医学界新聞

 

印象記

第4回世界バイオメカニクス会議

仁木清美(東京女子医大助手・基礎循環器科)




 世界バイオメカニクス会議は,バイオメカニクスの権威であるカリフォルニア大のYuan Cheng Fung教授らを中心として発足し,1990年から2年に一度開催されている。この会議の理念は多岐にわたる専門分野の中でバイオメカニクスに興味を持つ人々が集まり,お互いの意見交換を行なうことである。会議では,著者らが出席したCardiovascular Biomechanicsの他にGeneral Biomechanics,Muscle & Musculoskeletal Biomechanics,Orthopeadics,Tissue Engineeringのカテゴリーがあり,それぞれの領域でPlenary lecture,Invited lecture,Symposium,Poster sessionが行なわれる。第1回はカリフォルニアのラ・ホヤ,第2回はオランダのアムステルダムで,そして第3回は大阪大学の林紘三郎教授の主催で札幌において開かれ,今回はカナダのカルガリーで開催された。

会場周辺の風景

 日本からカルガリーへの直行便はなく,バンクーバーで乗り換えて1時間半ほどで到着した。冬期オリンピック開催地として有名であるが,空港から市内にかけては平原であり,スキー場へは車でロッキー山脈の方に2時間ほど行かなければならないとのことであった。カルガリーはまた,カナダ旅行客に人気のロッキー・マウンテニア号の終点としても知られている。この鉄道駅にはパビリオンがあり,遠くからも見ることができるが,どこにも入口が見つからない。聞くところによると,今は週3便,1日上下線各1本のみで,駅構内へは旅行会社を通ってしか入れないそうである。8月初旬で,日本では連日36度を越える猛暑であったが,こちらは16-18度と,上着がなければ寒いくらいの気候であった。
 この町は主要なビルが2階レベルにあるスカイウォークでつながっているため,雨や雪が降っても傘を使うことなく(遠回りになることもあるが)行き来ができる小さな町で,市内電車はダウンタウンを横断する1本のみである。この電車は郊外まで延びているが,ダウンタウン内は無料であった。会場は電車通りから1本南の通りに面していたが,これは歩行者優先道路で,ベンチがあちこちにあり,植木鉢いっぱいに咲いた花があちこちに飾られていて,夏を楽しむカルガリーの人々の生活を彩っていた。学会参加者たちも,昼食時には無料で配られたランチボックスを持ち屋外に出て,日だまりでサンドイッチを片手に議論している姿があちこちに見られた。

新しい心機能指標について議論

 著者らの発表はCardiovascular Biomechanicsの中の,Wave Intensity(Heart and Blood Vessel Interactions)sessionで行なわれた。このシンポジウムは東京女子医大の菅原基晃教授とカルガリー大のJohn Tyberg教授が組織した。Wave intensityとは,K. Parkerらが提唱した新しい心機能指標で,血管系による干渉を受けている心臓の動作状態,血管のコンプライアンスを測定することができる。Wave intensityの研究は,ロンドンのインペリアルカレッジ,ウェールズ大,カルガリー大,名古屋市立大,そして著者らの所属する東京女子医大で主に行なわれており,今回のシンポジウムでは各大学の研究について活発な意見交換を行なうことができた。
 著者らは現在臨床応用をめざして,計測装置の開発や正常値の測定を行なっているが,今回はこの装置を使用してWave intensityと血管コンプライアンスから心血管年齢を定めることを発表した。会場からは,Wave intensityから導きだせる式に関する質問が多く,臨床医学関連の学会とはまったく違う雰囲気であった。
 ウェールズ大のJonesらは薬物によるWave intensityの変化に関して発表した。Wave intensityは循環動態の変化に対し鋭敏に反応するので,このような研究に有用である。この研究に対しては,検査の方法に関する議論が行なわれた。頚動脈の血圧波形を非侵襲的に得る方法として著者らは頚動脈の血管径変化波形を測定し,カフ型血圧計で測定した圧で較正しているが,動脈圧波形は末梢に行くほどピーキングが起こるので,上腕動脈圧を頚動脈圧として用いるには多少問題が残る。この点に関しては,較正方法についてさらに検討が必要であった。
 次いで名古屋市立大の大手信之先生が左心機能とWave intensityの関係についての発表を行なった。大手先生はカテーテル検査で得られた収縮機能指標,拡張機能指標とWave intensityの指標との関係を検討し,駆出初期に認める陽性波(First peak)が収縮機能と,また駆出末期に生じる陽性波(Second peak)が拡張機能と相関することを報告した。拡張機能が収縮末期の心臓の動作状態と関係することはあまり知られていなかったが,Wave intensityを用いることによりこれを示した。この点に関する質問が多く出された。
 Tyberg教授はWindkessel効果とWave intensityについて,インペリアルカレッジのO'Brienは肺動脈のWave intensityについての研究報告を行なった。これらの研究は理論的考察,基礎実験,臨床研究とそれぞれ違う分野で発表されることが多く,1つのSymposiumで議論されたことは非常に有意義であった。Wave intensityはまだ広くは受け入れられていないので,今後さらなる研究が進むことが期待された。
 他のセッションではバイパス血管やステントの中の血流など,血管や血流モデルのコンピュータシミュレーションの発表が多く行なわれていた。どこまで生理学的現象を数値的に表すことができるのかがバイオメカニクスのテーマの1つであるが,最近のコンピュータ技術の進歩で,より精密な計算が瞬時に行なえるようになり,複雑な計算式を用いたさまざまなシミュレーションがいろいろと発表されていた。

基調講演,招待講演での話題

 Cardiovascular Biomechanicsにおける基調講演では,流体力学のコンピュータシミュレーションで有名なエモリー大のDon P. Giddens教授が動脈疾患と血流に関しての講演を行なった。動脈硬化のメカニズムの解析には,近年盛んな血管の分子生物学的研究の成果を流体力学に応用することが重要であると述べていた。
 招待講演ではIUPS Physiome Commission会長のPeter Hunterが2年前に設立されたPhysiome Commissionの基盤,構造についての説明を行なった。Physiomeとは,遺伝子,分子生物学を統合して生体機能と結びつけようとする新しい概念で,日本でも関心を持たれているが,Hunterらは分子生物学により得られたデータをもとにいろいろな生体モデルのコンピュータシミュレーションを行ない,インターネットで公開している(www.bioeng.aukland.ac.nz)。
 慶大の谷下一夫教授は血管内血流の特徴について,macroscopic approachとしては脳動脈瘤内の血流モデルを,microscopic approachとしてはshear stressと血管内皮細胞のalbumin uptakeについての研究結果の講演を行なった。また,Georgia TechのRobert Nerem教授は代用血管のバイオエンジニアリングについてのさまざまなアプローチについて,講演を行なった。

ポスターセッションは情報交換の場

 ポスターセッションはすべてのカテゴリーが一堂に会して行なわれた。発表もさることながら,ここはいろいろな大学での研究進行の情報交換の場でもあった。テーマもさまざまで針灸で微小循環が変化するという演題や胎芽の血行力学,人工弁にかかるストレスなど新しい知識を得ることができた。また,骨や関節,筋肉の運動やリハビリ時にかかる力の分布など,循環器系の学会では見られない分野に接することができた。

文化的交流も

 日程の関係でWelcome PartyにもClosing Ceremonyにも参加することはできなかったが,多くの方々とお会いすることができた。特に海外の研究者とは学会でしかお会いする機会のないことも多い。海外での会話は英語が主であり,英会話の練習のチャンスである。しかし,国際学会となると意外に英語が母国語でない人が多く,お互いに自国なまりの英語で話すことになり,何回も聞き返すのも悪いので,私などはつい消極的になりがちである。
 一方,ヨーロッパ系の研究者は話をすることが好きな人が多い。夕食後ホテルに戻ると消防車がたくさん集まり,ホテルを囲んでいた。火事かと思って驚いたが,どうやら火災報知器の誤作動のようであった。しかし確認のため,しばらく中には入れないとのことである。それならばと,通りがかったケンブリッジ大のTim Pedley教授ら数人と近くのホテルのロビーに行き,ビールを飲んでいたら,それを見つけた知人が次々と加わり8人ほどのグループとなった。それから約2時間,ビール1-2杯のみでずーっと会話が続いた。“ヨーロッパ人はまるで歌っているように話す”と聞いたことがあるが,これなら日本の宴会の時のように余興がなくても,時間を持て余すことなく過ごすことができるだろうと感心した。ヨーロッパ文化に触れた一面であった。自由な雰囲気のなかで議論ができる学会であった。
 最後になりましたが,本学会参加のための助成を与えて下さいました金原一郎記念医学医療振興財団の皆様に心よりお礼申し上げます。