医学界新聞

 

〔連載〕How to make <看護版>

クリニカル・エビデンス

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


前回,2508号

〔第19回〕崩壊するプロ組織(1)

組織のケース・スタディ

 私たちは,個々の患者さんから学んだことを症例報告として,学会・誌上発表します。それは,1人の患者さんを深く掘り下げて勉強することにより,次に同じような症状を持つ患者さんに当たった時は「もっとうまくやろう」,あるいは「類似した患者さんを担当した人たちが,自分たちと同じ過ちを繰り返さないようにしよう」という意図があってのものです。
 日本の場合,成功例の症例報告がほとんどかもしれませんが……もちろん,人は皆違うので類似症例はあってもまったく同じ症例はあり得ません。近年のEBMでは,1人の患者さんの経験を信じるのではなく,科学的方法で得られた「クリニカル・エビデンス」を重要視せよと示唆しています。確かに1つのケースだけから,「何が正解であるか?」を述べることはできません。しかし,私たちはケースを深く掘り下げて勉強することにより,何かを得ることができるはずです。ウイリアム・オスラー博士は,学問に対する3つの姿勢の1つとして,「thoroughness:徹底的に検証すること」をあげています。
 組織や事件,事故のケース・スタディも臨床症例の検討と同じです。ハーバード大学では,法律,政治,ビジネス,医療など全ての学問分野のケース・スタディを重要視しています。授業では実際にあった話ばかりを取り上げ,前もってケースをA4数ページにわたって記述したものを配布しておき,授業は全員がそれを読破した前提で討論から始まります。例えば成功した病院と,失敗した病院のケースを配布しておき,マネジメントにおいて何が違ったかを徹底的に論議するのです。参加者は自分の意見を述べますが,あくまでもケース・スタディですから,そこには正解,不正解はありません。しかし,個々に学び得るものは違っても,確実に得るものはあります。そして,類似ケースに遭遇した時,的確な意思決定ができるようになるのです。

崩壊するプロ組織の病理を探る

 最近いくつかの企業の偽装工作問題が話題にのぼっています。一方で,医療事故の報告も増えています。しかし,「いつ,どこで,どのようなことがあったか」については報道されますが,事故の背後に潜む問題にまで触れる機会は少ないように思います。その部分を手にとるように深く理解できなければ,事故の再発を防ぐことはできません。近年,医療機関におけるリスク・マネジメントに関しても,医療者個人の問題ではなく,「組織全体の問題」であるといった認識が広まりつつあります。その認識は総論として正しいと思いますが,それでは「どのような組織が理想的で,どのような組織だと医療過誤が起こりやすいのか」といった各論はまったく見えてきません。一般書籍でも同じです。
 「どうやったら組織をうまくマネジメントできるか」といった論調を多く見かけますが,「どのように組織が崩壊していくか」についての書籍は皆無です。しかも,医療機関のようなプロ集団から構成され,組織が崩壊した時に,その犠牲になるのが患者さんである点,医療者はそこに強い特殊性も加味して考えなければなりません。
 今回は,プロ組織が抱えるリスク・マネジメントについて,「ボストン湾汚泥流出事件」,「ダナ・ファーバー癌研究所抗がん剤過剰投与事故」,「東海村臨界事故」の間で共通する実情をみることで,組織の病態を探ってみたいと思います。いずれの事件も表面上はうまくいっていた組織で,個人あるいは現場の人間のミスが原因で事故が発生したように報道されていますが,深く掘り下げて考えると起こるべくして発生した事件と言えるのです。

そして事件は発生した

ボストン湾汚泥流出事件
 1982年,マサチューセッツ州ボストン湾に面したナット・アイランドにある下水処理場は,37億ガロンもの未処理下水を半年間にわたって港内に放出し,1997年に閉鎖となった。
ダナ・ファーバー癌研究所抗癌剤過剰投与事故
 1994年末,ダナ・ファーバー癌研究所のある臨床試験において,クリニカル・フェローが乳癌患者2名に対してエンドキサン(抗癌剤)を指示量より4倍過剰投与し,1名が心不全にて死亡した。
東海村臨界事故
 1999年9月30日,午前10時35分。茨城県東海村にある民間ウラン加工施設JCO東海事業所で,ウラン再転換中に日本史上最悪の臨界事故が発生。大量に被爆した2名が造血幹細胞移植を受けたにもかかわらず悲惨な最期を迎えた。

プライド高きプロ集団の誕生

 1952年創業のナット・アイランド下水処理場は,きつい,汚い,危険のいわゆる3K職場の典型でした。しかし,職員は皆プロとしての意識が高く文句1つこぼさず仕事に精を出し,残業手当がなくとも夜遅くまで働き,年収は200万円程度でありながらも緊急で必要となった部品を買うため自腹を切るほどでした。各チームメンバーは仕事に勤勉なだけでなく,人材の採用から配置やトレーニング,予算のやりくりまで誰に頼ることなく自ら対処していました。どこか,病院にも似た職場です。仕事に対する情熱に比例してプライドと自意識も高くなっていきました。
 一方,ハーバード大学医学部附属機関であるダナ・ファーバー癌研究所は,癌の研究と臨床で世界的に有名な施設であり,スローン・ケタリング,MDアンダーソンと並んでアメリカ3大癌センターと称されています。このような由緒ある医療施設で,今でも癌を治す医療と研究を行なうために,世界から多くの若い研究者が集まり,月額20―30万の給料で日夜週末を問わずと働いています。
 また,東海村JCOは1980年に住友金属鉱山の100%出資子会社として設立された,従業員数110人という中規模の会社でした。ウラン精製から廃棄処分までの,核燃料サイクルで数多くある工程の中の,ウランを原子力発電所で使用できる核燃料に変換する工程を担当していました。JCOは,仕事内容からは公共性が強いにもかかわらず,コスト削減という市場経済のプレッシャーの中にありました。
 このようなプライド高きプロ集団の中で事故が発生しました。いい加減な施設での事故ならいざしらず,このようなプライドの高いプロ組織の中でなぜ発生したのでしょうか?

現場プロ集団の特徴

 そのような人たちだからプロになるのか,特殊なプロ集団の中にいるからそのようになるのか……同じプロでも職種によって形成される文化は異なります。医師には医師の,そして病院には病院の,また看護師には看護師の,薬剤師には薬剤師のカラーがあります。そして個々人が,プロフェッショナルから構成される組織は共通して仕事に対する「理想とこだわり」を持っているものです。しかし,プロとしてのプライドがかえってマイナスに作用することもあり得ます。時にあるプロ集団は他部署からの助言を受けつけない頑な雰囲気を作り出し得ますし,そこまでいかなくとも,同業種間の意思疎通はあっても異業種間でのそれは希薄であるといった状況をしばしば経験します。