医学界新聞

 

投 稿

IFMSA(世界医学生連盟)の交換留学-シカゴでの充実した研修

大塚亮平(聖マリアンナ医科大学・5年,E-mail:h10013@marianna-u.ac.jp


 私はIFMSA(世界医学生連盟)の交換留学を利用して,この夏アメリカ・シカゴのイリノイ大学シカゴ校(University of Illinois,Chicago)の教育関連病院であるIllinois masonic medical centerで臨床実習に参加しました。この紙面を借りて,アメリカで受けた医学教育とIFMSAの交換留学システムについてご紹介しようと思います。
 この病院では向こうの医学部3年生と同じカリキュラムで実習させてもらい,最初の2週間は外来(Primary care medicine),後半2週間は内科病棟(Internal medicine)での研修となりました。

  

外来トレーニング

 「You are learning. You can mistake」
 私の研修はこの言葉で始まりました。研修初日にいきなり「患者さんを診てきて」と言われてためらっていた私に,あるレジデントがこう言ってくれました。ミスを恐れることなく与えられたチャンスには挑戦しなさい,そういった雰囲気が医学生の積極性を生んでいる,そう理解するのに時間はかかりませんでした。また医師,医学生,他の医療スタッフの間の壁が低く,何でも気軽に聞くことができました。これは医療のチームとして機能する上でも,教育的な面でも非常によいことであると感じました。
 外来実習で驚いたことは内科外来の守備範囲の広さとレジデント(研修医)の実力です。診療していた疾患は腹痛,咳,糖尿病といった内科的疾患から経口避妊薬の処方,子宮ガン検診,足底筋膜炎などまで,これらは基本的に1年目の研修医が診ているのです。それが可能になる理由として,学生時代のクラークシップから実践的な教育を受けていることが挙げられます。病歴や所見の取り方,カルテの書き方,どのように診断していくか(鑑別診断の挙げ方),どんな治療法があるかなど徹底して教わっているのでしょう。そしてもう1つ,彼らはよくある病気すなわちCommon diseaseを中心に勉強しているのです。何か健康に問題が起こった時に最初に訪れるクリニック(外来)では特にCommon diseaseが圧倒的に多いのです。Common diseaseや頻度の多い症状を実践形式のケーススタディなどを通して培った彼らの実力が,外来では遺憾なく発揮されていると感じました。授業において,日本のように頻度の高い病気も低い病気も同じように教える,ということはないようです。
 また,医学生がこの外来での実践トレーニングの場を生かせるようにと,週に何度か臨床的な講義が行なわれています。例えば毎週月曜日は朝7時から心臓の身体所見の取り方,呼吸機能検査,高血圧や糖尿病などCommon diseaseの症例を用いたケースディスカッション形式の講義があります。心臓の身体所見の取り方の講義では心音,頸静脈波や心尖拍動,脈拍等を変化させ27もの病気をシミュレーションすることができる人形を用いて,先生が病態生理から所見の取り方まで丁寧に指導してくれました。この学習法のメリットは,指導教官を含め参加者全員が同じ所見に触れることができるので客観性があり,かつリアルタイムに学習できることです。この授業は今まで受けた身体所見の授業のなかで最も印象に残っています。
 この他に外来実習では毎週分厚い文献が渡され,それを読んで症例問題に答え,Eメールで指導教官に提出するという宿題が課されていました。この宿題は容易ではありませんでしたが,どのように文献を読めばよいか,診断や治療において患者のどのような点に注目すればよいかなど,なんとなく理解できるようになりました。

内科病棟

 内科病棟では医学生はチームの一員として患者を受け持ち,毎日問診・診察をし,それを研修医やアテンディング(教官)にプレゼンテーションします。それに対して彼らは的確なフィードバックをくれ医学生を実践の場で指導します。ここで働く医師の姿から“患者を診る”ということは“患者の話をよく聞き,全身をくまなく診察し,そしてそれらをしっかりとカルテに記載すること”だと,暗に教えられた気がしました。この病棟は4つのチームで構成されていて,4日に一度の当直がありました。この当直では,入院が必要な患者さんが来るとポケベルが鳴り「○○号室に××という患者さんが入院したから,診てきて。主訴は側腹部痛」などと言われ,当直室から患者の部屋までの道のりを必死に鑑別診断を思い浮かべながら向かいました。
 病棟で研修するにあたってインターネットにずいぶん助けられました。病院内のインターネット環境は非常に充実しており,患者の情報は検査データから処方した薬,放射線科医のレポート,コンサルタントのコメント,そして患者の保険,連絡先,過去の来院歴とその病状に至るまですべて,院内のどのパソコンからでもアクセスすることができます。と同時にインターネットを通して有益な医学情報を得ることができ,自分の受け持ち患者の症状やその管理,薬の処方などで疑問に思った時に何度も利用させてもらいました。今後医学を勉強する上でインターネットの存在はますます無視できないものになると身をもって実感しました。
 また,私はここでEthics(倫理)カンファレンスというものに初めて参加しました。月に一度,臨床の現場で患者と医師の間に起こった倫理的な問題を当事者がプレゼンテーションし,それに対して倫理問題に長けた専門家と参加者の間でディスカッションしていくものです。ここで出されたケースは医師の態度に憤慨した患者が「訴訟を起こす」と医師を責めた,ちょうど2-3日前に実際に病棟で起こった問題でした。最初は患者の非のみを言及していたこの医師もカンファレンスを通して,「自分はこのように患者に接するべきだった」と振り返ったのが非常に印象的でした。倫理的な問題は白黒つけることが困難ですが,このようなディスカッションを通して自分の患者に対する態度・心構えを客観的に見つめ直すことが,次の診療をよりよいものにするのだと納得しました。そして私自身を含めこの場に参加していた医師・医学生もこのカンファレンスを通して自分自身の診療を振り返ったのだと思います。自分の体験・考えをみんなに伝え,そこに参加していた者がともに学ぶ,これがアメリカでよく言われる“Share(シェア)する”ということなのでしょう。

医療と医学教育

 保険の関係で入院期間がますます限られてきたアメリカでは,超短期の入院とその後の外来でのフォローアップというケースが増えてきました。つまり,急性期を過ぎた患者のケアは自宅で,患者の日常生活の中で行なわれているということです。それを見越して医学部のカリキュラムにおいても,より患者の日常生活を反映する外来(クリニック)の教育に重きを置く傾向にあります。
 イリノイ大学でも昨今プライマリケアを重視するカリキュラムができ上がりました。医学部1・2年生は週に1度学外のクリニックに通いながら,医師・患者関係,患者の問題点の抽出,問診・身体所見の取り方,そしてプライマリケアの特長である長期のフォローアップ,家族・社会・心理的に包括して患者を診ていくアプローチに徐々に触れていくのです。さらに3年生のコアカリキュラムの一部でも1か月の必修の外来トレーニングがあります。医療の変化を察知し,早急にそれに対応するカリキュラムを作り上げるこの大学の姿勢に驚き感心しました。

Department of Medical Education

 イリノイ大学は医学教育部(Department of Medical Education)があり,それは全米で質・規模ともにトップクラスにランキングされています。そこでは主に医師ではなく,心理学または教育学を学んだプロが働いています。彼らは医学教育に関するさまざまな研究を行なったり,医学生のカリキュラム作成や評価に深く関わっています。また,ここにあるClinical performance centerでは,十分なトレーニングを積んだ俳優がSP(Standardized Patients=模擬患者)として医学生の医療面接や診察の練習台になっています。医学生いわく「SPの演技は本物の患者さながらだ」とか。医学生の診察の仕方が不適切だったりすると,SPが「今のお腹の触診は強すぎる」などと教えてくれるのだそうです。指導医のフィードバックとは異なり,患者の視点から指導してくれるため実際に患者を診る際にも役立っているのです。このようにいろいろな人がそれぞれの形で医学教育をバックアップするシステムを見ると,医師を育てるという過程がどれだけ重要であるかを感じないわけにはいきません。

たくさんの出会い

 私が参加したIFMSAの交換留学は,現地の医師や医学生,そして世界中から集った交換留学生との出会いがある非常に魅力的なプログラムです。現地や他の国からの医学生からはその国の医療や文化について教わり,勉学面で刺激を受け,そして病棟で出会ったすばらしい医師は,私のロールモデルの1人として多くの示唆を与えてくれました。私のもう1つの財産はすばらしいルームメートに出会ったことです。彼は大学卒業後,生物の教師を経て医学部に入学した学生で,私のステイ先を快く引き受けてくれました。ボランティア精神にあふれ,誰に対しても親切で寛容な彼のおかげですばらしい滞在ができたことに非常に感謝しています。彼とはアメリカに潜む人種問題,アメリカの医療や社会,そしてお互いの現在・将来のことなどたくさん語り合いました。語学・文化の壁を越えた彼との友情は,今後も続くものと思います。

IFMSA(国際医学生連盟)の交換留学プログラム

 IFMSA(URL=http://www.ifmsa.org)は世界で最も大きな医学生の団体で,WMA(世界医師会)・WHO(世界保健機構)によって公式に認められ,現在82か国,約170万の医学生が加盟しています。IFMSAには公衆衛生,エイズと生殖,難民,医学教育,臨床交換留学,基礎交換留学の6つの常設委員会があり,さまざまなプロジェクト・ワークショップを途上国および先進国で立ち上げて活動しています。この交換留学はその中でも最も大きなプログラムで,世界で79か国,7000名以上の医学生が毎年参加しています。日本からは今年度62名の医学生がこの交換留学に参加しました。この交換留学の特徴は,よくある学校運営の2校間での交換留学と異なり,学生がその企画・運営を行なっていること,約70か国という幅広い選択肢の中から行きたい国を選べることなどです。またこのプログラムには海外から来る留学生を自分の大学へ受け入れて交流を深めるというもう1つの楽しみ方があります。
 この交換留学やIFMSAの活動に興味をもたれた方は,以下のホームページをご覧ください。
IFMSA-Japan http://ifmsa-j.umin.ac.jp
交換留学 http://plaza.umin.ac.jp/~ifmsa-j/activities/scope/index.html
 また,交換留学やIFMSAについてのお問い合わせは,以下のE-mailアドレスまでお願いします。
IFMSA-Japan i/j_secgen@egroups.co.jp
交換留学 scope-japan@egroups.co.jp
 また上記の交換留学プログラムの他に,イリノイ大学シカゴ校に直接に臨床実習を申し込むことも可能です(http://www.uic.edu/depts/mcam/osa/vsp/)。