医学界新聞

 

連載(1)

    新医学教育学入門

教育者中心から  
学習者中心へ
  

医学教育が注目されているのはなぜ?

  
大西弘高(佐賀医科大学 総合診療部)


なぜ,医学教育は激変の荒波にもまれているのか?

 近年,急激に医学教育改革の動きが生じてきました。モデル・コア・カリキュラムと共用試験,そして,卒後臨床研修必修化など2004年から実施が決定されたものもあります。各大学医学部では,そういった動きに合わせてさまざまな取り組みがなされ,何年か前に教育を受けてすでに医師になった人たちが受けたのとは,現在かなり違ったカリキュラムが採り入れられているというケースも少なくないと思われます。では,なぜこんなに急激な変化が生じているのでしょうか。
 今までの医学教育にはさまざまな問題点が挙げられていました。
(1)知識偏重で問題解決・学習や患者ケアに対する態度・基本的臨床能力のスキルが十分学べていなかった
(2)医療の心理社会的(psychosocial)な側面や患者医師間のコミュニケーションが軽視され,生物医学的(biomedical)側面ばかりが重視されていた
(3)学生の自主性や動機づけが軽視され,教育者が教えたい内容を教えていた
(4)プライマリ・ケアや地域包括医療に従事する医師を系統的に育ててこなかった
(5)教育に携わる者が教育学について学ぶ場が少なく,学んだとしてもそれを活かせていなかったし,教育に熱意を持って取り組んでも,そのことが評価されてこなかった
 などが主なものです。昨今の変革は,こういった問題点への対策として実施されていると考えてよいでしょう。

出遅れた日本の医学教育

 このような問題点は,特に日本に限ったことではなく,世界各国に共通するものです。しかし,上記への対策は世界各国と比較してやや出遅れたのではないかという印象があります。
 私は世界的に見て医学教育システムに定評があるのは米国,カナダ,英国,オランダ,オーストラリアの5つと思っていますが,それは,これらの国々では医学教育を専門的に学ぶための大学院修士課程が設置されたり,医学教育領域に心理学や教育学領域からの専門家が生まれたりしてきた歴史があるからです。また,上記5か国には,そこで学んでいる世界各国の医学教育関係者が多く存在します。
 近年,医学教育は1つの学問分野として確立し,医学教育専門家には教育学,心理学などの専門知識が不可欠になりつつあると考えるべきでしょう。日本が出遅れたというのは,こういった専門知識が医学教育に十分採り入れられていないのではないかと感じるからです。

一変した医学教育を取り巻く環境

 しかし,日本の医学教育の変化を早めたのは,医学教育関係者がそういった医学教育に関する先進的な取り組みに刺激されたというよりは,むしろ周囲に強いられた……という側面が大きいかもしれません。
 常識では考えにくいような原因による医療事故,患者と普通に話すことすらできない臨床医の存在,そして医療の質に対する意識の高まりなど,患者や社会に対するマスコミの影響はかなり大きかったと思われます。また,医学生にとっては,医学的知識へのアクセスが以前よりも書籍やインターネットなどを通じて格段によくなっていますし,国内外の大学医学部間での情報交換により各大学の医学教育システムの比較も以前よりは可能な状況になっています。
 さらに,以前は医学教育に関与するためには大学で働いているほうが有利な印象でしたが,最近は卒後研修や生涯学習だけでなく,卒前教育に関しても学外での比重が高まりつつあります。国立大学は独立行政法人化されることも決まっていますし,一部の大学医学部には廃止の噂が立ったり,予算配分の重点化による競争が激しくなったりして,「他の大学と同じような教育をしておけば間違いないだろう」というようなやり方が許されなくなってきたと言えるでしょう。
 では,どのような教育が「よい教育」なのか。どうすれば「改善」できるのか。この問いに答えるための枠組みについて,本紙で述べていきたいと思います。また,昨今の改革に用いられている教育方法やカリキュラムについても,こういった枠組みを踏まえてわかりやすく説明したいと考えています。


  大西弘高氏
1992年奈良県立医科大学卒。92-97年天理よろづ相談所病院。97年から佐賀医科大学附属病院総合診療部。2000-02年イリノイ大学医学教育部に留学し,医療者教育学修士課程を修了すると共に診断推論の認知心理学的研究にも従事。現在,佐賀医科大学医学系研究科博士課程。専門は医学教育。2001年より医学教育学メーリングリストを主催し,医学教育全般について内容の濃い議論を繰り広げている。