医学界新聞

 

座談会 加齢の克服-21世紀の課題-


北  徹氏
京都大学大学院
医学研究科教授

永井克孝氏
三菱化学生命
科学研究所長

佐藤昭夫氏
人間総合科学大学
人間科学部教授

伊藤正男氏<司会>
理化学研究所脳科学
総合研究センター長

田平 武氏
国立療養所中部病院
長寿医療研究センター長

岩坪 威氏
東京大学大学院
薬学系研究科教授

野々村禎昭氏
微生物化学研究会
理事長;編集部

藤田道也氏
浜松医科大学
名誉教授;編集部


■ I.アルツハイマー病

アルツハイマー病とは

伊藤<司会> 『生体の科学』誌の今年の増大特集号のテーマは「加齢の克服」ですが,「アルツハイマー病」,「健康老化」,「高齢化社会」の3部に分けて皆さんのご意見をうかがいたいと思います。
 まず最初に,田平先生にアルツハイマー病(以下:AD)についてお伺いします。
田平 日本では老年期痴呆疾患の50-60%,欧米先進国では70-80%がADと言われています。大部分が孤発性ですが,一部には遺伝性の家族性AD(FAD)があります。多くの研究はFADの遺伝子の同定から始まり,発症過程を解明する方向で進みました。その結果,アミロイド前駆体蛋白(APP),プレセニリン1,プレセニリン2,この3つがFADの遺伝子で,危険因子遺伝子として現在確実なのはアポリポプロテインEのアリルε4であることわかりました。
 ADには「老人斑」,「神経細胞の神経原線維変化」,「細胞の変性」という3つの特徴があります。この3つがなぜ,どういう時系列で起こるかが研究され,今のところはβアミロイド蛋白の切り出し,そして沈着が最も早期に起こることがわかりましたが,なぜ神経細胞の変性や細胞死を起こすかについては多くの仮説があります。
伊藤 ADは年を取るとなぜ指数関数的にリスクが増えるのでしょうか。
岩坪 早期発症のものでも,先天代謝異常症ではなく,人間の脳の老化過程が重なってこないと発症しないことは確かです。
田平 加齢によって出てくる遺伝子もあるし,発現が減るものもあるでしょう。その中からADに関連した遺伝子を見出そうとする研究があります。しかし,大部分の人は環境因子を考えており,活性酸素の問題を一番の問題として捉えています。

主役はβアミロイド

岩坪 田平先生のご指摘の通り,AD研究はまずその病理成分を生化学的に知ることから深まりました。その後,家族性ADの遺伝子研究と結びつき,分子生物学,細胞生物学のレベルでも研究が進んでいます。
 βアミロイド仮説の根拠の1つは,ADに対する特異性にあります。βアミロイドの蓄積が起こるのはAD,あるいはAD型老年痴呆,ダウン症などに限られます。ADの前臨床段階を表すとも言われる病的老化と呼ばれる状態は,痴呆は発症していないけれども,老人斑は多く出ているケースで,ADの方向に変化を起こしている脳でしか見られない現象です。
 もう1つは,田平先生のお話にもあったβアミロイドの蓄積がADの病理の中で一番初期に出てくることです。ADの最初期病変の1つがびまん性老人斑という形のβアミロイドの蓄積であることがはっきりしています。これが神経細胞死や神経原線維変化の出現よりはるか以前,まだ痴呆症状は何もない時期から出てくる最初期変化であることから,時間的にも病因のカスケードの上流にあると考えられています。
 もう1つが遺伝子との結びつきです。βアミロイドペプチド(Aβ)はアミノ酸数40ぐらいの短い蛋白質ですが,APPから2か所で蛋白分解酵素の作用によって切り出されて分泌されます。アミロイド前駆体遺伝子に変異があるとβアミロイドの全体量が増える。あるいは蓄積してアミロイドになりやすい特徴を持ったAβの切り出しが増えることがわかりました。
 Aβにはカルボキシ末端が40個までのものと42個までのものがあります。尻尾が2個長いだけでアミロイドペプチドの物理化学的性質が変わって,線維形成性,蓄積性が高まります。アミロイド前駆体の遺伝子変異で42型のAβの産生,すなわちカルボキシ末端の切り出しが特異的に増加する。場合によってはアミノ末端側のβ切断の効率が非常に上がる。結果的にはアミロイドの総量ないし蓄積性の高いAβ42の比率が上がるのです。孤発性のADでもβアミロイドの蓄積は共通に見られる現象なので,単なる結果ではなくその下流の病変を進めていく原因的変化と考えられます。
 プレセニリン1,2については,こちらのほうが常染色体優性遺伝性の家族性ADでは頻度の高い主要な病因遺伝子だということが1995年頃にわかりました。これがADを招くメカニズムが90年の半ば過ぎから大きな問題になったのですが,これも培養細胞やトランスジェニックマウスを使った遺伝子導入の実験で見てみると,実はAβのカルボキシ末端の切り出しに影響を与えている。このカルボキシ末端の切り出しはγ切断といいますが,またもやγ切断を42型という,マイナーですが,凝集性の高いペプチドを切り出す側にシフトさせていることがわかったわけです。APPとプレセニリン変異の表現型がβアミロイドの凝集,蓄積性を高めるところに収束してきたことから,βアミロイドとアルツハイマーの発症との関連が強く信じられるようになりました。

アセチルコリンの関与

佐藤 ADで前脳基底部のコリン作動性の細胞が死にやすい。それが認知機能に関係することは多くの人が認めるのだけれど,それ以上はわからなかった。私が老人研にいた1989年に,コリン作動性の線維は海馬,大脳皮質,嗅球に行くことが知られていたので,その部位の血流調節に関係していないかと思って調べたところ,血管を拡張させて血流を増やすことがわかりました。このシステムがADで障害されるとその結果血流調節が悪くなる。そうすると要らない物質がたまりやすくなるために,先ほどからお話に出ているクリアランスが悪くなり,βアミロイドがたまりやすくなる。それが細胞死につながるのかなと考えました。ADで薬物とか原因療法とは別に,血管拡張系を働かせるとどうでしょうか。ネズミで運動をさせると脳の血流が増えます。ヒトでも骨折してベッドに臥せると,ADで見られる高次神経機能が増悪することが報告されているのも血流と関係するかもしれません。
永井 アセチルコリンとADの関係はどんなところまでいっているのでしょうか。末梢神経の問題ではないのですね。
田平 脳でも確実に落ちています。
伊藤 βアミロイドが溜まって,コリン作動性のニューロンがやられると大脳のニューロンはみんな代謝作動型のムスカリン受容体を持っているので続いてやられると思っていましたが,血流が悪くなるのでそれでやられるというお考えですね。
佐藤 コリン作動性の線維は大脳皮質や海馬で直接血管に作用するのではなく,一酸化窒素(NO)を生産する酵素(NOS)を持つ細胞を働かせ,NOを出して血管を拡張させるらしい。アセチルコリンがNOS陽性細胞を刺激する時,ムスカリン受容体だけではなく,ニコチン受容体が関与するらしい。喫煙とは別ですが,ニコチン受容体が刺激されることが脳の高次機能を維持するのに重要ではないかと考えられます。
田平 ADでアセチルコリンが減少していることは事実ですね。日本でも筑波大学の朝田隆先生によると,タバコは高齢発症のADではリスクを下げるというデータが出ています。ニコチンにアセチルコリン様の作用があるからだと考えられています。

早期診断と治療

伊藤 早期診断と治療に関する今後の見通しはどうですか。
田平 ワクチンにしても,蛋白分解酵素阻害剤やクリアランスを上げる方法は薬として開発可能であって,5年から10年ほどである程度までいくだろうと思います。
岩坪 1つ問題なのはそういうものを応用していく時に,どの時点から投与すれば有効かということです。最近,ADの初期の状態(MCI;mild cognitive impairment)が注目されています。この状態で亡くなった方の脳を病理でみると,ADの病理は相当完成しています。
 先ほどβアミロイドが蓄積し始めた時点ではまだ認知障害はないと申しましたが,病理学的な発症は臨床的な発症よりもおそらく十数年ぐらい先に出ている。そうすると,プレクリニカルステージで的確に診断して,そこで予防法を講じないと本当の予防や治療効果はないという懸念もあるので,今後早期診断法というものの開発と治療薬の開発が同時に進んでいかないといけないと思います。
田平 プレセニリンの変化が出るのは平均40歳で,生まれながらにプレセニリンの異常があっても40年間症状が出ないのです。もちろん病的蛋白分解酵素の作用は20代ぐらいから起こっていると思いますが,それでも数十年かかるわけです。その理由は何かを調べているのです。
伊藤 どのような診断法がありますか。
岩坪 いくつかありますが,臨床症状がまだ見られない時点ですから,一番期待されるのは,血液や脳脊髄液に出てくる特異的な物質を用いた生化学的なマーカーです。発症した後の患者さんですと,脳脊髄液中のタウが上がり,Aβ42が下がると言われておりますが,残念ながら発症前には十分に使えない。あとは画像診断です。脳組織中の病理変化を顕微鏡的に可視化できるレベルでのMRIやPETスキャンなどの画像法ができればいいのですが,まだ実用化には時間がかかると思います。
 MCIは明らかにADになりやすい。一般人の2%に比べて12%です。MCIの中で,PETでイメージングすると,前帯状回の血流が落ちている人はADになりやすいというデータが出ています。MCIは病理的な変化があるので概念的に立ててよいのかという問題がありますが,記憶だけが侵されていて日常生活は侵されていない,まだ痴呆までいかないという段階で,そのまま記憶の低下を辿る人と,ADへ移行する人に分かれます。
 MCIを臨床的にキャッチできるところまで研究が進歩しました。その他に長谷川式などのテストがありますが,今後はそれらの組合せで,よりよい診断が可能になってくると考えます。

■ II.健康老化

生理的な老化とは

伊藤 10年ほど前,今堀和友先生に「生理的老化と病的老化を区別しなくてはいけない」と伺ったことがあります。病的老化の研究が進んだので,最近は生理的な老化が前面に出てきた感があります。
永井 老人研ができた時に,病的老化と正常老化を区別しなければいけないということで,何をもって老化と見なすか議論しましたが,結局,具体的な分子を取り上げてみても,普遍的な老化のパラメーターはないという結論になりましたが,ヒトだけでもいいから通用する老化のパラメーターはあるのですか。
 まだありません。私たちが今見ることができるのは,脳の血流やグルコース代謝,あとは免疫細胞の変化でしょう。そのあたりを取っかかりにして科学的なメスを入れようという段階です。例えば,私はもともと心臓が専門ですが,この分野の研究は大変進みました。心筋梗塞の予知は血液でもできる時代になっていますが,脳に関してはまだそこまでいっていません。
佐藤 老化の問題は個体の老化だけでなく,体の組織,器官,細胞まで広く,それが時間とともにどう変わっていくかを調べていく必要があるが,研究者は部分の研究に陥りやすい。特に人間には社会において集団生活をするという特徴があります。家族とか地域など,人間との関係が脳の働きとつながり,社会環境の中で維持されるものもたくさんある。社会的研究と医学的な研究が乖離しがちですが,一緒に研究しないと正しく理解できないと思います。
永井 ヒトの老化と実験動物の老化とは自ずと違った視点を持つべきですね。
藤田 個体の老化は個人差はあっても,すべての臓器にくる。ところが,臓器から細胞をとってきて若い人の細胞と比較して,それを区別できるのかという問題はどうなのでしょうか。
佐藤 若い人の細胞は,老人の細胞に比べては分裂回数が多いとよく言われます。
田平 一番大きな違いは,年を取った細胞は明らかにリポフスチンが貯まっている。
永井 老廃物を固めておくことが細胞の保全にとってはいいという考え方ができます。シミなどと同じ類に考えるのと,そうではないという見方があります。
伊藤 脳の容量は健康なヒトでも100年間に三分の一の割合で減少します。それで神経細胞が毎日10万個減るという計算になるし,昔の計測はそれを裏づけていた。しかし,当時は大きな神経細胞だけ数えていたので,小さい細胞も入れると総数は変わっていないから,神経細胞の数が減るのでなく,大きい細胞が小さくなるのだと話に変わってきた。神経細胞の縮小を防ぐ方法が見つかれば,脳の生理的な老化を防げるのではないでしょうか。

健康老化の原因

伊藤 健康老化の遺伝因子,環境因子は多様でしょうね。
永井 活性酸素がその1つです。
佐藤 私たちが酸素を使って生きていく以上は活性酸素が体内で発生してDNAやミトコンドリアに作用して,細胞分裂や蛋白合成を阻害する。ヒトのように大型動物では物質代謝が比較的低いし,マウスのような小型動物では代謝が高い。代謝が低ければ長命であり,長命であれば,活性酸素から体を守るスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)など,他の動物に比べて消去系物質をたくさん持つことになります。
伊藤 寿命と老化は異なる過程だと分けたほうがよいのではないですか。
佐藤 多細胞生物の場合,個体生命が死ぬということが寿命です。加齢現象は個々の細胞や組織で考えることができます。老化については,個体,器官,組織,細胞分裂,細胞といった要素に分けて考えることが大切だと思います。
野々村 私が前から気になっていたのは動脈硬化です。齧歯類は自然には動脈硬化にならないのですが,ウシなどは早くから動脈硬化が起きます。人間は年取ったら起きるけれど,ウシなどは非常に発症時期が早いです。Klothoマウスは別として,自然に飼育しているラットやマウスでも動脈硬化がありません。
佐藤 自然発症高血圧ラットですら動脈硬化はないですね。
野々村 本当に不思議です。
佐藤 脳と循環器の研究は老化研究においては一致します。脳は血流を大量に要求し,脳の血流調節がうまく働かないと,高齢になって調子が悪くなる。だから,一致した研究になるのではないかと思います。

老化と癌の関係

永井 以前は,癌で死なずに天寿をまっとうするラットを作るのは容易ではなかったですね。
佐藤 動物の系統が,本来癌の研究のために開発されたものだから,癌ができやすい系統が作られていったのですね。
野々村 人間の社会でも同じです。年齢に関わりなく起こる病気に関しては,治療法が発達しました。それは,老化とは無関係な例えば感染症みたいなものが抑えられたからでしょう。その結果,現在では癌死が圧倒的に多くなっています。
永井 東京都臨床医学総合研究所所長をしていた時,評議員会で「この研究所は癌,感染症などを対象にすると標榜しているが,癌は本当に治っているか」と質問され,当時のがんセンター総長が「癌は確実に治っています。ただ,老人になってくると多重癌が起きて,1つの癌を治してもまた別の癌ができてくる。われわれ癌研究者の究極の目標は天寿癌を作ることである。つまり天寿をまっとうして,癌で死ぬというところにまでもって行くべく努力しており,その成果は現在着実に上がっています」と答えられ納得していただきました。
 東京都老人医療センターの村上元孝院長も,複数の病気を持っているのが高齢者の特徴で,1つを治してもまた別の病気が出てくる。それで若い医師は治したという充足感が醸成されにくくインセンティブに欠ける。それが問題だと言っておられたことを記憶しています。
藤田 結局,長く生きるということはそもそも非生理的なことかもしれないですね。

神経細胞の再生と移植

永井 脳の幹細胞は老化に関連してどのぐらい研究しているのですか。神経細胞は分裂しないはずが,幹細胞があって何かの時はそれが分裂して必要な細胞を供給しているのではと言われていますね。
 血管新生に関係する研究から,脳の幹細胞でもデータが出てきました。
佐藤 ある実験によって,マウスの脳の線条体の細胞を取り出して成長因子をかけてやると,分裂することが発見されました。また,ネズミを仲間と遊び道具のあるようなエンリッチな環境で飼うと海馬の細胞が増えるという発表が最近(1997年)あり,脳の神経細胞が生後増えないという考えは訂正されつつあります。どういう時に増えるのかについては,神経成長因子,女性ホルモンなどが言われていますが,内的,外的刺激で脳の因子が出た時でしょう。
永井 増殖する細胞は研究の対象として取り上げやすいですが,脳の神経細胞など増えないものは難しくて手をつけませんでした。分裂しない細胞と分裂する細胞での加齢現象は違っていると思われていましたが,現在は筋肉の分裂しない細胞の組織から幹細胞が取れます。
 脳神経系の幹細胞を補うと,記憶など高次の脳機能を持っている細胞との相互作用はどうなるのでしょうね。
永井 それは今後の課題ですね。
伊藤 新皮質までいけば治療に使えます。
田平 論文によると,皮質視床路という経路の,皮質側だけを色素を入れて光を当てるだけで壊す方法がある。そして細胞分裂の時に核に取り込まれるブロモデオキシウリジン(BrDU)を打つと,BrDU陽性の細胞がそこまできているというデータがあります。そこから線維が視床まで伸びている。つまり,壊された後に新しくできた細胞が線維連絡を作ることまでは動物で示されています。
 われわれも実験をしたことがありますが,確かにそういう細胞は出てきます。どのぐらい皮質に入っているのか調べたいと思うのですが,BrDUはいつまでも光っていません。分化したニューロンになってしまうと,これがいつできたニューロンかわからない。これを追えるマーカーが出てくると,いつ頃できたのがここにきているということがわかると思います。
佐藤 私たちの体は,血管が詰まったら人工血管を使う。心臓の弁が悪くなったら人工弁,心臓のペースメーカーが悪くなったら人工ペースメーカーを入れる。そうやって部品を足していくことによって長生きできるようになってきたと思います。
 将来,大脳においても例えば感覚野,視覚野などは,もしも眼が悪くても視覚野のニューロンを刺激することによって,感覚,視覚を維持でき,視覚野の周辺の連合野を刺激すればまた複雑な視覚が生ずるかもしれない。実際に,運動がだめになったら,現在でも補助器械があって運動できるようになっています。このような人工的な機械や器具とは別に,近い将来に感覚も運動も胚幹細胞からニューロンを補充する日が来るのではないでしょうか。
 問題は連合野,特に前頭連合野のニューロンの補充などは最後まで難しいのではないか。それが補充できるようになったらおもしろいと思います。しかし,その際でも実際の神経回路の作られ方は問題として残るでしょう。

■ III.高齢化社会に臨んで

病的老化の予防と総合機能評価

伊藤 社会の年齢構成が急速に変わってきました。この問題に取り組んでおられる北先生にまずお伺いしましょう。
 先ほどから皆さんがおっしゃっておられるように,環境因子という問題にいかにわれわれが取り組めるかということが,1つのテーマではないかと思います。
 ADもそうですが,各人には遺伝的素因があって,それに生活習慣によってもたらされる糖尿病や高血圧や高脂血症,肥満,さらに環境因子との相互作用によってもたらされると考えられます。先ほどのADと基本的な考え方は変わりはありません。われわれがターゲットにするのは,生活習慣に基づいた病気をいかに減らしていくか,予知することによってできるだけ将来にわたって起こしにくくするのが,高齢化社会に向かってわれわれが望む重要なことではないかと思います。
 もう1つ大事なことは,老化には個人差がありますが,その人の老化の総合評価を下すことです。これには「comprehensive geriatric assessment(高齢者総合機能評価)」というシステムを構築しなければいけません。これはcomprehensiveですから,1つは患者さんの身体的な評価,2つ目に心の問題で,心理的な精神的な評価,3番目にはその人の置かれている家庭の状況と全体の取り巻く社会の状況,この3つを評価して,どこを改善するかによって,その人のライフスタイルに対するクオリティをより上げることができるかということを,われわれが介入することによって,その人が実りある一生を送ることができるかということです。
佐藤 予防という点について私も大賛成です。今後,予防=健康ということに持っていくわけですが,「高齢者の健康とは何か」ということになると思います。アメリカでは老化の長期縦断研究を国をあげて進めています。日本ではそれを国をあげて続けてやるというところが少ないですね。国立の長寿医療センターなどが今後本格的に研究されると思いますが,積極的に国をあげて大きな母集団を作っていく必要があります。そして,身体的,心理的なものも含めて徹底的に長寿に関する指標の研究をすることによって,日本人の健康な高齢者の特徴,特質はどうなのかがわかるのではないかと思います。
 おっしゃる通りです。そういう所にもう少し国のレベルで投資して,徹底的に研究する必要があるでしょう。
伊藤 国の支援がまだ十分でないですね。

医療と介護の問題

 高齢者の医療には地域との連携とともに,チームワーク医療が大事です。例えばデイケアやショートステイ,また養護老人ホーム,そういう社会の仕組みと在宅,ホームヘルパー,そういう仕組みがだんだん構築しつつありますから,それをいかに効率よく利用でき,しかもそれに対する社会制度,介護保険制度を導入する。その仕組みを家族全体に教えてあげる。
 日本人は親が病気になって寝た切りになったら,世間体もあるので自分でやろうとする。しかし,第三者が入ったほうがやりやすく,そのほうが当事者の心理にもよい場合もあります。今65歳以上の痴呆老人を支える生産人口は55人です。2025年頃になると25人で1人を支えないといけない時代になります。このチーム医療と地域ネットワークを構築することによって,いかに効率よく合理的にケアするかということが現在考えていることです。
 若い医師は,どうしても先端医療や最先端医療の研究などに興味がいきますが,老人科からしてみたら,今申し上げたことが最先端医療なのです。その仕組みを作っていく必要があると思います。長寿のセンターをどうやって運営していくかという問題にもかかわりがあります。
 老人医療センターがうらやましいと思うのは,多くの基礎と臨床の学者が出ています。何十年も先取りしてやってこられた精神を受け継ぐところが必要だとお考えになっていただきたい。不採算性であるが老人医療では重要なことが忘れられつつあると思います。
永井 根本的に考えを変えないといけないでしょう。東京都では一般病院で高齢者を扱うことが増えているので,特に高齢者対応の病院やセンターの存在意義を都として考慮する必要性が薄れてきているのではないでしょうか。
 高齢者対応に特化したセンター病院で今まで蓄積された高齢者対応の知的資産は大変なものです。普通の病院で高齢者を適切に対応し得るような範囲を超えており,特別な配慮が要求される性質のものです。それをどうして評価しないのでしょうか。
佐藤 もう1つ,介護の問題ですが,それを必要とするかどうかは社会環境もあるのではないでしょうか。単なる身体問題だけではなくて,介護を受けないで生活する社会環境があるかどうかです。意外に日本はそこが低く,欧米のほうが老人にとって生活しやすい。だから介護を受けなくても自分で生きていけるということですね。
 日本の場合は,最近よくバリアフリーと言われます。都市工学的に言っている面が多いのですが,バリアフリーは社会環境が重要で,精神的にも,社会的にもバリアフリーでなくてはいけない。高齢者というと少し弱い者として見られがちで,社会的に遠慮して生きていく傾向が強い。私たちの身体は遠慮して生きているうちに機能低下が急速になるという特徴があるので,一生懸命に生きさせる必要があります。狭い意味で介護をするのではなく,自立させるような動きを高齢者に持たせることによって,私たちの身体の機能が維持されることに注目したらよいのではないでしょうか。
 もう1つ私が感じているのは,ソーシャルワーカーの仕組みの貧しさで,例えば,1000床の京大病院は1人です。アメリカですと,精神心理療法士(PSW)とメディカルソーシャルワーカー(MSW)などが40-50人います。家族が直接関わらなくても,その人たちが精神,心理面でサポートしてよい方向に向かうことが多々あります。PSWやMSWの人数が足りないことも重要な改善点です。

ターミナルケア

 最後にターミナルケア,死をどう考えるかということですが,宗教観的なところが入ってくるので,大学や公の機関ではあまり論じられていない,いや論じにくい面があります。ホスピスなどもありますが,そこにわれわれが果たして関与するのがよいのか,それとも個別の問題として考えるのがよいのかは,きちんと論じていただきたいと思います。ここをわれわれとしては避けられないのではないかと思います。
野々村 ターミナルケアは非常に重要で,本来人間はこんなに長生きするはずはなかったのだけど,この100年ぐらいの医学の進歩が,早く死ぬべき人間を無理して救ってしまったわけです。そのために老化の問題などが起きているけれど,結局は死ぬわけです。それに対する心構えは日本ではできていないのではないでしょうか。最近痛感するのは,特に科学者ですが,お年寄りになってターミナルに入った時に,不思議なことに大抵カトリックなのですがそこで洗礼を受けます。わかるような気もするのですが,その問題はなかなか表には出しにくい。個人に,または家族に任されているわけです。
佐藤 宗教とは別に,生命というのは次の世代を残していくのだということを学ぶことが大事だと思います。日本の老人は昔から,孫と遊べば幸せ,さらに年を取ってくるとひ孫がよいと言われます。それが社会的に幸せの目安にされています。
 それも一理ありますが,自分の子ども,孫,ひ孫を含めて広い意味で世代がつながっていくことを理解する必要があります。社会として,「死」と「次世代への交代」は避けられないという事実を教える必要があるのではないか。科学的に次の世代に自分たちの何か,DNAと言う人もいるでしょうが,何かが受け継がれていくのだと教える。自分たちの精神というものが,次の世代に残っていく。文化と表現してもよいのでしょうが,それを大事にしていこうという社会的なトレーニング,教育といがないと,高齢者の本質を考えることは難しいのではないかと思います。日本の場合,宗教があまり強いと思われないから,科学的に正確に教えるのはわれわれにとってむしろチャンスではないかでしょうか。
 最低限,生物学もよいかもしれません。「生物を知らない人が人間を診られるのか」というのがわれわれ医学部にいる者の1つのテーマです。生き物の不思議,生き物に対する畏敬の念をわれわれは少なくとも持つ必要があると思います。

高齢者の生き方

野々村 死の問題は社会全体としては深刻だけど,私は科学者として割り切っています。生物学を考えると自分を客観化できると思います。
佐藤 高齢者を弱者に仕上げないで,生きる責任を持たせて逆にチャンスを与える。それが将来日本のためになるのではないかと思うのです。
永井 高齢者でないと得られないものがあります。
佐藤 確かに高齢者は,生理的,医学的に特徴を掴んだ上で社会的に生きるチャンスを与えていく必要があります。子供が生きる権利があるように,高齢者も高齢者として生きる権利を持って,社会的に堂々と生きられる環境を整えたほうがよいのではないかと思います。
伊藤 高齢者には創造力もあるし,物事の把握力は若い者より優れている。85歳を過ぎた人は心理学では「サバイバー(生き残り)」と言うのだそうで,生き残りだから強い。本当はこういう人が社会を動かしているのだから,決して弱者ではない。
永井 昔は高齢者を尊敬していましたし,日本の昔物語では高齢者は高い存在意義を有するものとして扱われていました。
佐藤 そうですね。今,日本の社会はリストラが流行っていますが,こういう時代だからこそしわ寄せしないで,高齢者にも生きるチャンスを与える。それを社会学者,経営者ではなく,科学者が積極的にサポートするような生命科学であってほしいなと思います。

老化予防の方策

藤田 最後に,読者のために老化予防策を教えていただけませんか。
田平 一番大事なことは運動です。寝た切りを防ぐ意味で,まず骨粗鬆症の予防になります。骨が丈夫になり,循環器系がしっかりします。
藤田 血栓の形成も防げる。
田平 血圧が下がります。それから,先ほどの話のように,幹細胞から新しいニューロンができます。脳の健康のためにも運動が大事だと思います。
永井 人間は直立しているから,足のほうから刺激が上のほうに行くようになる。
佐藤 運動がよい理由は2つ考えられます。1つは運動は脳から指令が出ます。運動野から指令が出ると単純に考えますが,それに加えて連合野と小脳も大脳基底核,大脳辺縁系,間脳も使って運動の動機づけ,運動のプログラムを作成して実行する。運動というのは頭全体を使うのです。脳から筋に指令が行きますが,もう一方では運動中に筋や関節から感覚性の入力が脳に上がっていく。脳を双方向に使うことは運動以外にはない。筋肉,骨にとってばかりではなく,循環器系にとっても,もちろん脳にとってもよいということですね。
 もう1つつけ加えたいのですが,運動を含めて日常生活を規則正しくすることが大切です。例えば私たちの体の中にある日内リズムに関与するメラトニンは,若い人では夜増えるのですが,高齢者では増えにくい。高齢者ではそういう固有のリズムが減り,睡眠不足,不規則な生活の影響を受けやすくなります。
伊藤 ADにならないようにするにはどうしたらいいですか。
田平 まず食べ物です。高脂肪食を控え,βカロチンを含むと言われている黄緑色野菜を食べることです。活性酸素を取り除く意味でもビタミンEとCは不足ぎみです。それと,ADや血管性痴呆は魚を食べるとなりにくいというデータが出ています。
佐藤 動脈硬化,糖尿病も食べ物で決まります。食べ物は老化を考える際に大事です。
伊藤 話は尽きませんが,それではこの辺で終わりたいと思います。どうもありがとうございました。
(おわり)

 この座談会は雑誌『生体の科学』(医学書院販売)増大号特集「加齢の克服-21世紀の課題」の「第一部:座談会」を週刊医学界新聞編集室で約3分の1に再構成したものです。
 なお,この座談会の全文は同誌第53巻5号に掲載されます。
[週刊医学界新聞編集室]