医学界新聞

 

あなたの患者になりたい

「納得診療」は適切な訳語か?
――インフォームド・コンセントをめぐって

佐伯晴子(東京SP研究会・模擬患者コーディネーター)


 先日,国立国語研究所が外来語を訳語におきかえる提案をしました。代表的なものが「インフォームド・コンセント」です。
 どんな訳語だったと思いますか?「納得診療」だそうです。日本医師会が以前「説明と同意」としましたが,今回はどう違うのでしょう。そもそもconsentは「承諾する」という動詞です。動詞の主語は誰でしょう? またinformedは「情報を与えられた」という受動態の形容詞化したものですから「情報を与えられて承諾する」というのが本来の語義です。ですから医療に限ったことではなく,広く日常生活でとるわたしたちの行動の仕方なのです。
 例えばマンションを借りる時に,きちんと説明してもらって,わかったうえで契約します。間取りや設備は当然ですが,法外な敷金や不利な更新条件がないのを事前に確かめます。もっと簡単に,新幹線のぞみは全席指定で1000円高いが30分早い,とわかって切符を買います。実際に住む人が,乗る人が自分でわかっていないとどんなことが起こるでしょう? 言った言わない,の水掛け論でにっちもさっちもいかなくなるはずです。隣の貸家や新幹線車中がおだやかなのも,わかったうえで住む,乗ることができているからです。
 実際は重さの程度に違いはあっても,日常生活のほとんどのところで私たちはインフォームド・コンセントして行動しています。同時に,個人や集団にインフォームド・コンセントしてもらっているのです。
 ところで「納得診療」という訳語で私が気になる部分は,「診療」です。なぜ医療に限定したのでしょう。医療で取り沙汰されることが多いのかもしれませんが,広く社会を見渡すと医療はごく一部の領域にすぎません。人が大事な行動を決めるのに必要な情報を得るのは当然の権利です。行動する本人が理解できるような情報を提供(説明)するのは説明する側の責務です。個人に限らず,集団や企業,国までが自らの行動を決めるときに必要な理念であり,具体的な手続きであると私は考えています。本来の守備範囲は広い理念ですので医療でしか使えない訳語にしてしまうのは理念普及の点からも,問題ではないでしょうか。

医療の主語について考えてみよう

 もうひとつ「診療」という語で気になるのが,主語の問題です。診療するのは医療側です。診療に納得と非納得があるのか知りませんが,いくつかの診療形態のひとつの種類という印象を受けてしまいます。もし,この言葉を医療に限定して使うのであれば,コンセントする主語の患者さんを医療側に置き換えるのは本来の趣旨に反していませんか?
 では,どう訳せばいいのか,と結論をはやる前に,医療の主語について考えてみたいと思います。10年20年経って,この訳語にしてよかったと誰もが思えるように,今こそ広く議論すべきではないでしょうか?