医学界新聞

 

印象記

第22回国際整形外科災害外科基礎医学会

金森昌彦(富山医科薬科大学附属病院講師・整形外科)




 国際整形外科災害外科基礎医学会(SIROT)は,国際整形外科災害外科学会(SICOT)と連続して主催され,整形外科領域の基礎医学研究者を対象とする世界会議であり,第22回を迎える本年は,米国サンディエゴで開催されました。SIROTは8月23-25日,SICOTは8月25-30日の開催であり,25日は合同会議と称され,会長講演や基調講演が行なわれました。
 このSIROT/SICOTは,世界約110か国の整形外科基礎研究者および整形外科医が加入している,整形外科領域の基礎医学研究の発展と交流を目的とした最も大きな学会の1つです。1999年から2002年までの国際学会長は骨腫瘍用人工関節において名高いR. Kotz氏が努めており,今回のサンディエゴでの基礎医学会開催会長は,UC San Diego and VA Medical CenterのWayne H. Akeson氏が務められました。

基礎医学としての整形外科学

 先進国の医科大学では整形外科の基礎研究講座が独立して発達していますが,日本では基礎医学講座の中でこの領域はほとんど発展しておらず,今日でもなお整形外科医が臨床の傍らに手掛けているに過ぎません。しかし対象となる患者さんがきわめて多く,かつ多疾患が存在することを考えると,臨床科であっても基礎医学研究に対する使命は大きく,社会的要求度が高い分野の1つであります。この学会の特徴は,あくまでも全世界を対象としているため中東地域や南米,アフリカなど,他の国際学会ではあまり話を聞く機会がない参加者が目立つことであり,真の意味での世界の実態が理解でき,お互いの考え方が吸収しあえることです。
 学術プログラムの内容も偏りがないように配慮されており,会長講演,基調講演の他に脊椎疾患,関節疾患,骨折,骨軟部腫瘍といった疾患別の基礎医学領域,また遺伝子治療や再生医学,組織工学などの先進的分野が組まれていました。演題数は合計142題であり,あくまでも整形外科という臨床医学に反映できることが目標になっています。筆者は脊椎疾患,骨軟部腫瘍疾患,骨折,軟部疾患の4つのカテゴリーを中心に演題を聴取しました。基調講演と自らの専門分野である脊椎疾患および骨軟部腫瘍疾患に関しての所感と自分の発表内容を交えて,その概要を解説したいと思います。

「慢性腰痛症」に対する脊椎固定術の意義

 会長招待講演としてスウェーデンのAlf L. Nachemson先生による「脊椎疾患ケア改善のための研究」と題した講演が聴けたことは最も有益でした。彼はいわゆる腰痛疾患研究の大家であり,世界中の脊椎に関する研究者たちにとって脊椎バイオメカニクスの分野を中心に研究の拠り所となる論文を多く著している1人です。この中では,「慢性腰痛症」に対する脊椎固定術の基礎的研究について解説されました。
 現在,世界中の脊椎外科医によって慢性腰痛症に対する脊椎固定術が行なわれていて,その適応は医師の経験と患者さんの状態および希望により行なわれているものの,必ずしも手術による効果が予測したほど得られないことも多いという背景があります。それにもかかわらず,近年は脊椎インスツルメンテーションという金属ロッドとスクリューによる強固な固定術が世界的に施行されていることは事実であり,これに対する1つの警鐘でありました。もちろんこれは「少しでも症状が楽になること」を願って医師と患者の同意のもとに行なわれていることなのですが,講演では「慢性腰痛症」に対する脊椎固定術は「益少なく,害多し(Little benefit,High risk)」であり,変性すべり症を合併していても,腰椎固定術の価値は少ないと述べました。
 また,医師側の臨床的評価と患者自身の手術に対する評価が大きくかけ離れていることにも問題があると指摘していました。彼の調査ではスウェーデンにおいて「慢性腰痛症」に対する「脊椎固定術の術後調査」おいて医師側は30%の患者さんが有効であったとしているのに対し,患者側の調査では7%しか有効だとは言わなかったとしています。米国でも医師の評価では45%が改善したと評価しているのに対し,患者側の評価では10%しか有効だったとは述べていません。整形外科手術は元来,機能再建外科であり,特に脊椎は疼痛改善のために行なうことが多く,他の内臓手術と異なり,いわゆる手術の絶対適応というラインが引きにくいことから,このような医師側の過剰評価,患者側の過小評価が生じ,両者のギャップが生ずるのですが,換言すれば真の手術適応がいかに少ないはずであるかを指摘したのでした。
 また彼は脊椎画像診断(MRI)における椎間板変性(degeneration)の所見について,30歳代においては30%,60歳代においては80%までが無症候性であると述べ,さらに椎間板膨隆(bulging)の所見があっても50-80%は無症候性であると追加し,診断過程において画像所見にとらわれ過ぎないことも重要であると指摘しました。
 さらに思春期に生じる特発性側彎症における保存療法としての装具療法は有効性が少ない割に患者さんの心に大きな傷(scar)を残すと指摘し,また一般的な体幹ギプス固定がいかに脊椎に対する固定力がなく,無効であるかをビデオにより示しました。なんと脊椎ギプスを装着したまま自由にマット,床運動,吊り輪などの体操競技をさせ,医師の常識を覆し,会場に苦笑いを誘ったのでした。慢性腰痛症に対する脊椎固定術はあくまでも効果が少ないことを繰り返し協調し,「患者さん自身が精神的に安定していなければ成功しない」(steady mindにおいてのみstabilizeされる)と講演を結んだ言葉は印象的でありました。

RCT実験軟部肉腫モデルにおける治療研究

 筆者の所属する研究室では長年にわたり,この肉腫モデルを用いて転移の機序に関する基礎的研究を行なってきました。これはマウスに自然発生した未分化肉腫ですが,転移能の異なるマウスRCT肉腫高・低肺転移株(J Cancer Res Clin Oncol, 1989)が当教室で分離樹立されています。今回はこのうちの高肺転移株を対象とし,血管新生抑制剤を用いた治療実験の結果について報告しました。
 マウス50匹を用い,TNP-470(武田薬品から供与)を体重当たり30mg/kgの濃度で1日おきに腹腔内に注射すると,5週目には腫瘍の増殖抑制が確認されました。肺表面に見られる転移の結節数も少なく,軟部肉腫においても増殖抑制効果があることが新たにわかりました。この機序としては電気泳動によるDNA ladderの変化は認められず,病理組織学的にPCNA染色陽性細胞の低下が見られたことから,細胞回転の低下と考えています。このRCT実験軟部肉腫高肺転移株における遺伝子解析では低肺転移株に比べてadenylate cyclase 7,procollagen III,alpha 1,cystain C precursorが増幅され,serine protease inhibitor,thyroid hormone receptor-associated protein 100kDa,apoptosis inhibitor 1などが低下していることがわかってきており,今後さらに転移の機序解明に役立てたいと考えています。

脊椎脊髄および神経再生の基礎医学セッション

 脊椎脊髄疾患,末梢神経疾患は多岐にわたるため,その演題内容も十人十色でした。トピックスは神経再生,疼痛の発症機序,椎間板のバイオメカニクスなどのいわゆる基礎的研究から,脊椎固定材料やコンピュータ支援手術に関する臨床医学に近い基礎的分野まであります。
 ラットの坐骨神経の再生実験で直径2mm筒状人工材料の中にハイドロゲルを充填し,神経再生の道筋を誘導する研究はスペインのPedro先生により発表されました。臨床的に応用しうる基礎的研究として筆者は大変興味を持ちました。
 また和歌山県立医科大学の川上守先生は,ラットの椎間板ヘルニアの実験モデルを作り,正常椎間板と変性椎間板による神経根周囲の炎症反応として,サイトカインの分析を行なっており,神経根性疼痛の発症メカニズムの解明に今後役立つものと期待されました。
 学会長と同じ施設に所属するMassie先生は椎弓切除後の硬膜外線維化予防のためのBarrier sheetに関する演題を報告し,注目を受けました。この演題に関連するのですが,われわれのグループではこの目的に遊離脂肪移植を用いており,筆者らはその移植脂肪の経過に関する画像上の変化とオスミウム酸染色を用いて組織学的変化を観察した結果を発表しました。このような種々の研究は実際の手術治療において役立つことが多く,今後の益々の発展が望まれます。
 8月下旬の南カリフォルニアは暑すぎることなく,快適でした。本学会は来年にはエジプトのカイロで開催されます。末筆ではありますが,このような機会を与えて下さった金原一郎記念医学医療振興財団の皆様に重ねて謝辞を申し上げます。