医学界新聞

 

Vol.17 No.9 for Students & Residents

医学生・研修医版 2002. Oct

家庭医と語り,家庭医療を知る

-各地で学生向けセミナー続々開催-


 各専門科中心の医療や医学教育に疑問を感じ,患者さんの身近な存在として,初期診療や健康相談を行なう「家庭医」への関心が高まっている。2004年に必修科される卒後臨床研修では,プライマリ・ケア重視の基本設計が打ち出され,最低1か月の地域保健・医療の研修が義務づけられた他,卒前教育でもいくつかの大学で地域の家庭医のもとで実習をさせる取り組みが始まっている。「家庭医」の地位や専門性が確立している欧米とは異なり,日本では「家庭医」という存在が十分に認知されているとは言えないが,医療環境,教育環境の変化は,より家庭医療への関心を高めていきそうだ。
 そのような動きを反映してか,今年の夏には家庭医療や地域医療についての医学生・研修医向けのセミナーが全国各地で開催された。本号では,それらのセミナーの中からいくつかの話題を拾ってみた(9-11面)。


■家庭医療学研究会・夏期セミナー開催
 学生自ら運営,医学生・研修医150名が参加

 さる8月9-11日の3日間,千葉県の日本エアロビクスセンターにて,「第14回家庭医療学研究会 医学生研修医のための夏期セミナー」が開催された。本セミナーは,同研究会の医学生(医学生・研修医部会)自らの企画・運営により行なわれる手作りの勉強会であるが,全国から医学生・研修医150名が参加し,若者の家庭医療への関心を見せつけた。会場には,地域の第一線で活躍する家庭医たちも馳せ参じ,企画されたそれぞれのセッションで熱弁をふるった。特に,初日に企画された,「家庭医の現在と未来-マクロ未来予想図」には,5人の家庭医が登壇し,それぞれの立場から家庭医療のあり方,その魅力などについて述べた。ここでは,その内容をレポートする。


 最初に講演した米国を代表する家庭医Medelyn Pollock氏(亀田総合病院)は,家庭医について「人全体をみなければならない」,「患者さんの背景にある未来や過去に注目しなければならない」,「人々が健康に暮らすことをお手伝いをする」などの特徴を示すと同時に,診療においては「よくみられる疾患のエキスパート」であるとし,「家庭医は毎日出会う患者さんの問題に関するエキスパート」だとの考えを述べた。

家庭医たちに共通するもの

 続いて登壇した名郷直樹氏(作手村診療所)は自治医大出身。義務として地域医療に従事しつつ,どのように現在の家庭医としてのあり方に至ったか,ユーモアを交えて紹介し会場をわかせたが,「患者に合わせる医療が,自らの追求するもの」との言葉には,会場から共感のため息がもれた。
 一方,吉見太助氏(堂園メディカルハウス)は民医連の研修プログラムで成長してきた医師。「離島を含めた地域医療,予防からリハ,在宅,高齢者医療などをカヴァーするプライマリケアの第一線で研鑚を積んだ」と自己紹介し,現在は,ホスピス機能を有する有床診療所に所属し,家族の医療への参加や医学教育に取り組みながら,「家庭医としての診療の確立」「全人的・統合的医療の実践」「文化,芸術教育などまで含む新しい医療文化の創造」をめざしていきたいと語った。
 また,尾藤誠司氏(国立病院東京医療センター)は,大学を卒業後医局には属さず,プライマリ・ケア志向で研修・診療にあたってきた経験を紹介。「ニーズ志向」「現場志向」「患者志向」などを自らのスタイルを語るキーワードとして挙げた。他方,進路に悩む医学生ら参加者へは「人のためではなく,自分が楽しいための何かを持とう」と先輩としてのアドバイスをした。
 最後に登壇した前野哲博氏は,前4氏の発言を受け,「統合する専門医である私たち皆に共通するのは,患者中心の医療を追求していること」と述べ,「現在の医療では,患者は我慢をしている。医者はこのことに気づいていない」と問題点を指摘した。そして,家庭医の持つべき姿勢として「選り好みをしない」「広く目を配る」ことを挙げ,「ジェネラリストの専門性は柔らかさにある」と強調した。 (主催者のレポートを掲載

 

●川崎医大夏期家庭医療集中セミナー開催

佐野潔氏(ミシガン大家庭医療学)インタビュー

 川崎医大夏期家庭医療集中セミナーが,中泉博幹氏(川崎医大総合診療部)のコーディネートのもと,さる8月15-16日の両日,岡山市の明治生命桑田町ビルにおいて開催された。学生からすでに実際の診療に携わっている医師まで,幅広い経歴を持った参加者たちが全国から集まり,「家庭医」の役割について,佐野潔氏(ミシガン大),田坂佳千氏(田坂内科小児科医院),松下明氏(奈義ファミリークリニック)の3名のロールモデルとなる講師陣から学んだ。
 2日間にわたり講師を務めた佐野氏に,日本の家庭医療学教育について,問題点と今後期待される方向性を聞いた(11面に関連記事)。

―――先生は海外と日本の家庭医療に対する考え方の違いを強調されておられます。
佐野 日本には家庭医療学研究会,プライマリケア学会,総合診療学会といったものがありますが,世界的には家庭医療という言葉しか存在しません。そして世界的な意味の家庭医療専門医のロールモデルが日本には存在しないからかもしれませんが,いろんな方々(多くの総合診療科教授でさえ)がいろんなこと(ほとんどが総合内科の概念)を日本の現状の中だけの狭い視野で語られるので,それを聞く学生たちは混乱してしまう。特に海外の本物を見てきた学生たちの中にはそういう傾向があります。これは非常に遺憾だと思います。そのため私は,自分自身の米国における家庭医療診療の実際(18年間の地域での開業医生活)を紹介しながら日本での正しい家庭医療の理解を深める活動を行なっているんです。
 ただ,やはり弱いのは,私一人が真の家庭医療を唱えてみても,たいていが「あの先生は勝手な理想論を言ってる,海の向こうの夢物語だ」と受け取られてしまうことです。そこが今までの問題だったのですが,ここ数年は,亀田総合病院の岡田唯男先生とか,鹿島病院の村井三哉先生といった,アメリカで研修を終え,家庭医療をトレーニングされてこられた先生方が日本にぞくぞく帰ってこられまして,現場の研修病院を中心に今年からそういう先生方の協力のもと,世界定義の家庭医療専門医養成をやりましょうという方針で動いています。そうすると,だんだん日本の家庭医が専門医として世界でも通用するようになっていくのではと夢見ています。これから10-15年先が楽しみです。

家庭医療に対する正しい理解を

―――本セミナーのねらいはどういった点にありますか?
佐野 家庭医療学研究会の中心メンバーでさえも,残念ながらただ単にPsycho-Socialな医療を開業して行なえば「家庭医」(病院で行なえば総合医)である,といった程度の認識しかされていない現状で,学生セミナー,研究会総会といった場でお話をされる方々でさえも,はたして海外(北米,オーストラリア,英国など)の「専門としての家庭医療」をわかっておられるかというと,非常に疑問な点があります。そういう先生方が,長年の保守的日本的医療の枠から出ることなく家庭医療というものを語られると,どうしても内科中心の心療科的外来医療ということになってしまい混乱するわけですね。そこで今回は正しい世界共通定義の家庭医療を研修医・学生さんたちにしっかり理解してもらいたいということで行なったわけです。

家庭医の目のつけどころ

―――セミナーを通してされた工夫と,その手応えをお聞かせください。
佐野 半日とか1日でやってしまうと,喋ったことが「ありがたいお言葉」で終わってしまいます。これをいかに,現実味のある,現場の医療の中でどうされているか,もっと具体的に言うと,それぞれの疾患管理の中で,家庭医はどのように診ながらどんなアプローチをするかという話をしないと,現場が見えないんですね。「家庭医療」っていうのは,なんかわかるような気はするけど,じゃあ,「患者さんを目の前にして何をやるのか」というと,言葉で聞いただけでは簡単にはわからない。そういうことから,よくある疾患のアプローチをどう考えてどんな風にやるのが家庭医療なのか,ということを少し細かくやったんです。それによって「ああ,なるほど」と思う。「中耳炎でも家庭医が診るとああいうことまで指導するのか」「子どもを診るには,新生児・乳幼児の栄養指導,育児相談,しつけ……こんなこともやんなきゃいけないのか」とか,その他,ギブスもはめ,パンチバイオプシーもし,お産,子宮癌検診もすることなど,ここまで家庭医はやらなきゃいけないんだということを示してみたんです。

必要な手技に慣れる

佐野 日本でいう家庭医とは全然違うんだというのを出してみたんですが,これを示すと少し顔色が変わってきましたね。「えっ,こんな手技も?? 内診? こんなところまで家庭医はやるの?」という感じ。本当はこういうところまでできなきゃいけない。世界では当たり前なんですよ。婦人の内診も今回はダミーを使って練習してもらいましたが,これができないと「22歳の女性の下腹部痛」なんて1人で診断がつけられないといった情けないことが起こるんです。それが日本の自称家庭医・総合医の決定的な欠陥なんです。日本の基本臨床教育ではこういったことがぜんぜんできていないので,今回は必要な手技(眼底鏡,耳鏡)に一応慣れていただいて,今後自分でやろうと思ったら簡単に怖がらずにできるようにしておくことの大切さを強調したのです。2日目が終わるとずいぶんみんなわかってくるんですね,家庭医として必要な知識と技術が。また症例を通して,家庭医学的考え方とかPsycho-Socialなアプローチもしっかり理解していただいたと思います。

今の家庭医を超えた医師に

―――では最後に,家庭医療に興味を持っている若い学生,研修医に向けてのメッセージをお願いいたします。
佐野 日本で家庭医療の一役を担っておられる開業医の先生はたくさんおられます。その先生方を家庭医療専門医ではないと否定する気はありません。ただ,その先生方がいままで10年,15年とかけて習得してきた知識・技術・知恵を,3年から5年くらいで身につけて,その先生方の今,欠けている部分,例えば妊産婦のケア・分娩はできない,新生児・乳幼児の栄養指導はできない,単純骨折のギブスはやったことがない,耳鏡が使えない,眼底鏡が使えない,うつ病は自信がない,というところを,若い人たちにはしっかりやっていただいて,今の日本の家庭医の先生方を超えた医師になっていただきたい。今の家庭医の先生たちを目標にするのでなく,外国の家庭医のレベルも認識して,ただの家庭医から専門医としての家庭医になるよう先達を超えていただきたいのです。