医学界新聞

 

Vol.18 No.1 for Students & Residents

医学生・研修医版 2003. Jan

臨床研修必修化で大学病院は「負け組」か?


 必修化される新臨床研修制度はプライマリ・ケアを重視しており,研修医の定員制(10床に1人)やマッチングが導入されることからも,特定機能病院である大学病院には不利な条件がそろったと言われている。昨年9月に実施された厚生労働省実施の学生アンケート(参照)では,必修化される現5年生の43.9%が大学病院ではなく,臨床研修病院での初期研修を望んでおり,大学病院から研修医が流出するのは確実な状況だ。新しい制度への反発を強める大学関係者は少なくない。
 ところが,東京から約2時間,地理的に決して有利とは言えない茨城県にある2つの大学病院を訪ねてみると,意外や意外,「必修化はむしろチャンス」との強気のコメントが返ってきた。必修化目前の大学病院の状況と「勝ち残る」ための戦略を,筑波大学附属病院と東京医科大学霞ケ浦病院の研修責任者に聞いた。

(「週刊医学界新聞」編集室)


●大学病院は生き残れるか?
勝ち残るための戦略

前野哲博氏(筑波大学附属病院 卒後臨床研修部)に聞く

必修化と大学病院

―――新しい臨床研修制度は大学関係者にどう受け止められているのでしょうか?
前野 必ずしも全員が諸手をあげて賛成という雰囲気ではないですね。もちろん,心から賛成してくださる人も多いのですが,世の中の流れには逆らえないのでやむを得ないと思っているいわば消極的賛成の人や,これまで通りそれぞれの大学独自の方針でやればいいのに,なぜ変更しなければいけないのかと疑問に思っている人もいます。
 実は昨年12月に決まった必修化に関する省令は,厚生労働省の指定する研修指定病院についての話であって,大学病院がそれに従う法的な義務はないわけです。極端な話,大学病院で2年間ずっと特定の診療科のみのストレート研修をやっても,大学病院がそれを修了認定すれば法律違反ではありません。しかし,一方で社会からの強い要請に基づいて行なわれる必修化ですから,大学病院側もそれを無視することはできず,基準との整合性を図っていく必要があります。それが昨年9月に出された新臨床研修制度の基本設計(いわゆる矢崎合意)であり,例えば,入院患者100人または病床10床あたり1人という定員や,内科,外科,救急部門(麻酔科を含む),小児科,産婦人科,精神科,地域保健・医療についての1か月以上の研修は守らなければならないでしょう。実際には,「必修」のプログラムの部分は最低限に抑えて,残りの「自由選択の期間」で従来どおりの「医局で動く」研修をしたいと考えている大学病院も多いのではないでしょうか。

「負け組」になる可能性の高い大学病院

―――「何のための必修化なのか」という認識が教員の間に共有されていないと,制度は変わっても研修の実際は従来とあまり変わらないということになりかねないのでしょうか。
前野 その通りです。しかし,大学病院がいかに既存の研修体制を残すかということに腐心すれば,研修医の多くが市中病院へ流れていくだけです。先日国立大学附属病院長会議が行なったアンケート結果を見ても,医学生の約43%が大学病院ではなく,臨床研修病院で研修をしたいと回答しています。現在,大学病院は厳しい社会からの批判を浴びており,このままでは世論は大学病院の味方はしてくれません。だから実は今,各大学病院は非常に厳しい局面に立たされているのです。うかうかしていると確実に「負け組」になり,研修医を集めるのが困難な状況に陥ります。
 だから,むしろこれをチャンスと捉え,踏み越えていくくらいの気構えが大学病院には必要なんです。その背景には将来的な導入が確実視されているマッチングがありますし,インターネットなど横のネットワークの発達によりボーダレスな世の中になってきていることもあります。昔はクラブの顧問の先生のいる科に断れずに行ったりしたものでしたが,今は義理人情で動く世代でもありません。これからの学生たちは確実に研修内容を見て研修先を選ぶようになります。この点について学生は実に敏感です。
 つまり,今後の流れを一言で言うと,「勝ち組」と「負け組」が明確に分かれるようになるということです。大学病院では,今後は卒業生の多くが確実に残るという計算は成り立たなくなります。優れた研修プログラムを構築できれば他大学からも優秀な研修医を集められるし,下手をすると筑波大出身者の多くが外部に流出しかねません。

大学病院が生き残る道

―――大学病院として何か戦略はあるのでしょうか?
前野 大学病院も研修医本位の優れた魅力ある研修プログラムを構築し,その研修の質を保証していくこと以外に生き残る道はありません。
前野 筑波大はむしろ必修化をチャンスだととらえ,2002年度から新しい研修プログラムを始動させました。もともと筑波大には1978年に始まるレジデント制の歴史があります。レジデント制とは,研究者養成を目標とする大学院とは一線を画し,4-6年の有期限,定員制による研修方式を採用しているのが特徴で,過度に専門化された医師養成体制の反省から卒後初期の幅広い研修を基本に構築されました。88年には卒後臨床研修部の専任枠(現在前野氏が着任)を設置し,卒後臨床研修部が卒後臨床研修全体を統括しています。つまり各診療科では独断で研修医を採用できないし,院外研修も卒後臨床研修部の会議での承認が必要です。さらに国立大学ではおそらく他に例がないと思いますが,卒後臨床研修部が後期研修もコーディネートしており,6年間誰がどこで研修しているかという情報を全部把握していますし,修了認定を行なって研修記録も全部保存してあります。つまり,必修化でうたわれている条件の多くを筑波大はすでに備えており,改革が非常にやりやすい環境にありました。

原則「院外で研修」-大胆な新研修プログラム

前野 筑波大では,今年度より必修化を視野に入れた新しい研修プログラムをスタートさせました。これは将来の専門領域に関わらずすべての研修医が,専門基礎コース(レジデント採用時に選択した専門分野の研修,9か月間)と臨床基礎コース(内科,外科,小児科,麻酔または救急,エレクティブをそれぞれ3か月,合計15か月)で研修するスーパーローテーションのプログラムです。そして,これが大きな特色ですが,臨床基礎コースではエレクティブを除き,原則として院外で研修することとしました。詳細はホームページ
(http://www.hosp.tsukuba.ac.jp/sotsugo/framepage1.htm)を参照してください。
:このプログラムは必修化の概要が明らかになる2年前に策定されたものであり,移行措置という位置付け。2004年の必修化にあたってさらに改変される予定)
―――なぜ原則「院外」なのですか?
前野 院外研修のメリットはコモンディジーズをたくさん診られることです。大学病院の病棟で1年間研修しても,例えば急性胃腸炎や合併症のない高脂血症,軽微な外傷などを診る機会が少ないという大学病院での研修の最大の弱点を解消できます。また,一次救急をたくさん経験することもできます。一方,問題点として指摘されるのは,「指導体制がしっかりしているのか」ということです。
 今回の研修プログラム改訂は,必修化に先立って筑波大が独自に行なうもので,行政的な補助はありません。ですから,お金はそれぞれの病院で負担していただくしかないわけです。そうすると大学側としては,失礼ながら手を挙げてくれる病院の中には,人手が足りなくて,この際1年目でも2年目でもいいから来てほしいと……そういう病院もあるんじゃないか。研修医は安価な労働力として使われてしまい,研修にならないんじゃないかという不安があるわけです。私たちとしてはそういう不安を払拭する必要がありました。

地域の研修病院と共同して院外研修制度を立ち上げる

前野 そこで,平成13年4月に「臨床研修施設連絡協議会」というものを新設しました。これは大学の押し付けではなく,参加する病院相互と話し合いながら研修体制を構築するためのものです。筑波大と関係のある70-80施設が参加しており,年1回の全体会を開きます。さらに,全体の信任を得て病院長クラスで組織した院外研修をどのようなものにするかということを話し合う作業部会,診療科の部長クラスで組織し,施設認定や評価基準の作成など院外研修のための実務を行なう合同研修委員会を立ち上げ,議論を積み重ねた上に出来上がったのが現在の院外研修制度です。
 例えば,施設基準については,各申請する診療科について,最低限複数の常勤医がいて,1人以上の指導医の有資格者(後述)がいること。救急は,告示病院か救命救急センターであること。当直については,研修医の1人当直を禁止し,上級医が常駐して診療の責任を取りなさいと。つまり何かあったら上級医をコールするという自宅待機は認めないということです。そして処遇として,給料などについて十分配慮し,アルバイトは禁止すること。原則として週1日は休みを与えること。また,夏休みを与えることなど……。
 その上で,研修目標の達成という観点から,救急車の搬送件数,年間入院患者数とか,外来数,全身麻酔件数というような基準を決めました。そして,各病院に研修施設の申請を出していただき,それをまた合同研修委員会で審査して施設ごとの定員を決めた結果,1学年70人という筑波大研修医の定員分は十分にローテーションできる数の病院を確保することができました。

研修の質の保証

前野 もう1つ重要なのは指導医の認定です。
 厚生労働省の案では,指導医とはプライマリ・ケアを中心とした指導を行なえる十分な能力を有し,指導時間が十分にとれる者となっていますが,筑波大の制度では,より厳しく(1)関連学会の認定医・指導医,(2)卒後6年以上,(3)指導医養成講習会の受講のすべてを満たすものとしています。指導医講習会では3時間半の講習を受けていただきますが,臨床教育技法についてワークショップ形式で学んでいただくことのほか,指導医となる先生方に研修医を派遣する私たちの立場から直接語りかけることができるのは非常にメリットがあります。
 よく「3か月のローテーションで何ができるのか」といわれますが,将来その診療科を専門としなくても,「診たことがある」「やったことがある」というのは大きな財産になります。また,あたりまえの病気の典型例,例えば基礎疾患のある人に起きた重症肺炎ではなくて軽症の合併症のない肺炎を診られるように,それから緊急性のあることことに関して,「こういう患者を診たらすぐに送ってほしい」とか,「その時にこれだけはやっておいたら助かる」あるいは,「これだけはやらないで」ということを重点的に教えるとすれば,3か月でもかなりのことができると考えています。
 そして,経験をさせる症例については,内科医になる人のための内科研修,あるいは外科医になるための外科研修ではないわけですから,「心臓カテーテルの所見よりは心電図の読み方を教えてほしい」,「胃癌の手術に入るよりは,ガラスで手を切った人の処置を教えてほしい」それから,「よくある症例(風邪,高血圧,捻挫,子どもの下痢など)の一次的な治療をみせてほしい」とお願いしています。
 一方,もちろん評価は行ないます。指導医からの研修医の評価は当然として,研修医が指導医と施設の評価をします。もちろんプライバシーに配慮しますが,基本的には公開して,その1学年下の後輩たちが病院を選ぶときの参考資料にしようと思っています。また,評価結果は,研修施設および指導医更新(3年ごと)の際の参考資料とします。講習会では,指導医に直接「こういうことを教えてほしい」と話したうえで,指導医も評価を受けることについて前もって説明させていただきました。
 さらに,現在院内で行なっているティーチング・アワード(レジデントの投票によって最も評価の高かった指導医を表彰する制度)を院外研修でもやろうと思っています。そして,研修医の評価については,近いうちにレジデントOSCEを導入する予定ですが,来年度はまず,麻酔・救急ローテーション修了時にACLS実技試験を実施することが決まっています。

市中病院,大学病院
双方の利点を取り入れ勝ち残る

前野 コモンディジーズの豊富な院外の市中病院で,質の保証された研修を行ない,症例を掘り下げるような,エキスパートの診療に触れる専門領域の研修を大学病院で行なう。双方の利点をとり入れたプログラムが,大学病院にしかできない私たちのプログラムです。
 実は茨城県内の臨床研修病院で独自に研修医を採用している病院はあまり多くありません。ですから,もし,茨城県で「大学病院ではなく臨床研修病院で初期研修をしなさい」ということになれば,県内の実績のない研修病院の多くが「負け組」になってしまうおそれがあります。だから,マッチングが始まり,自由競争の時代に突入して,もし筑波大までが「負け組」に入るようなことになれば,茨城県の地域医療は崩壊しかねません。だからこそ県全体として皆で協力して優れた研修システムをつくろうという大きなモチベーションになると期待していますし,実際今年度のプログラム改訂が軌道に乗ったのだと考えています。
 これからは,研修病院にこれだけのことをお願いするわけですから,大学病院側も専門研修の機会の提供や指導医の派遣など,研修病院にとってのメリットを打ち出していく必要があるでしょうし,県などの行政との連携も欠かせません。また,卒前教育との緊密な連携や,研修医のいなくなった大学病院での診療体制の維持も重要なテーマです。こういった問題を1つひとつクリアしていくことで,地理的に研修医が東京に流れやすいという不利をはねのけて,必修化後も筑波大は必ず「勝ち組」になれると思っています。
 これから必修化へ向けて,各大学・臨床研修病院が続々とプログラムを公表すると思いますが,学生はそこに書かれている美辞麗句には騙されません。プログラムにはいいことが書いてあっても,ふたを開けてみるとプログラム通りの研修をさせていない施設もあると聞きます。筑波大は,必修化に2年先行してスーパーローテーションを導入したことで確かな実績を持って必修化に臨むことができるわけですが,マッチングが始まるボーダレスの時代に,中身の伴わない研修プログラムを掲げている施設は確実に淘汰されると思います。特に大学病院はただでさえ色眼鏡で見られています。最早どの大学も現状にあぐらをかいているわけにはいきません。
―――ありがとうございました。


前野哲博氏
1991年筑波大学卒業。河北総合病院で初期研修後,98年筑波大学附属病院総合医コースレジデント修了。筑波メディカルセンター病院総合診療科勤務を経て,2000年筑波大学卒後臨床研修部講師(専任)。