医学界新聞

 

座談会-日中国交正常化30周年

中国の医学・医療と日中の医学交流


森岡恭彦氏<司会>
日本赤十字医療センター
名誉院長
(財)日中医学協会理事長

吉倉 廣氏
国立感染症研究所長

安達 勇氏
静岡県立静岡がんセンター
緩和医療科部長

酒谷 薫氏
日本大学医学部助教授
脳神経外科


■中国の公衆衛生:感染症の問題

森岡<司会> 今年は日中国交正常化30周年に当たります。1992年には,国交正常化20周年を祝って「日中医学大会1992」を開催し,大きな成果を上げました。今回,中華医学会から日本医学会会長宛に30周年記念事業の申し入れがあり,両者と日本歯科医学会の主催によって,北京で「日中医学大会2002」を開くことになりました。
 本日は中国に深く関わってお仕事をされてきた3人の先生をお招きして,中国の医学・医療,日中の医学交流についてお話を聞かせていただきたいと思います。

感染症対策の現状

森岡 最初に中国の公衆衛生,その中でも特に感染症について吉倉先生からお話をお聞きしたいと思います。
吉倉 私は天安門事件の直後から,JICAのポリオ根絶計画等で10年近く,毎年,中国へ出かけまして,この間の中国の変化を目の当たりにしてきました。
 中国には30の省がありますが,私が行ったことがあるのはそのうちの17省です。中国では感染症対策に関して,「China CDC(Centers for Disease Control:機構改革以前は中国科学院)」が中心的な役割を担っています。中国は『疾病監視』と『計画免疫』という感染情報の雑誌を出しております。それを見ると感染情報がかなりわかります。この雑誌は,現在は日本の国立感染症研究所に届いていますが,当時は現地でも入手するのに苦労した覚えがあります。
森岡 中国では何に重点を置かれているのですか。
吉倉 1つはポリオの根絶計画ですが,ここ10年ほどでほぼ成功しました。現在大きな問題は安全注射によるB型肝炎,C型肝炎の感染,HIV感染の拡がり,ハンセンなどの問題です。

ディスポについて

森岡 具体的な対策の現状に関してはいかがでしょうか。
吉倉 中国の医療体制は,省,地区,市,郷,鎮=村という組織形態になっていますが,村レベルでは医師に教育が行き届いていませんし,また大変貧乏です。
 WHOは「ディスポ化」を強調しますが,注射器を購入するお金さえないことがあります。また,改革後は各省に財政責任が分担されましたが,省の間には大きな経済格差があります。全般的に考えますと,いわゆる「安全注射」に対する対策が非常に難しいのが現状す。場所によっては,一度使ったディスポ製品を洗ってもう一度使っている様子が見られます。
 ポリオの根絶計画が一段落しそうなので,3-4年前から次の予防接種のターゲットは何かを考えましたが,麻疹にしろ,B型肝炎にしろ,すべて注射器を使います。不用意に麻疹などを根絶しようとすると,逆に予防接種によってこれらの感染症が広がるかもしれないと危機感を持ちました。訪問した村の状況を衛生部に伝えて,問題を指摘していたのですが,3年前から「安全注射」を国家的に取り上げなければいけないということになりました。
 中国では注射器は予防注射だけでなく,臨床でも使いますね。臨床で使うほうが予防接種に使う量をはるかにしのぐでしょう。病院は「ディスポは廃棄している」と言うのですが,ゴミ箱を見ますと,薬瓶などは捨ててあるのに,注射筒がどうしても見つかりません。どこかで回収しているのでしょう。
森岡 日本でも,ディスポが普及するのに時間がかかりました。経済力が問題ですね。酒谷先生,北京の中日友好病院の状況はいかがでしょうか。
酒谷 中日友好病院では,ディスポは徹底されていましたし,ある程度大きな病院では大丈夫だと思います。全般的に,ハード面に関しては経済発展とともによくなりつつあると思います。

肝炎,AIDS,麻薬,公害について

安達 ところで,B型肝炎の患者さんは今でも隔離しているのでしょうか。
吉倉 新しい病院は知りませんが,田舎ですと何もしていませんね。
酒谷 中日友好病院でも,B型肝炎などの患者さんは,病棟では特に隔離して管理していなかったようです。ただし,手術室ではB型肝炎の患者さんは区別され,他の患者さんへの感染を予防する処置が取られていました。
森岡 A型肝炎の患者さんはどうですか。
酒谷 魚介類を生で食べて,A型肝炎に罹った方は,結構多かったですね。中日友好病院の外来では,日本人の駐在員の方が地方で魚介類の刺身を食べて,A型肝炎になられたりするケースがありました。
吉倉 1999年7月号の『疾病監視』にある資料ですが,A型肝炎が18,590人,B型肝炎が50,561人と報告されています。C型は921人ですが,少ないのは診断がついていないからだと思います。
酒谷 AIDSについてはいかがですか。
吉倉 正確な資料は難しいと思いますが,一昨年頃から,中国も急激に増えていると認識されるように思います。
酒谷 中日友好病院でも何人か診察しました。かなり速いスピードで広がっているように思いました。
吉倉 また,麻薬濫用によるHIVの問題は特に雲南省などで大きくなっています。
安達 麻薬の問題は北のほうでもかなり広まっています。
酒谷 北京市内でも,留学生の間で流行しているという話を聞いたことがあります。日本人留学生が麻薬の注射により,死亡した例もありましたね。麻薬だけでなく,留学生が事件に巻き込まれて怪我をしたりするケースは結構多かったようです。
 北京は政治の街なので,南よりも治安は良かったのですが,だんだんと悪くなってきました。それにつれて,麻薬や暴力事件による傷害が増えてきました。
森岡 最近では,公害の問題が北京でも取り上げられているようです。中国は主に石炭をエネルギーとして使っていますし,排気ガスの問題があって,日本の酸性雨と関係している。公害の問題はこれからですね。
吉倉 プラスチック廃棄物の問題もあります。新疆の砂漠の中を走っている時,遠くのほうに白い花が咲いているのを見つけたのです。「きれいだな」と思ったら,プラスチックの袋が風に飛ばされて,枯れ木に引っかかっているのです。

■中国の医学教育,医療,研究の現状

最近の医学教育の改革

森岡 次に,中国の医学教育や研究や医療制度についてお伺いしたいと思います。
 安達先生,最近では医学教育の改革や医師の免許制度の整備が行なわれているようです。
安達 中国は,行政改革も含めてすべての面で流動的です。中でも,大学改革は日本よりも速いスピードで実現されいます。
 中国の入試制度は,日本の国立大学で行なわれているように全国統一試験で選抜をしていますが,第一志望の大学に入るには高得点を取らなければいけないようです。北京ですと,北京大学の医学部は700点満点の630点以上を取らないと入れません。
森岡 中国には「科挙」の歴史がありますから,受験戦争はかなり厳しいでしょう。
安達 人口も多いですし,最近は医学部の志願者が多くなり,競争も厳しくなっているようです。
 医学部は基本的には5年制です。大学卒業後のマスターコースは3年間で,ドクターコース=博士号はその上に2年間やらなければいけないわけですが,7年制の大学を出た場合には卒業と同時に学士,マスターの称号がつくわけです。続けて在学する場合には1年間短縮されます。ドクターの8年コースになると,大学を出ると同時にドクター=博士号が授与される形になっています。
 普通の大学では5年か6年で卒業した場合,博士を取るにはさらに5年間が必要になってきます。
森岡 3年前から医師の国家試験が行なわれるようになりましたね。
安達 正式には99年から始まりました。現在は移行措置がとられ,大学を卒業した年度が97年以降の人は全員国家試験を受験しなければ免許が取れませんが,それ以前の方は無試験で,実績さえあればよいということになっています。現在では大学を出てから,1年間インターンをやり,それが終わった後に国家試験を受けるという形になっています。
森岡 中日友好病院なども学生の卒後教育を引き受けているのですか。
酒谷 北京医科大学や瀋陽の中国医科大学の医学生がいわゆるポリクリをやっています。卒業後の研修医もいますが,地方の病院の先生方が半年から1年ほど滞在して勉強しています。
安達 卒後の臨床研修ですか。
酒谷 そうです。医師になってからの研修ですね。
安達 医学部卒業後に,日本でいう「講師」のレベルになるまではきちんと臨床研修をしなければ取得できませんが,その後,準教授や教授になるには,臨床研究の実績が必要です。
 一方,大学卒業後の病院への就職は,大学出身地での就職は問題がないようですが,例えば瀋陽の大学を出た方が北京の病院に就職する場合には,北京大学のマスターコースやドクターコースを取らなければ難しいのが現状のようです。
酒谷 中日友好病院は,JICAと協力して研修センターを設立し,地方の若い医師を集中的に教育して帰すというプロジェクトを始めています。
森岡 大学の統合も進んでいますね。
安達 ええ,99年頃からかなり急速に進んでいます。それまでは北京医科大学は単科校でしたが,「大学」という称号をつけるには5つ以上の学部がなければいけないので,基礎医学系,臨床系,小児科系,公衆衛生,薬学と5学部になりました。最近は,総合大学も医学部がないと一流ではないということから,北京医科大学は北京大学と合併されました。清華大学はもともと理工系中心でしたが,急遽医学部を設けました。
 このように単科の医科大学は統合が急速に進み,全国で上位100校に医学部が編入されています。しかし,中国医科大学のように,まだ統合する相手の大学がなく,従来の医学関連の5学部からなる単科の医科大学もあります。また衛生部に所属していた14の重点医科大学は,協和医科大学を除いてすべて教育部へ統合されています。

中国の行政改革について

森岡 衛生部も行革ということでスリム化し,大きく変わりましたね。
安達 病院の行政組織には,院長,副院長,各診療科の主任がいます。主任は行政的な管理職なので,教授の称号がなくてもなれます。それから中日友好病院もそうですが,病院には院長と同格の行政関係の党書記がおります。
森岡 酒谷先生はかなり現地で官僚と折衝なさいましたが,どこで誰が決済しているのか,責任体制がわからないとおっしゃっていましたね。
酒谷 副院長が3人おり,病院管理担当,教育研究担当,財政担当に分かれています。党関係も書記長か副書記長が1人いて,副院長と同じ立場にいます。そういう状況なので,われわれにとっては誰がどの分野の責任者かというのが見えてこないのかもしれません。
森岡 なかなか物事が決まらないので,イライラしてきますね(笑)。吉倉先生は,そういう経験はありませんでしたか。
吉倉 いや,中国はおもしろい国です(笑)。
 中国には30の省があり,最近の自由化政策もあって,各省が独立して,中国政府の中国全体に対する予算権も相対的に減ったと思います。ところが,各省で何か行政に関わることをやろうと思うと,政府を通さないとなかなか動けないのです。中国の行政組織は,おもしろいところがありますね。どうなっているのでしょうか。
安達 組織としては,中央には日本の厚生労働省に相当する衛生部が存在し,下部組織として各省に衛生庁が残っています。
吉倉 ええ。それにしても,この急激な変化の中で,どうやって昔の組織を保っているのでしょうか。
安達 地方の衛生庁は中央からの財源的なバックが乏しいので,各省から補助してもらわないと実動しないから,発言権は低くなると思います。それでも厚生行政権については,まだ重要な役割を果たしているのではないかと思います。
森岡 逆に中央の衛生部と話をしていると,衛生部が命令しても地方が動かないようなところもあるような感じもします。
吉倉 昔と違って省の自立性が高まっているので,そういうこともあるかもしれませんね。

中国の医療保険制度

森岡 次に医療保険制度についてですが,企業の民営化が進んで,混乱していると思いますがいかがでしょうか。
安達 あれだけの人口ですから,日本のように国民皆保険という制度は導入できませんので,最近は都市部に「労働者医療保険制度」が設けられています。これは,保険基金として包括企業と言われる国営企業,集団企業,外資系企業,個人の企業,政府機関,大きな団体などは,すべてこの制度に入るようになっています。98年12月から施行されていますが,保険料は企業が5%,個人が給料の2%を拠出しています。
 実際に病気になった時にどれだけ出るかということが問題なのですが,個人負担分と企業負担分に分け,少額の医療費に関しては個人の基金から,高額医療については企業が拠出した中から出します。審査は厳しく,高額医療については1年につき給料の4倍まで控除することになっています。
 また,少額医療費の負担も足りない場合がありますので,その場合には企業の拠出金のほうから控除されます。
森岡 日本の社会保険と同じような制度を,企業が組み立てているようですね。ただ,農村部には手が着いていない。
安達 ええ。農村にはこの保険制度は適用されていません。人口比率は農村が最も多いですし,貧富の差も激しいので,今後大きな社会問題になるでしょう。
森岡 中日友好病院でも,保険に入っていなくて費用が払えないという問題が起こったりしますか。
酒谷 農民の方が入院して手術を受けるケースがありますが,治療の途中で退院されてしまうことがあるのです。病気は治っていないけれども,費用が払えないために退院せざるを得ないのです。日本では考えられませんが,経済格差の大きな中国では,そういう状況も起こり得るのです。
森岡 今のところ,保険医療がパンクするところまではいっていないようですが,早晩起こる問題でしょうね。まだ,中国の医療費のGDPにおける割合は低いですね。4-5%ぐらいだと聞きました。
酒谷 一般に中国では,医療にかける費用は安いですね。例えば,一般外来では診察費が10元,日本円にしますと約150円程度に過ぎません。医師の人件費が安いために医療費が抑えられているとも言えるでしょう。
森岡 全般に賃金が低いから,とも言えますが。
吉倉 中国各省の大都市の多くで,流動人口が10%ぐらいだと言われています。
安達 都会に流入した人の中には,戸籍を持っていない方が多く存在しております。この人たちへの医療保障はまったくないわけです。
吉倉 ポリオ根絶計画の時も,90%台のワクチン接種率なのになぜポリオが流行るのかということがありました。理由は2つあって,1つは流動人口で,もう1つは未登録児でしたね。
安達 戸籍自体がはっきりしないところもあるでしょう。したがって,国民皆保険はますます難しい状況にあります。

中国の医学研究の現状

森岡 10年ほど前には,中国では医学研究が最も遅れていると言われていましたが,最近は研究も熱心にされているようですね。
吉倉 ただ,China CDCは給料が低いですね。せっかく数年トレーニングしても,企業に移ったり,外国へ行ってしてしまいます。そういうことの繰り返しで,研究者が居着かないケースがあります。
森岡 安達先生,先生がご専門とする癌研究に関してどうですか。
安達 大学を中心とした研究と,臨床研究は衛生部の所轄になっている中国医学科学院が中心になっています。
森岡 ナショナルセンターはいくつぐらいあるのですか。
安達 癌に関しては,日本の国立がんセンターに相当するのが1つしかないと思います。研究所と病院が合併したものが北京にあります。他には,北京市,天津市の腫瘤研究所があります。また,各省に腫瘤医院と腫瘤研究所があり,各省が管理しています。
 それから中医関係では,中医薬管理局の下部組織の研究所があります。癌の臨床研究に関しては,中国医学科学院から補助金が出ていますが,基礎医学に関しては,先ほど吉倉先生が言われた中国科学院,重点大学(約10の大学)などの別組織で行なわれています。
森岡 この前,北京の清華大学の研究所を見ましたが,立派な研究室でした。部分的にはすばらしいところはあるけれども,中国全体としてはまだ層が薄いということでしょうね。

中国の病院

森岡 酒谷先生は6年間,JICAの援助で北京にできた中日友好病院の脳神経外科におられ,最近お帰りになりました。中日友好病院の日本との交流関係について,少しご説明いただけますか。
酒谷 中日友好病院は,日中国交正常化を記念して,日本のODAでできた病院です。管理運営は中国の衛生部で行ない,中国の病院として機能していますが,日中友好のシンボル的な病院として日中間の医学交流の中心的な役割を果たしています。
 日中間の医学交流は中日友好病院だけでなく,他の病院もやっておりますが,政治的な面では中日友好病院が大きな役割を果しています。例えば,日本から政治家が中国を公式訪問した場合には,訪問先の中に中日友好病院がよく入ります。最近では,河野元外務大臣が訪問されました。小泉首相の北京訪問の時にも,訪問予定に入っていたそうですが,時間の都合で行けなかったようです。
森岡 できて間もない頃にうかがった時は,空き家のようなところがありましたが,今度うかがったら大変活気がありました。
酒谷 私が95年に就任した時には,大きな建物は完成していましたが,病院前の道路には馬車が走っていたりして,車の数は今よりずっと少なかったです。その後数年の間に,急速に整備されました。
森岡 あの頃は,「中西(ちゅうせい)結合」(後述)ということが強調されていましたが,今でも中日友好病院に漢方外来がありますね。病院の中にどの程度,漢方医学を取り込んでいるのでしょうか。
酒谷 日本よりもかなりウェイトが置かれていますが,これは中国の医療が,西洋医学と中医学の2つで成り立っているからなのです。医科大学も西洋医学系だけではなく,中医学専門の医科大学もあります。ここを卒業した医師(中医)は,西洋医と同じ資格で病院に勤務しています。
森岡 西洋流の病院の一部に,漢方のセクションがあるところが多いですね。
酒谷 そうですね。また,逆に中医学系の病院にも,小規模ながら西洋医学のセクションが併設されているようです。
森岡 その間をどのように使い分けているのでしょうか。
酒谷 患者さんご自身が選んでいますが,いくつかパターンがあるようです。下痢や風邪などの軽い病気の時は,中医にかかるケースが多いです。慢性の病気もそうです。
 一方,急性期の重症患者さんは,西洋医にかかるケースが多いと思いますね。それから,西洋医学の治療費は一般に高いので,お金のない人は中医にかかる傾向にあるようです。
森岡 医師の生活は豊かですか。
酒谷 私がいた6年の間に,かなり豊かになりました。95年当時は,病院全体でマイカーを持っていた人は4人でしたが,私が帰る2001年には,各医局の半分以上の方が持っていました。マイカー通勤や,週末のドライブが当たり前になりましたね。
森岡 医師の地位が高くなったかな。
酒谷 患者さんからの個人的なお礼がけっこうあるのでしょうか。

■今後の展望:何をなすべきか

笹川奨学金制度の実績と将来

森岡 最初に申しましたが,今年は日中国交正常化30周年に当たります。両国の交流は少しずつ盛んになっていますが,今後どのように発展していくべきなのでしょうか。
安達 交流という形では,学会も個別的にやっていますが,研究面では日中間で同レベルで共同研究をするという態勢にまでは進んでいません。これは今後の大きな課題であると思います。
森岡 日中医学協会ができたのは17年前ですが,その後,笹川記念保健協力財団が研修させて,毎年100人の医師・歯科医・看護師を中国から引き受ける大プロジェクトが実施され,現在15年目になります。つまり,現在の中国には1300人ほど日本で1年間以上勉強した医師が活躍しているわけで,これは世界でも類のない大プロジェクトです。この協定は5年後に終了するのですが,その後はどうするのかという問題があります。

代替医療について-中西医学共存

森岡 先ほど少し話題になりましたが,最近,日本でも漢方医学を導入しようとか,興味を持っている人が多く,また「代替医療」ということもアメリカで言われ出しています。日本では,明治時代に漢方医学を医学から排除した歴史がありますが,中国ではどうでしょうか。
酒谷 中国は代替医療の先進国かもしれませんね。中医学は代替医療そのものですから。これは西洋医学と中医学のよいところを取り入れて治療しようというもので,現代の代替医療がめざしている方向とよく似ています
 本来の中西結合は,単に西洋薬と漢方薬を組み合わせて治療するということを意味するのではなく,患者さんに対する見方も含めて,中西医学結合を行なうものです。ところが,それが非常に難しいことがわかり,最近の中国では中西医学結合ではなく,「中西医学共存」という言い方がされます。
 今後は,従来の漢方薬の薬理学的な研究だけでなく,中国医学特有の患者さんの診かたや,その背景にある理論に対する研究が重要になってくると思います。
森岡 安達先生のご意見はいかがですか。
安達 日本では,保険医療の中に古典的な方剤が漢方方剤エキス剤として140種類が承認されており,一定の位置づけがなされおります。東洋医学を専門とされている方は自分たちは代替医療の領域ではないとおっしゃいます。そして,保険医療以外の治療を代替医療とすべきであると主張しております。
 実際に,日本では臨床医の7割ぐらいの方が漢方薬を使っているという現状があるので,その利点はあると思います。その利点が,エビデンスとしてきちんと出していることが大切ですが,その点に関しても徐々に進んでいるようです。
 中国の中医学は,日本と違って新しい漢方医学ですから,まだ日本の医療保険の中では行なわれていません。それを代替医療の中できちんとエビデンスとして評価して,医療保険の適用になり得るかどうかが難しいと思います。西洋薬と同じ基準で評価することが難しいでしょう。
吉倉 痩せ薬やバイアグラが入った漢方薬などが話題になりましたが,中国の伝統の中でどう位置づけられるのでしょうか。
酒谷 あれは,いわゆる伝統医学としての中医薬とはまったく別のものだと思います。ただ,中医薬の中にも科学的データに乏しいものもあり,玉石混交と言うか,われわれ外国人にはなかなか実態がわからないというのが問題でしょう。
吉倉 医薬品の販売許可の制度はどうなっているのですか。つい先日,中国へ行った時に販売禁止になったやせ薬のリストが20-30ほど新聞に載っていました。
安達 あれは健康食品の類のようなものです。認可は中医薬管理局のレベルと,省単位,もっと下の単位の認可があって,日本のように販売認可制度が一律化していないところがあります。したがって,いろいろなレベルの製品が市場に溢れ,日本人には区別がつかないと思います。

今後の展望:「一衣帯水」

森岡 中国はものすごい勢いで動いていますし,一言で中国と言っても広大な国で,全体のことを言うのは難しいと思いますが,最後にひと言ずつ感想をお願いします。
吉倉 中国という国は,おもしろい国ですね(笑)。それに尽きます。
安達 21世紀の大きな流れの中で,医学も中国の市場経済によって変わっていくと思います。社会制度は異なりますが,隣国として医学の交流や少し踏み込んで医学研究に関しても共同して行なっていく素地ができてくるとよいと思います。これからはお互いが「ギブアンドテイク」の形で,双方ともに医学全体のレベルを高めるように努めていくべきと思っています。
酒谷 中国に対してはいろいろな意見があって,中には否定的な考え方もあるようです。しかし,医学分野での交流は,そういう政治的な影響に左右されない形で,民間レベルで息の長いつきあいをすべきであると思います。そのためにも,日中医学協会や笹川記念保健協力財団などの非政府機関の活動は重要だと思います。また,若い世代の先生方がもっと中国へ行って交流を深めるなど,新しい世代の方の参加が必要なのではないでしょうか。
森岡 日中国交回復の時に,当時の周恩来首相が言った「一衣帯水」という言葉を私は非常に印象深く記憶しています。
 中国の人がどのような感覚であの言葉を使うのかはわからないですが,世界の中で漢字の文化を共有しているのは日本だけです。そういう意味では,非常に特殊な文化関係を持っているわけで,隣国としてお互いに交流を深めることが,多くの面で大切だと思います。
 本日はそういう結論をもって,座談会を終わらせていただきます。お忙しいところを,どうもありがとうございました。