医学界新聞

 

連載
第17回

再生医学・医療のフロントライン

  

再生医学・医療におけるDDS

田畑泰彦  京都大学再生医科学研究所・生体材料学分野


生体組織工学とは

 自己組織中で細胞の増殖・分化をうまく誘導し,正常組織や臓器を再生させる治療の試みが再生医療である。しかしながら,増殖・分化能力の高い細胞のみを利用するだけではこの実現は難しく,再生誘導のための細胞の増殖,分化に適した場を構築することが必須である。この再生の場の構築には細胞の足場,あるいは細胞増殖因子などを活用するための生体組織工学(ティッシュエンジニアリング)の技術が不可欠である。ここでは,その中で,細胞増殖因子の生物作用発現のためのドラッグデリバリーシステム(DDS)について述べる。

細胞増殖因子のためのDDS

 再生誘導のための細胞の足場材料がいかに優れていても,生体組織臓器の再生が期待できない場合がある。例えば,もし再生に必要な細胞の数が少なかったり,細胞を増殖・分化させるための生体因子の濃度が低すぎたりすれば,望む生体組織の再生は起こらない。そこで,次に利用するべきものが細胞増殖因子である。しかしながら,生体内で不安定な細胞増殖因子を,単に水に溶かして必要部位に与えるだけでは,期待する組織再生効果は望めず,その投与方法にDDS的な工夫が必要となる。
 DDSは,これまでの発展の経緯から薬物治療のイメージが強かったが,細胞増殖因子,遺伝子を用いた再生医療の実現にはなくてはならない技術である。例えば,細胞増殖因子をキャリア材料内に含ませ,再生の場で持続的に放出(徐放)させる。これにより因子の濃度は必要な期間にわたって有効値に保たれ,細胞の増殖分化が高まり,自己の生体組織の再生が促される。DDSには,この徐放化を含めた4つの目的がある(図1)。

再生医療とDDS

 細胞増殖因子を利用した骨,血管などの再生が試みられている。例えば,骨形成因子(BMP)を含んだポリ乳酸,コラーゲン,あるいはハイドロキシアパタイトなどに骨再生促進効果が認められ,その商品化も検討されている。これまで研究開発の中で,細胞増殖因子の生物活性の発現には,その徐放キャリアが不可欠であることが強調されているにもかかわらず,徐放化の研究開発はほとんど進んでいない。その原因は細胞増殖因子の高価格とその生物活性の低下である。単に因子と材料を混ぜるだけでは,活性低下を解決することはきわめて難しく,材料化学的なDDS研究が必要である。体内では,細胞外マトリクスに固定化された細胞増殖因子が,酵素分解によるマトリクスの水可溶化により徐放されている。われわれはこの天然のメカニズムを模倣した徐放システムを考案している(図2)。生体吸収性高分子からなるハイドロゲル内に固定化された細胞増殖因子あるいはプラスミドDNAが,ハイドロゲルの分解とともに徐放化される。現在では,この細胞増殖因子の徐放化システムにより血管新生および骨,軟骨,脂肪などの再生が可能となり(表1),その臨床試験も計画されている。
 一方,移植細胞には栄養と酸素の供給が必要である。細胞増殖因子の徐放化による血管新生誘導が,糖尿病,心筋梗塞に対する膵ラ氏島,心筋細胞の移植治療成績を向上させるとともに,脂肪細胞を用いた脂肪組織の再生も可能にしている。
 VEGFアデノウイルスベクターあるいはVEGF,HGFのプラスミドDNAによる難治性循環器疾患に対する血管新生療法の臨床試験が行なわれている。また,BMPあるいはパラサイロイドホルモンのプラスミドDNAを用いた骨の再生も試みられている。プラスミドDNAの低い遺伝子発現効率の改良が課題である。例えば,プラスミドDNAの徐放化がこれに有効である。遺伝子治療の副作用についての理解が浅く,生物効果のレベルと発現期間のコントロールができない現在では,徐放化細胞増殖因子の利用が,安全で臨床応用に近いのではないかと考えられる。

表1 生体吸収性のハイドロゲルからの細胞増殖因子の徐放化による生体組織臓器の再生
ハイドロゲル
材料
徐放化細胞
増殖因子
動物 標的組織臓器と
効果
再生治療目標
酸性ゼラチン
(等電点5.0)
bFGF マウス,ラット,イヌ 血管新生 糖尿病治療のためのランゲルハンス氏島移植
ラット 血管新生 酵素欠損症治療のための肝細胞移植
ラット 血管新生 腎機能補助のための腎集合管上皮細胞移植
ラット,イヌ 血管新生 心筋梗塞治療のための心筋細胞移植
ラット,モルモット 血管新生 皮膚真皮層の再生修復促進,培養皮膚の生着促進
ラット,ブタ 血管新生 心筋梗塞治療
ウサギ 血管新生 下肢虚血治療
ラット,イヌ,サル 骨再生,血管新生 胸骨とその周辺軟組織の再生修復
ラット,ウサギ,サル 骨再生 頭蓋骨の再生修復
ラット,ウサギ,イヌ,サル 骨再生 長管骨の再生修復
マウス 脂肪再生 乳房の再生修復,組織欠損部の形成外科的補填修復
マウス 血管新生,毛包組織の活性化 毛髪伸長の促進
イヌ 歯根膜再生 歯周組織の再生修復
イヌ 末梢神経再生 神経の再生修復
イヌ 骨再生 下顎骨の再生修復
TGF-β1 ウサギ,サル 骨再生 頭蓋骨,長管骨,下顎骨の再生修復
ヤギ 軟骨再生 気管軟骨輪の再生修復
HGF マウス 血管新生,毛包組織の活性化 毛髪伸長の促進
ラット,ブタ 血管新生,アポトーシス抑制 拡張型心筋症治療
bFGF/
TGF-β1
ウサギ 骨再生 頭蓋骨の再生修復
CTGF ウサギ 軟骨再生 膝関節軟骨の再生修復
塩基性ゼラチン
(等電点9.0)
BMP-2 ラット,イヌ,サル 骨再生 頭蓋骨,下顎骨の再生修復
イヌ 軟骨再生 気管軟骨輪の再生修復
コラーゲン TGF-β1 ウサギ 骨再生 頭蓋骨の再生修復
VEGF ブタ 血管新生 心筋梗塞治療
ウサギ 血管新生 軟組織移植片の生着促進
ウサギ 骨再生 脊柱固定のための骨再生
マウス 血管新生,毛包組織の活性化 毛髪伸長の促進
bFGF:塩基性線維芽細胞増殖因子,TGF:トランスフォーミング増殖因子,
HGF:肝細胞増殖因子, CTGF:結合組織増殖因子,VEGF:血管内皮細胞増殖因子,
BMP:骨形成因子


今後の方向性

 皮膚潰瘍の治療薬にbFGFがすでに市販され,また,種々の細胞増殖因子の遺伝子を用いた血管新生治療も始まり,再生医療における細胞増殖因子の利用が現実になってきている。再生医療では,細胞の増殖・分化の手助けをする細胞増殖因子の利用が有望であり,その利用にはDDS技術が不可欠である。
 徐放化以外のDDS技術も,今後は細胞増殖因子あるいは遺伝子などに応用され,再生医療に利用されていくであろう。例えば,細胞増殖因子を特定臓器へターゲッティングすることによって,臓器の治療とそれにともなう再生の促進も可能となり,慢性疾患治療への今後の再生医療の展開が期待される。
 再生医療は典型的な学際的開発研究領域の上に成り立っている。基礎あるいは臨床医学に携わる人々の生体組織工学への興味と理解,各研究領域のより緊密な研究協力体制がその実現には必要である。

参考文献
田畑泰彦:再生医学と生体組織工学-その再生医療の役割,日本歯科医師会誌,55(4);13(2002)
田畑泰彦:再生医療のための生体組織工学,蛋白質核酸酵素,47(7);770(2002)

《第1回 心臓細胞再生の現状と展望(福田恵一)》
《第2回 皮膚の再生(朝比奈泉)》
《第3回 角膜の再生(中村隆宏,木下茂)》
《第4回 血管の再生(日比野成俊,新岡俊治)》
《第5回 末梢血管の再生(森下竜一)》
《第6回 骨の再生(大串 始)》
《第7回 軟骨の再生(開 祐司)》
《第8回 中枢神経系再生の研究戦略(岡野栄之)》
《第9回 脳内成体神経幹細胞を標的とした再生医療
(桜田一洋)》
《第10回 肝臓の再生(杉本真一,三高俊広)》
《第11回 膵臓の再生(小島 至)》
《第12回 血液の再生-造血幹細胞の体外増幅(堀田知光)》
《第13回 消化器・呼吸器の再生(中村達雄)》
《第14回 網膜の機能再生(高橋政代)》
《第15回 聴覚機能の再生(伊藤壽一)》
《第16回 歯科(永久・歯根膜,顎骨)の再生(茂野啓示)》