医学界新聞

 

第30回日本集中治療医学会開催

クリティカルケア看護の方向性を模索




 第30回日本集中治療医学会が,劔物修氏(北大教授)のもと,さる2月4-6日,札幌市のロイトン札幌・厚生年金会館を会場に開催された。
 本学会では,会長講演「集中治療医学-現在・過去・未来」をはじめ,黒川清氏(東海大総合医学研究所長)による「21世紀の課題:『プロ』を育てる」や,井上智子氏(東医歯大)による「21世紀 クリティカルケアの実践・研究がめざす方向」の特別講演が行なわれた他,学会30回を記念して小川龍氏(日医大)が特別講演「集中治療医学会の30年」を行なった。その他,招請講演にはLinda Johnston氏(豪・メルボルン大)「Evidence Based Nursing-実践・研究への活用」が,また教育講演として,「摂食・嚥下障害の病態とリハビリテーション(聖隷三方原病院 藤島一郎氏),「看護は感情労働である」(静岡県立大 石川准氏),「脳蘇生と音楽運動療法」(大阪芸術大 野田燎氏)など,多彩な企画がなされた。
 合同シンポジウム「MEセンター化における臨床工学技士の役割」が企画された他,「重症患者の褥瘡ケア」,「臓器移植を受ける患者・家族へのケア-身体・心理・社会的側面から」,「ICUで倫理的問題に直面する時」,「意識障害患者への急性期リハビリテーションの取組み」,「ICUにおける看護の質保証のためのマネジメント」などの最新のテーマが取り上げられ,雪の舞う中,多くの参加者が会場に詰め掛けた。


●クリティカルケア看護の方向性

重症患者を前に看護は何を感じてきたか

 井上智子氏(東医歯大)による特別講演「21世紀 クリティカルケアの実践・研究がめざす方向」では,クリティカルケア看護のあり方を,臨床,研究,教育の側面から概説。(1)クリティカルケアが人々にもたらしたもの,(2)看護実践での蓄積,(3)看護研究での蓄積,(4)今後の医療の方向性から考える,の4項目を中心に行なわれた。
 氏は,クリティカルケアにおけるPPC(patient progress care)方式がもたらしたものや,集中治療の場で看護師は何を感じてきたかとして,専門性の模索や,医療情報,医療機器操作能力,過剰な体験をする人々へのケアや,常に死が身近にある,その中で充実感と同時に不全感を味わってきたことなどが上げられるが,蓄積してきたこれらの実践や体験を言語化してこなかったのではないか,と指摘した。
 これらを分析して,「重症患者へのケア技術や知識が向上したものの,それは複雑系の世界であり,看護師はみずからの足場とめざす方向を混沌の中で模索してし続けている。命の瀬戸際にある人々への生命・生活援助は,これまでの看護の概念では伝えきれない独自なかけがえのない体験を含んでいる」と述べ,「このあたりがクリティカル看護の独自性なのではないか」と示唆した。
 一方,看護研究に目を転じると,国内の研究の動向を過去10年間における本学会の演題テーマを分析したところ,7割が精神的安楽,感染予防などの日常生活援助で,3割が診療補助であった。一方,海外では,過去10年間259件の看護研究の分析から,「患者・家族・看護師の体験」「傷つきやすい患者を守る」「処置時の苦痛軽減,安楽への援助」「よりより身体ケアの開発・公嬢」「クリティカルケア看護師の能力開発」「看護師-医師関係」が関心の高いテーマであったことを紹介し,日本においてもこれらのテーマはさらに研究を深めるべきではないかと述べた。

クリティカルケア看護を確かなものに

 現状を分析した上で氏は,クリティカルケア領域の看護実践・研究から導かれる方向性として,(1)クリティカルケア看護の専門性と独自性の確立,(2)看護学への貢献と基礎教育への還元,(3)クリティカルケアと人間生活,人間存在との統合,(4)医療経済の視点を持つ,さらに(5)卒後専門教育の充実の5点を掲げた。
 加えて,21世紀のクリティカルケア看護をより確かなものにするためには,「生きることを支えるケア(スピリチュアルケア)の開発と実践」,クリティカルケア看護の臨床知や思考・行動パターン,管理能力などの「実践の記述」,「専門職としての評価とフィードバック」,「ICU医療において看護の貢献を示す評価研究」などが,実践・研究を通じて看護が開拓すべき領域と掲げて,その上で看護師の役割の拡大と権限の獲得をめざすべきと提言した。

●ICUの中の倫理的問題

臨床現場での葛藤

 シンポジウム「ICUで倫理的問題に直面する時」(名大病院 三浦昌子氏,東医歯大病院 武澤真氏)では,常に重症で厳しい状況に置かれている患者を目の前に,看護は何ができるかが問われた。
 最初に藤田一美氏(京府医大病院)は,先天性心疾患を有する乳児(重度の染色体疾患も有する)への治療を,医療側の説得にも関わらず家族が拒否し,退院1か月後に死亡と至った事例を紹介。この体験から氏は,「これまで医療者側の価値観をおしつけてこなかったかと感じた。医療者,特に看護には,家族の答えを間違いかどうかの判断ではなく,患者・家族が選択した考えを支持するというアプローチが必要なのではないか」と述べ,議論の的となった。
 次いで,北村愛子氏(りんくう総合医療センター市立泉佐野病院)は,サラ・フライの看護実践の倫理を,心臓手術後に予想外に状況が悪化し死亡した高齢女性患者の例にあてはめて分析。家族は延命を望むものの医師は手術前に「手術後に開封してほしい」として,延命治療を拒否する内容の手紙を渡されていた。患者へのアドボカシーの必要性を痛感するとともに,家族も含めた全体性のケアリングが倫理的側面の支援となると強調した。

現場での看護倫理教育

 谷井千鶴子氏(杏林大病院)は,同大救命救急センター・ICU・HCUに勤務する看護師(以下,ICU看護師,99/136名)と一般病棟(内科・外科各部署140/903名)を対象に,(1)倫理的問題に関する調査用紙(トンプソンらの「倫理的問題を明確化するための5カテゴリー」に具体的内容6項目を設定)と,(2)看護師の専門的自律性の調査用紙(菊地らの看護専門職の自律性測定尺度47項目を使用)を施行。その結果,一般病棟の看護師に比べて,ICU看護師は倫理的義務・責任に対する感受性高く,専門的知識・技術修得と,専門職として医療関係者,患者・家族との関係に悩み,10年以上の経験を積むと自律性があがり倫理的問題の感受性高くなる,という結果が得られたことを紹介した。そして氏は,看護倫理は提示するだけでは認識しにくいことから,看護師が悩んだり不満を口にした時を逃さず,どのような倫理的問題が生じているのか明らかにする土壤を作る,自律性が向上し始める経験4年目前後に倫理的問題に関する現任教育を取り入れ,臨床現場で師長が倫理的行動を取っているかを振り返る,の3点を今後の課題として提示した。
 最後に,医師の立場から黒川顕氏(日医大多摩永山病院)は,特に日本医師会の「医の倫理綱領」を中心に概説。また,「患者のコンプライアンスの悪さを言う医師がいるが,簡単な日常的なルールへのコンプライアンスが悪いのは医療者である」と指摘。しかし,その一方で患者側にも倫理的問題があることも同時に指摘した。また欧米先進国のように,医師の加入が義務づけられる組織の存在や,法的効力を持つ倫理的基準が定められているが,日本は医の倫理に関する規制はなく,医師個人の良心に任せられていることに言及。今後は医の倫理の遵守と向上のために,強制力のある倫理規範の必要性を強調した。
 演題終了後のフロアとのやり取りで,倫理的に問題を感じた時,弁護士や病院の倫理委員会など,ICU外の機関との連携で問題解決が図れるのではなど,活発な議論が展開した。