医学界新聞

 

〔連載〕How to make <看護版>

クリニカル・エビデンス

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


(前回,2528号よりつづく

〔第24回〕水害から人々を守れ(3)

水害により引き起こされる感染症

水害の後には下痢が多発する
 水害の後しばしば下痢の患者が多発します。「クリプト」は寄生虫疾患であり,1-2週間続く下痢をきたします。免疫不全患者に罹患するとしばしば致命的です。その卵は土中に存在するため,洪水や嵐などによって飲み水の中に混じって感染します。塩素消毒(通常の水道水はこの消毒方法を用いている)が無効で,なかなか信頼できる検査もなく,煮沸水か販売している飲料水を飲むことが唯一の予防です。
 1993年,ミシシッピー川が氾濫した際,ミルウオーキーで40万300人のクリプト患者発生をみています。そして,抵抗力のない100人以上の人たちが命を落としています。水害は直接的な問題だけでなく,その後の感染症によっても被害者を増大させるのです。流行の前,異常に長い雨と雪解けの時期が重なっていました。同様の原理で,特に発展途上国においてコレラの発生も急増します。ですから,台風や長雨の後は感染症に注意しなくてはなりません。また,台風などで家屋に浸水があるとネズミが異常発生することがあり,ネズミで媒介される「レプトスピラ」などの疾患が増える可能性があります。台風の頻度は明らかに増加しており,日本でも大雨と日照りの組み合わせによって,思わぬ感染症が発生する可能性があり,今後注意が必要です。

エルニーニョによるアフリカの長雨と感染症
 「リフトバレイ熱」は,大雨や洪水の際頻度の増える蚊によって伝播される急性疾患で,家畜と人を侵します。また,蚊が介在しなくても,人が感染した家畜と接触したり肉を扱ったりしても感染します。通常,軽症ですむ疾患なのですが,時に重症化し,出血熱・脳炎に進展し,死亡率は1-5%と言われています。また,家畜の死亡率はより高いため,発展途上国では特に深刻な経済問題にも進展します。
 1930年,最初にケニアで報告され,1950年には約10万頭の羊が死亡しました。さらに1977年の流行時には,約600人が死亡しています。1987年の流行は,西アフリカ・セネガル川計画に伴う洪水が引き金になったと考えられています。
 「エルニーニョ現象」と同期して,アフリカのケニア北東部とソマリア南部において,1997年10月に始まり,1998年1月まで続く記録的長雨がありました。雨が降り始めて3週間後,最初の症例が報告され,2か月後より何千もの家畜が死亡し,人の場合およそ9万人が感染し,1%の900人程度が死亡したと推計されています。
 雨が止むのと同時に,感染症の頻度も減少し,1998年3月には流行の終息をみています。同時期,「マラリア」も大流行し,数万人が罹患し数千人が死亡したと推測されています。
 現代の日本にいると,想像を絶する患者数です。特にアフリカの場合,長雨により医療機関受診への道が破壊されたのが,流行をさらに膨らませました。家畜の肉からの感染経路もあったわけですが,人々は肉以外食べるものも十分なく,肉が感染経路となることがわかっていながら,十分な予防を講ずることができませんでした。また,水害の直接被害も大きく,ソマリアでは2千人を超える人々が洪水にのまれ,ウガンダでは百人がナイル川の氾濫に巻き込まれて死亡しています。リフトバレイ熱のため家畜の輸出は落ち込み,コレラの問題からヨーロッパは東アフリカからの魚介類の輸入を禁止するなど,長雨の打撃は家畜,人,そして経済にまで及んだのです。

ハリケーン・ミッチの教訓
 1998年10月,わずか3日間という短い期間でしたが,貧しい国の密集する中央アメリカを襲った「ハリケーン・ミッチ」の水害の酷さは言うまでもなく,人々はさらに感染症という二次被害に見舞われました。特にホンドルンでは2万人のコレラ患者,3万人以上のマラリア患者,21万人の重症下痢患者が発生し,多くの乳幼児に死をもたらしました。1000人以上のデング熱の発生もみています。森林伐採がデング熱の発生に拍車をかけたと考えられています。また,62人がレプトスピラ症に罹患し肝腎不全により4人が死亡しました。
 この国の首都テグシガルパはコルテカ川に接し,川には人や動物の汚物が無処理で流れ込むにもかかわらず,中央市場の商人はこの川で野菜や鶏肉を洗います。このことが,下痢に関係する病気を多発させた原因の1つでしょう。最近設置された水の供給システムも破壊され,6万人以上の人々が家を失ったとされています。避難した子どもたちに対しては,肝炎と破傷風のワクチンが投与され,蚊やネズミの駆除が積極的に行なわれました。それでもこの状態です。蚊やネズミの駆除だけでなく,避難所の衛生状態をよりよいものにするほうが合理的です。ですから,先進国の都市であれば,ハリケーンがこれほど大きな被害に進展しなかったかもしれません。逆に,備えの薄い貧しい国々が水害にあった際の被害の程度は非常に大きいのです。ハリケーン・ミッチは,われわれに多くの教訓を残してくれました。

警告システムの充実
 台風,ハリケーン,サイクローンなどの強度と経路がわかれば,予め住民を避難させることができるので,少なくとも直接被害を相当減らすことができます。さらに,水害後の感染症が何を介して広がるかの情報を伝えることも,重要な予防の手立てとなります。さらには,水害に強い街の構造を作り上げることが何よりの対策となります。
 特に最近では,コンピュータによる情報を地図上で示すGISが広く活用されるようになりました。このことにより,環境要素(森林伐採など)と社会要素(貧困地区)の条件を掛け合わせて評価することもできます。そして,諸々の因子を計算して,避難勧告発令の意思決定をします。自国にこのシステムを持つ国は,発展途上国に技術提供する必要があります。

貧困と環境破壊が水害被害を拡大する
 もちろん,伝染病流行は実に多くの因子によって発生します。しかし,貧困は明らかに水害後感染症流行の引き金になります。もしも,発展途上国で下水システムがしっかりしており,塩素消毒が有効で,森林伐採も計画的であったなら,これほどまでに大きな被害にはならなかいでしょう。特に森林伐採によって,雨を吸収してくれるバッファーがなくなってしまったために,中国,バングラディッシュ,中央アメリカの水害被害が拡大したと言っても過言ではありません。
 さらに,沿岸部のエコシステムをも見逃してはいけません。マングローブなどを中心とする,海と陸を境する部分は非常に大切で,諸々の因子をフィルター掃除してくれます。よって,環境破壊が水害被害に拍車をかけているのは明らかです。一度破壊された環境は,なかなか元の状態には戻りません。われわれは,経済的目的のみから自然環境を破壊しすぎてしまったのです。
 先進国は,発展途上国が自然を破壊しなくても産業が成り立つように指導し,援助していかなくてはなりません。また自分の国,他の国,すべての国が完全な市場経済に任せる前に,地球環境をこれ以上壊さないようにするルール作りがどうしても必要です。世界の気候はリンクしています。21世紀,「自分の国だけよければ」という考えは,世界倫理に反するものなのです。

気候災害と費用
 近年,極端な気候による被害が世界で増えつつあるのは,今まで述べてきたとおりですが,その被害救済にかかる費用もうなぎ上りに増えているのが現実です。アメリカで1988年以前,1つの気候災害で10億ドルを超えることはありませんでした。
 しかし1989年以降増え続け,1998年には890億ドルを超えました。これは,1980年代総額よりも多い額となっています。洪水被害補助に用いた金額は,最近5年で130億ドルですが,さらにその前5年では33億ドルでした。ほぼ4倍に跳ね上がっています。
 1998年,アメリカ保険会社の支払い金額は80億ドルに達しています。この額は1997年の3倍に匹敵します。アメリカではこの気候災害の最悪だった1998年,3万2000人が死亡し,多くの人々が住んでいた土地を離れました。森林伐採により雨の吸収が減り,地崩れや洪水の発生を促します。また,都市化は人口を洪水に弱い平野部や丘,あるいは湾岸に集中させるため,人々への被害はより強くなります。
 「ミッチ」は,最近200年間で最悪のハリケーンとされています。ハンドラ,ニカラグア,ガテマラ,エルサルバドルで1万1000人の死者を出したとされており,ハンドラでは半数の住民が避難し,橋や道が分断され,95%の農作物が破壊され,その損害はGDPの1/3,40憶ドルに達しました。「ミッチ」が直撃した中央アメリカは,毎年2-4%の森林が伐採により失われています。このことが,ハリケーンによる被害を拡大しました。特に,ハンドラは森林の半分を失っており,ハリケーンのくる数か月前にも1万1000km2の森林を焼き払ったばかりでした。そのため,「ミッチ」は家々,道,橋などを土砂とともに一気に洗い流してしまったのです。
 1998年,最も費用のかかった災害は中国の揚子江氾濫で,3700人の死者を出し,農作物の被害,避難民など,被害総額は300億ドルに上りました。中国の中央部から南部では雨が多く,揚子江周辺では最近数十年で農地拡大のため森林伐採が進み,85%の緑が失われました。河川には多くのダムが建設され,20世紀初めには20年に一度しかなかった氾濫や洪水が,最近では10年に9回は発生しています。
 1998年夏,バングラディッシュで大きな洪水があり,34億ドルの被害をだしました。ガンジス川上流,インド北部,ネパールの伐採および海抜の上昇がガンジス川下流にある低地の多いガンジス川の被害をよりひどいものにしました。この状態は悪化することはあっても改善することは少なく,今後もバングラディッシュは洪水の危険に曝されることになります。
 他の場所でも費用はかさんでいます。1998年1月,カナダとニューイングランドでの吹雪は,メイプルシロップ産業に25億ドルの損害を与えたと言われています。6月トルコの洪水は20億ドル,アルゼンチンとパラグアイの洪水は25億ドル,6月インドのサイクローンでおよそ1万人が亡くなり,シベリアでは300万エーカーを超える森林が燃えました。
 1998年世界各地でみられた「天災」は,ある意味で「人災」とも言えます。特に,森林伐採と湿った土地が失われることにより,雨は土中に染みることなく表面を洗い流し,洪水や土砂崩れを来たします。これにより家々,道,農作物など,多くのものは一気に押し流されてしまいます。森林伐採により,干ばつの年は逆に土壌を乾燥させ農作物の被害をもたらします。インドネシア,ブラジルの森林は十分湿っており,かつてなら燃えるはずがありませんでした。しかし森林伐採の著しい同地区で,1997年から1998年,大きな森林火災が発生しました。ブラジルの森5万2000km2,インドネシアの森2万km2が焼けたとされています。これはその国に留まらず,地球の資源が失われたといっても過言ではないでしょう。


この項おわり