医学界新聞

 

連載(4)

    新医学教育学入門

教育者中心から  
学習者中心へ
  

勉強する人しない人

  
大西弘高 国際医学大学(マレーシア)・医学教育研究室上級講師


2532号よりつづく

なぜ自分の学生は勉強しないのか?

 熱心な学生が多く参加しているメーリングリスト(ML)を見ていて驚くのは,発言している学生がとてもよく勉強しているということです。症例について病態生理を考えたりするのが楽しそうにも見えますし,MLで別の学生の違った考え方に触れたりすると,ますます知的好奇心が増している様子も伺えます。しかし,このような熱心な学生たちの中には,「学内で同じように熱心に学ぼうという仲間がいない」とこぼしている人も少なくありません。また,大学の教官も,このようなMLの様子を知り,「なぜ自分が教えている学生はこれほど熱心ではないのだろうか」と悩んだりします。では,なぜこのような違いが生まれるのでしょうか。
 これを説明するために重要なのは,“動機づけ(motivation)”とは何かを理解することでしょう。動機づけについて,まず内発的動機づけと外発的動機づけに分けて考えてみます。外発的動機づけによる学習とは,例えば「次のテストで80点以上取れたら,バッグを買ってあげる」とか「クラスで10番以内に入らなければ,小遣いを減らす」のように,賞罰や競争などの外的要因によって学習活動に取り組む場合を指します。教育者が賞罰や競争を強調するという形で外発的動機づけを多用する場合,「学習者は本来怠けようとするものだ」という固定観念を抱いているのかもしれません。
 しかし,多くの子どもは特に教えていなくても母国語を学びたがり,やがて使いこなせるようになっていくという例で分かるように,“知的好奇心”を生まれつき持っています。
 デシ(1971)は,大学生にパズルを解かせる実験を行ない,内発的動機づけの存在と報酬によるその低下(アンダーマイニング効果)を示しました。パズルを制限時間内に解けると報酬を与えるという条件にした学生は,報酬を与えた日には被験者が実験の合間に設けられた自由時間にも熱心にパズルを解こうとしましたが,翌日「報酬を与えない」と伝えると自由時間にはパズルを解こうとしなくなりました。しかし,報酬なしの群では,翌日も自由時間にパズルを解こうとする学生の行動が観察されました。
 このように,報酬を与えなくてもパズルを解く楽しみを知った学生は勝手に解き続けますし,逆に報酬を与えればパズルを解く行為を「誰かにやらされている」と感じてしまう可能性があるのです。内的動機づけを低めてしまう原因は,学習しても無意味だとか,どうせ上手くいかないのではないかと考えることを「学習」してしまっていることにあるのかもしれません。

学習への動機づけが低い場合

 セリグマンとメイヤー(1967)は,イヌを用いた学習に関する実験を行ないました。ある反応をした時に電気ショックから逃れられるようにしてその反応を導くのが通常の実験ですが,この実験ではどのような反応をしても電気ショックから逃れられない状況にしばらく置きました。すると,電気ショックから逃れられる条件を与えても,じっと電気ショックを受け続けるだけになってしまう例が観察されました。これは,“学習性無力感”と呼ばれ,その後人間でも同様の現象が確認されました。解決不能な問題を与え続けられると,不安が増したり,解決できるはずの問題を解こうとしなくなったりしたと考えられます。
 ワイナー(1971)は,成功・失敗の原因や責任の所在をどう考えるかによって意欲が決まると説明しています(表)。安定性とは経過によって変化しやすい(安定)かしにくい(不安定)かです。自分の内部にあって変化させにくいのは能力で,変化させやすいのが努力です。自分の外部にあって変化しにくいのが課題の困難度であり,変化しやすいのが運となります。
 これに続き,ドウェック(1975)は,8-13歳の学習に対して無気力になった子どもたちに対して算数の問題を与える実験をしました。簡単な問題を多く与えて自信をつけさせる“成功経験群”と,簡単な問題と難しい問題の両方を与える“努力帰属群”に分け,努力帰属群には難しい問題の成績が悪いときに努力が足りないせいだと説明したのです。そして,訓練期間後に問題が解けないときにどう反応するかが比較されました。成功経験群では難しい問題で失敗したとき原因を能力のなさと感じてやる気をなくしましたが,努力帰属群では根気よく学習を続けてよい成績を修めたのです。
 自分でコントロールできるという感覚を持つことにより,できない課題に対しても努力が続くようになると言えるでしょう。また,簡単な問題ができたからと言って,急激に難しい問題を解こうとすることは挫折感を味わわせることにつながりやすいと言えるかもしれません。
 学習への動機づけが低いのは,必ず何らかの原因があります。教育者はその原因に焦点をあて,いかに動機づけを高めていけばいいかをそれぞれの学習者に対して考えていかなければいい学習にはつながらないと肝に銘じるべきでしょう。

動機づけの多様性

 学生たちの間に急激に広がっているのは,ケーススタディやAdvanced Cardiac Life Supportなど,学年や大学の枠組みを越えた勉強会や技能講習会です。これらに参加している人は,単に学習内容が楽しかったり達成感があったりするだけでなく,関係している人々との交流に楽しさを覚えたり,将来の目標や学ぶことの意味がより明確化されたりといった少し別の動機づけを得ている印象を持つこともあります。このような動機づけは単に外発,内発の次元だけでは分けられない側面があります。
 次回は,成長と共に様々な経験をした「おとな」の学習が,「子ども」の学習とどう違うのかについて述べたいと思います。