医学界新聞

 

〔投稿〕開業医の家庭医談

――あるプライマリケア系学会の帰り道

佐野 潔(ミシガン大学医学部助教授・家庭医学科)


●登場人物
 医師A10年間大学の内科および関連病院勤務後,都市近郊の団地で開業して7年
 医師B4年間の研修病院での総合診療研修終了後,開業して地方の過疎農村地で開業して2年
 医師C内科研修後5年間大学総合診療科にて教育・診療の後,都心部のビルにて開業して3年


医師A:先生方,懐かしいですね。お元気ですか。
医師B:いやー,A先生もC先生もお元気そうですね。
医師C:最近は風邪のシーズンでしょ。1日100人近くみてる状態なんですよ。先生のとこもそうでしょ。きっと。

本当のニーズとは

:うちは団地なんで小児科が多いんです。ちょっと鼻水,熱とかいうものからクループ,細気管支炎,熱性痙攣。内科でも風邪はもちろん,主婦の下痢,腹痛なんか多いですよ。時々婦人科みたいな生理不順なんか来て困っちゃうんです。うちは婦人科なんか見ないって言ってるのに。
:そうなんですか。かかりつけ,家庭医とは言っているものの内科以外は自信持ってみてるかっていうとそうじゃあないんですね。私のところなんて田舎なんで年寄りが多くて,20代なんぞ長いこと見たこともないくらいなんですよ。まあ時々子どもは来ますかね。それに稀にお産を頼まれるんですよ。
:私は大学の総合診療っていうところでスタッフとして家庭医療のようなことを教えてきたはずなんですけど,結局は内科だけだったようで,今,家庭医などといってはおりますが,実はいいとこ総合内科医なんですよね。都心で開業していると小児なんてまったく来ないですよ。その代わり都会のサラリーマンは不健康でいわゆる生活習慣病の予備軍だらけ。実をいうと最近は禁煙指導なんかに凝っちゃってるんです。
:私は卒後すぐ家庭医を養成するとかいうプログラムで4年間外来中心に研修してきましたが,外来研修には産婦人科は入ってなかったし,耳鼻科,眼科,皮膚科,整形などは正直言って弱いです。  ローテーションでは4週間ほど産婦人科研修は確かにありましたけれど,すべて入院患者中心の研修で,卵巣腫瘍とか子宮癌はたくさん手術の助手から術後管理までしましたけれど,内診に自信があるかといわれると……。

家庭医療の専門医?

:今日の話に出てきた家庭医療専門医とかいうアメリカ式の家庭医は本当に外来でいろんなもの診てるんでしょうかね。
:私なんてひどいもので,4年間の入院患者中心のローテート研修と内科・在宅診療と救急外来実習をしてすぐ田舎でお前は家庭医なんだからなんでもやれって放り出されてるんですよ。確かにある程度は現場で身につけるしかないですけど。しかしこれじゃあ欧米の家庭医療専門医には負けますよ。それにどうもやっている医療内容に自信がもてないのがいつも気がかりなんです。
:今日話してたアメリカで家庭医療をやってるとかいう○○先生は随分強気なことを言ってたけど,本当に現場の診療で言うとおりのことしてるんでしょうかね。そうなら一度見に行ってみたいと思いますよ。
:日本で家庭医,家庭医とよくいわれるけど,なんだかよく定義がわからないんですよね。内科医を家庭医といったり。外科医は風邪とかも診てるから自分も家庭医なんだとかいうし,要するに専門なんて関係ないのかな? 何科でも開業して風邪をみてちょっと子どももみて,骨折疑いは整形に送ったり,生理不順は婦人科に送ったりといった篩い分けができれば家庭医なんでしょうかね。
:そんな言い方すると○○先生なんかかっかとするかも。
:われわれはそんなアメリカみたいなトレーニング受けてないんだから,いまさら全科みろといわれたって困りますよ。われわれは,それぞれ研修した専門分野をよりどころにして開業して必要上プライマリケアをしているわけで,われわれはもう免除してもらってこれからの若い人に全科をすべてある程度の深さを持ってカバーするような外来中心のトレーニングを受けてもらい,専門医としての家庭医となるように研修をしてもらいたいものですね。もうこの歳になるとねー,新しいことを勉強なんて,もう勘弁願いたいですね。

卒後初期研修と家庭医療の専門研修

:ところでC先生,先生のいらした大学では家庭医療のトレーニングはサテライトクリニックでも使って研修ができるようになっているのですか。
:いやいやそんなものはありませんでした。確かにうちの大学は学生に早くから総合診療として,病歴取り・面接法,診察術を教えてはいるのですが,卒後研修には一切かかわっておらず,むしろ一般内科的入院管理という形で総合内科入院研修を行なっておりました。そうそう,最近は学生を地元の開業医の先生のところへ数日間全員見学に行かせるという画期的なことをしていますよ。まあ開業医の人選というか診療のクオリティに関しては何も考慮してはいませんが。これから家庭医療をやるなら大学病院は無理だと思いますよ。まず患者が疾患的に偏りすぎてますもの。
:そういえばどうも最近では卒後初期研修が,家庭医療の研修だと勘違いされている傾向があるように思いますがどうでしょうか。
:そのとおりだと思います。初期研修は医師として最低身につけておかねばならない知識・技術をマスターするということが目標であり,家庭医療とか,プライマリケアとかいったものとは一切関係がありませんよね。
:そうすると日本には,アメリカ風に家庭医療を研修できる施設や専門医レベルの家庭医などは存在しないのでしょうか。

グローバルな家庭医の定義とは

:家庭医を定義するには,その医師の日常行なっていることだけでなく,いかなるトレーニングを受けてきて,いかなる環境においてもその場のニーズに対応できるだけの幅広い知識・技術が備わっているかとか,そして家庭医療的サイコソシアルアプローチを使った医療をしているかによると思うのです。私のように都会で大人中心に診療していても,明日からでもB先生のいる村の診療所で村の医療ニーズに対応できる医療ができるように,すべてがある程度はトレーニングされているようにすることが家庭医専門医のトレーニングなのではと思います。
:C先生,ずいぶん今日の○○先生の話に感化されたようですね。
:いやあ,茶化さないでくださいよ。
:A先生そのとおりなんですよ。やはり家庭医は,田舎でもやっていけるし,団地でも,都心でもそれぞれのニーズに対応できるようにオールマイティな知識と技術は最低つけておく必要はあると思います。それに本当は,同じ場所で開業していても,10-15年たつと医療のニーズも変わってくるんですよ。わかりますか。
:どういうことでしょう。
:例えば,団地で小児を中心に婦人科的なものも診てるとしましょう。しかし10-15年たつと,その子どもたちが大人になっていくのです。その際,家庭医というのは彼らのニーズにも対応する必要があるのです。例えば,生理不順とか,避妊とか。はたまたSTDとか。またお母さんたちも妊娠をしますし,更年期もむかえホルモン療法を要求したりしてきます。つまり継続医療をしていくと,医療のニーズはおのずと変わっていくということ。そして家庭医は,その変わっていくニーズに対しても十分対応していけるようにトレーニングされている必要性があります。

「ただの家庭医」と「家庭医療専門医」

:なーるほど。家庭医はスーパーマンなんですね。
:いやいや違います。自分の限界は知っていなければなりません。勿論。
:そうするとわれわれは家庭医というよりも,一芸を持った一般医なんでしょうか。
:どうも日本では家庭医という言葉は定義されずに簡単に使われているんですよね。私どもの言うのは必要上一般医療をしているというか,させられている臓器専門の開業医,これから求められるのは家庭医療で必要なトレーニングを受けて認定された専門医としての家庭医なんですね。そもそも大学・大病院などという臓器専門志向の強い施設で臓器専門教育を受けてきた者が,ただ病院を離れて開業するということだけで,家庭医の真似事をさせられているのが現状なんですもの。そうなってくると将来は臓器専門医は自分の専門分野だけで開業医療をすることができるようになるというわけでもあるんですね。そりゃあ願ってもないことじゃあないですか。
:それから,プライマリケアという言葉もあれは何科の医者でもそれぞれに患者中心に自分の専門分野でサイコソシアルなアプローチでプライマリケア的な医療をしていればそれでいいんですよね。耳鼻科にも耳鼻科の,眼科にも眼科のプライマリケアがあるわけですから。そしてそれを全科ひっくるめて,すべての医療問題においてプライマリケアを行おうというのが家庭医おっとっと家庭医療専門医なんですな。
:なるほど。これでやっと今日聞いたことがわかってきたような気がします。
:やっと気が合ったところで3人で久しぶりに飲みに行きませんか。
A,C:大賛成!



佐野 潔氏
1978年川崎医大卒,78年横須賀米海軍病院,79年大阪八尾徳洲会病院,83年ミネソタ大学医学部地域家庭医療科,85年開業(ミネソタ州ロックフォード・バッファロー),99年よりミシガン大学医学部家庭医学科,現在に至る。米国家庭医学会認定専門医,認定フェロー。日本における専門領域としての家庭医療普及活動を行なっている。