医学界新聞

 

300人以上の研修医を擁する全国最大の臨床研修施設

慶應大学病院は必修化でどうなる?

河瀬 斌氏(慶應義塾大学病院卒後臨床研修センター長)に聞く




――臨床研修必修化に対する慶應義塾大学病院の姿勢とは?
河瀬 基本的な姿勢は,厚生労働省の方針と一致しています。これまでのように専門的なことしかわからない医師ではなくて,最初に患者さんに接した時に,最低限必要なことを適切にすることができる医師,つまり救急への対応ができる医師をまず育てなくてはならないと考えています。当院の研修プログラムの目的と特徴を簡潔に示すと,のようになります。

慶應病院研修プログラムの特徴

――大学病院は非常に専門分化しており,高度先進医療を追求する場であるということからも,「プライマリ・ケアの基本的診療能力」の訓練にはふさわしくないという指摘があります。
河瀬 確かに現状ではそういう側面があります。そこで,当院では幅広くプライマリ・ケアを学べるようにシステムを変えることにしました。
 まず1つは,大学病院だけでなく,いわゆるプライマリ・ケアが行なわれている一般病院でも研修できるようにしたことです。大学だけにいると,大学だけしか見ない人間になってしまうので,いわゆる“たすきがけ”のローテーションを行なうことにしました。つまり,1年目に大学で研修をした者は2年目は関連病院へ行き,1年目に外の病院をローテーションした者は2年目は大学で研修をするという仕組みです。
 そして,もう1つの特徴は,2年目をAコースとBコースの2つに分けたことです(図参照)。一方は麻酔科が必修で,外科系を志望する研修医にはできるだけこちらのコースを選んでいただきたいと思っています。

夜間救急の当直で診療能力を鍛える

――大学病院には,特殊な疾患や症状の患者が多く,熱を出したというような一般的な症状の患者が少ないと言われています。また,すでに診断がついている患者も少なくなく,プライマリ・ケアの診断能力を鍛えるのが難しいという見方もあります。
河瀬 それを補うために,3つ目の特徴があります。最近,「大学ではプライマリ・ケアは学べないのではないか」とよく悪口を言われますが,必ずしもそうではありません。それはすべて科で分けてしまっていることから生じる弊害です。例えば外科で当直をしていますと外科の患者しか診ないことになります。逆に,内科へ行けば内科の患者しか診ない。眼科や小児科の患者さんはまったく診ないことになります。
 しかし,救急外来には一晩に60-70人の来院患者があります。救急車で運ばれてくる方が全体の約4分の1で,歩いていらっしゃる方は4分の3です。ここでは1次救急から3次救急まで非常に幅広い症例を診ることができるのです。当院では,この夜間当直を各科の垣根をなくして全科当直にし,常に4名の研修医が当直して,来院患者を片っ端から診る仕組みにしました。すると,一晩に1人あたり十数人,多様な症状を持つ患者さんを,ほぼ一晩中診ていることになります。当直は二十数日に1回ですから,1年間で200名近くの救急初診患者を,バックアップにあたる各科の専門医の指導のもとに,診ることができるわけです。これは基本的な臨床能力を培うためにきわめて有効です。
 つまり,研修医は,救急部をローテーションしている際に昼間の救急を経験し,また,年間を通して当直医として夜の救急を診るわけです。これならば大学でも十分にプライマリ・ケアが学べます。

研修医数は3分の1に激減

――研修プログラムの定員は?
河瀬 全体で96人です。1年目に大学病院をまわる者,関連病院をまわる者,それぞれ48人ずつということになります。ですから,今後,当院内には2学年分の96人の研修医がいることになります。慶應病院は1070床ありますから,研修医1人あたり10床強ということになります。
――これまで300人以上いた研修医が,新制度では約3分の1になるわけですが,診療等に与える影響をどうお考えですか?
河瀬 影響は大きく,心配しています。影響の度合いは科によっても異なります。例えば,眼科,耳鼻科,整形外科など,これまで非常に研修希望が多く,多数の研修医を抱えてきた科は,新制度では必修科から外れたため,研修医の数が激減し,相当な影響があるのではないかと思います。特に専修医の負担増は避けられません。

研修医の業務を看護師・医学生らと分担

――研修医が減ってしまうことによって発生する問題を,どう解決するのですか?
河瀬 1つは研修医が担ってきたルーティンワークの一部を看護師にお願いするということです。研修医の業務としては,採血,点滴が多かったのですが,偶然,今年から看護師による静脈注射が認められました。すでに一般病院ではやられてきたことですが,大学病院では規則がそうなっている以上,看護師は行なわなかったのです。しかし,今後は,研修医が担ってきた業務の一定の部分を看護師にやっていただくことになります。
 もう1つの解決策は,学生をもっと現場に出し,積極的に診療業務の一端を担うなかで学んでもらうということです。全国的な卒前教育の改革が現在進行しつつありますが,その柱の1つである米国流のクリニカル・クラークシップ(診療参加型臨床実習)の導入が,まさにこれにあたります。本学ではこれを推進させます。
 例えば,指導医が横につき,実際に学生自身が現場で採血を行なうことを指導する。臨床現場でのそのような指導は教育的に極めて有効です。手間はかかりますが,今後採血などは学生さんに参加してもらうことになります。あるいは外科では,包帯を交換するのを学生に手伝ってもらうことになります。クリニカル・クラークシップにより,学生が早期に生きた臨床医学を学ぶことは非常に意味のあることです。

研修医の処遇・マッチングへの対応

――新制度での研修医の処遇は?
河瀬 東京都で決められた最低賃金があります。月額に換算すると,14~15万だそうですから,それ以上は出すことになります。しかし,現時点で厚労省が補助金を出すのか出さないのか,まったく不確定な状態です。8月末にそれが決まるということですが,それまでははっきりとした額は言えないというのが,われわれの立場です。
――マッチングへの参加は?
河瀬 マッチングがどうなるのか,いまだに不透明なので非常に困惑しています。これまでにも,どのようなマッチングシステムになるのか不安だったので,しばしば厚労省にお伺いを立てています。実際に厚労省の方に来ていただき,講演もしていただきました。そこでもマッチングに関して質問をしているのですが,「今回はとてもマッチングは間に合わないので,貴学なりの準備を進めてください」ということでした。そこで,われわれは「マッチングは今年はない」ということを前提に準備を進めていたのです。
 ところが,この4月に入ってから,厚労省のホームページに突然「マッチング案」というのが出てきました。しかも,「今年からやる」ということなんです(笑)。では,「どこがマッチングを行なうのか」ということを厚労省に質問しますと,「答えられない」というわけです。5月から参加登録を始めるという今現在に至っても,応募受付の目途もなく,どこの機関がやるのかすら公表されていないのです。そんな状況で「なぜ今年からできるのですか?」というのが率直な印象です。

マッチング参加は体制整備次第

河瀬 われわれは,マッチングを行なう実施主体に対して,マッチングに関する細かいことを質問したいのです。もしそれが理想的なものであるなら,われわれは参加したいと思っています。ですから,それを確認したいのです。本当にわけへだてなく事務的にやってくれる機関ならよいのです。しかし,何らかの作為がはいったような規格でやられては困るわけです。米国では,いろいろな医学会が連携してマッチングの機関をつくっています。これは非常にフェアで,政治的な意図がまったく入らない機関です。では一方,日本ではどうなるのか,そこに注目しています。ですから,われわれも現時点ではマッチングに参加するかどうかは答えられません。
 ただ,もし今後1か月以内にマッチングがしっかりしたものとして組み立てられるのだったら,マッチングに参加してもよいと考えています。
――ということは,この1か月以内に状況が改善されなかったら,不参加を表明せざるを得ないということですね。
河瀬 その通りです。7月下旬から8月にかけては学生の海外研修が予定されています。採用試験をするのなら,その前に予定せざるを得ません。マッチングの準備の遅れのために,貴重な学生の海外研修の場を奪いたくありません。
――学生たちの反応はいかがですか?
河瀬 非常に混乱していると思います。厚労省には,施行時期や方法についてもっと責任のある決め方をしていただきたいというのが,われわれの願いです。来年やるというのなら,われわれも考える時間があるし,データもいろいろ揃って納得して参加することもあり得ると思います。不備な状態で,なぜこうも性急に推し進めようとするのか,不思議でなりません。

改革を不完全なもので終わらせるな

――今後,この制度改革はどう進むべきでしょうか?
河瀬 このシステムの改革は,私は非常によいことだと思っています。研修医の地位の向上,教育レベルの向上,雑務からの解放,画期的な改革です。ただ,研修制度だけ改革すればよいのかということが1つあります。その上の専修医の部分も含め,より長いスパンでみた医師養成制度の改革がこれを機会に必要だと思います。
 そして,処遇やマッチングのあり方については国としてもっとしっかりした対応をする必要があります。現在,学生のマッチング登録の締め切りは7月で,処遇に関わるお金が決まるのは8月下旬とされています。学生たちをマッチングに乗せた後で,「お金は出ません」ということになったら,大騒動になることでしょう。結果的にお金がまったく出ず,その分は病院が負担しろといわれても,いまの厳しい財政では,どこの病院でも負担できません。だから,国が,国の予算を使って本気でこれを改革する気があるんだったら,それを見せていただきたいし,それを先に出していただきたい。「われわれはこれだけやる気がある。実際に実行できる体制にある。だから君たちついてきてくれ」というのならわれわれはいくらでもついていきます。
――ありがとうございました。