医学界新聞

 

Vol.18 No.2 for Students & Residents

医学生・研修医版 2003. Feb

卒後臨床研修必修化・新制度の実施で

臨床研修指定病院は燃えているか?

――宮城征四郎氏,臨床研修病院の現状と新プロジェクトを語る

 新しい医師臨床研修制度の実施により,研修医のトレーニングの場は,大学病院から地域の臨床研修指定病院(以下,臨床研修病院)へと大きくシフトすることが予想されている。今回,臨床研修病院の指定基準は大幅に緩和され,今後,臨床研修病院の数が一気に増えることが確実となった。新しい研修制度の成否は,これらの臨床研修病院が優れた臨床教育を提供できるか否かにかかっているともいえる。
 本紙では,「臨床研修病院の雄」として名を馳せる沖縄県立中部病院の院長で,優れた臨床家,教育者として知られる宮城征四郎氏にインタビューを行ない。臨床研修病院の現状と課題,そして,宮城氏自らが取り組む新しい臨床研修病院群プロジェクトについて話を聞いた。
(「週刊医学界新聞」編集室)


従来型制度の欠陥,新制度への期待

―――新しい臨床研修制度について,どうお考えですか?
宮城 これまでの医師養成制度では,全人的に患者さんを診るということがなおざりにされてきました。よく言われるように,飛行機の中で「病人が出ました。どなたかお医者さんはおられますか」とアナウンスがあっても対応できる医師は非常に少ないです。この現実は,国民からも問題視されています。いきなり耳鼻科医になったり,眼科医になったりすれば,それ以外の部位はまったく診ることができない医師が育ってしまう。あるいは,精神科であれば,外科や内科の身体病理はもちろん子どもを診たこともないという育ち方をしてしまう。これが従来の医師養成制度の大きな欠陥でした。
 患者さんを緊急時に診て,「死に直結した症状」か「すぐには生死に影響するものではない」か,判断できるような医師の育成は,社会的な要請だといえます。もし,現在,日本全国にいる25万7000人の医師全員がプライマリケアの研修を2年間でも受けて医師になっていれば,もっと急性期のプライマリケアは充実していたはずで,国民の健康生活に大きな利益をもたらしていたことでしょう。新しい臨床研修制度はこのような考え方を基本にすえて設計されたわけです。

■一気に増える臨床研修指定病院

新臨床研修指定申請病院は今年3月末には100を越す

宮城 これまでに示された制度概要をみれば,臨床研修病院の指定条件が大幅に緩和され,大学病院以外の小さな病院であっても「明日のよい臨床家を育てよう」という情熱ある指導医が集まっていて,書類上の条件が整っていれば指定が受けられる方向で進んでいます。その点では,私は厚生労働省も頑張っただろうと思いますし,大学側も相当譲歩しただろうと思いますので,これは大きな改革となると思います。
 聞くところによりますと,この3月までに指定を受ける新臨床研修病院は,100病院を数えるそうです(編集室註:昨年4月の時点で臨床研修病院の数は509)。臨床研修病院の数は一気に増えます。かつては,大学卒業生8000人のうち75%が大学に残って研修を受けていましたが,今回の改革で厚生労働省はそれを逆転させ,むしろ大学外での研修を拡大しようとしています。これは歓迎すべき改革ですが,問題点もあります。


沖縄県立中部病院の内科グランドカンファレンス。同院では,教育研修のためにコアレクチャー,カンファレンス,抄読会,症例検討会など多彩なプログラムが組まれている

臨床研修指定病院は喜んでいる場合か?

宮城 臨床研修病院の側は,この大幅な規制緩和によって「研修医が来る」と欣喜雀躍している印象を受けるのですが,実は私は,本当にそれでいいのかと思っています。むしろ臨床研修指定病院側の責任は非常に重くなったはずで,これまで圧倒的に大学にお任せしてきた研修教育を,自分たちの手でやらなければいけない。ところが,その重みを各病院が本当に感じ取っているのか率直に言って疑問なのです。実際に必修化された後に,研修医側によい教育をしてもらえたという実感がなく,むしろ大学で教育を受けていた時代のほうがよかったという批判が起こるようであれば,この改革は一気に失速してしまいます。
 ですから,臨床研修病院は身を引き締め,この改革のなんたるかを十分に認識したうえで研修生を受け入れなければなりません。学ぶ人以上に教える人が勉強をして,何をどう教えたら明日の日本の医療を担う,いい若者が育つのかを真剣に考えなければいけない。そのうえで実地指導ができなければ,今回の改革が日本の医療界の改革に本当に役立つかどうかは疑問です。

■優れた研修のために何が必要か?

何をなすべきか?

―――臨床研修病院は何をしなければならないのでしょうか?
宮城 私がヨーロッパやアメリカに留学した際に思ったのは,日本の臨床研修教育はあまりにも環境が整っていないということでした。どこが違うかというと,欧米では国をあげて,自国の明日の医療を担う若者を育てようという気概があり,そのための教育環境がきちんと整備されています。すると,そこにただ身を置くだけで,いつの間にかグローバルスタンダードの知識と技術が身につくようになるわけです。これが教育環境の違いです。
 日本でよい臨床家になろうと思ったら,人の10倍の努力が必要です。1か所で育ったのではオールラウンドプレイヤーにはなれないため,自分の弱点を見つけるたびに,その部分が進んでいる施設を探し,2-3か月研修をさせてもらうということを繰り返さなければならないのです。ここまでしないと,日本ではよい臨床家になれないのです。これは,研修を受ける若者にとって非常に酷なことです。
 ですから,今回の改革を起爆剤にして,少なくとも国民が求めているプライマリケアについてはしっかり研修できる教育環境を整えなければなりません。特に大切なのは,ともに学びあうことのできる指導医を各病院にたくさん育てることです。「faculty development」と呼ばれること,つまり,どうしたらよい臨床家を育てることができるかという臨床教育技法の確立に力を注がなければいけません。そして2年目の人は1年目の人を教え,3年目の人は2年目の人を教えるという屋根瓦方式の教育システムを構築する必要があります。

教育的環境の確立した県立中部病院

宮城 沖縄県立中部病院(以下,中部病院)には35年の歴史がありますから,既にそれが確立しています。しかもハワイ大学とタイアップして,毎年15人の指導医を世界から呼んで,最先端の臨床レベルでの臨床経験が得られる環境を備えています。

研修の2年間で得られるもの

宮城 これまで,大学の初期臨床研修では,1人の研修医が1年間に担当する患者数は100人にとうてい届かない数でした。1年に50人というところもあります。一方,中部病院では1年間に少なくとも200-300人の患者を担当しますので,一定の期間における経験数が格段に違います。そのうえ,指導医たちが寄ってたかって教え込むわけですから,研修の2年間で得られるものは比較にならないと思います。
 沖縄県はここに,35年にわたって毎年3億円以上の資金を投入してきました。35年間で約110億円を研修医を育てることに投資してきたのです。それで育った医師の数は640人。私は,この人たちを“金の卵”だと思っています。

中部病院レベルの教育を他の病院にも広げたい

―――宮城先生は,この3月に中部病院の院長を退任し,新しい臨床研修プロジェクトに取り組むと聞いています。このプロジェクトの狙いとは?
宮城 私は,中部病院で31年間やってきたのですが,この間いつも頭にあることがありました。中部病院で研修教育を受けられる人たちは,年間わずか20名です。沖縄県にも予算がありますので,無限に研修医を受け入れるわけにはいきません。全国に8000人の卒業生がいるわけですから,中部病院の採用試験に合格してきた者だけを育てていたのでは,やはり日本の医療は変わらないだろうと思っていたのです。
 そのような思いもあり,「無給でもいいから沖縄県立中部病院のカルチャーに触れてみたい」という希望者については,これまでもできる限り受け入れてきました。短期間でも,いいレベルの教育に触れると,その後の医師人生に少なくない影響があるからです。それは私自身,米国留学中に経験したことでもあります。
 そして,さらに今回の研修必修化を前に,中部病院レベルの教育を他の病院に広げ,いい医師をたくさん育てたいという思いを持つようになりました。中部病院では1年に20人しか採用しないところへ,多い時には90人,少なくても60人の応募者があります。試験に合格しなかったということが分かれ目となり,いい教育を受けるチャンスを逃している人たちがいるわけです。私は,もっとすぐれた教育を受ける機会を拡大しなければと思っていました。その私の思いと合致したプロジェクトが「群星(むりぶし)沖縄」(以下,「群星」)です。


年間3万4000-3万8000の救急患者が来院する沖縄県立中部病院
研修医は幅広く多数の症例を経験できる

臨床研修病院群プロジェクト「群星沖縄」

「よい医師育てる」という一点で協力し,病院群を形成

宮城 この2-3年のあいだに,沖縄でも5つの病院が臨床研修指定を受けました。ところが,それらの病院では研修教育の歴史も浅く,研修実績も乏しいことから,研修医の受け入れに苦慮している面もあります。また,科ごとに得手不得手があるなど指導上の力量の面でも凸凹があるという現実があります。
 しかし,これらの病院が群を構成して互いの弱点を補い,研修医本位のプログラムを構築することができれば,優れた教育環境を提供できるのではないか,というのが「群星」構想です。そのコンセプトと参加施設は表12の通りです。
 沖縄,ひいては日本の将来の地域医療を担う医師の養成を最大の使命として,各参加病院・指導医がより良い医師を育てるという一点で協力し,切磋拓磨する中で全体の臨床教育のレベルアップを図るというものです。地域に貢献する優れた医師の養成は県民の切実な願いでもありますから,これは,社会的に意義のある公共性の強いプロジェクトだと思います。
 これは私が提案したのではなく,「群星」に参加する病院群が話し合った結果です。各病院がバラバラではとても力はないけれども,みなで1つのプロジェクトを組んでいい医者を育てたいので力を貸してくれないかという申し出が,これらの病院側からあったのです。ちょうど私も定年退官の年だったので,私も中部病院でやってきたことのノウハウを活かして,中部病院並みの教育ができる仕組みづくりに力を貸したいと思ったのです。参加病院には,臨床研修にかなりの情熱を持っている人たちがいます。その人たちを核としてfaculty developmentを行なえば,中部病院よりも短い期間で理想を到達できるのではないかと思っています。
 本当は必修化が行なわれる2004年度に向けて準備を進めていたのですが,この情熱を持ったまま早く実践に移していきたいということで,この4月から「群星」による研修プロジェクトは始まります。

表1 臨床研修病院群プロジェクト「群星沖縄」参加病院
■プロジェクトリーダー(予定)
 宮城征四郎

■プロジェクト参加・管理型臨床研修病院・院長職氏名
浦添総合病院(302床)宮城敏夫院長
南部徳洲会病院(301床)金城浩院長
中部徳洲会病院(300床)安富祖久明院長
沖縄協同病院(365床)仲田精伸院長
(本プロジェクトには,この他に,将来臨床研修病院として指定される見込みの3病院と2つの精神病院が協力型施設として参加する予定)

■連絡先:「群星」仮事務局(宮里達哉沖縄協同病院事務次長)
 E-mail:okikyo25@crocus.ocn.ne.jp


表2 臨床研修病院群プロジェクト沖縄-7つのConcept-
(1)多数の研修病院が思想信条を超え,一致協力して,沖縄,ひいては日本の明日の良き臨床家を育成する。
(2)多数の病院群で環境を整えることにより,研修医にとってベストの研修プログラム,ベストの教育環境を構築する。
(3)グローバル・スタンダードの医療を実践する。
(4)Common Disease中心の救急,プライマリ・ケア研修を実践する。
(5)米国との医学医療交流を通じFaculty Developmentに力を注ぐ。
(6)研修医の欧米臨床留学制度を確立する。
(7)研修医と共に医療の質を向上させる。

沖縄県の医療界をあげて研修医を育てる

―――このユニークな病院群で研修する研修医にとってのメリットとは?
宮城 1つの病院のプログラムでは,例えば内科はとてもよいけれども麻酔は弱いとか,救急が十分でないというような問題があります。ところが複数の施設が群を組んでいれば,それらのなかの優れた科をピックアップすることができます。
 例えば,ある病院はお産が年間1200あります。しかし,お産が年間50しかないところでは産婦人科の教育はできません。「群星」の研修医の産婦人科研修は,その年間1200のお産がある病院で,主として行なうことができるわけです。麻酔も,麻酔医が1人しかいない病院では研修になりませんから,少なくとも麻酔医が4名いるところにしか研修医を回しません。救急も年間1万2000以上の患者さんが来るところでなければ,「群星」の研修はできません。
 それが,研修医にとっては非常に大きなメリットになると私は思っています。
 いま,「群星」の先生方は非常に燃えています。大学病院と一般病院が病院群を形成する例や徳洲会系や民医連系などの系列の病院が群をつくることはあるでしょうが,「群星」のようにまったく関係のない病院が1つになってプロジェクトを立ち上げるというのはたぶん初めての試みだと思います。これは,沖縄だからできることかもしれません。
―――沖縄の医療をよくしようという思いがあるからということでしょうか。
宮城 そうです。沖縄県の医療界あげての話ですから。そういうコンセプトがないと,こういうものは立ち上がりません。都会であれば,地域の将来の医師を皆で育てるというコンセプトをもって集まるのは難しいかもしれません。大都市では,たいてい病院間の仲は悪いそうですから(笑)。この話をすると,「どうしてそんなことができるのか」とびっくりされることが多いです。

中部病院の35年を10年で

―――最後に,「群星」の夢,先生ご自身の夢をお聞かせください。
宮城 私は,中部病院が35年かかって築き上げた研修のあり方を,「群星」では10年で達成したいと思っています。それが私の夢です。ですから,指導医たちにはどんどん海外へ勉強に行ってもらいたいと思っていますし,集まる研修医の中で優秀な人にはUSMLE(アメリカの医師国家試験)に――これはけっこう難しくて,中部病院でも年間2人ぐらいしか通らないんですが――合格するくらいの研修医を育てたいですね。アメリカへ勉強に行ってもらって,そして指導医として沖縄に帰ってきてもらいたいのです。中部病院は,そういうことを積み重ねて発展してきました。
 簡単ではないでしょうが,「中部病院の35年を10年で」を目標に中身のある研修プロジェクトをつくっていきたいと思っています。
―――ありがとうございました。



宮城征四郎氏
1964年新潟大医学部卒,69年京大大学院修了。70年WHO FellowとしてCopenhagen大学Rigs Hospitalに留学,72年より沖縄県立中部病院に勤務。74年Visiting FellowとしてColorado General HospitalのPetty教授の下で呼吸管理学を学ぶ。96年より沖縄県立中部病院院長。現在,ハワイ大医学部内科臨床教授,琉球大医学部臨床教授。優れた臨床と教育で知られる医療界のリーダーの1人。臨床研修の必修化にあたっては,厚生労働省医道審議会医師臨床研修部会の委員を務めた。本年4月には臨床研修病院群プロジェクト「群星沖縄」のプロジェクトリーダーに就任する予定。