない。すでに有名研修病院は夏の実習予定が埋まりつつあり,友人が断わられて嘆いていた。この際,授業放棄と多額出費も覚悟しなければならないかもしれない。実習するためには推薦状が必要になるが,いくつも書いてもらうわけにはいかない。情報を吟味したうえで絞り込むしかない。HPやMLでの学生間の情報交換,病院への質問などが手段としてあるが,いまだ決定していないことが多いので,不十分ではあってもやむを得ないと割り切り,できるだけ狙いを定めて実習先を決める。大学の教官からもしっかりアドバイスをもらっておく。
 将来は,見学・実習が前倒しになることが予想される。後輩の諸君は低学年のうちから「自分はどんな医師になってどんな医療をしたいのか」,進路を考えていろいろな病院を見ておくべきだろう。でないと私たちのように混乱に巻き込まれてしまう。 大学病院と研修病院:とにかく早くプログラム等をHPなどに公表してもらいたい。情報がなければ,学生は夏休みの病院実習すら申し込めない。そして,マッチングに参加する病院は,たとえ希望者が100名を超えたとしても,全員と面接をしてほしい。日本の一般企業もアメリカの病院もそれだけの時間と費用をかけている。病院側の学生への対応の違いも,病院を選ぶ際の重要な情報になる。 厚生労働省およびマッチング実施主体:厚労省は今後の検討課題として「マッチング・研修医の処遇・研修医の評価」など,非常に重要なものばかりをあげている。WGにも医道審議会にも学生は参加していないのだから,せめて,議論の途中経過を医学生団体や新聞,各種MLなどに公表して,わたしたち医学生がどう受け止めているかアンケートをとり,議論の参考にすべきではないだろうか。マッチング導入は日本の医学界の歴史を変える事態である。しかし,WGでは過去2回計4時間しか議論されていないそうだ。厚労省はマッチングについての説明責任をどう考えているのだろう。スケジュールでは6月からスタートするのに具体的なことは何も決まっておらず,マッチングの労働関係の法規における位置づけや土台となる財源問題など,曖昧なことが多すぎる。
 私たち6年生のもっとも気になることは,「8月を中心とした夏休みに採用の面接や試験を行なうのなら,病院見学にいつ行けばいいのか」ということである。実習の申込みをするにも,double bookingになれば双方に失礼になる。情報はあまりにも少なく,時間は過ぎていく。厚労省は予想される数字として「学生1人平均10件の病院希望調査票記入」をあげた。しかし,いまからでは金銭的・物理的・時間的に無理であろう。病院側もそんなに受け入れられるはずがない。また前述のスケジュールでは,多くの研修病院の試験日が重なることは十分ありうる。こういった現実的な問題を厚労省はどのように考えているのか。5月12日現在,厚労省HPにマッチングの窓口はない。私たちはどこに相談すればよいのか。

これだけは絶対に変更すべきだ

 最低限,なんとかしてほしい点をひとつだけ述べてこの稿を終える。
 8-9月が夏休みの医学生のために,スケジュールを「6-9月:マッチング参加病院への応募,採用試験。9月末まで:希望順位表提出」と変えていただきたい。
 厚労省が時間をかけてようやく案を発表すると,そのまま議論が進みつつある現状では,前述のスケジュールはまだ案とはいえ,今後大きく変わることはないのかもしれない。しかし,学生も病院もそれを受け入れがたいとするなら,変更するのが当然であろう。もし,厚労省が「8月末希望順位表提出」というタイトな締め切りにこだわるのなら,はっきりとした論理的な根拠を示し,きちんと説明する義務がある。
 幸か不幸か私たちははじめてのマッチングシステムの主体的な参加者であり,意見をアピールできる立場にある。みなさんはどう考えるだろうか。そして,どうするのか。
 不十分な情報,時間的な厳しさに私たちは負けてはならない。なぜなら,ここで妥協したら将来被害をこうむるのは患者さんとその家族だからである。


 新しい臨床研修制度についての私論


白川 剛

(九州大学医学部6年 卒後研修学生委員長)

 第26回日本医学会総会の学生企画(4月6日)から1か月が過ぎた。国家試験に合格し,忙しく病院内を駆け巡る研修医1年目の先生方を見ていると,自分の1年後の姿を想像してみたくなる。しかし,残念なことにどこでどのような研修を送っているのか,なかなか見えてこない。5月上旬にして,いまだ今夏のことすら不確実であり,医学生は不安な日々を送っているのである。

新しい制度で本当によくなるのか

 臨床実習が始まって間もない昨(2002)年1月,僕は2004年度から卒後研修制度が大きく変わることを耳にした。その重大さもわからないまま秋になり,大学主催の説明会が行なわれた。その内容に学生は大きな衝撃を受け,疑問や不満が爆発した。
 医学部内で卒後研修委員会が組織されていることを受け,学生側も学生委員会を組織した。僕は学生委員長となり,学生側と大学病院側の間に立って仕事をしてきた。長い協議を経て,九大は大学病院と関連病院を1年ずつ交互に研修をする「たすきがけ方式」をとることになった。しかし,これには背景がある。厚労省が制度をなかなか固めないため,マッチングやプログラムなどが詳細に決まらなくても対応のきくよう,融通性のあるものを作り上げたのだ。同様の仕組みは,全国の多くの大学でも行なわれる予定だ。
 その経緯の中で,僕は多くの学生や先生方と話をしてきた。常に出てくることは,以下の事柄である。「新しい制度に変わることで,本当によくなるのか。そもそも制度の意義や目的が不明瞭で,具体性に乏しい」。実に情けない。制度を行なうことばかりを急ぎ,医学生や研修病院を混乱させ続ける厚労省。
 実は,学生や先生方が抱いている思いを役人にぶつけ,多くの方に知ってもらい,少しでも新制度をよりよくする一助になれば,という思いで開催したのが医学会総会の学生企画である。厚労省の方は呼べなかったが,医学生・大学教授・研修病院の教育部長・医局長・過去の制度に精通している先生が各々の立場から考えを述べ,さらに活発な討論を行なった。
 会場は予想以上に多くの人々で埋まり,皆さんの関心の高さがうかがえる結果となった。先生方と学生が同じ場で討論する場など,滅多にある訳ではない。他大学の医学生と意見をかわす場も,そうあるわけではない。学会での発表は,大きな勉強になったと同時に,大勢の人に新制度をより深く考えてもらう契機になったと今は思っている。しかし,会場の学生の反応は,研修の意義目的がよく理解できたという感想はあったが,「具体的な話を早く聞きたい。1年後自分がどうなるのか早く知りたい」というようなものが多く,期待よりは不安感が浮かび上がった。
 それでは,いったい何がそのような思いを抱かせるのだろうか。冒頭で僕は,「医学会総会から1か月が過ぎた」と述べた。だがこの1か月の間で新制度の内容は,ほとんど進展していないのが実情だ。第一,給与の問題がいまだ定まっておらず,アルバイトが許可されるという話も色濃くなってきた。マッチングの実施スケジュールはどんどん窮屈になり,6月にプログラム公開,8月までに試験が行なわれ,9月末には結果が通知されるという。
 学生は慢性的な情報不足に悩まされ続けている。病院は,研修プログラム作成や指導医教育等の環境整備に追われているところもあれば,アルバイト禁止で医師の数が減少し,診療体制に窮することが予想されるところもあり,右往左往の状態である。こんな状況で慌てて新制度を行ない,本当に良い研修ができるのであろうか。36年ぶりに行われる制度改革の目玉である,「プライマリ・ケアを重視して全人的な医療ができる医師の育成」のためには,2年間の研修における明確な目標を定め,それに必要な環境づくりを先に行なうべきではないだろうか。

まず,何が必要か

 これまで新制度に対して,否定的な見方をしてきた。今の状況から冷静に判断すると,そのように考えるのは致し方ないと思う。だが,僕も期待していないわけではない。今まで受動的な色彩のあった卒後研修が能動的なものに変わるのは,たいへん喜ばしいことだ。多様なプログラムを備えるであろう,数多くの研修指定病院の中から主体的に選択ができるということは,各人が描く医師像の実現への第1歩として,大いに寄与するものと思われる。
 われわれ新制度1期生は実験的な要素が強く不安は大きいが,改良を重ねて新制度を定着させれば,医療の質は大きく向上するだろうと信じている。そのためにまず何が必要であるのか,僕なりに考えてみた。
 厚労省は新制度を実施させるだけでは無責任である。先程も述べたように研修環境の整備を行ない,研修病院と協力して医師の育成を行なう必要がある。情報と時間の不足という厳しい状況ではあるが,医学生は互いに協力して積極的な姿勢をもって研修先を選択し,2年間の研修をしなければならない。各大学はその特色を生かした魅力ある研修プログラムを作成し,全国から幅広く医学生を受け入れることが求められる。
 医学会総会での企画をきっかけに本紙での執筆機会をいただいた。広くご議論いただければ嬉しい限りである。卒後研修のみにとらわれず,日々医学の勉強に励み,社会に恩返しすることをお約束して,僕の文章を締めさせていただこうと思う。