医学界新聞

 

「患者さんとともに歩むPOS」をメインテーマに

第25回日本POS医療学会開催


 第25回日本POS(Problem Oriented System)医療学会(会頭=日野原重明聖路加国際病院理事長・名誉院長)が,宮本尚彦大会長(川崎市立川崎病院産科部長)のもと,さる3月21-22日の両日,パシフィコ横浜において開催された。
 「患者さんとともに歩むPOS」をメインテーマに掲げた今回は,大会長講演の他,会頭講演「POSを画く明日の患者さん」,教育講演「看護における共通言語」(日本看護協会・上鶴重美氏),および27題の一般演題,6題のポスターセッションの他,次のプログラムが企画された。
 パネルディスカッション(1)「患者さんと共に歩む診療録」,(2)「患者さんの安全とPOS-ケアの質と保証のために」,(3)「電子カルテの活用」。
 ワークショップ(1)「クリニカルパスとPOS」,(2)「在宅ケアとPOS」,(3)「音楽療法とPOS」,(4)「薬剤師のPOS」,(5)「栄養士のPOS」,(6)「医師のPOS」,(7)「アセスメントの能力を高める」,(8)「オーディット」。
 本号では,パネルディスカッション「患者さんの安全とPOS-ケアの質と保証のために」と会頭講演を紹介する。


●患者さんの安全とPOS ケアと質の保証のために

 パネルディスカッション「患者さんの安全とPOS-ケアと質の保証のために」(司会=日赤看護大学・中木高夫氏,滋賀医大付属病院・坂井靖子氏)では,患者に安全で質の高い医療を提供するためには,POSをどのように活用すべきかが討議された。

病態と与薬の一元的理解の重要性

 最初に川村治子氏(杏林大)は,「求められる理解の促進と共有を可能にする看護記録」と副題して,「与薬エラー防止における病態と与薬の一元的理解の重要性」を論じた。
 川村氏の調査によれば,与薬(注射・内服)エラーが多い理由は,(1)与薬が頻度の多い医療行為であり,かつ1回の与薬で患者・薬剤・量・方法・日時・速度など確認箇所が多いこと,(2)医師の指示から看護師の与薬まで複数のプロセスを,指示という「情報」と薬剤という「モノ」が時間的・空間的隔たりの中で流れて,臨床3部門(医師,看護師,薬剤師)が連繋して遂行される複雑な業務システムを形成していることにある。特に薬剤を病棟に受領した後に患者の病態の変化により変更・中止指示が発生した際に,こうした業務の複雑さが情報伝達を混乱させやすく,変更情報の伝達不備のために注射エラーが多発していた。また内服薬にしても,病態と密接に関連して漸増減する薬剤や,投与方法が限定された薬剤において,重複投与,中止忘れ,量や日時の誤りが多発していたことを指摘。
 川村氏はこれを踏まえて,「与薬は患者の病態を最も密接に反映した医療行為である。したがって,与薬エラー防止には,病態を理解した与薬を行なうこと,つまり,病態と薬剤情報の一元的な理解が欠かせない」と強調。さらに氏は,一般に注射はacute,majorな病態と変化を反映しているのに対し,内服与薬はbasal,chronic,minorな病態の変化を反映し,注射に比べて注意をひきにくい。さらに薬剤の種類も多いために両者の理解が不十分なまま与薬が行なわれやすいことも,内服エラー発生の重要要因となってことを指摘し,「これらのことから,与薬事故防止には,正確な情報伝達とともに,病態と薬剤の一元的理解の促進のための与薬3部門のコミュニケーション強化と情報共有が重要なキーと思われる。特に看護領域においては,与薬の背景に存在する病態変化の理解をスタッフ間で共有できる看護記録,病態を把握しやすい看護方式の採用,そして,一元的理解を促す院内教育の充実が取り組むべき課題である」と強調した。

薬剤師から見た「投薬ミス」の原因

 一方,薬剤師の立場から原 景子氏(川崎医大)は,医薬品に関するエラーの主な発生パターンを,(1)薬品名類似のための混同,(2)薬効類似のための混同,(3)外観類似のための混同,(4)複数の剤形・単位があるための混同,(5)投与量・投与速度の混同,(6)指示変更の伝達ミスによる混同(二重投与,投与忘れ,中止忘れ)などに分類。さらに,これらが医師,看護師,薬剤師の各業務プロセスにおいて複雑に絡み合って発生していることを指摘し,この複数の職種がかかわったプロセスを安全に施行するためには「情報の共有化が不可欠」と強調。
 また原氏は,「人間が医療を提供している限り,ヒューマンエラーに基づく事故をゼロにすることは不可能である。エラー防止にはゴールはない。患者さんと医療スタッフ同士が良好なコミュニケーションを図ることが,医療の質の確保と安全な医療提供の基本である」と結んだ。

安全で質の高い医療を提供する診療情報管理のあり方

 また中島和江氏(阪大)は,「患者に質の高い医療を提供し,医療の透明性の確保と説明責任を果たし,診療情報を医療の質管理など2次的にも活用するためには,質の高い診療情報管理が不可欠である」と前置きして,次のような諸点を指摘した。
 「“モノ”としての管理面」では,情報共有という点から,「1患者1診療記録」,「中央一元管理」が基本となる。また,閲覧室や院外への診療記録の持ち出しは,紛失による患者の診療上の不利益や患者情報の漏洩という点からも厳禁であり,診療記録が部門や職種を越えて円滑に運用されるためには「診療情報管理委員会」が機能しなければならない,と指摘。
 また,記録の内容については,単に記載量だけでなく,診療上の問題点とそれを解決するプロセスが明確に示された記録が不可欠である。例えば「医師指示簿」における「表記方法の標準化」や,「看護師の申し送り表」や「手術記録」における「転記の最小化」などがそれであり,さらにはエラーに気づいたり,業務の実施を確実に確認できるような工夫も必要である。
 中島氏はその他にも,「ファックス送信ミス防止」,「患者の同意」,「プライバシー保護」,「電子カルテにおける同一患者の診療情報への複数の同時アクセス」,「洗練された編集機能」,「確実でリアルタイムな記録」,「重複記録の削減」などを指摘した後に,「医療の質評価を可能にするような構造化された情報の入力(例えば重症度)とそれらの正確性の担保は,今後の課題である。診療記録を通じた質の向上には,このような具体的な内容を踏まえた診療記録に関する実践的な卒前・卒後教育が不可欠である」と強調した。


●「POSを画く明日の患者さん」 日野原重明会頭講演より

「個別的事情」の重要性

 日野原重明氏は会頭講演「POSを画く明日の患者さん」で,「患者の問題解決にあたっては医師や看護師などの医療提供者だけで進めていくのではなく,当事者である患者を“情報の貴重な提供者”とみなして,積極的に医療チームに迎え入れることが重要である」と強調。そして,「その際,医療者は提供された情報に関して,情報提供者の立場や信頼性,さらには情報の表現(誰が,いつ,どこで,何を,どんな)について,その患者ならではの個別事情がないかどうか,検討を加えなければならない」と指摘した。
 さらに日野原氏は,患者から訴えや徴候が示されていながらも正しい診断がなされず,その生涯の大半を病に悩みながら過ごさざるを得なかった事例を紹介。「聞く耳を持たない医療人のために患者のせっかくの情報がまったく生かされなかった」と問題視し,例えば統計などから算出された基準値を“正しいもの”として患者に画一的に当てはめるのではなく,「患者のそれぞれの違いを細かく考慮した上で値を読み解くべき」と述べた。

医療人に伝える訓練も重要

 また日野原氏は,そのような個別的な対応を進めていくには,医療者側のアンテナの感度を高めるだけではなく,「患者が自分の状態を医療人に的確に伝える訓練をすることが効果的である」と指摘。
 「例えば,小学生の頃から作文の授業の一環として自分の病歴を書くような訓練を受ければ,どのように自己を表現するかという言語化の問題もクリアできるし,なにより自分の健康に責任を持つ意識を育むことにつながる」との考えを示し,自分の症状や受けている治療について,患者が上手な言語を使って表現できるようになれば,「われわれは少数のデータでも相当な確率で疾患に攻め込むことができる」ことを強調した。
 さらに,「患者の生活像の収集が不足していると,問題の本質が明確化されず解決に至らないことが多い」と述べ,医療職が患者の問題解決に関わる際には,患者からの情報の他に環境(生活像)の情報の重要性を示すとともに,「誰が問題解決をするのか」という論点では,医師,看護師,コメディカルの他に,患者も「自分が解決する」という認識を持つ必要があることを再度強調し,患者の主体的な関わりに期待を寄せた。

医療職側の意識革命を

 一方,これからの患者のあるべき姿として,「受診する際に患者自身が作成した問題リストを持参して医師や看護師に見せる」との持論を展開。「こうして書かれたものの中には,医師や看護師が書けないような表現があるはずで,われわれはそれをきっかけに一歩踏み込んでコミュニケーションができる」とその意義を力説し,医療職側の意識改革とその実現にむけた実践を促した。
 最後に日野原氏は,自身がPOSに取り組むきっかけになったウィードやハーストとの出会いについて触れ,「みなさんの将来を決定するのは人との出会いと言ってもいい。“あの人のようになりたい”という人との出会いを本学会で見つけてほしい」と会場の参加者に語りかけて会頭講演を結んだ。