医学界新聞

 

Vol.17 No.11 for Students & Residents

医学生・研修医版 2002. Dec

必修化される初期研修は何のための2年間か?

「新医師臨床研修制度」について臨床外科学会の議論から


 必修化される新しい医師臨床研修制度について,いわゆるパブリックコメントが募集され(11月21日締切),予算措置が必要な処遇やマッチングなどの問題を除けば,制度実施に向けて最終的な段階に入った。今回示された厚生労働省の新制度案は,研修医の定員制(10床に1人)を設けたことや,研修プログラムに一定の枠がはめられたこと(1年目は内科を6か月以上と外科,救急。2年目は小児科,産婦人科,精神科,地域保健・医療を各3か月を目安に1か月以上研修する)で,特に大学関係者に厳しく受け止められるなど,各方面で議論を呼んでいる。
 11月13-15日の3日間,東京で開かれた第64回日本臨床外科学会(会長=小柳泰久 東医大教授)では,新医師臨床研修制度が大きなテーマとして取り上げられ,ときに,激しい議論が展開された。


目標とメリット

 「目標は『単独で手術のできる外科医を育てること』であり,そのために必要な経験や知識,技術を習得できるように研修プログラムが設計され,公的機関の認可を受けている」
 日本臨床外科学会の教育講演で,木村健氏(アイオワ大名誉教授)は米国の卒後外科研修制度の特徴をこう述べた。
 米国の外科研修は非常に厳しいものであることが知られているが,木村氏は,「なぜ研修医がその労苦に耐えられるかといえば,レジデンシーを終え,外科専門医を取得すれば,それで食べていけるからだ」と指摘。米国の外科研修制度の特徴は,研修の目標や,それを終えて専門医資格を取得した時のメリットが非常に明確である点にあると強調した。
 臨床研修と専門医研修が一体化している米国での経験が長い木村氏には,日本の新医師臨床研修制度は,「どんな医師を育てたいのか,わかりにくくみえる」という。「各科をローテーションする卒前のポリクリをもう一度やるのか」と危惧する。
 米国外科研修の場合,日本の新制度と異なり,医学部卒後すぐに専門医研修に入る。米国ではコモンディジーズを重視した質の高いプライマリ・ケアの教育が卒前教育の中で行なわれているからだ。厚労省が作成した研修プログラムの多くは,将来は卒前教育の中で行なわれるべきではないかとの考えは,日本の医療関係者の間にも根強い。

なぜ新しい制度が必要か

 一方,同学会の特別パネルディスカッション「卒後臨床初期研修の義務化に向けて」(司会=出月康夫副会長,佐藤裕俊副会長)の中では,新しく位置づけられる初期研修の2年間が何のための2年間なのかについて議論が行なわれた。
 パネリストの1人として,厚労省医事課長の中島正治氏は,まず,「医師としての人格を涵養し,将来の専門性にかかわらず,医学・医療の社会的ニーズを認識しつつ,日常診療で頻繁に遭遇する病気や病態に適切に対応できるよう,プライマリ・ケアの基本的な診療能力(態度,技能,知識)を身につける」という新制度の研修理念を紹介。一般紙の社説やベストセラーとなっている『研修医純情物語』(川渕圭一著,主婦の友社)と『ブラックジャックによろしく』(佐藤秀峰著,講談社)を取り上げ,「医師育成の問題は今や大きな社会的関心事となっている」と指摘,新制度案が,国民が持つ医師・医療へのニーズから出発して設計されたものであることを示唆した。
 また,厚労省のワーキンググループの座長として新制度案をまとめた矢崎義雄氏(国立国際医療センター総長)は,「医療が専門化し,日常診療に入ってきた」,「社会の高齢化,疾病構造の変化により,複数の疾患を持ち続けながら生きる慢性期の患者が多くなってきている」,「検査値,所見が改善されるだけでなく,患者の満足度が求められる時代となった」などの理由から,「今日,医師には全人的な医療を提供できる能力が必要になった」と指摘。そのような観点から,「患者さんのあらゆる疾患の経験が必要であり,そのための患者の経験数,指導体制他,適切に研修を行なうための待遇,研修環境などの基本設計を行なった」と話した。
 さらに,日本医師会の立場から発言した星北斗氏(日本医師会常任理事)は「今の日本の医師に足りないもので,卒前教育でも,その後の医局の中でも学べないことを,この2年間でしっかり学びましょうということだ。第一線の医師それぞれの意識改革が必要だ」との考えを述べた。

研修医が将来描けるように

 一方,大北裕氏(神戸大教授)は,指導医の確保や研修医の処遇など,新制度における問題点を指摘。さらに「日本にはコメディカルスタッフが少なく研修医が多くの研修時間を雑用にとられている」との現状を述べ,「患者の運搬,書類作成,など研修医をわずらわせている種々の雑用のための職種の拡充」が必要だとした。
 そして,大北氏は「特に外科においては,2年間の臨床研修の後どうなるのか,まったく見えてこない」と問題提起。胸部外科学会実施のアンケート調査より「卒後6年未満の胸部外科医の場合,週の手術数が0回の者が66%を占め,第1助手すら,57%が週に1度も経験できていない」,「80%が将来の展望に心配し,絶望的である」という厳しい結果を紹介し,初期研修,外科研修を通じた今後の対応策として,「心臓外科施設の集中,外科医数の削減」,「研修医の負担軽減-本来の研修,業務への集中」,「コメディカルスタッフの拡充」などを挙げ,研修医が将来を描けないような現状の改善が急務であるとの考えを述べた。
 新しい臨床研修制度の実施は目前に迫っているが,本パネルではフロアから新制度に批判的な声も上がり,必ずしも医療関係者の間でその意義を共有するには至っていない状況だ。新制度がうまく機能するかどうか,むしろこれからが正念場になりそうだ。