医学界新聞

 

第61回日本癌学会が開催される

がん,患者,研究の「個性」を議論



 第61回日本癌学会が,北川知行会長(癌研究所長)のもと,さる10月1-3日の3日間にわたり,東京・有楽町の東京国際フォーラムにおいて「個性の地平を拓く-がんの個性,患者の個性,研究の個性」をテーマに開催された。
 本学会では先進的な研究者によるレクチャー25題をはじめ,シンポジウム21題,パネルディスカッション2題が企画され,多くの参加者を集めた。また,会期初日には同学会と,日本対がん学会,朝日新聞社,癌研究会の主催による記念企画「講演と音楽の夕べ-がんを超えて」が開催された。
 3日目に行なわれた総会では,優れたがん研究者に贈られる吉田富三賞が中村祐輔氏(東大・ヒトゲノム解析センター)に,がんの臨床ならびに社会医学に関連する優れた業績をあげた研究者に贈られる長與又郎賞が田原榮一氏(放射線影響研究所)に,また,学会奨励賞が12名の研究者にそれぞれ授与された。(関連記事


「個性的な研究」のために

 パネルディスカッション「研究の個性」(座長=埼玉医大 村松正實)では,日本を代表する研究者4名が,基礎医学研究の将来を見通す議論を行なった。
 最初に登壇した石坂公成氏(ラホヤアレルギー研名誉所長)は,「個性的な研究」のために,(1)学問的常識に合わない,予想に反する実験的事実を見逃さない,(2)研究者の教育に際しては,それぞれの長所や短所を発見し,長所を生かすために,自らのストラテジーを変える必要もある,(3)日本の研究助成のシステムを変えなくてはいけない,の3点を挙げた。特に研究助成のシステムについて,米国においては対象の80%が個人研究であるのに対して,日本では80%がグループ研究になっている点に言及し,「authorityに反すれば,そのグループにすら入れない」といった現状を指摘。さらに最終的な分配を官僚が行なっている点も問題とし,「専門家でなければ最終的な配分ができないような,詳細な計画書をもって評価すべき」との見解を示した。
 杉村隆氏(国立がんセンター名誉総長)は,「個性的な研究室というものは個性的な成果によって生まれるが,いつまでもそれが続くわけではない。個性的な研究の継承が行なわれることで,個性的研究の新展開につながる」と,教育の重要性を示唆した。また,公募研究の評価について,「企画,評価は謙虚にすべき。だれでもできるわけではない。評価委員会に入るとにわかに評価力がつくと思うのは間違い」とし,と評価者側の心構えについても指摘した。
 花房秀三郎氏(ロックフェラー大名誉教授)は,近年の情報化によって研究のあり方にも変化が生じてきているとの前提から,「研究の幅も広がり,それぞれの分野についてブレイクスルーが待たれる」と述べた。現状における研究の個性については,RNAの逆転写酵素を発見したHoward Teminの業績を例にあげ,「人のやらないことをやるためには,洞察力と人並みはずれた執念が必要」と指摘した。また,Teminの業績も彼の若い時代に作られたものであることから,「年を取っても素晴らしい研究はできるが,若い研究者が自由な時間を持ち,研究に全身全霊を傾けて目標に向かうことができるような条件が作られることを強く希望する」と,研究には若い力が重要であることを強調した。

コンソーシアムから生まれる「新しい個性」

 吉川寛氏(阪大・奈良先端科学技術大名誉教授)は,「それぞれの分野が傘を広げて,若い研究者がその元に安住してしまう。こういう時こそ研究の個性が大切になる」とした上で,「科学研究における個人のかけがえのなさは,研究の新規性と先見性にあり,このような研究者の個性こそが科学発展の原動力」と述べた。
 その一方,自身が関わったゲノム研究におけるコンソーシアム(共同体)による研究について触れ,「コンソーシアムの中で共通の目的に向かって共通の方法で研究を進めていくと,独創性が失われるのではないかというのが最も危惧されている点であるが,自分のアイデアについて常に批判を受け,さらにそれを享受しながら高めていくことができる,意思の強い,『新しい個性』を持った非常に優れたリーダーが生まれた」と述べた。さらに,「グローバルな視野に立ったコンソーシアムによる研究を推進させることで,『新しい個性』を持った若い研究者が出てほしい」と期待を述べた。
 会場も含めた議論の中では,会場から「研究者の中の閉塞感をどこに持っていけばよいのか」との声が上がった。これを受けて村松氏は「われわれはもっと自由に官僚にも働きかけ,どのようなシステムが重要なのか,どのように変えなければいけないか,議論を進めることが必要」と述べ,パネルディスカッションをまとめた。



●第61回日本癌学会の話題から

中村祐輔氏(東大医科研)が吉田富三賞受賞


 「APCやp53関連遺伝子など多数の癌に関わる遺伝子を発見してその機能を明らかにし,また,日本のゲノム科学の推進に多大なる貢献をなした」として吉田富三賞を授与された中村祐輔氏は,受賞講演で「消化器外科医としてスタートし,博士号取得後に家族性大腸線維症に興味を持って,ユタ大学に渡った」と自らの経歴を語り,「アメリカですごいと思ったのは,あるマーカーを単離すると,前日までポスドクであったのが,次の日にはリーダーのような立場になってしまうこと」と,米国における評価のあり方についても述べた。

「癌の個性」を見極める

 氏は,「癌の個性」について,見た目が同じでも抗癌剤の効き方がまったく異なる癌の治療に際して,「『やってみなくてはわからない』ではなく,よりよい薬剤をもって患者が治療法を選択できるようになれば」との見解を示した。さらにその具体的な研究の手法として,「癌の個性」をゲノムを通して見るcDNAマイクロアレー解析を紹介。「ゲノムをよく調べることによって,治療法の予測に関係するような遺伝子を選ぶことができる。それを臨床に応用することによって,ある治療法を受ける前に,その薬がどの程度患者に対して有効なのかを予測できる」とした。
 今後の研究の展望として氏は,「癌細胞の中で非常に高く発現したり,高頻度の症例で発現が増加している,または癌遺伝子そのものとして働いている遺伝子を見つければ,その機能を抑えることで,癌細胞の増殖を防いだり,癌細胞にアポトーシスを起こさせて殺すことができる」と指摘した上で,「その遺伝子の発現を抑えても副作用が小さいような遺伝子を選び,新しい抗癌剤の開発につなげたい」と述べた。

あくまで患者がゴール

 加えて氏は,ゲノム研究のあり方について言及し,「研究者にとって,ヒトゲノム研究が生物の一種としてのヒト(Homo Sapience)ではなくて,人間(Human Being)としての患者を念頭に入れながら研究を進めることが非常に大事」と指摘。「癌遺伝子を調べるための研究,あるいは癌細胞を調べる研究ではなく,最終的なゴールは患者であるという認識を持ち続けて研究を行なっていきたい」と,自らの研究に対しての考え方を述べた。
 最後に,「メスを持つ代わりにゲノム研究のtoolを持ち,研究の成果によって,癌の問題解決に取り組んでいる」と現在の自身の姿を語り,「今回の受賞を励みにさらに研究を続け,最終的には癌に苦しむ患者さんを1人でも減らしたいと思っている」と締めくくった。